LP歴××年、JAPANは戦国乱世の炎に包まれた。
だが、人類は死に絶えてはいなかった。
「ヒャッハー! そこどけ、そこどけい!!!」
「パラリラパラリラ~~!!!」
暴力が全てを支配する世界となった大地に野生のモヒカン達が跋扈する。
世はまさに大チンピラ時代―――!!
「いや、この世界観にこれはなくね……?」
祐輔は巻き込まれないよう道の隅に見を寄せ、自転車で爆走する野生のモヒカンを見ながら呆然とした。
■
車や電車を使わず徒歩での旅となればとても時間がかかる。
しかしながら祐輔は種子島を抜けて以来山賊や物取りに襲われる事なく無事に旅路を進んだ。
真夏といっても祐輔の世界とは違い温暖化も進んでいないため、現代と比べると残暑が残っている程度の暑さでしかない。
それが種子島家へと使者に出るのを除いて長旅をした事がない祐輔にとって救いの一つであった。
種子島を避け、姫路へ。
そして姫路になんの思い入れもない祐輔の旅は順調に進む。
そんな祐輔が次に辿りついたのは毛利領の出雲という土地であった。
西JAPANの覇者・毛利家。
広大で豊かな土地を持ち、東の武田家と並び称されてJAPANにこの家ありと言わしめる家である。
だが―――――――
「ウヒヒャハハハッハーー!!」
「今日も俺の銀星号が火を吹くぜ!!」
「オラオラ、ちぬ様配下の山崎隊のお通りだーー!!!」
「………」
もう、なんというべきだろうか。
祐輔には彼等を表現する言葉がなかった。
彼等の格好は祐輔の世界の典型的なヤンキーそのもの。
しかもこの時代では斬新すぎるモヒカンヘッド。しかも頭の両端は剃っている。
更に彼等は自転車(?)に乗っているのだが――何故か暴走族のようにパラリラパラリラ~~と口で捲くし立てるのだ。
付け加えるなら自転車の荷台部分にノボリをつけている。
そのノボリには【毛利デ夜露死苦!!!】と書かれていた。
俗に言うデコチャリである。しかもおまけに肩にはトゲトゲがついている肩パッド装備なのだ。
彼等をあえていうのだとすれば、某世紀末伝説に出てくる雑魚達。
そうとしか祐輔に彼等を評する言葉はない。
「ももももももももももももうりーー。
ももももももももももももももーーりーーー。
もーーーーーーーーーっりーーーーー」
「ヘイ!」
「ヘイ!」
「ヘイ!」
「毛利! 毛利! 俺たちゃ毛利!」
「「「毛利! 毛利! 俺たちゃ毛利!!!」」」
街道を駆け抜けて行く自転車の集団を見送った祐輔はようやく自覚する。
ああ、そういえばゲームでも毛利軍の兵隊はモヒカンだったなぁと。
あれはキャラデザイン上だけだと思っていたのだが、どうやら毛利家では普及しているらしい。
そういえばと祐輔はふとある事に思いつく。
あのモヒカン達は自転車に乗っていた?
