ぽちゃんと水面に波紋が広がる。
投げ込まれたのは小さな重りで、重りの先には糸がついており、一目で釣竿だという事がわかる。
ぴんと張った糸の先にある竿を持つ少年は まだあどけなさが残っていた。
ここは少年のお気に入りの場所。
川の水が綺麗で川遊びもできるし、こうやって魚釣りも出来る。
まさしく知る人ぞ知る穴場なのだ。
今日も彼は一人で魚釣りをしていた。
「……釣れないな」
だが今日は不調らしい。
諦めをつけ、切り上げる事にした彼の目に一つの物体が目に付いた。
「なんだあれ…?」
まるで桃太郎の御伽噺のように川から流れてくる物体が一つ。
ぼろ布に包まれているそれは上流から少年のいる下流まで流れてくる。
距離が近付くにつれて物体の輪郭もはっきりしてきた。
物体には四肢があり、うつぶせの体制であったために今まで気付かなかったのだ。
ああ、あれは人間なんだなと少年は理解する。
「…って人!?」
はっと我に返った少年は慌ててドザエモンを引き上げた。
■
「つ…ここは?」
「あ、目が覚めましたか?」
目を覚ました青年に少年は覗き込むようにして訊ねる。
少年は床に腰掛けており、青年は直に床に寝かせられていた。
二人がいるのは現代の価値観から言えば小汚い小屋。
だがこの世界の価値観からすればそこそこ住めると言った所であろうか。
青年は痛む頭を振り、自分の置かれた現状を理解しようとする。
(俺は…死んだはずじゃ?)
まず第一の疑問。
彼は心臓に不治の病を持っており、治療不可能とされていたのだ。
しかも自分が死ぬ瞬間というのを克明に覚えており、何故自分は生きているのだろうかと疑問に思った。
「えと、君が助けてくれたのかな」
「はい。川から流れてきたのでびっくりしました」
「(川? 流れてきた?)それはそうと、変わった服装をしているね?」
「そうですか?」
青年は少年の言葉に疑問を持ったものの、まずは自分が聞きたかった事を優先する。
少年は可愛らしく小首を傾げ、自分の着物の裾を掴んだ。
そう、裾だ。現代風に言ったら甚平に近い服を少年は着ている。
「(まぁ、いっか)ここは何処かわかる?」
「さっきから聞いてばかりですね…ここは美濃の郊外にある村ですよ」
寂れていますがね、と少年は付け加えて言った。
青年は青年で聞いた事のない地名に頭を痛めている。
(美濃? 聞き覚えがないな…)
考え事にエネルギーを食ったのか、青年の腹が盛大にハーモニーを鳴らす。
青年は恥ずかしそうに腹を押さえるが、少年はその様子を見てぷっと吹き出した。
「笑うとは失礼な奴だな、君」
「っぷ…すみません、でも可笑しくて。
あははは!…何か食べる物をお願いしますね」
よっと少年は立ち上がり、玄関に控えていた老人に食事をお願いする。
青年は今更ながらに老人が居た事に気付き、驚いている様子だ。
「そういえば名前を聞いていませんでしたね。
お兄さんのお名前はなんと言うのですか?」
「森本 裕輔。森本でも、裕輔でもどちらでもいい」
「じゃあ裕輔さんで」
少年はウンと頷き、響きを確かめた。
「僕の名前は山も…山野 太郎と言います」
■
「ハムハム、むぐ、んぐ、ふ……ぐ!」
「あ、お茶です。どうぞ」
「ふぁひぃふあほお」
「お礼はお茶を飲んでからでいいので」
食事を喉に詰まらせ苦しそうな青年に少年が茶飲みに入ったお茶を渡す。
青年は口をもごもごさせながら礼を言ってお茶を飲み、ごくんと食べ物を流し込んだ。
「落ち着きましたか?」
「ああ、どうもありがとう」
「困った人を助けるのは当たり前の事ですから。
それでどうしてあんな所で、しかも川から流れてきたんですか?」
「それは俺にもわからないんだ…どうしてかな?」
「僕に聞かれても分かりませんよ」
裕輔は眉間に皺を寄せて考え込み、太郎はあははと苦笑いした。
「ここは東京の何処なのか?
いや、そもそも東京にこんなド田舎はないか。何県なんだ、美濃って?」
「【とうきょう】? なんですかそれ? 【けん】ってのも知りませんし…
ここに関して言えば美濃、足利家の勢力範囲内です」
「知らない、東、きょうを……? それに足利?」
裕輔の額に冷たい汗が流れる。
心臓は早鐘を打ち、バクバクと18ビートを刻む。
まさか、そんな。
あり得ないと考えながらも、一年の間で培われたオタッキーな彼の頭脳はある答えを弾き出す。
暴れだす感情を抑えられず、彼は小屋を飛び出した。
「……そんな、馬鹿な」
走ったため心臓の病が発動しないかという考えさえ浮かばなかった。
彼は小屋の外を見渡し愕然とし、ガクンと膝を着く。
見渡す限り続く深い森。
森の合間を縫うように木造住宅(歴史に出てくるような古い物)が立ち並んでいる。
家の前で談笑したり、遊んでいる子供の姿も太郎と殆ど変わらない物だった。
「美濃…足利…」
足利という特殊な名前は誰でも知っているだろう。
そして美濃という地名も、古い呼び方としてあった事を裕輔は知っている。
そしてこの時代錯誤も甚だしい服装の人の集団とくれば………
「時代、逆行……人生オワタ」
「どうしたんですか、急に走り出して!?」
パタパタと小屋から太郎が出てくるが、裕輔はガックリと跪いたまま。
夢なら醒めてくれ。ドッキリだったら重病人驚かしてるんじゃねぇよ。
裕輔はそんな事を思いながらしばし呆然としていた。
森本裕輔 職種:無 Lv.1/8
行 1
防 1
知 5
速 1*
探 1
交 6
建 1
コ 1
技能:神速の逃げ足
命に関わる危険を察知した場合にのみ発動。
発動した場合に限り【速】が9に上昇する。
しかし意図的に発動は出来ず、また命の危険性がなくなった時点で効果はなくなる。
技能:現代知識
現代において大学生程度の学力と知識を持っている。
あくまで一般的なレベルだが、それでもこの時代からすれば高水準。
一話の最後にも載せておくよ!