―――――武将、明智光秀は平凡な人間だった。
有名な武家の家に長男として生まれた。
しかし他人と違うのはそれだけで、他はそこらの一般兵といたって変わらない。
力も、武芸も、特殊な技能も持たない平々凡々とした人間。それが光秀だった。
同年代にいる勝家や乱丸が目に眩しい日々。
一族の者からは情けないと陰口を叩かれ、悔しい思いもした。
そんな光秀が己に出来る事と決めたのは軍略で敵を追い詰める軍師という道だった。
かといって人と比べて光秀の頭はとりたてて優秀なわけではない。
一を教えられれば一、十を教えられれば十、あるいは九しか頭には入らなかった。
人には考えつかないような戦法を考えついたりできない。
其故光秀は己の全てをかけて勉学に打ち込んだ。
一を聞いて十を知り、十を聞き百を知る人間がいるのならば、自分は百を聞き百を知ればいい。
人に考えつかないような戦法を思いつかないのなら既存の戦法全てを頭に詰め込もう。
そしていつしか光秀の陰口を叩く者は少なくなっていった。
我武者羅に知識を頭に詰め込んでいた光秀はいつの間にか織田家筆頭軍師という肩書を手に入れていたのである。
嬉しかった。この知略を主君のために役立たせられる。
だが―――――――
「光秀さん! お願いです、しっかりしてください!!」
(……どうやら、ここまでのようですね)
使徒・煉獄の放った一発は腕を弾け飛ばせるに留まらなかった。
僅かに内臓すらも掠り、その肉を削りとってしまったのである。
次第に薄くなっていく意識と痛みを訴えなくなる体に光秀は己の死を実感した。
おそらくこのまま自分は死に行くのだろう。
織田の命運がかかった戦でなんとも情けない―――しかしただの軍師である自分が香を助けたのだ。
きっと今は亡き光秀の両親も信長も光秀を攻めはしまい。
「香姫、様……全権指揮をあなた様が握って下さい。
軍に対する指揮は、山本五十六殿、に…彼女なら、できます」
「なにを言っているのです、光秀さん! 死んではなりません!」
「申し訳、ありません…実はもう、目を開けているのも億劫なのです」
「そんな…!」
光秀の体を血に塗れるのも厭わず支え、必死に語りかける香。
そんな香を見て、足利に流れず最後まで織田で軍師を努めて本当に良かったと思う。
ああ、自分の選択は間違いではなかったと。
「五十六殿は実質、足利を支えていました。彼女なら…包囲しながら、時間をもたせるのも可能、な、はず、です…」
対足利戦において五十六の部隊指揮がなければ合戦をあと二つは減らせただろう。
そんな彼女ならば現状を維持させるぐらいなら充分に可能だと光秀はぼんやりする頭で判断を下した。
そして問題となる使徒に関しても。
(あの策がちゃんと通用すれば、問題ない…)
ふ、と目の前が一瞬真っ黒になり四肢から力が抜けた。
どうやら本当に限界らしい。
「香姫さ、ま…どうか、御健勝に……織田に、幸、多からん、こと…ぉ……」
「光秀さん! 光秀さん!!!」
織田軍・軍師、明智光秀。
生涯織田を使える主君と定め、その手堅い指揮によって織田を守った軍師。
彼の最後は敬愛する主君の腕の中でゆっくりと息絶えた。
■
――――同時刻、戦線右前衛。
三笠衆と織田軍が互いに生死をかけた合戦を行う横で、
命をかけた鬼ごっこが繰り広げられていた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
「捕まえられるモンなら捕まえてみせろよっ!」
追う白い野獣と成り果てた煉獄。
逃げる口は挑発の言葉を撒き散らしつつも涙を流す祐輔。
つかず離れずの距離でこちらも生死をかけた闘いを繰り広げていた。
「なんとか通じるっちゃ通じてるけど…!」
必死に煉獄から逃げる祐輔は彼の目論見通り見事使徒よりも速く動く事が出来ていた。
使徒が変化した姿――あるいはこちらが真の姿か。
身体能力が爆発的に上がる化物の姿で祐輔を追いすがる煉獄の追跡は余りにも苛烈。だが神速の逃げ足でまけない程ではない。
しかし祐輔は逃げつつも細心の注意を常に払わなければならなかった。
それは何故か。
(―――うがっ!?)
