どんよりとした曇った空。
灰色の色彩は何処までも続き、太陽を覆い隠す。
泣いている。
老人も、大人も、女の子も、子供も。
黒い服を着た全員が目元に涙を浮かべ、何かを堪えるようにして泣いている。
中心には一つの棺。
棺には一組の夫婦と思しき男女が縋り付きながら嗚咽を漏らす。
二人は泣いていたが、ぽんぽんと一人の男性に肩を叩かれて棺から離れた。
白い棺の中には花が敷き占められ、彼の青白い肌を隠していた。
彼――――森本 裕輔の顔を。
■
「…ぁ……?」
外から差し込む光に目を細め、裕輔は眉間に皺を寄せる。
瞼を硬く閉じようとも光量は瞼の遮断限界を超えており、視界を白く明るく染め上げる。
裕輔は布団の中で身動ぎして上半身を起こした。
酷く目覚めが悪い。
夢見の直後という事もあり、まだ夢の内容も覚えている。
自分の死に顔を見るなんてあまりにもタイムリーすぎる。
夢、という物は偉い学者さんの話によると、記憶整理の時に見る物だという説があるらしい。
その論理で言うと、裕輔の頭の中には【元となる情報】がある事になる。
そして何より裕輔自身に妙な現実感があった。
「………」
どっちにしろ元の世界に帰る事の手段さえ考え付かない以上どうしようもない。
精一杯この世界で生きよう。そう裕輔が思った時、ようやく彼は周囲の景色が見えてきた。
「ここ、は…?」
確か自分達は遭難していたはずだ、と裕輔は思い出す。
道を見失い、あてもなく彷徨う山の中。
人間エネルギーとなる物がなくなるとガソリンのない車と同じで動けなくなる。
あ、これマジやばくNE? と体が倒れそうになる所までは覚えていた。
横を見てみればすぴーとこれまた健やかに寝ている太郎。
ご丁寧にも布団が敷かれており、ここが山の中であるという結論に落ち着く奴は頭がおかしい。
だってどうみても高級旅館の一室にしか見えないのだ。
「おや、目が醒めたかね?」
「貴方は…?」
「私はこの城で医師をしている者だよ。
君達は山の中で倒れていた所、ぼたん狩りをしていた一郎様やニ朗様に助けられたんだ。
いやはや、本当に運がいい。軽い栄養失調なだけだったよ」
疑問首を捻り部屋の中を裕輔が見渡していていた所、部屋に入室してくるおっさんがいた。
どうやら裕輔達は偉い人に助けられ、その人の命令でこうやって手厚い看護を受けているらしい。
「ここは城なんですか?」
「そうだ。ここは浅井朝倉家の本城。
君の意識が戻り次第一郎様や二郎様の下へ連れて行くよう言われているから来なさい。
自分一人で立てるだろう?」
浅井朝倉。
どうやら無事に足利の勢力圏から抜け出せたようだ。
医師の言葉が与えた安堵のあまり、猛烈に裕輔は大の字になって寝転びたくなったが、
医師は速く来いと扉の前で手招きしている。
「ええ」
裕輔は小さくそう返事し、脚を立てて起き上がる。
これから領主の嫡男達に会いに行くのだ。寝癖がないか髪をふぁさりと確認する。
(さて、どうしようか……)
はっきり言ってこれはチャンスである。
このご時世領主と直接対話できる機会なぞ殆どないだろう。
更にゲームの中において美樹と健太郎は浅井朝倉にいた事も多々ある。
様々な事を頭で巡らしながら裕輔は医師の後を歩き、謁見の間へと向った。
■
「一郎様、例の彼をお連れしました」
医師に連れられてきた部屋はとても立派であった。
大人数を収容できるような構造となっており、上座は一目でわかるよう一段高くなっている。
裕輔と医師は部屋の一番下手で姿勢を正して頭を垂れ、畏まっていた。
きっと上座に近い所にいる人達が一郎やらニ郎なんだろう。
裕輔はそう当たりをつけ、可能な限り失礼のないようお礼の言葉を述べる。
「この度は危ない所を助けていただき恐悦至極に存じます。
