―――織田・天志教、魔人殲滅作戦
概要:織田、天志教の兵力全てを投入して魔人ザビエルの殲滅する
最優先目的:魔人ザビエルの封印、または殲滅
第一段階:尾張、なにわの二方面から本能寺を襲撃。敵の主戦力を惹きつける。
第二段階:魔剣カオスを持つランスを中心とする織田の精鋭、性眼を中心とする天志教の月餅の法を使う精鋭二組によって魔人を目指す。
なお織田と天志教のニ面作戦とし、個々で動くものとする。
これは双方どちらも一組で魔人を殲滅する力を持っているためであり、本作戦はこの精鋭二組がザビエルにまで辿り着くのを焦点におく。
■
「…と、いう事でよろしいですかな?」
「ええ。織田としても問題ありません。ですよね、ランスさん」
「ああ。坊主どもが勝手にするというんなら、俺様としてもやりやすい」
織田が尾張を出発する前日。
最後の確認をするために天志教からの使者とランス、香姫、3Gは天守閣にいた。
天志教から遣わされたのは言裏という僧で、なんとこの僧はランスと顔なじみであった。
「つうか言裏。お前JAPANにいたのか?」
「いやはや、拙僧もまさかJAPANでランス殿と会うとは夢にも思っていなかったでござる」
ランスと歓談を交わしている言裏は大柄で野暮ったい印象を受ける男だった。
だがその実ひと当たりもよく、すぐに織田の面々ともなじんでいた。
「それでですな。性眼様からランス殿に留意事項があるでござるよ。
天志教にも魔人を封印するための法術・月餅の法というのがあるんでござるが…。
この術を使うには魔人が弱っているという前提と時間が必要。
だから織田のランス殿を筆頭とする精鋭部隊の後に出発させて欲しいとの事」
月餅の法。
法術を扱う術者と、三人の娘を核にして行う魔人封印のための術。
以前二回ザビエルが復活した時はこの術によって封印する事が出来たのだ。
しかしながらこの術には致命的な欠点がある。
この術を使うには大量の時間が必要。且つ三人の娘が無防備な状態になり、その間守りきらなければいけない。
しかも魔人をある程度まで弱らせる必要があるため、使用にはかなり困難な条件が必須となる。
「ふん、別に構わん。
俺様が先にぱぱぱーっと魔人を殺してしまえば終わりだからな」
「っはっはっはっは。もちろんそれが一番でござるよ。
だから我等は保険な策として月餅の法を並行して執り行っておくという事ですな」
ランスの魔人をおそれぬ態度に、これは一本取られたとばかりにぺしんと禿頭を叩く言裏。
天志教側がランス達の戦力を無いものと考え、性眼が単身魔人と対峙する覚悟であるという事は伏せておいたほうがいいだろう。
いたずらにランスの機嫌を損ねても意味がないと言裏は充分理解していた。
「それでは明日、拾(十)の刻限に本能寺を織田軍が取り囲み、天志教はその後方を二重に包囲。
戦端が開かれたと同時に織田、天志教の精鋭部隊が突入という事で」
「はい、それで問題ありません」
香姫は横に座っている3Gに目配りをやり、言裏の確認に頷く。
3Gは香に対して『おいたわしや…』と言って号泣して以来、八面六臂の働きぶりをしている。
まだ幼い香にこんな非情な役割を背負わせる事しか出来ない自分を恥じているのだ。
しかしどんな理由があろうと信長を討つという決意をした以上、香は織田の全責任を背負う立場になったのだ。
こういった他国との重要な会談では香が自分の意思で全てを決めなければいけない。
3Gがフォローする事はあっても、最終的に決めるのは香なのだから。
「それで魔人の使徒はどうするつもりだ?
