―――――JAPAN
大陸から来た人々を異人と呼ぶように、この国は基本的に閉鎖的な所がある。
そもそも島国であるために人の行き来が限定的であり、大陸に渡る道は天満橋しかない。
それが悪いというわけではないが、国としての成長を妨げているのは残念と言える。
だが一方で独自の文化が育まれている、という点もある。
ちょんまげなどがいい例であり、刀という独自の優れた武器も発明されている。
今回はそんなJAPANでのお話。
■
JAPAN食、とでも言うのだろうか。
JAPANでは肉よりも魚を好んで食べられる傾向が多く、野菜も多種多様に使われている。
JAPANの人々が長寿であるといわれる所以はこういう所に出ているのかもしれない。
それはここ浅井朝倉でも変わりはない。
朝食には味噌汁に白米、そして副菜がつく。晩飯にはそれに魚が一尾つく、と言った所か。
城に住んでいる分裕輔達は農民よりいい物を食べているようだ。
しかし、裕輔には悩みがあった―――――
「ハンバーグ食べたいなぁ…」
そうなのである。
飽食の時代と国である日本人の彼は毎日毎日和食だと飽きてしまっていた。
中華食べたい、洋食食べたい。天麩羅や魚は食べ飽きていたのである。
「はんぶぁーぐー、ですか? 聞いた事がないですね。大陸の食べ物でしょうか?」
朝食の場。
裕輔がもそもそと白米を口に運びながら呟いた言葉に太郎が反応する。
最近では使用人達が一緒になって食べる部屋で二人の食べるようになっていたため、他の使用人達も周囲にいた。
「(げ、JAPANにはないのか?)あはは、俺記憶喪失だからわからないよ。
けどもの凄く美味しい食べ物だったって事は知識としてあるからわかるんだ」
失言をしてしまいギクリと動揺しそうになるが、不自然ながらも流れるように誤魔化す裕輔。
太郎は裕輔のギクシャクした行動を疑問に思うよりもハンバーグに興味を持ったようだ。
「具体的に思い浮かんでいるなら、どんな食べ物か教えて貰ってもいいですか?」
「いいよ。まずは牛と豚の挽肉を用意してね――――」
牛と豚がいない、という事はないだろう。
原作のゲーム中にも間抜け面をした牛とピンク色の毛むくじゃらの豚が現れたし。
裕輔がハンバーグの説明を続ける内に周囲の使用人達も興味を惹かれたのか、裕輔の話に耳を傾ける。
「それで最後にソースと絡める。あー、思い出したら食べたくなってきたな…」
「それは…確かに、凄く美味しそうですね」
「だろ? 箸で二つに割ると、中から肉汁が溢れてくるんだ。半熟タマゴがあるとなおよし」
朝食の途中だというのにお腹が空いてくる。
裕輔はハンバーグの匂いと味を思い出しながら味噌汁を啜った。
ああ、また食べたいなぁ。けど無理だろうなぁ。JAPANにはないらしいし。
しかし――――――――
「はんばーぐぅ…俺も食いたいぜ。聞くからに美味そうじゃないか」
「私も食べたいわ。大陸の食べ物ってあんまり食べた事ないのよね」
「なんとかならないか?」
ごそごそとハンバーグの話題は使用人達の間を駆け巡り、ざわめきとなる。
裕輔自身その事には気付いていたが、だからといって裕輔がする事はない。
その日は話の種とくらいにしか思っていなかったのだが―――――
「え”!? 俺が城の台所に入っていいんですか?」
「何度言ったらわかる? 一郎様よりの命令だ」
ハンバーグが使用人達の間に噂として広がった翌朝、いきなり裕輔は使用人長にこんな事を言われたのである。
それはそうだ。最近転がり込んだばかりの裕輔が城の中枢といってもいい台所に入れるはずがない。
あそこには雪姫や義景に料理を出すために国から集められた料理人が陣取っていて、一使用人に許可が下りるはずがないのである。
「そんなアホな…聞いてませんよ!?」
「ならば伝えよう。【今日の昼ごはんは裕輔君の作ったはんばーぐぅだからね? 期待しているよ】だそうだ」
「馬鹿だ…あの上司、時々思ってたけどアホだ…」
「私だって信じられないが、実際に許可が出てる。必要な物を言えば、10時までには食材を揃えられるだろう。
諦めて如何に美味い物を作るか考えるんだな」
「なんてこった」
がっくりと力なく項垂れる裕輔。
まさかこんな事になろうとは昨日の時点では思いにもよらなかったのである。
しかし事態は変わった。落ち込んでいる暇は無く、今はなんとかして一郎の口に合う物を作る努力をしなければ。
「必要な食材は牛肉と豚に…いえ、ぼたん肉でもいいです。
あとは卵と玉ねぎ、塩コショウ、出来ればパンも手に入ればいいんですが…」