このご恩は―――――――」
「ははっ、そんなに畏まらなくてもいいよ。
ここにいるのは僕と雪だけだし。最低限の敬語だけで大丈夫さ。
だからまずは頭を上げたら?」
「――――っは。ありがとうございます」
どうやらかなりフランクな人物らしい。
頭を下げているためどんな人物かは窺い知れないが、
彼は医師に下がるよう告げてから裕輔に頭をあげるように言う。
いくら家臣がいなく、自分しかいないとはいえ中々できる事ではないだろう。
これはなんとかなりそうだと裕輔は内心ほっとした。
面を上げろと言われているのにいつまでもこのままだと逆に失礼にあたる。
この部屋に来てから初めて裕輔は顔を上げた。
―――――だが、彼の中の時間はその時停止してしまう。
まず眼に入ったのは蒼穹の青。
キラキラと輝く長い蒼穹の髪は僅かな風に凪ぎ、まるでシルクのように艶々。
裕輔のいた世界では考えられない色彩は非常に着物とマッチしていた。
それだけではない。
素肌はまるで降り積もった初雪のように白く、すっと引いた真紅の唇がよく映えている。
顔は小顔で小さい。くりりとした目は潤みをおび、美しいとも可愛いとも呼べるアンバランスさを醸し出している。
目の前の女性を表現するに美しい、という言葉では足りない。
だから裕輔はやっとの事で言葉を紡ぎ出した。
「やっく…で、カルチャー……」
「なんですか、それは?」
これが森本 裕輔と浅井朝倉の姫 雪姫との初めての出会いだった。
■
「ふんふん、大変だったね…」
「はい」
裕輔が一郎に求められたのは何故山で倒れていたかについての説明だった。
それは裕輔にしても予想し得る質問だったので、当然用意していた答えを話す事にした。
「それではもう村に帰っても居場所がないのだろう?」
「ええ…少なくても太郎を連れてでは迎え入れてくれないでしょう」
曰く、自分達は捨てられたのだと。
自分達の家は食うにも困る程貧困で、ついに食い扶持を減らす事を決意した。
それで家の中でも一番幼い太郎を捨てる事を決定する。
それを兄である裕輔(兄弟という設定)が異を唱えて飛び出して来た、と。
この時代は全国共通の戸籍なんてあるははずがなく、貧しい村なんて履いて捨てるほどにある。
それ故罷り通ると判断して吐いた嘘だった。
「それはお辛かったでしょう」
「ひゃ、ひゃい…」
雪姫の気遣わしげな声に裕輔は上擦った声で返す。
一郎と話している時は真顔で嘘をつけたものの、雪姫を前にしていると緊張してしまう裕輔だった。
香姫と雪姫。
JAPANで一番美しいとも言われる二人の姫は噂に違わぬ美しさであった。
知性と気品が滲みでて、しかし気取った態度などまるでない。
そんな超絶美人を目の当たりにして裕輔はおおいに動揺してしまっていた。
心臓はバクンバクンと早鐘を打ち、顔は熟れたトマトのように真っ赤。
完全に思春期特有の【ミツメアウト、スナオニオシャベリデキナイ】病にかかってしまっていた。
――――――――― 一目惚れ
どうしようもないまでの見事な一目惚れであった。英語で言うならFall in Loveである。
(ぐはwww 想定以上すぐるww 生雪姫マジぱねぇっすww)
雪姫に見られてドギマギしている裕輔だが、それでも交渉しなければ裕輔達に未来はない。
目線が合わせられないので俯きながら一郎に懇願する。
「厚かましいとは思いますが、私達に何処か仕事を用意していただけないでしょうか?」
「一郎兄様…なんとかなりませんか?」
裕輔の鎮痛な声に雪姫は一郎を見やる。
雪姫は器量がよく、心優しい娘である。
困った人間が目の前にいるのなら、それが誰であろうと助けたいと思ったのだ。
(ああ、こんな所にゴールがあったのか…もう、ゴールしてもいいよね?)