俺様がかなり痛手を負わせたが、それでも一匹はいるぞ」
ランスに痛恨の一撃をくらい、逃げ帰るようにして飛び去った煉獄。
まだ回復はしていないだろうが、それでも人間にとって脅威である。
「それは天志教と織田の軍勢で対処する、としかいいようがないですな。
天志教も今回の闘いに出来うる限り法力を持つ僧を集めたでござるよ」
「だがなぁ…ぶっちゃけ、かなり死ぬと思うぞ?」
ランスの経験からしても、使徒である煉獄の反応は良かった。
使徒は魔人と違って無敵結界を持っていないため、普通の一般人でも倒せる。
しかしそれでも両者の間には絶望的な力量差があると言えよう。
「いえ、ランスさんは魔人討伐の部隊に入っていただかないといけません。
使徒は私や光秀さん、五十六さんに任せてください」
「香ちゃん?」
そしてそんなランスの心配を要らないとはっきり断ったのは香だった。
「確かに使徒との闘いは厳しい物になると思います。
ですがランスさんや勝家さん、乱丸さん、レイラさん達は魔人との闘いに専念して下さい。
この闘いで魔人に負けてしまったら、もう織田に魔人を討つ力はなくなってしまうでしょうから…」
既に部隊配置は決まっている。
直接戦闘力の高い勝家や乱丸、治癒の力に長けた名取、そして異国からランスの要請によって援軍として来たレイラという女戦士などの精鋭部隊。
彼女たちにランスを加えた精鋭部隊によって魔人討伐を目指す。
しかし指揮能力は高いものの、直接戦闘力が低い者は三笠衆との闘いに割り振られている。
香はそんな彼等に使徒の対応も任せると言っているのだ。
もちろんその陽動部隊の本陣は香が座る。
「少し疲れると思うが、俺様が相手したほうがいいと思うんだがなぁ」
右「確かに…」
左「使徒も魔人と比べれば弱くはありますが」
中「それでも一騎当千の力を持っているはず」
3G『ここはやはり、精鋭部隊に使徒の撃退もお願いしたほうがよろしいのでは?』
「駄目です」
将来の美少女、香を危険な目に晒すのが嫌なランス。
そして唯一織田の直系であり、それ以前に一番危険な場所に香を置くのに反対する3G。
動機は全く違うものの反対する二人にきっぱりと香は否定した。
「私に闘う力はありません。
ですが、だからこそ、この闘い。私が正面に立ち、魔人と確固たる決意を持って対峙しなければいけません」
自分に出来る事を。すべき事を。為すべき事を。
祐輔に助けられたあの日以来、香はずっと胸中で考え続けてきた。
香に敵と闘う力はない。しかし織田の旗頭として兵を鼓舞し、魔人と敵対する事は出来るのだ。
「この闘いは絶対に勝たなければなりません」
――――――たとえ兄を討つ事になろうと。
こうして天志教、織田の秘密裏に結ばれた連合軍の最終確認は終わった。
言裏は織田とのやり取りを報告しに天志教の総本山、なにわに。
3Gは香を全力で支えるため、混乱を最小限に備えるために根回しに奔走し。
ランスは迫り来る闘いに興奮した血を冷まさせるためにシィルの下へ。
■
「兄上」
会談の場にいた者が散り散りになり、それぞれ退出した後。
香は一人になり、自室の奥に眠っていた甲冑を前に兄である信長へ語りかけた。
「この鎧、使わせて頂きます」
ふるふると震える手で甲冑の兜に触れる。
冷たい鉄の感触が掌に伝わり、これを信長から贈られた日の事を香は思い出していた。
初めて戦場に香が顔を出す時に過保護な兄が用意したものである。
まだ信長の妻が存命している時で、『こんな鎧用意してアホか!』と信長が飛び蹴りを食らっていたのを覚えている。
その甲冑は防御力を上げるためにかなり重く、幼い香が着込むと一歩も動けなかったのである。
「私は明日、兄上の体を奪ったザビエルを討ちます」
ズシリと手に重い鎧兜だが、かぽっと香の頭にすんなりと装着できる。
香は何重にも着ている着物を全て脱ぎ、鎧を着込むための着衣を身に纏う。
そして一個一個確かめるようにして篭手や具足を体に着込んでいった。
「まだ兄上は魔人の体の中に残っているのかもしれません。
しかし民のため、私は兄上を討ちます。お叱りはあの世でいくらでもお受けします」
鎧の全てを身につけた香。
重い事には重いが、最初にこの鎧をつけた時ほどではない。