前方で一進一退の闘いを繰り広げる三組の兵士達。
突然現れでた三組の兵士達を危機一髪で躱しながら祐輔は狭い隙間に身を潜り込ませた。
祐輔にとって煉獄との鬼ごっこはまさしく肝が冷える事の連続である。
速度で上回る祐輔が何故冷や冷やしなければならないのか。
それは超高速で動き回る祐輔にとって、障害物とは必ず避けなければならない物なのである。
自動車の交通事故を思い浮かべればいいだろう。
物理エネルギーとは対象の重さと速度によって決まる。
そのため時速80kmを超える車がポールにでもぶつかった場合、完全に車体がひしゃげてしまうのである。
この戦国ランスの世界でもそれは違わない。
想像して見て欲しい。車を遥かに超える速さで動き回る祐輔が兵士とぶつかった場合。
出来るのは二体のスクラップ(惨殺死体)である。
「ちっくしょう、あっちはこっちの苦労を知りもしないで…!」
「UGAAAAAAAAAAAA!!!」
それに引き換え煉獄はそんな心配をせずに一直線で祐輔に迫ってくる。
前方にいる兵士をものともせず、強固な槍と化している体毛と四肢で蹂躙しながら祐輔へと牙を向けるのだ。
祐輔の内心が冷や汗の洪水なのも理解してくれただろうか。
しかし――――――
「ねぇ、今どんな気分? ねぇどんな気分?
カスって言ってた人間を未だに捕まえられないってどんな気分?
ねぇ、ねぇ? 教えてよwwwwwwwww」
「ブッコロ、シテ、ヤラァァァアアアアアア!!!!!
祐輔は煉獄を挑発するのをやめない。
2chで教わった敵を愚弄する言葉で煉獄の頭の血管を二・三本破裂させる。
プー、クスクスwと口に手をやり笑いながら煉獄の周囲をわざと見えるようにして走り回る祐輔は控えめに言っても殺したいくらいウザかった。
煉獄が正常な判断が出来なくなればなるほど時間が稼げる。
煉獄の突撃に巻き込まれてしまった兵士は気の毒だが、それは仕方ない。
祐輔だって挑発する度に命の危険が跳ね上がっているのだから。
「ガルァアア!!!!」
「っと! ハッハッハ、捕まえて見ろよとっつあん!!!!」
「マチヤガレ!!」
ブオンと空気の壁が叩き突きつけられるような勢いで振るわれる煉獄の前足。
祐輔は煉獄の予備動作を見ただけでどんな攻撃がきても躱せるように安全範囲まで後退。
煉獄が空振りした事に苛立ち突進してくるのを視界に納め、挑発をやめて再び逃げ出そうとして――――
「――――ガッ……!? なん、だ、これ、は!?」
ガクンと煉獄の体が地に沈んだ。
「へ?」
呆気にとられる祐輔。祐輔は何もしていない。
だが煉獄は突如として【見えない何か】に押さえ込まれるようにして地面に縫いつけられているのである。
ググググと脚に力を込めて立ち上がろうとしているものの、【見えない何か】の圧力は煉獄の動きを縛り続ける。
「こいつは、まさか………!」
煉獄は思い至った。
この体を押さえつける呪縛は過去に受けた事がある。
そう、過去ザビエルが天志教との闘いによって瓢箪に封印された時に―――
「あんのクソ坊主ドモガァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!
