『鉄砲の礼がしたい』
義景からの伝言を一郎から受け取った裕輔にとって、この展開は願ったりかなったりだった。
何故なら裕輔が思い描くこれからを考えるならば、義景とのコネクションは喉から手が出るほどに欲しい。
一介の文官である裕輔が国のトップと会談する機会など、ないに等しいのだから。
まだ戦時中という事もあいまって奇跡と言ってもいい程に裕輔は運がいい。諸手を上げて喜ぶべきである。
この機会を逃せないと裕輔は息まいて義景との面談に臨んだ。
■
「君があの噂の…話は一郎から聞いている。
この度の働き、よくぞやってくれた。種子島からの鉄砲は戦に役立つだろう」
浅井朝倉の居城、一乗谷城の天守閣。
その最も上座に座る法衣の人物こそ浅井朝倉当主、朝倉義景である。
凶報しか舞い込んでこない仲、鉄砲の威力を実際に目の当たりにしてどれほど救われたのか。
見る者が見れば数日ぶりに活力が戻ったと表現するだろう。
「はっ。ありがたき幸せに御座います」
裕輔は初めて目にする当主を前に低頭する。
義景が頭を上げる事を許して、やっと裕輔は頭を上げる事が出来るのだ。
「それでは下がりなさい」
「……………」
「裕輔君?」
この場において義景の言葉は絶対であるし、絶対でなければならない。
だがその義景が下がれと命令しているのに裕輔は頭を下げたまま一歩も動こうとしない。
焦った一郎が裕輔に下がるよう告げるが、義景は一郎を手で制した。
「何か言う事があるのか?」
「はっ! 失礼ながら、重要な事であると判断し、上申したくございます」
常識で考えるならば無礼千万な行為。
だが裕輔には合戦が始まる前に義景――ひいては最高権力者に伝えなければならない事があるのだ。
しばしの沈黙の後、義景は裕輔に頭を上げるよう言った。
「頭を上げなさい。森本と言ったか。
そこまでして伝えたいこと、果たして何があるというのかね?」
義景の言葉に裕輔は頭を上げ、ジッと一直線に義景を見つめる。
そして義景に伝えねばならない。合戦が始まる前に伝えねばならない事を――――それも極めて重要な。
浅井朝倉の存亡に関わる需要な案件について話さねばならないのだから。
「まずは俺…いえ、私の出自についてお話したく存じます。
私の故郷は大陸、流浪の民にございます」
「裕輔君、記憶が戻ったのかい?」
「はい、一郎様。つい先ほど、唐突に」
裕輔はこの浅井朝倉において、記憶喪失という認識で通っている。
出自不明な裕輔の経歴を誤魔化すための処置である。一郎の驚きもそこそこに義景は裕輔に先を促した。
「して、言いたいこととは」
「敵の総大将、織田の影番・ランスに関する事にございます」
「まさか裕輔君、敵の総大将と面識があるのかい?」
「いいえ、直接面識はございません。
しかし性格と武勇伝ぐらいは聞きしに及んでおります」
一郎の問いかけに裕輔は首を振る。
だがその証拠にと、裕輔は義景にある質問をした。
しかしソレは質問というよりも確認といったニュアンスだった。
「織田からの宣戦布告。書状にはこのように書かれていたのではありませんか?
【雪姫を寄越せ。俺の女にする。さもないと国を滅ぼす】…このように」
ひゅっと息を呑み、静かに驚愕する一郎と義景。
織田からの書状に目を通したのは一郎と義景、そして重臣のみ。
末端の兵達には雪姫に嫁入りの話が来ており、それを断ったら攻め入られたという程度である。
そして裕輔は末端の兵士にすぎない。
風の噂を聞いた程度では流石にあの文面は想像出来うるはずがない。
つまり裕輔はランスであればこう書くであろうという事を知っている―――ランスを知っているという事に繋がるのだ。
「ランス…彼の者はリーザス・ゼスを救った救国の英雄です。
両国のランスにかける信頼、重要度は国家レベルに高くございます。
もしランスが死ぬ事があれば、報復に敵を鼠一匹残さず滅すほどに」
裕輔にとっても、義景たちの反応は今までの懸念事項が確信に至るに等しいものだった。
今まではゲームとこの世界とは同じだと確信を持てなかったものの、これで確固としたものとなった。
二国を持つ足利を僅かな間で滅ぼし、且つ浅井朝倉にゲームと同じような文面を送る。
それは裕輔にしてランスをゲーム通りのランスと認識するに十分な理由だ。
「風の噂で聞いたことはある。大陸の大国を救った勇者がいる、と。
であるが、何故そのような男がJAPANにいる」
「そ、そうだよ裕輔君。人違いではないのかい?
