ルドラサウム大陸において、大陸とは異なる文化と場所であるJAPAN。
英雄ランスが絶世の美女目当てにJAPANに来てから起こった、魔人ザビエルの復活。
これが俗に言う第四次ザビエルの乱である。
未曽有の危機に落とされたJAPANはなんやかんやで協力体制を築きあげ、魔人と敵対。
幾度もの死闘を繰り広げ、傷付き、死線の果てに人間はザビエルを打倒する事が出来た。
この時に締結された条約、そして各国の疲弊からJAPANは束の間の平和を得ている。
また国が回復したら他国へと侵略を企てる国が出るかもしれない。
しかし魔人の爪痕は深く、少なくともここ十年くらいは平和が続く物と思われている。
そしてこの平和を維持しようと精力的に動き続ける者達のおかげで、戦乱の気配は程遠い。
今日もJAPANは平和だった。
■
―――きて
……………
―――起きて。起きて下さい
ぬぅ。
耳朶に響く心地良く、優しい声色が俺に呼びかける。
ああ……そうか、もう起きないといけないのか。
未だ朦朧とする頭に喝を入れ、布団に入ったまま伸びをする。
背筋が伸びて、それでようやく目が覚め始めた。
しかし俺のそんな様子に気付いていないのか、呼びかける声の主はゆっさゆっさと体を揺らし始める。
「うぅ…困りました。起きてください、祐輔様。
今日は義景殿が参られると言うのに」
そんな微妙に困ったような声が嗜虐心を刺激する。
いやはや、本当に可愛らしい。普段は凛としているが、独り言を言っている時とかは結構振る舞いが幼かったりするのだ。
このまま寝たフリをして困らせてしまいた―――――
「仕方有りません。叩き起こすしか――」
「起きた!! 今起きた!! おはよう五十六!!」
――くなるけど、起きないとまずいよな!
俺は布団を蹴飛ばし、最近しごかれて俊敏になった身のこなしですぐさま起き上がる。
そして声の主―――五十六に輝かんばかりの朝の挨拶をした。
「はぁ……やっぱり、狸寝入りでしたか。
まったく! 未だ祐輔様は武家というものを良く理解されていないようで」
「いや、ハハハ…。ごめんごめん、この通り」
大変ご立腹の様子の五十六に平謝りするが、常日頃の不精が祟ってかご説教が止まらない。
なんとか誤魔化してみるために、頭を撫でてみる。
「そ、そのような事では誤魔化されません!」
といいつつ、次第に目の険が取れていく五十六。
へへっ、信じられるか? これ、俺の嫁なんだぜ? 正確には俺が婿なんだけど。
そう――今の俺は森本祐輔ではなく、山本祐輔だったりする。
「と、とにかく! 先方は待たせられません!
早く祐輔様は顔を洗って食事を取って下さい! 私達は先に食卓で待っていますから」
もう表情や態度は全然怒っていないのだが、それでは示しがつかないと思っているのか口調は怒ったままの五十六。
昨日は一緒に寝たというのに、五十六は既に着替えを済ませて湯浴みまでしたのか良い匂いがする。
あ、一緒に寝たというのはそのままの意味だから。フヒヒwwwサーセンwww。
それはともかく、これ以上遅くなっては今日のしごきがキツクなるのは眼に見えている。
いそいそと俺は着替えを始めるのだった。
■
JAPANが平和になり、戦乱の世が終わりを告げた。
未だランスが渡った大陸では戦争が続いているものの、JAPANは確かに平和になったのだ。
そんな世の中で必要となったのは武力よりも、むしろ知力である。
「――ここはこう。護岸工事で人を雇ってみてはいかがでしょう」
「ふむ…その費用はどこから捻出する?」
「それはこの余剰のお金を回せば大丈夫ではないでしょうか?」
「しかしだな」
「祐輔どの」
「工事は期日通りに終わるわけではございませぬ」
「「「長引けば、武士の俸禄にも影響が出ますぞ?」」」
「然様。着眼点は良かったが、惜しいな。及第点はやってもいい」
祐輔の対面に座る義景と3Gから駄目出しをくらい、うぅと呻く祐輔。
こうやって脇の甘い祐輔の内政の穴をついて、祐輔を教育している二人である。
織田の3G。浅井朝倉の義景。
織田の武将である祐輔は時代を担う文官、知将として英才教育を受ける日々を過ごしていた。
ちなみに祐輔は山本家に婿入りしたので、当然ながら織田の人間である。
