裕輔は一人、城内をこそこそと隠密ごっこをしながら移動していた。
では何故人目を気にしながら移動しなければならないかというと、これには理由がある。
裕輔は上半身に何も身に付けておらず、半裸だった。
別に裕輔がHENTAIに目覚めたわけではない。だから見限るのはちょっと待って欲しい。
そのわけとは主に裕輔の猿の手と化した左腕にあった。
パンダに城の前まで送ってもらった裕輔だが、ここである事に気づく。
左腕を斬り落とされ、そのままにここまで来てしまったという事に。
つまり腕を斬り落とされた際に一緒に服が肘の部分まで切り裂かれていたのだ。
結論を言うと、裕輔の猿の手は外部に露出されていたのです。
誰の目にも一瞬で呪い付きとバレてしまう仕様は裕輔にとって拙かった。
まだ現時点で呪い付きの事は誰にもバレてはいけないのだから。
そのため裕輔が取った方法は簡単明白なもの。
『お前、なんで上半身裸なんだよ…気でも狂ったのか?』
『ハダカで何が悪い!!』
上半身の着物を脱ぎ、猿の手である左腕に巻きつけたのである。
門番は上半身裸の裕輔を怪しんだが、裕輔の顔はちゃんと覚えていたので城の中に通す。
こうして城の中には入れた裕輔だが、流石に裕輔も知りあいに上半身裸を見られるのは恥ずかしい。
ちなみに雀達は現在城の周辺で適当に過ごしている。
頭に三羽の雀を止まらせていたら不審がられる事間違いないなので、当然の措置だ。
「俺の部屋、遠いな…」
見られたら恥ずかしいため、裕輔は自分の部屋を目指してこそこそ隠れながら移動していたのである。
城内は合戦前で人が少なく、またいたとしても慌ただしく動いているので裕輔は発見されていない。
これ幸いと裕輔は自分の部屋まで突っ走ろうと思ったのだが――――――
「裕輔さん! です、よね…?」
ビクゥとドッキリ仰天する裕輔。
しかし話かけられたのは男の声であり、雪姫の可能性がある女性の声ではない。
その事にほっとして裕輔は話しかけられた方向に向いた。
なんだかんだ理由をつけても、裕輔が人目を忍ぶように移動していたのは雪姫と会わないためだったのである。
誤解を解くも現時点ではどうしようもなく、少なくとも話し合うためには織田との戦が終決しなければいけない。
もっとも織田との戦が終わっても、展開次第では話し合う事も無理かもしれないが。
「なんだ、太郎君か…」
「なんだ、じゃないでしょう。
種子島家に逗留すると聞いて驚いて、織田と戦になると聞いて二度驚いて。
本当にもう生きて会えないかもしれないかと思いましたよ」
そこにはいつも通りの恰好をした、普段通りの呆れ顔の太郎がいた。
だが同時にそれはこの城内において不自然な格好でもある。
太郎くらいの年齢の子供も志願し、城内にいる【最低限】戦える男は全て鎧をつけているのだから。
「ともかく話したい事があるんです。早く僕達の部屋に」
切羽詰まった様子で太郎は裕輔の腕を取り、裕輔と太郎に宛がわれた部屋へと連れて行こうとする。
裕輔はここで太郎について行くかどうか一瞬悩んだが、結局太郎について行く事にした。
一郎の所にも早く向かわねばならないが、太郎の今後をどうするかも話し合わなければならない必要がある。
「それで裕輔さん。この腕どうしたんですか? 血もついていますけど…」
「なに、ちょっと夜盗に襲われて怪我をしたんだ。
そんなに大した傷じゃないから大丈夫だよ」
裕輔の人間の腕を引いていて疑問に思った太郎に、なんでもないと返す裕輔。
この言葉は予め用意していた答えなので、すんなりと口から出てきた。
何故裕輔が裸かという追及がなかったのは裕輔の顔に翳りが見えたので、太郎が触れないでおこうと配慮したためである。
未だに不能となったショックが完全に抜け切っていない裕輔だった。
■
「織田に黒髪の弓手。つまり太郎君は――――」
「はい。姉さんではないかと思っています」
少なくない可能性だとは思っていたけど、実現したか。
それにしても落としたばかりの国の将を迎えるなんて、正気の沙汰とは思えない。ランスはやはりどこかおかしい。
しかも部隊まで持たせるなんて、特攻されるとは思わないのだろうか。
俺は連れてこられた懐かしの自室にて、太郎君から相談を受けていた。