「そうだよ、あれってば自転車だよな。どうしてこの時代に?」
そうである。
自転車とは単純なようで、結構必要な物が多い乗り物である。
均一な歯車、タイヤのチューブに必要なゴム、車輪…他にも様々な物が。
当然祐輔の戦国時代には自転車は普及どころか存在もしていない。
自転車という概念事態が広まったのは時代にして200年も前ではない。
そんな代物がどうしてこんなに大量生産されているのだろうか。
「あ」
といっても祐輔はすぐに自己完結した。
確かにJAPANだけならそうだろう。独自に開発までこぎつけるのは並大抵ではない。
だが大陸の文化ならどうだろうか。橋も近いし、輸入されているのかもしれない。
「なるほど、なるほど。奥が深いな、JAPAN」
また一つ勉強になったと祐輔は歩き出す。
実は彼等は小早川ちぬ隊の精鋭で、自転車を与えられたのは選ばれた者だという事を祐輔は知らない。
そして祐輔は知らぬ間に騒動へと巻き込まれて行くのであった…。
■
小早川ちぬは毛利家の当主、毛利元就の娘である。
元々毛利家はそれほど強力な家ではなかったが、それもある事件で一変する。
毛利家の当主である毛利元就の呪い憑き化。
彼が失ったのは寿命の半分とマトモではない巨大な身体。
しかしその呪い憑きは元就を比肩なき西JAPAN支配者としたのだ。
元々元就は優れた刀の技能の持ち主であった。
老いてなお衰えない剛力と冴え渡る刀の技。
高齢であるがゆえに周りの者は刺激しないで老衰で亡くなるのを待っていたのだが…。
そんな元就が得たものは人の5,6倍はあろう巨大な肉体。
寿命と引換に更なる剛力を、無尽の体力を、妖怪にも劣らない生命力を手に入れた。
そこに彼の技能が加われば―――――無敵の戦士が誕生する。
元就は怒涛の勢いで尼子家、小早川家、大内家、吉川家を滅ぼした。
更にそれぞれの家に政略結婚で嫁いでいた娘達も毛利家へと帰還を果たし、更に強力化。
西日本では島津家を残して毛利家と戦えるだけの家はなくなったのである。
小早川ちぬは苗字が違うのは小早川家に嫁いでいたからだ。
彼女たち毛利元就の娘は三姉妹。長女の毛利てる、吉川きく、小早川ちぬの三名。
そしてそんな彼女が今現在何をしているかというと、だ。
「ちぬ様! そのように勝手に動き回られたら困ります」
「えー、なんでー? ホラホラ、そう言わずに一杯ど~ぞ☆」
「は、はぁ…。それはいいのですけど、ひょっとして毒とか入ってないですよね?」
「…テヘッ☆」
もうやだ、この上司。配下の女性は泣きそうになった。
彼女・小早川ちぬは間延びした声とぱっちりした目が特徴的な女性である。
彼女の姿はいわゆるメイド服と言われる代物なのだが、それをおかしいと思う人物はいない。
彼女にとってメイド服とは正装であり、戦闘服であり、普段着なのである。
そんな彼女には特技とも趣味とも言える事が一つあった。
「毒殺は勘弁してくださいって言っているじゃないですかぁ!!!?」
「冗談、冗談☆ な~んにも入ってないよ?(たぶん)」
そう、毒殺である。
ちぬは戦場において巧妙に敵の兵站に毒を混入させ、戦うまでもなく壊滅させる。
ついたあだ名が【毒姫】。敵だけでなく味方にも毒をまき散らしてしまう困ったちゃんなのだ。
そんな彼女が何故廃れた農村にいるのかというと、それも一重に領内を見て回るという仕事を引き受けたからである。
そうはいってもそれは名目上だけで、彼女が農村を査察したりするわけではない。
彼女の部下が仕事をするのであって、彼女自身は特に何もしない。
つまるところ長期間のピクニックのようなものだ。
仕事は彼女の優秀な部下たちが片付ける間、のほほんと休暇を楽しむ。
そんな彼女につけられたのがあの可哀想なお付きの女性だというわけだ。
「あ、オジさん。このお菓子ちょーだい?」
「え、あ、はい。ちぬ様、5GOLDになります」
「んーっと、今2GOLDしかないから2GOLDでいいよね?」
「え、いや、しかし、そんな……」
「それじゃーオジさんバイバーイ☆」
元就という大名の姫として育てられたせいか、ちぬは世間知らずなところがある。
ちぬがする事はある程度までは許されるし、実際これまで許されてきた。
このように店の商品を話が成立したとして勝手に持って行ってしまう事もあるのだ。
「お、お待ちくださいちぬ様!!」
付き人の侍従はちぬに置いていかれたらたまらないと追いかける。
普段なら彼女がフォローするのであるが、今回はちぬの付き人は彼女のみ。
見失っては大変だと店の主人に残りの代金を支払う事を忘れてしまう。
「――――」