二人というか、3Gが祐輔に寄せる期待は大きかった。
それというものの魔人戦以前は織田で内政を任されていた明智光秀が戦死。
自分の後継とも言える人間にぽっかりと大穴が出来てしまったのだ。
妖怪であり長寿とはいえ、3Gも歳。いつまでも織田で踏ん張れるかはわからない。
そこで各国で内政に触れ、自身の能力も高いと判断された祐輔に白羽の矢がたったのだ。
その教育をすると知り、祐輔に大恩ある義景も駆けつけて、こうやって日夜祐輔を教育する事になったのである。
日本を代表する知将・朝倉義景と3G。
その二人に教えを乞えるとは、JAPAN中の文官の卵達が羨ましがるだろう。
その証拠に祐輔はメキメキと実力をつけていた。
「ふむ……今日は、この辺にしておきましょうか? 3G殿」
「そうですな…」
「そろそろ香様のお勉強の時間」
「義景殿も引退したとはいえ、お仕事もあるでしょう」
「「「今日はお開きにしましょう」」」
「今日はどうもありがとうございました。
次回もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
礼を尽くして頭を下げる祐輔に二人はいやいやと頭を振る。
「いやなに」
「祐輔殿ほど理解が早かったら」
「我々も教えるのが面白い」
「「「それに祐輔殿には早く一線で働いてもらわねばなりませんからな」」」
「3G殿の言う通り。…それに君には返し切れない恩がある。
浅井朝倉と織田との交友を結び、私的な事では雪の心労を救ってくれた。
いつでも呼んでくれたまえ。この老骨が必要とあれば、どこでも駆けつけよう」
「はいっ! 自分には勿体無いばかりです!」
がばっともう一度頭を下げる祐輔を微笑ましく見守る二人。
年を取った二人にとって、若い祐輔の成長を見るのは娯楽と言っていい。
その真っ直ぐな心根が二人には眩しく見えた。
「そういえば祐輔殿」
「もうこのような時間」
「この後、鈴女殿との訓練があるのでは?」
「「「早く行かないと、マズイのではないですかな?」」」
「げっ、やばい!!! す、すみません! これで失礼します!!」
織田にも大陸から時計を導入された事により、織田でも時間の概念が強くなった。
そのため鈴女との訓練の時間が間近に迫っている事を知った祐輔は慌てて道具を片付け、部屋を飛び出す。
そんな祐輔を義景と3Gは暖かく見送った。
「さて…3G殿、もう時間はありませんかな?
浅井朝倉から茶菓子を持ってきたので、よければどうですか」
「おお、これはありがたい」
「少しながら時間もあります」
「最近甘いものに目がなくて」
「「「是非ともご一緒させて頂きましょう」」」
■
平和な時代にはなったとは言え、山本家は武家の名門。
その山本家に婿入りした以上、祐輔が文官だから武芸を学ばなくてイイという言い訳は通用しない。
しかしながら祐輔の左腕は失われたままであって、通常の武器を使う事は難しい。
「だから、違うでござるよ! もっとシャッと! こうシャッと!!」
「こ、こうか?」
「違うと言っているでござる!! それじゃのそっとでござるよ!!」
鈴女の横で小刀を構え、右手一本で素振りをする祐輔。
しかしながら鈴女の指導はフィーリングによるものが大きく、中々上達しない。
日々四苦八苦しながら鈴女の指導を受けている祐輔だった。
祐輔でも扱える武器となるとそうとう軽い物でなければならない。
そこで白羽の矢がたったのが脇差よりもやや長い小太刀である。
しかしながら小太刀の扱いは五十六にとって弓矢の補助程度のものでしかなく、他人に指導できるほどの腕ではない。
ならばと名乗りをあげたのが祐輔と奇妙な縁のある鈴女。
苦無などの超接近戦武器を扱う鈴女にとって小太刀の扱いなど朝飯前。
だが、と祐輔は指導を受けながら思う。こんな事なら、五十六に教わっておけばよかったと。
「うー、祐輔才能ないなー」
「それはわかっているっつーの!!」
やれやれと肩を透かして呆れる鈴女に食って掛かる祐輔。
いっこうに上達しないし、これなら純朴な五十六をからかいながらやったほうが楽しい。
祐輔のそんな内心を見透かしてか、鈴女はにやりとイヤラシイ目をした。
「にょっほっほっほ。なら祐輔、ゲームでもするでござるか?