■
―――本能寺、郊外
「あ番からわ番まで準備!」
「呪術具、法具、配置万全です!!」
本能寺を半包囲して三笠衆を閉じ込める織田軍。
その後方に詰める天志教の面々とてぼーっとしているわけではない。
彼等も彼等なりに魔人との闘いに備えて組織の全てをかけていた。
この日のために全国から集められた高僧、その数は1000人を超える。
そのいずれも単独で中級クラスの妖怪程度は懲悪できるほどの力を持っていた。
そんな彼等は今性眼から残された指示に従い、大規模法力結界を発動させるための準備を執り行っていた。
法力のない僧達も各地に配置された法具を守るために配置されている。
まさしくこの闘いは織田だけでなく天志教にとっても命運をかけた闘いなのだ。
「伝令、光秀様より使徒出現との報告!」
織田からの報告を持ってきた兵士が【あ番】の場所へ息を切らしながら飛び込む。
その報告を受けた【あ番】を統括する僧正は待機している100人の部下へと指示を飛ばした。
「大規模法力結界、発動!!
ここが起点となるので、ありったけの力を込めて発動せよ!!!」
僧正の声にオオ!と声を張り上げて法力を練り上げる僧達。
グングンと高まりつつある法力を起爆させるために僧正も己の法力を込め始める。
光秀が言っていた対抗策とはこの事だったのである。
使徒の行動や力を封じるのは性眼クラスでも不可能。
ましてや彼等程度の力であれば気合だけで打ち破られてしまう。
―――しかし、それが百人なら? 千人ならば?
そして土地も彼等に味方をする。
魔人ザビエルが本拠地としているのは本能寺。
そう、寺なのだ。土地的にも結界を貼りやすい場所であり、法具の補助も受けやすい。
「全員ここが正念場と心得よ!!
魔人は決して世に放ってはならぬ!! 使徒も同様、何がなんでもここで滅するのだ!!」
【おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!】
二度目に魔人を封印した時よりも僧達の力は落ちている。
しかしそれでもこれほどの大規模の術ならばあるいは…魔人とまではいかずとも、使徒の動きを食い止めるくらいは出来るのではないか。
僧正は自分たちの行動が無駄でない事を祈りながら大規模結界を発動させた。
■
「姿が、見えねぇと思ってたら、こそこそ結界なんて張っていやがったか…!」
目の前で見えない何かに押し潰されそうな苦悶の表情を浮かべる煉獄。
本当に何が何だかワケワカメな状況だが、奴曰く結界とやらが発動したらしい。
煉獄は化物の形態を保てなくなってしまったのか普段の人型に戻る。
「えらくしんどそうじゃないか」
ぷぷっ、ザマァwwww プギャーーーww
まさしくそんな感じである。
これでここはなんとか乗り切れそうではある。
「ぬかせ…! てめぇも結界の影響受けてるじゃねぇか!」
――――うん、そうなんだ。落ち着いて聴いて欲しい。
煉獄が見えない重圧に押し潰されそうになるのとほぼ同時期。
俺の体はスルスルッと力が抜けて行くかのような脱力感に襲われているのである。
「あ、あぁぁ、あっるぇー?」
ガクガクと脚を震わせながら体を起こす。
お、おかしい。何が起こっているかわからないが、俺達以外の兵士は何の変化もなく闘い続けている。
ということはだ。煉獄の言う結界とやらは対使徒に限定されているものなはず。
「ひょ、ひょっとして呪い憑きだからとか…?」
口に出してしまって自分で落ち込む。
この結界とやらは人間には何も害はなさないが、妖怪とか魔物に対して効果は絶大だと。
…やべぇ、ちょっと死にたい。いよいよもって俺も妖怪にカテゴライズされてしまったのか。
「ぢぐじょうがぁあぁあああ!!!」
しかしながら俺よりも煉獄のほうが強制力はかなり強いようだ。
人型に強制的に戻された煉獄は憤怒の表情を浮かべ、額の血管を何本もぶちぎらせている。
更にどうやら返り血だけでない鮮血が煉獄の体から垂れていた。
「は、は、は、はは…やっばいなぁ、これ」
はっきりいって――――力が全然入らない。
どうやら呪い憑きとしての俺の力は完全に封じられているらしく、鳥を操る能力は使えない。
だが幸いな事に逃げ足だけは錆びついていないようで、なんとかなりそうではある。
「おら、どうしたよ。追ってこないのかな、ウスノロ?」
「コノヤロ――――……あぁ?」
くいっくいっと手招きして厭らしい笑顔で煉獄をバカにする。
これは自分の感覚だが逃げ足だけは正常に機能している。だから引き続き煉獄を馬鹿にし続ける事に問題ない。
だが煉獄の様子がおかしい。今まで激昂して無差別に攻撃をしかけていたのだが、急に静かになって虚空を見上げ始めやがった。
「この感覚…いや、ありえねぇ」
ブツブツと呟く様はまるで夢遊病患者のよう。
注意を引きつけなくてはいけないとは思うんだけど…ぶっちゃけ触りたくないです。
このままどういった行動を決めかねている間に、
〈ダンッ!!〉
煉獄は地面を強く踏みしめ、体をしならせて跳躍した。
俺へと向かってではなく―――明後日の方向、本能寺へと向かって。
「おい、待てよ!! 逃げるのか!!」
「逃げてるのはテメェだろうが!!
