自業自得とも言える浅はかさで種子島家に思わぬ逗留を強いられた裕輔。
端的に言えばアホである。この戦が何時始まってもおかしくない時代に同盟国とは言え、暫く逗留するのは危険だ。
条約の条件として盛り込まれてしまった裕輔の生活はというと……実はあんまり変わっていなかったりする。
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カンカンカンという鉄を鍛える音で裕輔は目を覚ました。
ここ種子島家では銃の改良のため朝早くから仕事が始まり、日々性能を向上させている。
裕輔が助言を出すようになってからは概要とも言えるイメージが固まったため、一日でも早い完成を目指しているようだ。
彼等は日が白み始める頃には鍛冶場に姿を現し、一汗掻いてから朝食をとるという生活順序が出来上がっている。
そんな中裕輔は何をしているかというと、特に何もせずに寛いでいる。
元来朝にあまり強くない裕輔にとってこれは有難く、遠慮せずにゆっくりと朝のまどろみを満喫していた。
裕輔の今の立場はというと、条約国の客将扱い。
アドバイザーとも言えるポジションなので、雑用に駆り出される事はないのだ。
そのため浅井朝倉での掃除といった仕事はない。こういった所では優遇されているとも言えるだろう。
「…朝、か。今日もまた一日が始まる」
ふっとニヒルに笑い裕輔はたそがれているが、別に昨晩何か特別な事があったわけではない。
せいぜいが重彦に意見を聞かれた後に飲み会に誘われ、悪酔いしたくらいだ。
重彦や職人達にとって酔った裕輔というのは見ていて面白いらしく、結構な頻度で誘われる。
客将という立場は戦が起こらなければ、ニートのようなもの。
そのため裕輔は自分から積極的に動かなければする事がない。
だから裕輔は起きてから早速重彦の所に向かう事にした。いつも通り鉄砲に関してアドバイスをしようと考えて行動する。
そう、これは普段通りの行動。
裕輔のアドバイスもあってか銃の改良は日に日に進んでいるし、裕輔の拘束期間もあと少しで切れる。
そのため彼も今日も同じ日が続くと思っていた。
――――――――重彦の言葉を聞くまでは。
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「織田家が、足利を滅ぼしそうですって!?」
「おう。俺も驚いてるがな。
なんでも織田に異人が来て、怒涛の勢いで足利を滅ぼしそうだという話らしいわ。
足利と織田の間で諍いがあったのは聞いていたが、こんなに早く勝負の結果がつくとは想定外だぜ」
信じられないと絶句する裕輔に重彦も同意する。
しかし、重彦には想像も出来ないほどに裕輔は動揺していた。
それもそうだろう。ついに――――ついに、彼が恐れていた事が始まったのだ。
「そんな、だって、今までそんな…」
「宣戦布告からあっという間だったからなぁ。
足利は馬鹿が国主やってていい商売相手だったから、それなりには気になっていたんだが。
織田の異人ってのは相当にやるらしい」
物語の始まり。劇の幕開け。
ここJAPANでの歴史を動かす最初の一ページが刻まれた。
それも裕輔にとって、かなり悪い方向に向かって。
「なんでも京の端っこまで追い詰められているらしいぜ」
ゲームの主人公、ランスによるJAPAN統一のための進撃。
今まで想像はしていたものの、ついに現実の物となって迫ってきたのである。
その予兆に最大限気遣っていた裕輔だが、他国にいるあまり情報が伝わってこなかったのだ。
客将という立場。それも自国が危ないわけでもないのに、裕輔にまで情報は伝わらないのが普通。
よく考えなくてもわかるのだが、ランスの目的はJAPANのかわい子ちゃんとニャンニャンする事である。
そして彼は物語の冒頭で明言していた。【香姫と雪姫とは是非ともヤリたい】と。
物語の初っ端であるため、裕輔はゲームの内容をよく覚えていた。
足利を滅ぼすという事は浅井朝倉と隣接するという事。
しかも真っ先に足利を滅ぼした事から考えて、ランスの目的が浅井朝倉の雪姫である可能性は高い。
その事に思い至って、裕輔は顔を青ざめ、全身から血の気が引いていく思いだった。
彼の脳裏に浮かぶのはすれ違いによって生まれた、悲惨なストーリー。
誰も得するものがいなく、悲しみしか生まれなかった闘い。
哀れな雪姫の末路にまで記憶の再生が及んだ時、裕輔は内容を掻き消すように強く頭を振るう。