むしろ香が感じている重さは精神的な重さである。
これから意識を残っている兄である信長を討つ。
いくらでも恨んで下さって構いませんと、香は目を瞑って大きく深呼吸する。
「兄上、姉上。行って参ります」
そして最後に信長に対して今生の別れを告げた。
この日一人の少女が短き幼年期を終え、為政者となる。
目前と迫った最も辛き試練を乗り越えない限り彼女と国に明日はない。
それ故彼女は決意する。肉親の情を捨て、国を守ると。
■
――そして現在。
本能寺周辺を囲むのは城の防衛に最小限を残し、ほぼ全軍の織田軍。
この軍の指揮を執るのは織田家から古く軍師を任せられている明智光秀である。
パッとしない経歴を持つ光秀ではあるが、その戦略は堅実にして堅牢。
城攻めや野戦など攻める闘いは苦手であるものの、守りに徹する闘いは得意としていた。
そして今回の闘いの性質上敵を包囲し逃さない、古くからの家臣であるという理由から陽動軍の指揮を任せられたのだ。
「五十六殿、弓兵部隊の配置は?」
「既に終えています。いつ始まっても出られますよ」
周囲はにわかに暗くなっていて視界があまり良くない。
だが包囲して逃がさないだけでなく、本丸である本能寺へと直接攻撃を仕掛けて敵の目をこちらに向ける必要がある。
光秀と弓兵部隊の指揮として残された五十六は天志教より渡された地形図とにらめっこしていた。
「五十六殿がこちらに残って頂いて助かります。
私以外の織田の武将は皆、ザビエル討伐へと向かってしまいましたから」
「若輩ながらこの身、存分に役立てて下さい」
「ははっ。そう言ってくれると助かります」
目を伏せながらの五十六の頼もしい申し出に光秀は笑った。
弓兵である五十六は陽動部隊に回される。無敵結界を持つ魔人に弓では効果がないし、カオスの援護をするには接近する必要がある。
弓で接近戦も出来ないこともないが、達人の刀や槍の闘いの間に割って入るのは流石に難しいと判断されたのだ。
「この道とこの場所を抑えている限り、本能寺の一味とは必ずぶつかります。
敵が出てこない場合はこちらから攻める事になりますが、ね」
陽動部隊である光秀達は魔人と使徒の注目を集める必要がある。
そのためには最悪こちらから打ってでなくてはならないかもしれないのだ。
出来る事なら既に待ち伏せの布陣をひいているため、三笠衆から攻めてきてもらったほうがありがたい。
そしてそれと同じくらい向こう側から本陣のある平地まで降りてきて欲しいという希望的観測もあった。
「しかしこの地形…守るに易く、攻めるに難い。
本能寺とは寺であるはずなのにまるで天然の要塞のようですね」
「弓矢もどこまで届くかという所ですね」
本能寺は山の中腹にあるため立地的に下から上へと攻める必要がある。
更に山という立地上木々の枝に阻まれて弓矢があまり機能しない恐れもあった。
「それでは私はこれで」
「ええ。戦法螺の音が鳴った場合、打ち合わせ通りにお願いします」
戦で最もロングレンジで攻撃できるのは弓である。
陰陽師による式神の攻撃でも遠距離からの攻撃ができるが、詠唱している時間が長すぎるため敵の動きに即座に合わせられない。
そのため敵の第一陣をまず迎撃するのは五十六が率いる弓兵部隊なのだ。
不安そうに地形図を凝視している光秀と別れ、五十六は自分の部隊に戻る。
五十六は最重要な戦によく自分が駆り出されたものだと思う一方、こんな自分ですら動員しなくてはいけないほどに厳しい闘いなのだと表情を険しくした。
こんな状況に陥っても織田軍にあまり動揺が出ない事は並大抵の事ではないと感嘆しつつ。
五十六や光秀、勝家などの武将には事前に香より説明があった。
しかし一般兵には戦前の鼓舞で初めて敵がザビエルである信長だと明かしたのである。
当然演説直後には一般兵は大きく動揺し、皆が皆互いに顔を合わせて夢か幻かと騒ぎたてた。
だがその動揺も香の真摯な訴えに。武将たちが微塵の動揺もなく冷静であるのを見て、自分たちが真の話を聞いているだと理解する。
気丈に振舞う香の姿を見て一念発起した織田軍は鉄の意思を持っているとしか言いようがないだろう。
これから始まる闘いは織田にとってだけでなく、五十六にとっても重要である。