この勝負預ける。テメェは必ず俺直々に縊り殺してやるからな!!」
反射的に追いかけるも煉獄の眼中に俺は無い。
脇目も振らずに本能寺へと最短距離で空を跳躍して先行して行く。
どうやら何かに気づいたらしい。向こうで大きな動きがあったか?
ビュンビュンと風の速さで戦場を跳んで行く煉獄の背に追いすがる。
煉獄をここに足止め――いや、不可能だ。現在俺に奴を止める手立てはない。
煉獄の意識が俺から他へと向かった時点で俺の負けなのだから。
「なら…」
見届けるしかないだろう。
邪魔も何も出来ない、今から本陣に戻ったとしても呪い憑きの力が発揮できないのなら俺は役に立てないし。
今こうして煉獄に対してちゃんと効果を発揮しているのだから、結界を解けとは言えない。
戦場を跳躍する煉獄に対して、戦場の隙間を縫うようにしてジグザグに駆け抜ける。
ここまできたなら最後まで見届けてやるさ。
■
ザビエルは魔人の中においても上位の力を持つ魔人である。
自分の力を削って生み出す使徒を五人(内一匹)作っても尚衰えない圧倒的な力。
それこそ同じ存在である魔人数人と相対しても負けはしないだろう。
「―――ぐぅぅぅうう!!!」
だがその圧倒的であるはずの魔人が、今、数人の人間によって追い詰められていた。
体の各所に致命傷ではないものの、大小の無数の傷跡。
そして肩口から鳩尾へと大きく裂けた刀傷。これは魔人といえど致命傷に至る傷だ。
表情にも疲労の色が強く、今もまた肩口に魔剣カオスの一撃を受けて苦悶の声を挙げた。
「ガァァアアッッ!!」
「うおっ、あつ、あちちち!!」
苦し紛れに全身から黒炎を巻き上がらせる。
ザビエルに一撃を浴びせたランスは黒炎に顔をしかめて後退。
あっぢー!と火傷を負った手をヒラヒラとさせて後方に下がり、支援に徹している名取から治癒を受けていた。
(―――何故だ!)
