廃屋。
錆びたドラム缶の上にローブをかぶった怪人がいた。
黒木智子を超人の道へと引きずり込んだあの男である。
その脇にはオールバックに眼鏡の壮年男性。
派手な白スーツと青Yシャツ、真紅のネクタイがサラリーマンらしさを消失させている.
神経質そうに眼鏡の位置を中指で直しながら男性は問うた。
「で、見所がありそうなのか? 彼女は」
「申し分ない。戦闘性能は折り紙つきだ」
私を一度ひざまづかせたのだから、とフードの怪人は身を屈めて笑う。
キュリキュリ、と金属をこすり合わせたような声で。
眼鏡の男は笑い声を聞いて不愉快そうに口元をゆがめた。
「ならば何故奴らにくれてやったのだ。あのまま我らの元へと連れてくればよかったものを」
「なあ、ディアボロス。君は少し焦っている」
ディアボロスと呼ばれた男は眉をあげる。
その目つきには明らかな敵意があった。
「私が焦っているだと? 馬鹿を言え。余計なことをしている貴様を叱責しているのだ。焦ってなどいない」
「これは必要なことだよ。彼女自身にきちんと分からせなくては」
「そのもったいぶった言い回しをやめんか! 一体何をあの小娘に分からせるというんだ!!」
激昂するディアボロスにも怪物は動じない。
ただ一言。
「自分自身の衝動と欲望さ」
その一言に問うた方は驚愕した。
「なんと、それほどまでに彼女は『こちらより』なのか」
「ああ、彼女の眼には世界を憎む意思と自分への諦観、そして何より恐ろしいほどの欲望があった」
火が灯ったように。
悪魔の眼鏡の奥の目がギラギラと輝く。
口から洩れるのは呪詛の言葉。
「世界の真実を隠蔽し、このディアボロス―――悪魔と呼ばれた春日恭二に何度も苦汁をのませた偽善者ども」
「正義の味方を謳う愚か者どもに個人の欲望は叶えられない」
「故に我らは名乗るのだ。世界の敵。我執の亡霊」
『ファルスハーツの名を』
ダン、と一斉に照明がつく。
二人から離れた場所には大勢の少年少女がいた。
みな、一様に口を開けたまま呆け、白目をむいている。
共通しているのは全員がシルバーのアクセサリーを大量に付けていること。
「ならば、欲望を胸に抱く少女は我らの元へと集うべきだ」
悪魔の異名をとる男性はスーツの襟を正した。
身を引き締め、出ていこうとするディアボロスをローブの怪人は片手で制す。
「まだだ。ディアボロス。彼女は自分の欲望を自覚していない」
「馬鹿を言え。放っておけばUGNの手勢が増え、面倒なことになるぞ」
「所詮は有象無象。エキストラにすぎない。君と私なら片手でなぎ払える」
「少女自身が逃げ出すということもあるだろうが」
キュリキュリ、キュリキュリ。ローブの奥から洩れてくる笑い声が一段高くなる。
身体をくの字に折り曲げて、おかしくてたまらないように。
「心配いらない。大丈夫さ。彼女は当分はこの街にいるはずだ」
「……鋼の軍勢(メタルレギオン)。いまは任務だから勘弁してやるが、終わったらその不要な口を拳で粉砕してやる」
キュリキュリ。
さらに前かがみになり、笑い声も一層うるさく。
メタルレギオンと呼ばれた人物は春日恭二を嘲笑う。
「面白い面白い。それもまた一興だろう」
「……もういい、私は自分自身でその『クロキトモコ』とやらの適性を見にいくとしよう」
でていく春日恭二。
怪人は、二度目の制止はしなかった。
大人数の若人を見下し、フードの怪人は演説するかのように両手を掲げている。
「いってしまったか。だがまあいい。悪魔には前座でも務めてもらうとしようか。
彼女は孤独を嫌うらしい。だが、これだけダンスの相手がいれば満足してくれるだろう」
大勢の少年少女達を見降ろし、怪人はキュリキュリ、キュリキュリと笑い続けた。