この戦に敗れればおそらく香達は魔人討伐のために立ち上がったのではなく、主君に謀反を起こした悪逆人の烙印を押される。
仮に生き延びられたとしても山本家の再興は霧散してしまうだろう。
そんな打算的な考えがある一方で五十六は織田のために頑張りたいとも思っていた。
降将である五十六に対して織田の人は皆とてもよくしてくれている。
降将といえば使い捨ての駒にされてもおかしくないというのに、いきなり部隊長として抜擢もしてくれた。
「こんな事考えている場合ではないというのに…」
そしてそんな織田の命運がかかっているというのに、五十六の頭の中に占められるのは直前に迫った戦の事だけでなかった。
「祐輔殿とは一体何者なのだ?」
香から信長が魔人であるという事実を聞かされた後にもたらされた、祐輔の情報である。
あれほど探しまわっても発見できない祐輔が香の命を救ったという。
それだけでは飽き足らず天志教に信長が魔人であるという事を伝え、秘密裏に協力体制まで整えた。
太郎から祐輔の話を聞いて凡百ではないとは思っていたが、とんでもない傑物である。
「五十六様!!」
「なんだ、どうしたというのだ」
「それが――――」
五十六が祐輔の事について思案する事が出来たのもここまで。
この一人の部下が持ってきた報告によって五十六は祐輔の事を考えている余裕をなくす。
それは後方の弓兵部隊にまで戦の開始前に敵の手が及んだという緊急事態の発生であった。
■
「っく! またですか…!」
林の中から飛び出してきた忍者装束の男に太郎は弓をしならせて迎撃する。
しなりの強い弓とは非常時に己を守る簡易的な鞭のようにして使う事が出来るのだ。
太郎は姉の五十六から教わった通りに敵をいなし、脇腹に弓をしならせて叩き込む。
「せいっ!」
「…っぐ……」
そして怯んだ相手に片手で抜き放った脇差を首に突き刺す。
敵の忍者装束を着た男は怯んでいたため碌な対応も取れずに喉を貫かれて絶命した。
「皆さん! 敵は林や森の木々の影、茂みに隠れて襲ってきます!
本来我々がすべき闘いではないですが、非常時には小刀で対応してください!!」
血の滴る脇差を拭う事もせずに周囲に警戒を呼びかける太郎。
本来直接敵と対峙する事のない弓兵であるはずの彼等がこうやって敵と接敵している理由。
それには三笠衆がとってきた奇天烈な戦法による物のせいであった。
通常軍と軍との闘いといえば大戦力のぶつけ合いで雌雄を決する。
しかし三笠衆が取ったのは戦力を半分に分けて半分を本丸である本能寺の防衛。
そして残った半分の戦力を逐次投入するという一見馬鹿げた戦法であった。
だがこの馬鹿げた戦法も立地によって一変する。
本能寺は周囲を林や森といった背の高い木々に囲まれた土地であり、大軍での進軍は困難。
実は織田軍がぐるりと囲むようにして軍を配置したのにはこういった要因もあったのである。
そして背の高い木々は身を隠す絶好の隠場と姿へと変わる。
本能寺の主戦力である三笠衆とは忍集団であり、隠密行動や暗殺は得意中の得意。
これらの要因が全て揃って織田軍は今こうして苦しめられているのである。
敵がどこから来るかわからない現状。
しかも前衛に配置してある武士隊や足軽隊をすり抜けて後方の部隊にまで一気に攻撃してくる。
更にいやらしいのが戦力を削る事を目的にしているのか、ある程度攻撃をしかけるとすぐに撤退してしまうのだ。
一丸となって固まり移動すると後方の直接攻撃に脆い部隊を狙われてしまう。
だからといって後方の部隊を守るようにして布陣すれば思い出したかのように軍隊行動でまとまった行動をしてくる。
JAPANでは知られていないが、現代でいうゲリラ戦法をしかけてくる三笠衆に織田軍は翻弄されていた。
しかも敵は戦の作法である開始の合図すら出さずに攻撃を開始している。
これらの要素に織田勢は浮き足立っており、混乱していた。
「これはまずい、ですね。
このままでは本丸である本能寺に辿り着くまでにかなりの数が削られてしまいかねません」
「そんなにやばいのか?」
「やばいです。早く姉上に指示を仰がないと、僕が受け持っている部隊が危険です」
「あ、五十六さんも来てるんだ。
いやはや、良かった良かった。ちゃんと再興へと向かっているみたいだな」
(ん? 僕は今、誰と話をしているのでしょうか?)