「うーむ…パンは手に入らないかもしれないな。他の食材は準備できるだろうが。パンは必ず必要なのか?」
「出来ない事はないですが、味は多少落ちてしまいますね」
JAPANでは米が主食であり、大陸から入ってくるパンはあまり好まれない。
売れない物を商人が仕入れるはずがなく、必然的に絶対量が少なくなっているのだ。
人気のない輸入物であるために使用人長は手に入らないかもしれないと顔を曇らせる。
「とりあえず出来る限りでいいですから、パンをよろしくお願いします」
「期待はしないでくれ。その他の具材は仕入れるまでもなく城の台所にあるだろう。
今日は使用人の仕事を休んでもいいから、必ず一郎様の口に合う物を作れ。いいな。
ひょっとしたら義景様も食べるかもしれんからな」
なんという事だ、益々責任が重大になったではないか。
念を押す仕様人長に裕輔は顔を青くして台所へ走って行く。一刻も早くハンバーグを作って試行錯誤しなければならない。
ないとは思うが、口に合わない物を出した場合、最悪城から解雇される可能性すらあるのだ。
(口に出したのがハンバーグだったのが幸いかっ! まだアレなら俺でも作れる!!)
ビーフストロガノフとかのたまっていた場合、裕輔の人生はここまでである。
まだ自分でも実現可能な料理にしておいて良かった、と裕輔はポジティブに考える事にした。
■
最初はタマネギをみじん切りにして刻む。
慣れないと時間がかかるし、眼から涙も溢れてくる。
裕輔は女の子ではないために【涙が出ちゃう】ネタができないため、ぽろぽろと涙を流しながら作業をする。
みじん切りにしタマネギを黄金色になるまで炒め、余熱をとるために鍋から取り出した。
ハンバーグといえば調理実習でも作るような簡単な物のため、裕輔も慣れないもののなんとか作業を続けている。
しかしその作業は洗練されたものではなく、素人臭さ抜群であった。
(うう…視線がキツイぜ)
そんな素人臭さのする裕輔を刺すような視線で射抜く料理人達。
一日とはいえ、いきなり自分たちの仕事を奪われた彼等からすれば全くもって面白くない。
肩身の狭い思いをしながら裕輔はひたすらハンバーグ用の挽肉を手で捏ねる。
挽肉は牛と豚肉をコマ切れにして包丁の腹で潰し、併せている。
挽肉として売られていない以上、自分でなるべく同じ形に合わさなければならない。
少しだけ塩を入れて素早く捏ねる。
肉は人肌でも劣化するので、手早く捏ねないと味が落ちてしまうのだ。
そんなピンポイントアドバイス的な物を憶えていた裕輔はせっせと肉をこねくり回す。
「なにか手伝いましょうか?」
「え、本当ですか? ではパンを金下ろしで細かくしてくれますか?」
「わかりました。えっと…こんな感じでよろしいでしょうか?」<ザリザリ>
「…はい、大丈夫です。そんな感じで」
「ふふ、わかりました」
一人挽肉をこねていると、誰か親切な人が手伝いを申し出る。
裕輔は有難いとパン粉を作る作業を任したのだが、不意に気付いたのである。
手伝いを申し出た人の手は台所で働いているとは思えない程に白く、美しかったのだ。
「おや?」
そういえば城の台所には使用人以外にも出入りしている人物が一人いる。
その人物は自らおむすびを作り城下町の者に振る舞い、誰にも分け隔てなく笑顔を与えて下さる素晴らしい人間。
裕輔はここまで考えて、非常に聞き覚えのある声にギギギとぎこちなく後へと振り返った。
「…雪姫様? ナンデココニイルノデセウカ?」
その人物の名は雪姫。
ゴシゴシとパンを細かくする作業をしながら、雪姫は裕輔へにこやかに笑いかけた。
「一郎お兄様から裕輔様が大陸の珍しい料理を作っていると聞きまして。
よければお手伝いをしようと思ってきました」(ニコッ)
普通では考えられないが、浅井朝倉の心優しき姫は天から二物を与えられたとしか思えない。
性格も非常によく、容姿端麗。まさしく非の打ち所がないと言ってもいいだろう。
パン粉を作る作業ですら後光が差しているようだ、と裕輔は思った。
やヴぁい。笑顔がやヴぁい。
流石香姫と並んでJAPANで一番美しいと言われるだけはある。
北条家にアイドルなんて言われている奴がいるが、雪姫が本気を出せば一瞬で駆逐されるに違いない。
輝かんばかりの笑顔は神がもたらした最上の賜り物と言っていいだろう。
しかし一郎は何てことをしてくれたのだろうか。
雪姫を手伝いによこすなんて―――――――
(ぐっじょぶ! 激しくグッジョブ!! 今度から所詮モブとか思わないよ!)