雪姫の言葉に裕輔は感動し、がばっ額を畳に擦り付けた。
そうでもしないとにやけきった顔を見られてしまう。それは拙い。
きっとこの心優しい姫君は裕輔でなくても手を差し伸べるのだろう。
それでもこんな美人に庇ってもらえていよう物なら頬の筋肉も緩むに決まっている。
「そうだね…君、君は何が出来るんだい?」
「文字の読み書きと算学。料理はできませんが、雑用ならなんでやります!!」
「それなら…」
一郎に必死でアピールする裕輔。
足利から逃げ出したものの、いくあてもなければ頼る所もない。
ここで衣食住を確保できるのならそれが最善の選択である。
「う~ん…………」
「…一郎兄様」
(ぐ…やっぱり見ず知らずの人間にそこまで甘くないか…?)
渋面を作る一郎に裕輔が諦めかけた時だった。
「よし、決めた!」
一郎の快活な声が部屋に響き渡る。
裕輔は自分の運命を決める言葉を受け取るため、面を上げた――――
■
「太郎君、太郎君…」ユッサユッサ
「あれ、裕輔さんですか…? なんでボクこんな所で寝ているんです?」
「質問は色々あると思うけど、とりあえず俺達のこれからの居場所が見つかった」
「え…?」
太郎の体を揺らして目を覚ますよう促す裕輔。
ごしごしと目を擦る、子供分相応の寝起き姿の太郎。
そんな太郎に裕輔は喜色満面の笑顔でこう言い放つのだった。
「俺達、浅井朝倉で面倒を見てもらえる事になったんだよ!!」
浅井朝倉…? まだ覚醒に至っていない太郎とは対照的に裕輔はニコニコ顔。
なんとか見つかった希望の蜘蛛の糸を掴めたと終始ご機嫌だった。
■
……再び一郎と会談した部屋。
そこには現在二人の人物が顔を突き合わせており、神妙な空気を醸し出している。
人払いも済ませてあるのか部屋には二人以外の影は見えない。
「これでいいのですか、父上?」
「うむ…」
一郎の正面に座るのは立派な法衣を纏った人物。
その人物は第一位継承者である一郎よりも高い上座――事実上一番高い席に座っている。
つまり、だ。
「あの青年はともかく、あの子供に見覚えがある…抱えておいて損はない。
それにお前も算学ができる者が欲しいと言っていただろう? 使えなければ雑用にでも使えばいいだろう」
浅井朝倉の当主、朝倉 義景。
政治的方法によって出来うる限り戦を無くし、平和的にJAPANを統一しようと心掛けている。
そんな彼だからこそ見覚えがあったのだ、山本家 第一子である山本 太郎の顔に。
義景が一度太郎と見えたのは幼少の頃。
子供の成長は早いので明確に顔を覚えてはいないが、心のどこかで引っ掛かったのだろう。
面影程度なら太郎にも残っているはずであるし。
「あの子供は何かに使えるかもしれん。
この話は終わりだ。以降あの青年達に何か動きがあったら教えてくれ」
「わかりました、父上」
一郎はすす…っと指を付き、頭を垂れて退席する。
裏でこういった思惑が動いているだろう事はこの場にいない裕輔も想像がついていた。
だが例え思惑を知っていたとしても裕輔はこの話を断るような事はしないに違いない。
精神的な拠り所がない彼等にとって、住む場所は急務で必要な物。
利用する気で助ける? 上等。だったら掌で存分に踊ってやる。
世の中には100%の善意なんて存在しない。
裕輔は全てを承知の上でこの話に乗ったのだ。
(さて、あの子供は何処で見たのだったか…?)
義景は太郎について思い出そうと難しい顔をするが、一旦諦めて書簡に目を通す。
政治によるJAPAN統一を目指す彼の仕事は非常に多い。
いつまでも一つのことにこだわってはいられないのだ。
こうして裕輔と太郎は一時の安住の地を得る。
それがいつ壊れるのか? それは誰にもわからない。
だが確実に戦国時代の幕開けが近付いていた。
ここで時間を潰して原作開始まで調整します。
ただ、太郎が襲撃された時期はちょっと短めにするかも?
雪姫に頑張ってフラグを立てるんだぁぁあああヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)ヘ(゚∀゚ヘ)ポー!!
ランスが来るまでにはなんとか信頼までには持っていかねば(゚∀゚; アセアセ