くるりと横で気楽に砕けた調子で話しかけてくる男を見て、太郎は腰が抜けそうになった。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ!!! ゆ、祐輔さん!?
「やほ。久しぶり」
やっ! と手をあげてにこやかに笑いながら太郎に挨拶する祐輔。
その挨拶ぶりは「今晩のおかず何?」と訊ねるくらいの軽さで、とても数カ月ぶりだとは思えない。
もう何がなんだかわけがわからない太郎だが、とりあえず祐輔と再会したら言おうと心に決めていたフレーズを喚く事にするのであった。
「祐輔さん。僕に何も言わずに放浪の旅に出るとはどういった了見ですか!!」
「いやーっはっはっは(笑)俺にも色々とあるんだよ、色々とな。
ま、それは後で理由を見せてやるよ」
「む」
どうやら祐輔の顔を見るに本当に訳があるらしい。
話をはぐらかしたものの、祐輔の表情に翳りを見た太郎はそれ以上の追求が出来なくなってしまう。
後で理由を見せると言った以上、戦の最中だという事を含めてもここでこれ以上追求すべきでない。
「…というか、本当に何をしていたんですか、祐輔さんは。
いきなり浅井朝倉の使者という大役を受けたと思えば、ふらりといなくなる。
人が必死に探しているのに見つからなければ、香様を助け出したり。きちんと説明してくれるんですよね」
「は、はい。なんかスンマセンっした。自分が悪いです、はい」
有無を言わせない雰囲気を滲ませる太郎に祐輔は謝る事しか出来なかった。
太郎から言われた言葉はそのとおりで弁解のしようがないからである。
「それはともかくとして、だ。
太郎君、この織田軍を指揮しているのは誰? まさか香姫様ってわけじゃないだろうし」
自分に都合の悪くなった祐輔は強引に話の内容を元に戻す。
だがそれこそ今目の前に迫った危機であったと太郎はキリリと佇まいを正した。
「光秀殿ですよ。明智光秀様がこの陽動軍を率いています」
「陽動か。いまいち現状がわからないな…。
よし、太郎君。俺を光秀様のとこまで連れて行くついでに戦の概略と現状を簡潔に教えてくれ」
「連れて行くって…」
さらりと本陣まで連れていけという祐輔に太郎は呆れる。
なんどもいうが今は戦の最中である。そんな中、本陣まで簡単に外部の人間を連れていけるはずがない。
「あのですね、祐輔さん。常識的に物を考えて―――」
「――よろしく頼むぞ、兄弟」
言って下さい。
そう告げようとした太郎の胸に何かが走る。
とても懐かしい感覚だ。そう、兄弟同然に過ごした浅井朝倉での日々を思い出す。
「…まったく仕方がありませんね。いつも祐輔さんは頭が悪いのか良いのかわからない。
おまけに行動は意味不明ですし。発禁堕山のとこで悪酔いした時なんて泣きそうになりましたよ」
「ああ、そういえばそんな事もあったなぁ。サーセンw」
フヒヒと口元を歪めて笑う祐輔に呆れながらため息をつく太郎。
だがその顔は憂鬱な動作とは打って変わって生気に満ち溢れた物であった。
「道すがら今までの経緯について説明するのでついて来て下さい。光秀様のところまで案内します」
祐輔は外部の人間だ。
しかもかつて浅井朝倉からの使者という形で織田に訪れ、織田の敵意を一身に受けた経験もある。
だが同時に香の命の恩人であるという事も山本姉弟は聞き及んでいたので、持ち場を離れて本陣に案内しても支障は来さない。
そしてそれ以前の問題として太郎に祐輔を怪しむ感情は欠片もなかった。
祐輔が敵方のスパイであったり、工作員である可能性を微塵も。
彼にとって祐輔とは短い間とはいえ『兄』であったのだから。
■
織田本陣・幕内。
織田全軍の指揮を任されている光秀と祐輔は僅かとはいえ会談の時間を設けられていた。