祐輔が小太刀を使って少しでも鈴女に掠ったら、おっぱいもみ放題というのは」
「なんですと!?」
はー、暑い暑いとわざとらしく胸元を開く鈴女。
当然祐輔の視線は鈴女の胸元から覗く小麦色の肌に釘付けである。
呪い憑きが取れた彼にとって、もはや己の欲望にストップをかける必要はないのである。
祐輔は今、呪い憑きではない。
最終決戦後、香の助けもあって織田全軍で狒々のいるダンジョンを探索。
3Gの力によって祐輔を呪った狒々はあっさりと見つかり、祐輔は呪い憑きではなくなったのである。
それはともかく、祐輔だ。
平静を装ってはいるが、鼻息は荒く、瞳孔は開きっぱなしである。
「そ、それはどれくらいまでおkなのか? どれだけ揉んでいてもいいのだろうか?
そこんとこkwskよろしく!!」
「………………」
「………………」
失礼、少しも平静を装っていなかった。
今にもHURRY!HURRY! とでも叫びだしそうな程に、興奮している。
そのため祐輔は静かに自分の背後から冷たい視線を送る存在達に気付かなかった。
「ふむふむ。そんなに祐輔は鈴女の胸に興味があるでござるか?」
「ないと言ったら嘘になる。いや、あえて言おう。興味深々であると!」
「…………………」
「…………………」
「―――でござると。香ちゃんに五十六」
(´・ω・`)
安易にこういう表現は使いたくはないが、この時の祐輔の表情と雰囲気は正しくこれだった。
この顔で祐輔がゆっくりと振り返ると、竹水筒を持った五十六と手拭いを持った香がいる。
きっと五十六は鍛錬中の祐輔を思って冷たい水を、香は汗を吹くための手拭いを持ってきたのだろう。
あの事件があったためか、香はランスがいなくなった後の織田で祐輔によく懐いていた。
しかしながら今の表情は兄貴分を見る表情ではなく、明白な侮蔑の表情である。
「ああ、やっぱり祐輔さんも男の人なんですね。
いえ、ランスさんでわかっていたんです。だから別に気にしないでくださいね」
/(^o^)\
安易にこういう(ry
年下の少女から汚い物を見る眼差しを浴びせられた祐輔は樹海に逃げたくなった。
しかし祐輔に追い打ちをかけるのはこれだけではない。
「…………これ、置いておきますね。良かったら飲んで下さい」
痛々しい凍りついた笑顔のまま、地面に竹水筒を置いてそそくさと後ずさっていく五十六。
御願い待って! と必死に伸ばした祐輔の手は効果を出さず、五十六を捕まえる事は出来なかった。
「あぅあぅあうあうあうあうあうあうあうあうあうあぅあ」
「にょっほほほほほっほっほ!!
