講和―――現代でいう停戦、終戦条約。
どちらか一方からの降伏ではなく、対等の立場で結ばれる戦争の一つの終わり方。
これは両者の疲労が蓄積し戦いを続けるのが困難であったり、被害が甚大になりそうだと予想された時に交わされる事が多い。
例えば両国に大飢饉が起こって戦争をするにも国力が不足した場合。
また予期しえない他国からの侵略があり、二国間と戦争を繰り広げなくなってしまった場合など。
挙げ出したらいくらでも理由があるが、講和を結ぶことによって得られる利益は決して少なくない。
ゲームでは降伏勧告した場合、敵国は属国扱いになって勢力下となっていた。
俺が目指すのは属国扱いになるのはぐっと堪えて、ある程度の自治権・裁量を浅井朝倉に残したままの講和である。
ぶっちゃけてしまえば雪姫様にランスが手出しできない状況さえ作れれば俺的には成功なのだから。
そしてこの条件はそこまで難しくないように思う。
実際はどうかわからないが、義景様にとっての第一条件は雪姫様の身の安全だと察す事が出来る。
今回の戦いだって国の事を優先するのであれば雪姫様をランスに嫁がせ、織田とのパイプを強化すればいい。
国よりも雪姫様を取った事からも義景様にとって国よりも雪姫様が大事なのだ。
原作でも雪姫様さえ無事に扱ってくれるなら…と呟いてたし。
浅井朝倉にある程度の裁量を遺すというのも、それほど難しい事ではない。
ランスの目的は早期の全国統一。ひいては全国統一で手に入れるJAPAN中の女の子。
併合したのはいいものの一から統治をしていては時間がかかりすぎるため、おそらくは義景様に統治権は与えられるだろう。
その判断材料は巫女帰還。可愛い女の子は根こそぎ奪ったけど、統治に関してはその後も巫女帰還に任せていたし。
というか属国になるのも回避できるんじゃないか?
ランスにとって重要なのは女の子であって、土地ではないのだから。
問題はランス…なんだよなぁ。
織田の家臣達に対しては鬼札である人質・勝家を手に入れる事が出来たし。
お人よしな信長・香姫・乱丸・3Gなどに人質である勝家の解放を条件に組み入れれば、かなりの高確率で講和に応じると見込める。
また戦力的な意味でも織田に圧力をかける事が出来るだろう。
500丁という鉄砲は欠点を知られたとしても、圧倒的にまでの効果がある。
そして地震によって大きな被害を受けたという事。
これは当然合戦に関してマイナス要素だ。合戦を維持するための兵糧まで民に配布せねば被災分を賄う事は出来ない。
だが逆に言えば短期決戦に賭けるしかなくなった以上、浅井朝倉は守りから攻めに転じるしか道はなくなったのである。
死に物狂いの敵に500丁の鉄砲。
相手にするのは絶対に御免な相手である。
仮に勝てたとしても壊滅的な被害からは逃れられない。
■
「そう、か……一郎の考え、理解した。
どうしようもないのだろうな……もはや浅井朝倉に戦う力もない」
裕輔は一郎様に熱意を込めて説得し、一郎は素早く理解して義景へと書状を窘めた。
そしてその書状に書かれた文面を義景はジッと目を這わせ―――深い悔恨に覆われた。
もはや浅井朝倉に再生の道はないと傍観の念に襲われたのだ。
頼みの綱であった上杉からの援軍は来なかった。
義景は政治能力の手腕は並はずれた物だったが、戦の才能は人並みレベルを超えない。
一族の中で一番戦の能力に優れていたのが一郎だったのである。
「して、本当に織田は講和に応じると思うかね? 君の忌憚ない意見を言ってみてくれ」
「はっ! 自分、でありますか?」
「ああ、君だよ。森本と言ったかね。
織田との講和を結ぶのは…確かに一郎の言うとおり、不可能ではないだろう。
だが今までの織田と違う一点の汚濁が全てを狂わしかねない」
一転の汚濁。それは紛れもなくランスの事を指している。
戦ではなく話し合いの交渉につけるのならば、義景の老獪とも言える手腕は遺憾なく発揮できる。
両者の戦力差がはっきりしている以上、可能な限り浅井朝倉に有利な条件で戦を終わらせる方向へと話しをコントロールする自信があった。
そういえばランスという人となりを知っているという設定にしているのだった。
裕輔は義景と一対一で話すという重圧の中、講和へと持っていけるように水を向ける。
「では講和に関しては…」
「あの大地震でこちらは満足に戦える状態にない。
どちらにしろ、どこかに落とし所を見つける必要があったのだ。
講和は考えてはいたが…だが雪の身の安全が保障されない限り、選択肢には含まれない」
う、と裕輔は言葉に詰まる。
この講和の条件において保障できないのが、その一点なのだ。
ランスがそう簡単に雪姫を諦めるとは裕輔も思えない。
ランスの女にかける執念は半端ではないのだ。
勝家を捨ててでも雪姫を掻っ攫う可能性も否定できない。
もっともそれをすれば織田におけるランスの信頼はガタ落ち間違いなしだが。
「確証はできません。しかし、もし俺も織田に行く事を許してもらえるならば。
可能な限り雪姫様の身の安全を守るため尽力する所存であります」
だが低い可能性を少しでも上げる事は出来る。
ランスに会う事が出来れば一割、いや二割は雪姫の身の安全の保障に関して確率を上げられる。