指示を出さなければいけない光秀はそんな暇はないと断ろうとしたが、香が招き入れると決めたのであれば仕方ない。
祐輔が責任者と話をしたいと求めた時、一番早く許可を出したのが香である。
香は祐輔に謝罪とお礼を言うべきとは思っていたものの、時と場所が悪い。
そのため祐輔に戦が終わった後も織田に逗留して下さいとお願い(当主からであるからほぼ厳命のようなものだ)するに留まり、
今は光秀と祐輔の会談の邪魔をしてはいけまいと静かにしている。
ちなみに五十六は前線で指揮をとっているためこの場には居合わせていない。
「貴方が力を貸して下さるというわけですか…」
「ええ、そうです」
祐輔の申し出とは織田と三笠衆との戦闘に協力するという話だった。
「俺の力はご存知でしょう。
天からの視点で周囲を俯瞰し、あまねく人間を包み隠さず索敵します。
敵がどこから現れてくるのかわからないというのであるならお役に立てるはずですが」
今三笠衆がとっているのはゲリラ戦法だと祐輔は推測していた。
数十人単位で移動し、通常では考えられない方法で敵の数を削っていく。
本丸である本能寺を警備でがっちり固め、三笠衆という忍者集団であるからこそできる戦法である。
「ええ、確かにそうですね」
そして光秀は祐輔の力がどれほど有用かについても理解していた。
かつての戦で祐輔の能力――鳥を使役する能力は痛いほどその身に味わっている光秀。
祐輔さえいなければ…と光秀は浅井朝倉との調停後、何度も悔しく思った事がある。
戦場でも最も重要なものは兵力差もあるが、更に重要なのは情報である。
敵がどこで何をしているか。その情報を丸裸にして瞬時に手に入れる事が出来る。
こと戦場の情報集収能力という一点について祐輔はずば抜けて高かった。
先の浅井朝倉との戦――鉄砲という新兵器も大きな脅威ではあった。
だがそれを正しく運用する指揮能力と打ち終わった後に的確に敵の綻びをぶち抜く戦略眼。そして刹那の瞬間に戦場の推移を把握する能力。
それらの中核をなしているのが祐輔であるという事を同盟国となり、鉄砲と浅井朝倉の人材を間近に見た光秀の感想である。
「………」
ここで外部の人間の力を借りるべきか、否か。
ザビエル(信長)討伐はいずれ他国にも知れ渡るだろうから、別に祐輔が関わっても問題はない。
だが織田内の内乱ともいえるこの闘いに外部の人間を関わらせてもよいのかと光秀は逡巡する。
「森本殿。どうか私に力を貸して下さいますか?」
「香様!? よろしいのですか?」
「はい。森本殿は私の命の恩人。
命の恩人を敵の間者と疑うほど、この香。堕ちてはいません。
そしてこの戦は必ず勝たねばならないのです。森本殿さえよろしいのでしたら、どうかお力添えを」
「ああ。香殿さえよければ」
頭が禿げるんじゃないかと思うくらい悩む光秀に代わり祐輔の申し出を受けたのは香だった。
ぺこりと頭を下げて祐輔にお願いする香に隣にいる3Gが「軽々しく頭を下げてはいけませぬ」と焦っているが、祐輔はそんな事気にせず任せろと胸を叩いた。
香が申し出を受ける事を決めた以上、光秀はその決定に従うだけである。
「それでは貴方の力、早速ですがお願いします。
現状兵は見えぬ敵にどう動けばいいか戸惑っているのです」
「ええ。ただちに鳥を使い敵の位置を掴みましょう。
太郎君、鳥を集めるから少し席を外す。ついてきてくれないか?」
「え、えぇ、いいですけど…ここではやらないんですか?」
「ここではちょっと、な」
そう言って横に控えていた太郎を連れてくるりと本陣をでようとする祐輔。
そんな祐輔の後ろ姿に香が声をかけた。
「死なないでください。今までの非礼を侘び、恩を返したいですから。
どうか私を恩知らずの娘のままにしないでくださいね」
「あー、はは…了解」
