あれ? 今の俺、ちょっとかっこよくね?
太郎とのやりとりで少しかっこつけた祐輔が次の瞬間知覚したのは、頬に伝わる衝撃と反転する風景だった。
「ぶるぁ!?」
ガツンと頬に突き刺さる拳。揺れる脳。
腕を振り抜き、やたらいい笑顔で何かをやりきった感を出す太郎。
祐輔は鳥を操りながらもゴロゴロと地面を転がった。
「…? ぉ、おお?」
「ふぅ、やれやれですね。今のは僕の怒りの一発と思って頂いて構いません」
いい角度で入ったのかぐわんぐわんと揺れる脳。
頭にクエスチョンマークを浮かべながら真っ赤になった頬を摩る祐輔。
未だ再起動を果たせていない祐輔にやれやれと太郎は肩を竦めた。
「た、太郎君? 今俺を殴ったね? オヤジにも殴られた事…って、そんな事やってる場合じゃないな。
な、なんで殴ったんディスカーーーー!!!」
「わかりませんか?」
「わからんわ!!」
がぁーーっ! とちょっぴりキレ気味で吠える祐輔を見据えて太郎は目を細めた。
「僕は何故何も言わず祐輔さんが消えたかについて説明を求めたんです」
「だから―――――」
「呪い憑き〈ソレ〉が理由だというのなら、僕はもう一度祐輔さんを殴らないといけませんね」
ふーっと拳に息を吹きかけてチラチラ祐輔に見せつける太郎。
一見冷静に見える太郎だが、その内心は静かな怒りに満ちていた。
「呪い憑き。ええ、確かに驚きました。
ですが、それがどうしたのだというのです?」
「どうしたって…」
絶句する祐輔。
祐輔を詰問する太郎の言葉に偽りはない。
太郎は心の底から祐輔が呪い憑きであるという事実には驚いたが、それが何も告げずに出て行く理由になると納得していない。
「もう一度会うと約束しましたよね。
ならどうして何も言わずに浅井朝倉を出て行ったのですか。
手紙でも、書き置きでも何でもできたでしょう。何故しなかったのですか?」
「………」
「答えられないなら僕が答えましょうか」
アホな祐輔の考えている事は手をとるように読める。
数ヶ月しか共に暮らしていない太郎だが、祐輔の考えにおおよその予測がついていた。
「もし僕が付いて行くとでもいえば山本家の復興の妨げとなる。
そう思ったんじゃないですか?」
山本太郎は名門山本家の嫡男、唯一の直系男子である。
いうなれば山本家復興のための要であり、武勲はモチロンの事良家のお嫁さんを貰わなければいけない。
つまり経歴の一切に傷をつける事を許されない身。
祐輔が浅井朝倉を出る際に行き先を告げずに出てきた理由。
そしてこの場においても魔人の行く末を見届けたら消えようと思っている理由。
その二つの理由の何割かを占めるのは太郎が暴いた祐輔の本音である。
図星をつかれた祐輔は言葉につまり、黙るしかない。
「本っ当にバカな人ですね」とバツの悪そうな顔をしている祐輔にため息をつきながら太郎は言葉を続ける。
「いいですか。呪い憑きと行き先を告げずに消えたのは話が別です。
それはそれ、これはこれ。祐輔さんが変に気を回したせいで何ヶ月も探しまわる羽目になりましたよ」
そういいながら地面を転がって、未だに立ち上がらない祐輔に手を差し出す太郎。
躊躇いがちに手を取った祐輔をぐいと引っ張り上げ、固く手を握る。
「僕たちは兄弟みたいなものなのでしょう? なら隠し事は無しです」
「…ああ、そうだな。悪かったよ」
自分たちの間に変な気を使うのはナシ。それは相手を侮辱している事になる。
自分よりも何歳も年下に諭される祐輔。実にカッコ悪い姿だった。
「もう、ほんっと…今ほど自分がバカだと思った事はないな。
自分ではそれなりに上手く立ち回っていたはずなんだけどなぁ」
祐輔は自分が配慮と言う名の押し付けを無意識にしていた事を恥じた。
確かに山本家復興のため、太郎にとっては祐輔の事を忘れて織田で着々と地盤を固めるのがいいのだろう。
今の祐輔の存在はお家復興を成し遂げようとする太郎の脚を引っ張るだけだ。
いかに優れた武勲をたてようと祐輔が呪い憑きであるという事実は変わりようがない。
それは浅井朝倉での対応を見る限り明らかで、原作から考えても妥当である。
原作の中で呪い憑きと人々がわかりあえていたのはランスという外からの価値観の男がいたからこそ、なのだ。
祐輔がとてつもない美人なら話はともかく、男のためにランスが環境を整える事は天地がひっくり返るくらいありえない。
それはひとまず置いておくとして、あくまで一般論。
世間一般がこうしたほうがよいと考えているだけで、太郎がそうしたいと考えているわけではない。
全てを聞いた後でお家復興のため祐輔と別れるかどうかを決めるのは結局の所太郎本人なのだから。