乱丸、勝家、香姫、3G…彼等と直接話しをする事が出来れば、三割は固い。
裕輔は義景の交渉能力を疑っていない。
全ての国力を一ずつ上げた時など、ゲームの事ながら唖然としたものだ。
「それならば問題はない」
「問題はない…とは?」
「君は書面を見ていないのか」
義景は手に持っていた紙を裕輔の目の前に放り投げる。
裕輔はおずおずと目の前に放り投げられた書面を手にとって、驚きから眼を見開いた。
「お、俺が講和の使者に…ッ!?」
「そうだ。一郎は君を指名した」
通常講和、降伏などの条約を締結する際には使者が送られる。
使者を送られた側が交渉に応じれば場が設けられ、両者のトップ会談となるのだ。
詳しい条約の条件などはトップ会談の際に細部が決められる。
使者とはかなり重要で、尚かつ危険な役割である。
敵国に単身で乗り込むのだ。基本的に使者の安全は保障されているが、危険な事には変わりない。
講和を結びに行った使者が生首となって帰ってきた、なんてことはざらにある。
例を挙げるとすれば、足利が織田に何度も賠償請求の使者を送ってきた事がわかりやすい。
使者を斬る事はご法度ではあるが、ランスには往々にして理論は通じない。
無茶をすれば道理が引っ込む。それを体現するかのような男、それがランスなのだから。
「鉄砲の事を誰よりも理解し、異人の事も浅井朝倉で一番知っている。
なんとしてでも交渉の場につかせてくれ。そうすれば後は――――――」
自分でなんとかする。
義景の強い意志を秘めた眼差しに裕輔は平伏する事で答えとした。
■
場所は織田へと舞台を移る事になる。
勇者の資質を持つ男、ランス。呪い付きとなり、代償を支払い新たな力を得た裕輔。
遂に二人の男が合いまみえる。雪という可憐な姫を軸にして。
前者は姫を手に入れるため。後者は姫を守るため。
世は戦国乱世。弱きものは淘汰され、強者は全てを手に入れる。
戦いは最終局面へと移行し、浅井朝倉と織田との戦の行方や如何に。
■
Interlude
柚美は今、急いで廊下を歩いていた。
パッと見は全然急いでいるようには見えないが、見る人が見れば首を傾げるだろう。
一体何をしてあそこまで柚美を焦らせているのだろうか、と。
「……与作…!」
「おお、これは柚美殿。ただ今浅井朝倉より帰還しました」
「……お疲れ…さま…」
柚美の目的と言えばたった一つ。
それは城の大広間で旅の疲れを癒しているという話を聞いたため。
そして彼等よりある情報を手に入れるためだ。
「裕輔は………?」
浅井朝倉へと戻った裕輔についての情報。
裕輔が自分から戻ったのだから、使者と共に帰ってくるという可能性はとても低い。
それでも、心変わりして種子島家に来てくれるのではないか…そんな淡い思いを込めて柚美は急いでいたのである。
「…裕輔殿は浅井朝倉で奮闘する、と」
しかし返ってきた答えは柚美が期待していたものではなかった。
柚美は「そう……」と無表情ながらも気落ちし、がっくりと肩を落とす。
そんな柚美を見かねたのか与作と呼ばれた男は慌てて取り繕った。
「し、しかし、我等よりも後続隊。つまり鉄砲の実験の結果を持ってくる部隊ですな。
そちらのほうと裕輔殿は一緒に帰還するかもしれませんぞ?」
「…うん……」
幾分か表情が和らいだ柚美を見て、ほっと一安心する与作だった。
しかし僅かな罪悪感を覚える。彼から見て裕輔が種子島に逃げてくるとは到底思えなかったからだ。
まったく、どうして私がこんな損な役割を…裕輔殿、恨みますよと呪詛を内心で零しながら与作は柚美にあるものを手渡す。
「裕輔殿から預かりものがあります。柚美殿に」
「……何…………これ……?」
「お守りじゃないですかね」
それは浅井朝倉の使者――技師達が浅井朝倉を発つ寸前。
簡易な布きれにヒモを通しただけのお守り…? と疑問を感じさせる代物。
柚美はそれを指で摘まみながら目の高さに合わせ、じーっと見つめる。
「ゆ、柚美殿…?」
「……………」<ジーーーーー>
「あ、あの…」
「………ありがとう……」
「は、はぁ」
しばらく眺めて満足したのか、ひょいっとお守り(?)を握って大広間を後にする柚美。
どうやらお守り(?)を裕輔から貰った事で、我慢値がけっこう下がったらしい。
心なし足取りも軽くなった柚美の後ろ姿を見送り、与作は顔つきを険しくした。
「裕輔殿…恨みますよ、本当に」
まるで詐欺師にでもなった気分だ。
裕輔が種子島家に帰ってくる可能性はハッキリ言って、数%にも満たない。
もし仮に裕輔が種子島家に帰ってくるとすれば、それは浅井朝倉が滅亡した時。
そして浅井朝倉が滅亡した場合……裕輔に待っているのは敵軍からの処刑だ。
身内を殺された恨みの捌け口として敗軍の将を待ちうけるのは残虐の末の死。
仮に生き延びたとしても、まともな精神状態ではいられまい。
残された道は織田に完全勝利して、種子島家へと挨拶に来る場合くらいか。
それも戦況次第なのだが、それは後続隊のほうが詳しいだろう。
「織田で別れた少年は無事に姉上のところについたのだろうか?」
ふと頭に過ったのは尾張の関の近くで別れた、礼儀正しい少年。
少年は姉上に会いに行くと言っていたが、この乱世。上手く会えればいいが……。
神ならぬ彼にそれを知る術はなかった。