そんな人間が地位も名誉も捨て、無名なJAPANに来る理由がないじゃないか」
「理由なら簡単にございます。
ランスという人物で最も有名なのは色狂いであるという事。
美人の噂を聞いたならば何処にでも現れる。そう噂されております」
情報収集に余念がない義景は当然、大陸の情報も仕入れている。
そうなれば10年も越えない内に二大国を窮地から救った英雄の話が耳に入るのも必然。
だが流石にそんな英雄がJAPANに渡来しており、更には敵国の影番をしていようなどと誰が想像できようか。
だが裕輔の話に矛盾はないし、義景自身が最初から持ちあわせていた情報と照らし合わせてもおかしくはない。
そんな英雄が無茶苦茶な人物であるという一点が異彩を放っているが、それはひとまず置いておこう。
義景にとって織田にただ勝てばよいという状況ではなく、更にややこしい問題となったのだから。
「なんという…それでは、迂闊にランスを討てないではないか」
口に出して鬱屈に呻く義景。
織田信長が温和な人物であるという事は予め知っていたため、義景はこう思っていたのだ。
今の織田を煽っているのはランスという異人。
異人さえ合戦で討ち取ってしまえば、話しあいの講和で話しがつくと。
織田信長と一対一で対話さえ出来るなら義景はこの戦いに終止符を打つ自信があったのだ。
「重要な事を聞いた。話が終わりなら下がりなさい」
つまり浅井朝倉は正面から織田とぶち当らなければならなくなった。
更にランスという敵の総大将を倒してはいけないという制約も追加されて。
鉄砲の運用もそれを考えての使用をしなければならない。
裕輔も自分を義景に印象付けるという点とランスについて伝えるという点。
この二点の目標をきちんと達成したので、再び畳に頭を擦りつけた。
そしてそのままの状態で襖まで下がり、本当に天守閣から退室した。
■
天守閣に残された二人の間に重たい沈黙が下りる。
ただ単純に勝てばいいという話ではなく、勝ち方も重要となったのだ。
一郎は心の淀みを全て吐き出すかのような深い溜息をつき、今後の事に関して義景に指示を仰ぐことにした。
「父上、困ったことになりましたね」
「ああ…一郎、わかっているとは思うが」
「はい。忍達には暗殺を中止するよう命令を下します」
既に動かしている忍を下がらせるよう一郎に命令する義景。
裕輔の話を聞いた今となっては、ランス暗殺は下作中の下作。
成功してはいけないのだ。鉄砲の大量入手という吉報が舞い込んだというのに、この情報は老骨に堪える。
もっとも織田忍軍には鈴女がいるため万に一つも可能性はないが、それをこの二人が知る由もない。
「…だが、彼は大陸の人間か。
なるほど、優れた算学なども大陸の知識。そう考えれば自然ではある」
正直なところ、義景も裕輔の正体が気にはなっていたのだ。
見たこともない計算式を扱い、次々と積み重なった書類を一人で片付けているという話は一郎から報告を受けている。
記憶がないとの事だったが、そこら辺の寺小屋に通っている一般人では到底不可能な芸当。
考えられるのは大陸からの流民。
もしくは高度な勉学を受けられる名家の跡取り息子。
可能性としてはごく限られたものしかない。
そのため義景は一郎に裕輔の素行調査を命じ、忍までつけたのである。
前者であるならば大陸の情報、後者であるならば交渉材料として利用できる。
記憶喪失という点も本当か定かかは疑っていたが、自分から打ち明けてきたのであれば問題ない。
ましてや今の浅井朝倉にとって、裕輔の話の真偽を究明する余裕なんてないのだから。
「一郎。彼の意見はこの戦において重要になるだろう。
相手の性格や言動を少しでも知っているというのはとても貴重な事だ」
「わかりました父上」
「鉄砲隊はお前に任せる」
情報というものは単純な兵力よりも重要である。
敵の思考、正確な兵力、陣形の把握、補給部隊の位置…挙げ出せばキリがない。
そして紛いなりにもこの浅井朝倉においてランスという人間を知っているのは裕輔のみ。
(それに、彼はまだ何かを隠しているな…嘘はついていないようだが)
踏み越えてきた修羅場が裕輔と義景では違う。
義景は裕輔の中にある、口にはしない何かを会話を交わす間に感じ取っていた。