満身創痍のザビエルに浮かぶのはその一念。
魔剣カオスを持つランスは脅威に値する。それは認めよう。
だが、何故。何故羽虫に等しい人間ごときにこうまで己が追い詰められねばならない。
ザビエルが追い詰められる理由――それは三つ。
一つ目は人間を甘く見ていた事。いつでも殺せる人間、所詮体に傷一つ付けられないのだからと。
二つ目はランス。ランスの錆び付いていた腕がザビエルとの実践の中で徐々に研ぎ澄まされていっているのである。
そして三つ目――実はこれが一番大きな要素だった。
それはザビエルを構成する魂が封印されている瓢箪。これがまだ四つしか割れていないのだ。
単純計算してザビエルの力は全盛期と比べると二分の一しか発揮できない。ザビエルが思った以上に力が回復していなかったのである。
「終わりだ、ザビエル。将来俺様の女(予定)の香ちゃんを泣かした。それだけで死刑なのだ」
ざ…とランスが魔剣カオスを構える。
これでケリを付けるつもりなのだろう。全身から立ち上る闘気は物理的なうねりを持って見えんばかり。
今までランスを援護していた勝家達もランスの邪魔をしてはいけないと武器を構え、後方で固唾を飲んで見守っている。
「オノレ、オノれ、オのれ、おのれぇぇぇええ!!!」
今、自分という存在はかつて無い窮地に立たされている。
それを自覚しているザビエルは呪詛を吐き散らした。
なんたる屈辱。なんたる侮辱。魔人たる己がたかが人間に対して消滅の危機に瀕している。
(態勢を―――立て直す)
身体を焼き尽くさんばかりの屈辱に身を焦がしながらも、ザビエルが下した判断は冷静だった。
今この場さえ乗り切れば――瓢箪を割れば、それだけザビエルの力は高まる。
あと二つも割ればこの憎い人間共を容易く殺せるようになるだろう。
それもこれもあの人間のせいだと八つ当たりにも似た憎悪をザビエルは祐輔に燃やした。
本来ならザビエルはまだ動くつもりではなかった。最低でも5個、6個瓢箪が割れてから表舞台に上がるつもりだったのである。
それが祐輔によって香を救出された事により情報が流出してしまい、このように不利な状況で表舞台に引きずり出されてしまった。
腸が煮えくり返るほどにドロドロとした憎悪。
しかしその憎悪もここで自身が討たれてしまったらそれで終わり。
ここは何が何でも生き延びなくてはならない。
「おっと、逃がさんぞ。お前はここできちっと死んどけ」
ザビエルの視線がちらりと窓枠に向かったのを敏感に察知したランス。
ランスは身体をザビエルと窓枠の間に移動する事で外への退路を断つ。
ランスの意図を読み取った勝家や乱丸達は逆に階段への道に立ち塞がった。
これで窓から外へ逃げようとすればランスを抜かなければならない。
また階段から逃げようとすれば勝家達の抵抗によって数秒間、無防備な背中をランスに晒す羽目になる。
ザビエルを追いつめたランスはニヤリと笑いながら少しずつ必殺の間合いへと距離を縮めていった。
「死ぬ? 我が? …ククッ、フハハハハハハハハ!!!」
絶体絶命のはずのザビエル。
だが何がおかしいのか、追い詰められているザビエルは額に手をやって大声で笑う。
その狂笑に勝家達は無意識に一歩後退し、ランスは気が狂ったかと顔を顰めた。
「我はこんな所で死なぬわ!!」
【いーや、死ぬね。それより早く仕留めろよ、心の友よ。
ほら、ぼっとせずに! ハリー、ハリー、ハリー!!!】
言われるまでも無い。
カオスの言葉に内心でそう返し、ランスはザリと畳を後ろ足で踏み抜く。
距離は十分。魔剣カオスを最も避けづらい胴体を狙い、横一閃に走らせる。
「ザビエル様ぁぁぁあああああああ!!!!」
―――走らせる、はずだった。
「んなっ!?」
ザビエルを外へと逃がさないために窓を背にしていたランス。
そのランスの背後の窓から、これ以上ないほどのタイミングでの敵の強襲。
祐輔を振り切りザビエルの下へと馳せ参じた煉獄がランスへと踊りかかったのである。
「こな―――」
ランスはザビエルに振り抜こうとしていた剣を思いとどまり、そのままグルリと反転。
身体を180度回転させて遠心力を刃に乗せ、死角から襲いかかる煉獄へと斬撃を浴びせる。
「くそ!!」
「ぐぅ、うがぁあ!! ザビエル様、今のうちに!!}
ゾブリとカオスの刀身は煉獄の胴体に埋まる。
遠心力を載せたカオスの一撃は煉獄の胴を半分ほどまで切り裂くも、分断には至らなかった。
ぐぶぅと口から血を吹き出しながらも煉獄はザビエルの活路を切り開く。
使徒である煉獄はザビエルの危機を本能で感じ取ったのである。
そのため祐輔との鬼ごっこを切り上げ、全速力で本能寺まで急行。
今にも敗れそうなザビエルの姿を見て、瞬時に状況を察して自分を犠牲にして活路を開く。
「そのまま抑えていろ、煉獄!!」
「あっ、待て、コラ!!」
「そうはいかねぇ、ぜ!」
これを好機と見たザビエルはランスの背後にある窓枠へと突進していく。
ランスはそれを防ごうとするも、死にかけの煉獄にカオスをがっしりと掴まれ身動きが取れない。
死にかけとはいえ煉獄は使徒。使徒と人間であるランスの純粋な力勝負では、ランスに勝ち目はない。
――――そして
「この屈辱、我は忘れはせぬ!!