香の真摯な言葉にぎくりと体を一瞬だけ強ばらせる祐輔。
この戦が終わればそのままの脚で毛利へと帰ろうとしていただけに心に突き刺さる。
香の純真でまっすぐな言葉に断り切れない祐輔だった。
■
祐輔は己の分を弁えている。
これから魔人討伐の精鋭に加わったとしても出来る事はないだろう。
しかしこの戦場では自分の力は役に立つという事は正しく把握していた。
「さーって、と。まだ使徒も出てきてないみたいだし、引きずりださないといけないな」
本陣から少し離れた場所で祐輔はぐっと呪い憑きの力を司る部分に力を込める。
太郎と光秀から作戦の概略を聞いたため、このままではいけないと祐輔を奮起させたのである。
この作戦では魔人の使徒を誘き出さなければならない。
だが魔人側は守りを固め、厭らしくゲリラ戦法で織田の力を削る戦法を取っている。
このままでは万全の状態の魔人とその使徒をランス達精鋭は相手にしなければならないのだ。
ではどうすればいいのか。話は簡単である。
ゲリラ戦法を取っている部隊を全て撃破し、三笠衆だけで護りきれず使徒が出ざるをえない状況を作りだせばいいのだ。
「太郎君。どうして俺が君に何も言わず、浅井朝倉を出たのかって聞いたよな」
今の織田ではそれが難しいというのなら俺がやってやる。
祐輔はするりするりと左腕を固めていた包帯を緩めていく。
こうやって包帯を解いておかないと能力発動時に筋肉が膨張するため、破れてしまうからである。
「今からしっかり俺を見ておけ。それが答えだ」
かちり、とスイッチを入れるように。
祐輔は呪い憑きとしての力を発動させた。
「え……?」
ガキガチと祐輔の左腕の筋肉が膨張し、爪が醜く伸びていく。
包帯に覆われていたびっしりと生えた赤胴色の毛が逆立つ。
間の抜けた声を上げた太郎の目の前で左目が真紅の瞳となった祐輔の左腕は変貌していった。
『来い』
頭の中で祐輔が念じるだけで周囲の雀・鴉は従って祐輔の上空で旋回を始める。
あとは祐輔が一つ命令を出せば鳥達は忠実な下僕となって行動を開始するのだ。
「俺は呪い憑きだ。とある事から呪われてしまって、な。
だから織田にはいられないし、太郎君と前のように暮らす事も出来ない」
祐輔ははぐらかしも隠しもしなかった。
ただありのままの事実を太郎に伝え、話した。
祐輔の中に太郎に呪い憑きを隠すという選択肢はない。祐輔にとっても太郎とはそれだけの存在なのだから。
「なに、お互い生きていればいつか会えるさ。
俺もずっと呪い憑きでいるつもりもないし。あーけど左腕ももうないんだよね…。
ま、今はそんな事は置いておいて、ここを乗り切る事だけを考えよう」
すっと祐輔が右腕を空へと伸ばす。
それはまるでオーケストラの指揮者のようにピンと張られ。
「散れ。黄色の服以外を身につけた人間を悉く探しだせ」
本能寺に向かってまっすぐと指さした。
既に黒い竜巻のように旋回している数を増やしていた鳥達が四方へと飛び去って行く。
森へ、林へ、物陰へ、民家へ、物櫓へ。あらゆる場所へと鳥達が散る。
正攻法しか知らない織田に対して有効であったゲリラ戦法であったが、祐輔の加入によって立場が激変する。
それはこの闘いの流れに一石を投じる出来事であった。
*あとがき
祐輔が本能寺にくるまで何をしていたかは本能寺編が終わってから番外編で書きます。
長らく放置していたおかげでいつのまにやら50万PV達成。本当にありがとうございます。
つきましては感想キリ番を今回もします。777を取った方の読みたい話を作者がせっせと作ります。
(例:祐輔魔人ルート【ダーク、ギャグ(笑)などの指定もあり】、最初から上杉ルート、柚美との休日編などなど)
777でリクがない場合、800の方に自動的にリク権は移るものとします。