「重彦様、お願いがあります」
「ん? なんでぇ。言ってみな」
現在浅井朝倉に織田勢に対抗するための戦力はない。
裕輔の原作知識の通りであるならば織田勢には勇猛な武将が揃い、足利も併合した。
単純な戦力差から考えても、浅井朝倉の勝ち目は極端に薄いのだ。
そして個人的に気になる事が裕輔には二つあった。
一つは雪姫の事。そしてもう一つは太郎の事である。
既に裕輔は発禁堕山と遭遇しており、雪姫の性格も知っている。
原作と双方の人格に変わりはないため、浅井朝倉が劣勢になったら雪姫はその身を投げ打ってでも救おうとするだろう。
裕輔にとってそれは認めがたい、絶対にさせたくない事なのだ。
そして城に置いてきた太郎の事も心配である。
もし太郎が戦の最中に山本家の跡継ぎだとバレた場合、義景の事。何かしらの方法で利用されかねない。
あのエロランスの事だ。十中八九足利の捕虜から五十六を見つけ出し、取り立てているに違いない。
敵方の武将の家の跡継ぎ。想像するまでもなく、悲惨な結末しかないだろう。
「まだ約定の期間中だという事は重々承知しております。
しかしどうか…どうか、道理を曲げて自分を浅井朝倉に戻して頂けないでしょうか!」
両手を畳に付き、ひたすらに頭を畳に擦りつけて重彦に懇願する裕輔。
裕輔は条約締結の条件としてここにいる。下手をすれば両者の間に不和が生じるかもしれない。
しかしそれらのリスクを考えても、裕輔は浅井朝倉に一刻も早く戻りたかった。
それは身勝手とも取れる行動。だが。
自分の弟分とも言える太郎、そして心優しい雪姫を守るため。
実際彼の力なんて微々たるどころかないも同然かもしれない。
武将としての力なんてからっきしで、優れた軍師としての能力があるわけでもない。
「とても嫌な予感がするのです…平にお願いします!」
それでも。それでも、居ても立ってもいられない。
自分に何かできる事があるなら、それを為したい。
その思い一心で裕輔は重彦を前にひたすら頭を下げた。
「おいおい、さっさと顔を上げろって。
何もお前にこんな事してもらいたくて呼んだんじゃないぜ?
それにさっさと頭を上げてくれないと、俺の頭が吹き飛びそうで怖い」
重彦の言葉に頭を上げると、そこには顔色を悪くした重彦。
そして重彦の頭に自分の獲物の照準を定めた柚美がいた。
「裕輔、いい奴。虐めたら駄目」
「わかった、わかってるってぇの!
裕輔も頭を下げる必要はねぇぜ! 今回呼び出したのも、お前にこれからどうするかを聞くためだったし」
どうやら裕輔は滞在期間中、柚美と仲良くなったようである。
剣呑な柚美の視線と照準に冷や汗を流しながらも、重原は続ける。
「織田は全国統一を明言してやがる。
そうなると浅井朝倉は隣接する事になるし、お前ぇも心配だろうと思ってな。
これからどうするか聞こうと思ったんだが…見る限り、腹は決まってるみてぇだ」
裕輔の先ほどの言葉を鑑みても一目瞭然。
ぶっちゃけ織田と浅井朝倉が戦になった場合、客観的に見て織田の優勢は間違いない。
今の織田に勢いがあるのに比べ、保守的な浅井朝倉には戦力が少ないのだ
「なら何もいう事はねぇ。明日にでも発ちな」
裕輔の助言は立派に役立っていたし、十二分に役割は果たしている。
本人が帰りたいというなら引き止めない。
しかし重彦本人からすれば、仮に裕輔が種子島家に残りたいと言うなら面倒を見てもいいとさえ思っている。
だからこそ――――――彼は裕輔の意思を尊重し、許した。
だがそれだけではない。重彦は裕輔の思考を停止させるような一言を言い放つ。
「景気付けに試作・量産型の鉄砲500丁持ってけ。
もう性能テストはすませてあるし、扱いになれた奴50人もつけてやるからよ」
「は…?」
ぽかーんと口を開けて唖然とする裕輔。
それもそうだ。何故なら、国の最先端技術の結晶をタダでやると言っているも同然の事。
動揺しない奴がいればそいつの感性がおかしいのだ。
「何もタダでやるってわけじゃねぇ。
こっちにもメリットがあるからやるって言ってんだ」
裕輔のアホみたいな顔を見て満足した重彦は商売人の顔になる。
「使った感想、問題点、利点などを纏めな。
そんでもってソレを種子島家にまで持って戻って来い。
まぁこれも万が一、戦が起こった場合だけどな…起きなかったら起きなかったで、同盟国からのプレゼントにしといてくれや」