嘘は言っていないが、本当の事も全て言っていないという形のない何かを。
隠居してもおかしくないほどに義景は老いているが、無駄に歳を重ねたわけではない。
数えきれない数の人間と言葉を交わし、より自分の利となるように誘導したりもしてきた。
嘘か真実かを見極められる程度には慧眼の域に達している。
さて、どうしたものか。
義景は一郎を下がらせた上で、一人上座にて思考を巡らせる。
斥候に放った忍が織田の本隊を発見し、距離からざっと計算すれば城に到達するまでの時間もわかる。
「決選は明日。上杉は応えてくれるか…よそう、もはや間に合わない」
義景が助力を求めた相手とは上杉だった。
上杉家の上杉謙信と言えば毘沙門天の化身と言われ、武の頂点を極めていると知られている。
また清廉潔白の人間であり、不義を見逃せない人間でもあると。
上杉にはランスから送られてきた書状の文面をそのまま添付してある。
上杉謙信が噂の通りの人間であれば、駆け付けてくれる可能性も少なくはなかった。
また上杉家にも利はあるように、補償金や領地の分割などの譲歩もしてある。
義景にとって、織田を退けられる――雪姫を助けられるなら国の弱体化もやむなしと考えていた。
国主としては失格だろう。娘を優先し、国という民の物を犠牲にしようとしているのだから。
それでも義景は自分の行いを改めようとは思っていなかった。
■
【お、マスター。話し合いは終わったっすか?】
【難しい顔してやがる。あんま芳しくなかったのか】
チチチ、チチと天守閣を退室した裕輔の頭の上に二羽の雀が降り立つ。
もはや定着ポジションとして裕輔の頭の上は登録されているらしく、実に安定している。
裕輔がちょっと頭を振ってみても振り落とされる気配は微塵もなかった。
「いや、一応成功はしたよ。
ただこの戦に勝つ、もしくは引き分けに持ち込むのは難しいんだよな。
ドラク○2のラスボスを相手にしている気分に似てるな。あそこで全回復呪文はずるいだろ」
【まぁよくわからんが、元気出せや】
二羽の内、玄さんと片方の雀に呼ばれている渋い雀が裕輔を慰める。
ツンツンと嘴で裕輔の頭を小突いているのはダメージを与えたいのではなく、慰めているのだ。
どうやらこっちの雀のほうが年配らしい。
「そこで聞きたいんだが、お前らは何が出来る? そして何が出来ない?」
直接戦闘力がないと嘆いている場合ではなかった。
持てる力は全て使わないと、この無理ゲーを攻略する事は不可能だ。
そのため裕輔は呪い付きの能力をフルに使うつもりでいる。
【効果範囲、契約、操作数については前に説明したっすよね。
あと夜は集められても動けないっす。鳥目だから見えないんで。
それにあんまり重いものも持てないっすね。せいぜいがイモ虫よりちょっと重いくらいのが限界っす】
「最大半径2km、一度に操れる最大は50羽。
だが契約した雀に関してはこうやって会話を交わし、情報を交換できる。
あまり重たい物は持てないが、極めて軽い物なら運用可能…こんなとこか」
【操れる数は現時点でっていう話だ。
今日より明日、明日より明後日。呪いが強くなるにつれ、操れる数も増える】
会話を交わせるのは音を脳内変換しているので、あくまで鳴き声が届く範囲。
重たいものに関しても、一羽でダメなら二羽。二羽でダメなら三羽でと改善も可能。
だがこれだけの条件が揃えば、間接的にだが戦場を充分に引っ掻き回せる。
「なんとかなりそうだが…取りあえず休もう」
思えば裕輔は昨晩から寝ていない。
それを自覚するとドっと疲れが押しよせ、眠気が襲ってくる。
「悪いが三時間くらいしたら起こしてくれ…よろしく頼む」
フラフラと自分の部屋まで歩いて辿り着く裕輔。
先ほどまでいた太郎は既に姿がなく、太郎の服もいくつかなくなっている。
だがそこまで気を回せる余裕がない裕輔は頭上で囀っている雀に目覚ましを頼むと、倒れ込むように布団へとダイブした。
あとがき
ちょっと物語の進むスピード落とします。
更新することも含めて、雑になっていた感が否めないので。
次話からいよいよ両軍決戦が始まります。
あと主人公sugeeeeeee!! を予定してます。
tueeeeee!! じゃなくて sugeeeeeee!! です、一応。
主人公よりも雀sugeeeeee!! かもしれませんが。