「このままだとこの戦が終わり次第ふらっといなくなりそうなので、先に釘を刺しときました」
「うん、それ正解。別に魔人さえどうにかなれば、織田はそんな気にならないし。
魔人が消滅か封印されたら速攻で毛利に帰るつもりでいたからな」
「またこの人は…」と太郎は頭を痛めながら、それでも行き先を教えてくれた祐輔に一応満足した。
織田の主君となる香が滞在しろというのに消えるつもりでいたというのは常識外としかいいようがない。
尾張や織田の勢力圏内に住む人間にとっては身に余る栄誉なのだから。
「毛利…確か、西日本の覇者。
端の島津としのぎを削るという、あの毛利ですか?」
「そそ。今はそこでお世話になってる。というか、これからなる予定」
毛利家。太郎はその名前を深く脳裏に刻みつけた。
今の祐輔の話を聞き、これからどのように行動するかは太郎次第である。
だが祐輔の拠点を聞き出せたというのは自分をちゃんと認めてくれたという事なので、太郎はそれが嬉しかった。
「鳥が戻ってきた。敵軍の場所を詳細に書くから光秀様から地図を貰ってきてくれ。
俺の今の姿だと使徒と間違えられて撃退されかねないから」
「わかりました」
ちょっと自嘲気味に笑う祐輔の頭を一発どついてから踵を返す太郎。
「な、殴ったな?」
「そんな笑い方するからですよ。全然似合っていません。
祐輔さんは雪姫様の事を思って、にへらにへら笑っているほうが似合っていますよ」
では、と本陣へ一人戻る太郎。
一人残された祐輔はちょっぴり涙目で参ったなぁとポリポリ頭を掻いて空を仰ぎ見る。
自分なりに気を使ったつもりだったが、大きなどころか特大の余計なお世話だったらしい。
「そうだよなぁ、普段の俺ってこんなんだったよな。
なんかここ最近シリアス展開が続きすぎておかしくなってたかもしれん」
ボロボロと少しずつ壊れていた祐輔の心の崩壊が止まる。
戦国という時代に適応するため、変わらざるを得ない心の変化。
必要以上に祐輔から大事な物を奪い取っていく崩壊が僅かだが、止まった。
ここで太郎と出会えた事は祐輔にとって幸いであった。
化物へと変わりつつある体。相次ぐ人の死というストレス。現代ではありえない現状。
祐輔は知らぬ間に『自分』という存在を削り取られていたのだが、それらが漸く落ち着きを見せ始めたのである。
「さて、と―――――じゃあやりますか」
ククククと悪い顔で鳥を縦横無尽に操る祐輔。
それは人として一皮剥けた、成長した祐輔の始まりの息吹だった。
■
加速度的に味方軍が駆逐されている。
その報告を部下から煉獄が受けた時、彼はランス達を待ち構える準備をしていた。
「…なに? そのくらい自分たちで処理しな」
「で、ですが敵の動きは我々の位置を正確に掴んでいるとしか思えなく…。
こ、このままでは敵の本隊がほぼ無傷で本能寺にまで到達してしまいます!!」
「無傷、だと?」
終始作戦通り上手くいっていた戦法が急遽通じなくなった。
しかもそればかりか敵である織田軍は組織的にゲリラ戦法を取る三笠衆を追い詰め、その本隊はゆっくりだが本能寺にまで到達しつつある。
この流れは煉獄にとってもまずい。
「お前らは少しも敵の戦力を削れない無能だったか。うん?
それが出来ないってなら今、俺がお前を殺してやろうか?」〈ギリギリッ〉
「煉獄、様…お、…お許、し……」
報告に来た部下の胸ぐらを掴み、片手一本で持ち上げ頚動脈を締め上げる。
地に足がつかない部下は口から泡を吹きながら許しを乞うのであった。
煉獄がたてた作戦とはこうである。
使い捨ての駒である三笠衆をゲリラ戦法で使い潰し、織田本隊の力を徐々に削る。
本能寺につくまでに消耗させ、待機させてある半数の三笠衆をぶつける。三笠衆は壊滅するだろうが、所詮人間。どうとでもなる。
幾分か力を削った織田軍であれば、三笠衆でも時間を稼げるだろう。
その間に煉獄は主力であるランス、その側近である危険人物達を処理する。
この場でランスを殺す必要はないが、煉獄は勝家や乱丸などの危険人物達を確実に処理したいのだ。
煉獄がその身で体験した通り、ザビエルの脅威となるのは織田のランスのみ。
本音を言うのならランスだけを殺しに織田の本陣へと跳び、電撃作戦で倒してもいい。
だがザビエルがランスを使徒にしたいと要望しているので、その作戦は取れないのだ。
今もなお疼く傷跡はランスの剣閃を覚えているし、思い出す度に腸が煮えくり返るような憤怒に駆られる。
だがそれが出来ない以上、万が一とは思うがザビエルの命の危険性を減らすために精鋭を潰すのが常套。
しかし本隊がまるまる残っているとなれば、それも難しくなる。
一対一なら煉獄は人間ごときに負けぬ自信がある。だが多対一では絶対とは言えない。