武器とは何度も欠点を見つけ、改良してから完成品となる。
設計図上では問題ないが、実戦になると思わぬ点から使用不可能となるかもしれない。
そういった事を実際に使ってみて試せと重彦は暗に言っているのだ。
そして他国に鉄砲の利用価値をわからせるためである。
刀や弓といった個人技能が根本にあるJAPANにおいて、鉄砲の戦術的利用価値を最初からわかる人間は少ない。
そのため戦で使用し、鉄砲の脅威を知らしめてこいという事なのだ。
裕輔もそこまで言われてわからない程に馬鹿ではないので、もう一度恭しく頭を下げる。
感謝しても仕切れない思いと共に、浅井朝倉へと戻るため荷物を纏めた。
■
翌日、裕輔が数十人の技師と共に種子島家を出た頃。足利が栄誉を誇っていた自慢の町が燃えていた。
権力の象徴である城にも火が燃え移り、古くより続いた足利の滅亡を示している。
だが――――
「はぁっ、はぁっ! こんなところで麿が倒れるはずがない!」
過去に帝が都をおいてJAPANを統治していた町、京。
足利家の最後となる当主、足利超神は重い着物をひきずりながら逃走していた。
そこには過去のおごり昂ぶった姿はなく、哀れな敗北者としての姿のみ。
黄金の着衣は今や泥に塗れ、それがそのまま彼の運命を現していた。
「このままですむと思うなよ、織田め…」
彼を支援する国などなく、もう復興の手立ては存在しない。
それでも超神は根拠のない自信を持っていた。
選ばれし自分がこんな所で死ぬわけがない。当然のように奇跡が起こり自分は助かると。
「ひっ」
「うおっ!?」
しかし、その執念もここまで。
城から逃げ落ちる超神は彼にとって最悪の人間と鉢合わせてしまう。
緑色の甲冑に魔剣を携え、JAPAN人とは一風変わった顔立ちをしている青年。
「うわぁぁあ!? 魚類ばんざーいっ!?」
<ザクーーーー!!>
「ぎゃああああああああ!?」
―――ランスによって一太刀の下、斬って捨てられた。
今わの際に彼が何を思ったかは知る由もない。
だが彼の見開かれた目は純粋に驚きの表情を彩っていた。
それは自らの死に対しての驚きか、刀で斬りつけられた事に対しての驚きかは誰にもわからない。
「はぁはぁ、びっくりした…なんだこの金ぴか魚類」
「ランス殿―! 城内に超神がおりませぬ…っと、なんと! 足利超神!!」
「え? この魚類が?」
「もう、死んでおるか…仕方ないの」
「俺様をびっくりさせるから悪いんだ! 決して俺様は悪くないからな!!」
駆けつけてきた3Gによって、初めて斬り捨てた相手を知るランス。
ここに一つの時代の象徴が終わりを迎え、新たな時代の幕開けとなる。
「次は…いよいよ、JAPAN二大美人と噂の雪姫ちゃんがいる浅井朝倉だな」
■
浅井朝倉の当主、朝倉義景は自室で頭を抱えていた。
彼の頭痛の種は織田へ和親に行った使者が持ち帰った手紙の内容。
【雪姫をくれ、雪姫をくれ。
というかよこせ。やらせろ。さもなくばせめるぞ】
足利との戦が終結を迎え。
明らかに野心を剥き出しにしている織田を牽制する目的の今回の和親。
予想の斜め上どころか一回転して帰ってきたくらいの内容である。
「織田の異人は馬鹿、か…いかんとも度し難い。
足利との闘いが終わり、すぐさま矛先を此方に向けるとは」
足利との闘いにおいて、織田も無傷とは言えないはず。
それも見越しての話だったのだが、疲弊した状態でも浅井朝倉には勝てると思っているのか。
浅井朝倉は確かに平和主義ではあるが、無抵抗主義ではない。義景はもう一度書面に目を這わす。
「いいだろう、織田の異人。暗愚の暴君に雪を嫁がせるわけにはいかん」
義景にとって、雪姫は眼に入れても痛くないほどに可愛い。
雪姫だけは他の者と違い政略のためにではなく、北陸一の。いや、JAPAN一の花嫁にしてやりたい。
そう考えていただけに、今回の織田(ランス)の要求に膝を屈するわけにはいかないのだ。
そしてこの要求をのむことは浅井朝倉にとっても大きな意味を持つ。
もしこの要求を浅井朝倉がのめば、諸国の大名達はこう思うだろう。
【浅井朝倉は連戦した織田に戦うまでもなく要求をのんだ惰弱者】、と。
交渉とは嘗められたら終わり。
平和的にJAPANを統一しようとしている義景だからこそ、時に考えに反する戦を取らねばならない。
未だに全容がはっきりしていない織田の異人の事を考えながら、浅井朝倉は戦の準備に入るのであった。