実際俺も噂をまた聞きした程度の知識しかなかったので、太郎君の話は重要である。
織田との初戦の様子を聞き、そして―――太郎君の悩みの焦点となっている『黒髪の弓手』にまで聞き及んだ。
十中八九太郎君の姉、山本五十六ちゃんだろう。
…いかんいかん、つい癖でゲームの時と同じ名称で呼んでしまった。
まぁ脳内でだから、皆(?)許してくれるに違いない。無問題なのだ。
「それで太郎君、君はどうしたい」
「どうしたい、って…どういうことですか?」
「どういう事も何もないだろう。君は姉上の所に行きたいのかどうかという事だよ」
正直なところ、太郎君はすぐにでも会いに行きたいのかもしれない。
当時二人の行動を縛っていた足利超神はいない。いるかもしれないが、完全に力を失っている。
会いに行こうと思えば、それこそ純粋に離れている距離しかないのだから。
「そんな。確証もないのに、敵の将に会いにいけませんよ」
しかし困った事に、今度は戦という壁が二人を隔てているのだ。
せめて五十六がいる織田が浅井朝倉と違う国と戦をしていたなら、状況も変わってくるというのに。
神様がいるとしたら、なんとも意地悪な事だ。
…あぁ、そういえばいたんだっけ。この世界には。
通称クジラとかいう性悪な神様が。
太郎君が行動に踏み出せない最大の理由は織田と戦をしているという事にある。
今浅井朝倉から織田へと向かおうというものならば、それこそ裏切り者として切り捨てられてもおかしくはない。
命を助けてくれた浅井朝倉への恩返しというのもあるかもしれないけど。
しかしながらどっちの理由にしても、俺が彼に言う言葉は決まっている。
「太郎君、君は織田に行くんだ」
今後の事も考えて、太郎君は織田へと向かうべきだった。
「け、けどですね、裕輔さん」
「種子島家の技師さん達、鉄砲の使い方を教えたら半分以上種子島家に帰る事になっているんだ。
技師さん達と顔見知りだし、彼等にお願いして織田を経由してもらう。
太郎君は彼等の一団に混じって織田に入れる」
ちなみに浅井朝倉に残る半分は実証データを持ちかえる人達。
種子島家と同盟を結んだわけではないので、戦には参加してくれないのが戦力的に痛い。
実証データを持ちかえる人達はいつでも逃げられる場所に待機してもらい、浅井朝倉が滅びるようであれば即逃げてもらう手筈になっている。
狼狽している太郎君に俺は尚も強い言葉で促す。
「もし仮に例の武将が太郎君の姉上ではなかったとしても、そのまま種子島家へ行けばいい。
国主のおっさんはいい人だから悪いようにはしないと思う」
万が一例の武将が五十六ではなければ、そのまま種子島家に亡命すればいいのだ。
数百人単位だったらともかく、太郎君一人ならば重彦のおっさんも迎え入れてくれるだろ。
知らない仲じゃないし、手紙も添えておけば多分大丈夫だ。
それに現時点では捕虜屋敷に五十六がいたとしても、織田で弟が探していたという情報は確実に五十六まで伝わる。
太郎君の話を聞いている限り原作と同じ人物のようだし、ランスに出す条件も同じか限りなく近いものになるはず。
そう考えると、いずれ種子島家にまで五十六が辿り着くのは自然な成り行きだ。
…考えたくはないけど、戦死している可能性もある。
けれどその場合は種子島家にいるほうが、ここにいるよりもマシだろう。
今の浅井朝倉は最後の一兵まで戦う決死の雰囲気だが、種子島家は商売さえできれば降伏してもいいや的な考えだったし。
今ここに残って太郎君が合戦に参加すれば、死んでしまう可能性が高すぎる。
「行ってもいいので、しょうか…?」
「良いに決まってるだろ、常識的に考えて。
浅井朝倉への恩義を感じているとかなら心配するな。俺がしっかり返しておいてやるから」
「えッ!? ゆ、裕輔さんは一緒に来てくれないのですか!?」
どうしてそこまで驚くのだろうか。
太郎君は初めてその事実を知ったという風にとても驚いている。
あれ? この話は俺がここに残る前提での話だったのにな。
「当たり前だろ。俺は一応一郎様の家臣なんだぞ。
太郎君みたいな子供が技師さん達に紛れていたってそこまで目立たないけど、俺が紛れたら一発で終わり。
士道不覚悟やら、裏切りものとかで斬り捨てられてしまうよ」