魔人と違い使徒は無敵結界を持たないので、圧倒的物量差で迫られればもしもがないとは言いきれないのだ。
「っち」
顔色が蒼白から土気色へと変わりつつある男をブンと放り投げながら煉獄は舌打ちする。
作戦を変更しなければならない。隣でぶつぶつと床を見ながら膝を抱えている女に声をかけた。
「式部、予定を切り上げる。もう暴れてこい」
「…イイ、ノ? コロシテ、イイ? イッパイ、イッパイ、コロシテ?」
「ああ」
一人膝を抱えていた式部は右腕の手甲をギチギチとならし、立ち上がる。
式部は外見こそ美しい娘だが、使徒の一人にして残虐非道な性格にして惨忍。
その式部は煉獄の言葉に感情の薄い顔に喜色を滲ませて笑った。
体から溢れ出すのは色気よりも濃密な血の臭い。
左手に携えている特別製の刀からは常に血が滴り落ちている。
使徒の中においても、式部はどうしようもなく血を求めてしまう性分なのだ。
「人間共が思ったより使えない。まだ連中こっちにきていねぇが、こっちから向かう」
本来なら式部は織田本隊と三笠衆との闘いにおける主戦力として使うつもりであった。
それは何故かというと式部の戦闘能力は煉獄に遜色ないが、思考能力が極端に低いために誤ってランスを殺しかねない。
そのため式部は煉獄とは同行せずに、敵の本隊との闘いに投下する事になっていた。
「フフ、フフ……フフフフ」
「間違ってもランスを殺すなよ? ザビエル様に怒られちまう」
人を殺せる。あの紅い鮮血を浴びられる。
歓喜に身を震わせる式部は煉獄の注意の声も気にせず人とは隔絶した跳躍力で飛び立つ。
その式部の後ろ姿を横目で見ながら煉獄も戦場に出るため動き出した。
「…ああ。考えてみれば、この展開もそう悪いもんじゃないねぇ」
そのままの展開であれば煉獄が相手するのはそれこそ織田の精鋭数名だっただろう。式部が全て平らげてしまうだろうから。
だがこの展開ならランスさえ素通しすれば、織田の精鋭を葬った後にも敵がいるではないか。
煉獄の体にまだ残る痛々しい疵痕が訴える熱はとても数名を葬るだけでは冷めそうにない。
「…ぐ……ぁ……」
「ああ、まだ生きていたのか、お前」
投げ捨てられ、部屋の隅でうめき声を上げる部下を一瞥する煉獄。
思わぬ恨みを晴らすチャンスを齎してくれた部下ではあるが、使えない事に変わりはない。
そして―――――
「もういらない。死ね」
「ガ!!?」
使えない人間はいらない。
煉獄が無造作にふった腕は男の頭部を粉砕し、部屋の壁に真っ赤な華を咲かせる。
拳についたねちゃりとした粘着質の物体を煉獄は舐め、これから行う残虐な闘いに思いを馳せた。
■
所詮忍者集団の三笠衆。
祐輔の能力によって位置情報が筒抜けとなってしまっては、武士隊や足軽隊と正面からの勝負で勝てるはずもなく。
着々と織田本隊は本能寺へと進んで行く。
ついに姿を現す使徒。
それを向かい討つのは織田の本隊と天志教の高僧達。
物語は序盤から佳境へと。激動の数時間が流れて行く。
そんな中――――――
「どうやら上手くいってるようだな」
「そうですね、ランス様。
ここまで一人も兵士さんと出会わないのはビックリしました」
ランス率いる精鋭部隊は本能寺へと到着していた。
「ランス、こっち、こっちでござる。
多分こっちが本堂にたどり着く、敵が一番少ない道でござるよ」
鈴女の案内によって安全で敵の少ない道を歩んできた精鋭部隊。
彼等は魔人ザビエルまであと一歩というところまできていたのだった。
「うむ。それじゃあ気合入れていくか!」
「殺せー! 魔人を殺せー!!」
「お前はウルサイのだ」
自らの剣と一人漫才をするランスを見て、勝家や乱丸は苦笑しながら後に続く。
――――――そして
「ほう、ランス以外にも辿りついたか…。
ランス以外は始末しておけと煉獄に命令しておいたはずなんだがなぁ。
クックククク………」
「…変わり果てたな、信長。いや、今はザビエルだったか」
ついに対峙する勇者の資質を持つ男と魔人。
「信長などとうの昔に消えたわ。今はこの我、サビエルこそがこの体の主よ」
「まったく、香ちゃんを悲しませがやって」
魔人は問う。
自らの配下となり、共にJAPAN.を支配しないかと。
勇者は答える。
そんな物はクソくらいだと。
自分の女になる予定の少女を泣かせた罪、万死に値すると。
「なら―――――ここで死ぬがいい」
「やってみろ。お前なんか一瞬で魔血魂に戻してやるわ」
ついに火ぶたが切って落とされる。
魔人か人か。種族の生存をかけた闘いが、今。
あとがき
あれ…? 話、全然進んでないお…。
キリ番は感想とは別に二回書き込んで頂いても大丈夫です。