〈ギリッ…!〉
男は歯ぎしりしながらちぬを目で追っていた。姿が消えるまでずっと。
侍従が自国の領内だからという理由で付き人が自分だけでなければ、気付けていたかもしれない。
ちぬがさっきまでいた町の商店街の者全員の雰囲気の異質さを。
彼等がちぬを見る目は主君の姫を見る目ではなかった。
彼等の目は―――――――略奪を繰返す盗賊でも見るかのような、悪意のある目だった。
■
はぁ、今日は珍しいものを見たな…。
俺は昼間に爆走していたデコチャリと毛利兵を思いだしながら旅籠の風呂に浸かっていた。
湯船に使われている檜の香りが鼻をくすぐり、今日一日の疲れを取ってくれる。
チャポンと左腕だけは湯船につけずにくつろぐ俺。
旅籠では人のいない時間帯を狙って入っているものの、誰かが風呂に入ってくる可能性もある。
そのため左腕の包帯は解く事は出来ないのだ。
この旅籠は街道の外れにあったものである。
有名な宿街ではないらしくそれほど大きな物ではなかったが、それでも野宿を考えていた俺からすれば有り難い。
日が暮れて野宿も覚悟していたところにこの宿街を見つけたのだった。
「ふぅ」
最後に湯に浸かった俺は髪を掻き上げて水を弾く。
定期的に自分で切っている髪は短くスポーツ刈りより少し長いくらい。
それでも脇差を売ってしまったため切るものがなく、結構伸びてしまっていた。
人が三人ぐらいしか入れない湯船を出る。
自分で用意してあった手ぬぐいで身体の水を拭いて服を着た。
服を着る間に目に入ってしまった、風呂であるというのに不清潔な床を見て思わず顔をしかめてしまう。
なんというかこの宿、非常にボロいのだ。
それはこの宿だけでなく宿街全体に言える事なのだが、寂れているという一言で済ませられないくらい。
街全体が廃業寸前の雰囲気が漂っている。
この時代では一般人の生活なんてどこでも低水準なものだが、特にここは酷い。
宿屋の店番も子供がたった一人でしているようで、俺はまだこの宿で大人と会った事がない。
当然食事も出ない。別に一日抜くくらいは大丈夫だけど、それでもこの街は少しおかしかった。
宿の状態は言うまでもなく店もやっていなかった。
俺が街についたのは日暮れだったが、普通は閉店には早すぎる時間である。
それがどこもかしこも扉を締めているため、晩飯を買う事も出来なかったのだ。
「なんかおかしいな…」
言葉にできない感じ。
何かが喉にひっかかってはいるのだが、中々取れないもどかしさ。
モヤモヤとした物が胸の中でわだかまっている。
俺はそんないいしれようもない物を胸中に抱いて自分に宛てがわれた部屋に戻った。
その予感があたるとも知らずに。
■
「――――――――!!!」
「――――――――!!!」
「――――――――!!」
真夜中。
祐輔は突如として響いた怒声に叩き起された。
あたりは暗く、夜明けの時間ですらない。
「な、なんだ!?」
祐輔は起き抜けに何か異常が怒っている事を感じ取って、すぐさま寝間着から着流しへと着替える。
寝間着では動きにくいし、いつも来ている藍色の着流しのほうが身体に馴染む。
予備のわらじを袋から取り出して室内であるというのに脚に履いた。
この時代一人旅をするにあたって、寝起きの行動は迅速でなければいけない。
何かが起こるのを事前に防げなくとも、何かが起こった後に対応できなければ待っているのは死。
この一人旅の間で培ったスキルの一つだった。
「くそっ、何が起こってるんだ!?」
祐輔の周囲探知能力は昼間は抜群なのだが、夜はほぼ零に近い。
理由は簡単。祐輔の目となり手となる雀が夜の間は眠っているためである。
無理に操って動かす事もできるが、鳥目というだけあって夜は役立たずなので意味がない。
ひっきりなしに祐輔の耳に届くのは幾人もの男の怒声。
鉄が弾き弾かれる音も聞こえるため、誰かが戦っているのは確かだ。
祐輔に現時点でわかっているのはそれだけだったのだが――――――
「小早川ちぬを捕らえろ!」
「決して殺すなよ! 生け捕りにして交渉に使うんだ!!」
「ちっ、クソ! コイツらnタワバッ!?」
「農民の癖に、夜襲kあべしっっ!?」
「やれ、やるんだ! 今しかない!」
「うおぉぉおおお!!! 俺達の恨み、思い知れ!!」
続いて耳に飛び込んできたのは信じられない言葉の羅列。
ここは毛利領なのである。
小早川ちぬとは毛利の姫。
その毛利を捕らえると言っているのは、この地の農民で…。
「――― 一揆かっ!?」
民衆の不満が爆発し、国に刃向かう一揆の勃発。
祐輔は不幸にも一揆を起こす街に泊まってしまったため、巻き込まれてしまった。