力を取り戻した暁には真っ先に貴様らを血祭りにあげてくれよう!!」
そう言葉を残し、ザビエルは本能寺の窓枠から落ちるようにして去った。
■
「っち…逃がしたか」
窓枠から下を見下ろしながらランスは舌打ちをする。
瀕死の煉獄の抵抗はあの後するりと終り、ぴくりとも動かなくなり床に沈んで絶命していた。
「ランス殿、あ奴は!?」
「わからん。あの傷だから、ひょっとしたら野垂れ死ぬかもしれん。多分無いがな。
まだ近くにいるかもしれんから、さっさと兵士に探させろ」
「言われずとも!!」
勝家達はランスの言葉を受け、ドタバタと駆けていく。
三笠衆も魔人が敗れたと知れば無駄な抵抗はしないだろう。
彼等は直ちに魔人の捜索をするために兵士へと指示を出しに行ったのだ。
「やれやれ、香ちゃんに申し訳がたたんな…」
ランスの眼下にはただ夜の帳が広がるばかり。
これでは捜索したとしても発見する事は難しいだろう。
長い厄介な闘いになりそうだとランスはなんとなく思った。
■
魔人、敗走。
織田全軍にて瀕死の状態である魔人の捜索令。
「こうなった、か…」
織田全軍に伝えられている命令からして、どうやら魔人は生死不明であるらしい。
原作通りの展開ってとこか。欲をいえばここで滅して欲しかったのだけれどなぁ。
そうそうこっちに美味しい展開ばかりじゃないって事か。
俺は木の上で鳥達を使いながら得た情報を統合しながら、この戦の決着を把握していた。
軍と軍の闘いも織田の勝利で終結。しかし目的である魔人に致命傷を負わせるも、取り逃がしてしまう。
部分的に見れば織田側の勝利だけど、大局で見ればどちらが勝利者かわからない。
あ、余談だけど木の上登るのマジしんどい。
片手で登るの無理だから、神速の逃げ足で駆け上ったのよ。
リアル壁走りみたいな真似するのは本当に怖かった。能力発動のために三笠衆の残党も挑発しないといけなかったし。
「煉獄は死亡、光秀も死亡…っと。ここか。原作との差異は」
光秀はともかく、煉獄が死んだのは大きい。
ザビエルがどれほどの怪我を負ったかは知らないが、ブレーンである煉獄が死んでしまえば思うように動けないだろう。
ザビエルが死んだと考えるのは希望観測すぎる。なら生き延びたと考えるのが自然。
「島津だとは思うけど…確定情報じゃないんだよなぁ」
原作ではこの後、九州の島津を魔人が乗っとる。
そこから徐々に勢力を伸ばして行くという展開なのだけど…これはあくまでゲームであって、確定未来ではない。
魔人が乗っとるのは別に北条でも武田でもどこでもいいのだ。ランス以外には無敵な魔人だからこそ出来る芸当だな。
十中八九島津だとは思う。断言は出来ないが。
何故ならそう言える理由があそこにはあり、狙われるであろう人物がいるのだから。
「ともかく、一旦毛利に戻るか」
ちぬの対処法を見いだせなかったのは痛手である。
最悪元就や二人の姉から殺されかねないかもしれないが、忠告と注意をしておかなければならない。
追い出されるにしろどっちにしろ、もう一度毛利を訪れなければならないのだから。
あとがき
死亡組:光秀、煉獄
瀕死:ザビエル
役立たず:性眼、三人娘
性眼と三人娘は登場ナシです。
彼等はランス達がしくった時の保検策なので、仕方ないといえば仕方ないのですけどね。
これにて本能寺編はひとまず終了となります。