うん、容易に想像できるね。
逃げ出す腰ぬけなど、浅井朝倉にはいらんわー! とか言って。
想像の中で俺が切り捨てられる相手が使用人長なのがむかつくけど。
「だったら、僕も残ります! 僕だって、そこらの兵よりかは余程戦え」
「太郎君―――――自分の目標、忘れてないか」
厳しい俺の言葉に太郎君は裏切られたみたいな悲壮な表情を浮かべるけど、手を緩める気は俺にはなかった。
「太郎君には山本家を再興するという大きな目標があるじゃないか。
そしてそれをするなら太郎君一人より、君の姉上と一緒のほうが確実に目標を達成できる」
ここで燻っているより、織田の五十六と合流したほうがいいに決まっている。
もし例の弓兵が五十六ならば、既に一部隊を任せられている立場にある。
五十六と太郎君、姉弟で武勲を立て続ければ、一国一城を任せられるのも夢ではない。
そしてそれを理解できるからこそ、太郎君は何も言えないのだ。
「もし本当に君の姉上が織田の将になっていたら、講和の時は力添えしてくれるように言っておいてくれよ」
ポンポンと俯いてしまった太郎君の頭を撫でる。
これが最後の別れになる可能性もないわけで。
いやー、太郎君にはこっちの世界に来てから随分と世話になったからね。
「…わかりました。僕は、織田に行きます」
俺の諭すような説得に、太郎君は何かを決意した男前な表情を浮かべる。
俺はそんな太郎君の表情と言葉を聞き、にやりと笑ってグリグリと頭を撫でた。
最初は川で流れてきた所を助けてもらったんだっけ。
俺だったら絶対死体が流れてきたと思って、放置だろうね。
だってホラ、俺って基本ヘタレだし。
「よし。なら俺から技師のおっさん達に話を通しておく。
皆気のいいおっさんばかりだから、心配しないでいい」
「――――はい。裕輔さんも、お元気で」
それから村に案内してくれて、飯を食わせてくれて。
太郎君と出会わなければ、俺の命はあそこで終わっていたかもしれないな。
「はははは、俺が元気じゃないみたいじゃないか」
「…そうですね、元気だけが裕輔さんの取り柄ですしね」
それから村が焼かれて、一緒に逃げて、浅井朝倉に拾われて。
種子島家に逗留している間は別行動だったけど、この世界に来て以来、ずっと太郎君とは一緒だった。
「フハハ、こやつめ。言うようになったじゃないか」
正直に言って太郎君はこのランス世界における、初めての気が許せる友人だった。
年齢の差はあるものの、対等な立場で気兼ねなく思った事を話しあえる友人。
だったの過去系じゃなくて、現在進行形で気が許せる友人だけどな。
「死なないでくださいよ。僕はまだ、裕輔さんに借りを返してないんですから」
「借りなんかあったか? ま、どっちにしろ死ぬつもりなんてないけど」
改めて見れば太郎君も随分逞しくなっている。
男子三日会わずば克目して見よというけど、彼にはこの言葉がよく似合う。
「――――――裕輔さん、また会いましょう」
「――――――太郎君、また会おう」
太郎君が織田に向かう以上、戦が長引けば矛をむけ合う可能性もあるだろう。
既に五十六が部隊を率いて戦場に出てきているのなら、俺は確実に五十六と戦う。
それでも俺と太郎君は再開の約束をして、別れる事を選んだ。
「じゃあ俺は一郎様の所に行ってくる。
太郎君は最低限の荷物を纏めて、出発の準備を。技師さん達に迎えに来てもらうよう伝えておくから」
「はい、わかりました」
最後に固く互いに握手して、俺達は最後の別れを告げた。
■
この時裕輔は再開を望むと共に、再開できる可能性は低いとも思っていた。
再開を果たしたとしても、それは遠く遠い先の話になるだろう…と。
歯車は加速する。
それぞれの想いと思惑を乗せ、人の手が届かないところへと。
賽はもう、投げられたのだ。
あとがき
太郎君との離別イベント。
今後、主人公と太郎は別行動を取ります。
連載当初からのキャラなので、少し寂しい気もしますね。
しかし話が進まない…大事な所なので、丁寧に描写はしたいが故に話が進まない。
次の話くらいで開戦まで持っていければいいのですけれども。
*感想350をgetした人は、読みたい話もついでに書いて行ってね!
時期的に何時になるかわからないけど、番外編的扱いで書くから。