最高じゃないか。
裕輔は一郎の思わぬファインプレーに喝采をあげていた。
ちなみに原作では顔が同じのモブだったが、現実ではみわけがつくくらいに差異はあるので大丈夫なのである。
「それでこれはどうしたら良いのでしょうか?」
「あ、水でふやかして下さい。ふやけたら水を絞って肉に混ぜるんです」
「生のお肉に、ですか? 本当に変わった造り方なのですね」
雪姫が作ったパン粉に水を投入しふやかした後、よく絞って水気を取る。
パン粉が肉のつなぎとしてよく機能し、味が格段に増すのだ。
全ての下準備が終わったので、全ての材料を混ぜ合わせる。
炒めたタマネギ、挽肉、卵、パン粉、これも時間との勝負。
一心不乱に材料を混ぜる裕輔の姿を楽しそうに雪姫は眺めていた。
裕輔の噂は城の中で本人は知らないが、結構流れている。
曰く天才的な頭脳を持ち、非常に優秀な算学者である。
曰く子供好きで仕事が終わると同時に童話を聞かせている気のいい人間。
事実として一郎の副官として取り上げられている以上、その噂は真実味を増していた。
義景や一郎達から箱入り娘として大事に育てられた雪姫からすれば、初めて目立つ歳の近い身近な異性。
単純な好奇心からも裕輔の事は気になっていた。
「よし。後は真ん中を凹ませて焼けば完成だな」
肉を捏ね終わり、ハンバーグの種が完成したようだ。
雪姫は楽しみにしていますね、と裕輔に言い残して台所から立ち去る。
裕輔は何処か夢心地でその姿を見送った。
■
裕輔が作ったハンバーグは浅井朝倉の食卓にあがり、一郎や義景の口に運ばれる。
今回裕輔はハンバーグのソースをあっさり和風ポン酢でまとめ、日本人に好まれる味付けにした。
この配慮が効果を発揮したのか、雪姫含む城主達に見事に受けたのである。
また安価な肉でも美味い物を作れるとあり、使用人達の食事でもハンバーグが広がった。
裕輔の「これは、いい物だ…」の言葉をキャッチフレーズに浅井朝倉の間にハンバーグが広がる。
農民達にとって安い肉でここまで美味な物を作れるというのは大変魅力的な物であった。
そして一ヵ月後………
「浅井朝倉名物のはんぶぁーぐだよ! ナマモノだから早く食べないといけないが、味は抜群だ!」
ハンバーグが浅井朝倉の特産品として普及し、売られるようになったのである。
ハンバーグの種を販売し、購入した後に家で焼く。
この方法は一般市民でも焼きたてのハンバーグが食べられるという仕組み。
これは画期的な特産品として売り出された。
他国も自分の国でも作ろうと試行錯誤したが、悉く失敗。
味のつなぎにパン粉を使うという発想自体がなかったのである。
「これは、いい物だ…!」
「はぁ…。なんで私がわざわざ浅井朝倉まで…」
「愛、もう一個頼む」<モグモグ>
「あんたそれもう8個目…」
「愛…」<ジー…>
「はいはい、わかったわよ。焼けばいいんでしょ、焼けば」
これはあくまで噂だが、このハンバーグの種を買いに来た とある国のおでこの広い仕官が愚痴を言ったとか。
そしてまた ある国の城主がハンバーグの美味しさに舌鼓を打って感動し、一気に10個をたいらげたとか。
そんな噂を聞いて裕輔は多分真実なんだろうなぁ、と冷や汗を流した。
あとがき
完全に捏造ですが何か?
JAPANに洋食はあまり浸透していないというのは完全に想像です。
JAPANは鎖国とまではいかないが、閉鎖的であるという設定から考察してみた。
ちょんまげがあるから特徴的な文化はあると見た。
記憶の限りJAPANにハンバーグはなかったはず…
あった場合もなかった物として見逃してくれると嬉しい。
時期的には種子島家に来る前の話