これだから祐輔をからかうのは止められないでござるよ!」
「鈴女さん、人をからかうのも程々にしてくださいね。
けれど奥方がいるのに、他の人に鼻の下を伸ばす祐輔さんはどうかと思います。
しばらく反省していて下さい。五十六さんに謝って許してもらうまで、仕事はいいですから」
「だー、あー、だー……」
ああ可笑しいと腹を叩いて笑う鈴女に、絶対零度の冷めた顔で祐輔に謝罪するように伝える香。
祐輔はショックのあまりに言語分野に支障をきたし、幼児退行すらしていた。
実はやらかしてしまった事から逃げだすための現実逃避だったりもする。
スタスタと一度も振り返らずに城へと戻っていく、当時よりもちょっとレディになった香。
女心を未だにはっきりと掴めない祐輔は、あうあうと呻くだけで現実にもどってきていなかった。
「これはもう、今日は訓練にならないでござるね」
当の原因の本人は鍛錬を切り上げ、颯爽と鍛錬場から去る。
「……そこでいったい何をやっているんですか、祐輔兄。みっともない」
一人鍛錬場であうあうと呻く祐輔を拾った太郎はどうしたものかと天を仰ぐ。
厄介ごとを拾ってしまった太郎の心と裏腹に、澄み渡るような蒼い空だった。
■
山本家の屋敷、太郎の部屋。
「アウアウアー」
「つまり、鈴女さんにからかわれて、見事に釣られてしまったと。
そこを姉上と香様に見つかってしまい、樹海に行って首を吊りたいと」
「だー……」
「はいはい、もう大体わかりましたから。
読み取れないわけじゃないですけど、面倒くさいので早く復帰して下さい」
ひとまず祐輔を自分の部屋へと連れてきた太郎だったが、未だに脳内夢の国から帰ってこない祐輔の頭を斜め45度に叩く。
人からすれば何を言っているのか訳がわからないが、祐輔と付き合いの長い太郎からすればこの通りである。
しかしながら手間取るのには変わらないので、頭を叩いた太郎だった。
「はっ!? 俺は!? ここは一体…」
「はいはい、記憶喪失ごっこはいいですから。
そんな事していても、鈴女さんの胸を見ていて姉上にドン引きされた事実は変わりませんから」
「やめて…現実に引き戻さないで…」
がっくりと畳に手をついて落ち込んでいる祐輔を見て、太郎は思う。
どうしてこんな人が義兄なのだろうか、と。
あんなにも贔屓目なしで美人の、器量も良い。そんな姉上が何故こんなボンクラの嫁にと。
(今はこんなボンクラでも、やる時はやる人だからなぁ…文官の仕事はわからないけど、有能らしいですし)
エグエグと泣く姿からは想像もつかないが、祐輔の為した功績という物は大きい。
最終決戦の折に祐輔がいなければJAPAN全土が魔人に対して協力体制を作る事は出来なかっただろう。
山本家が織田家において新参者なのに重臣の立場にいられるのは、言わば祐輔のお陰なのだ。
「なぁ、太郎君。俺どうすればいいかなぁ…。
絶対五十六に嫌われたよな? どうすればいいのかわからないんだよぅ……。
謝ったら許してくれるだろうか? 五十六に嫌われたら、もう生きていけない。死にたい」
「………」
それがこれだ。あまりの落差に言葉が出ない。
しかし目の前でべそをかいている人間こそ、JAPANを救ったランスと並ぶ英雄なのだ。
もう一度というか何度でも言うが、信じられない。というか信じたくない。
「はぁ……まぁ、あの姉上ですからね」
自分の姉の事である。
それは弟である太郎は何故五十六がそんな行動を取ったかは大体わかるが、それを祐輔に教えるのはなんだか癪に障る。
そのため祐輔にもったいぶって遠まわしに伝えてみた。
「姉上も女性ですから、何か侘びの品でも送ったらどうですか?
あと侘びの品を送る前に誠心誠意謝る事ですね。姉上は古い部分も持っていますから」
「! そ、それだ! それは今も昔も変わっていないんだな!」
ありがとうと太郎の手を取って感謝感激し、そのままの勢いで城下町の方向へと飛び出して行く祐輔。
昔から全く変わらないなと少々呆れながらも、太郎は祐輔を見守るのだった。
「いえ、これも姉上のお陰か…あの時の祐輔さんは見るに堪えなかったからな…。
あのまま押し潰されてしまっていたら、今という時はなかったはずですから」
■
もう日もどっぷりと浸かり、もうすぐ就寝の時間に差し掛かっていた。
食事は山本家が全員集合してとっているのだが、その間五十六はどこか上の空で会話もあまり無かった。
まだ謝っていないんですかという太郎のジト目の視線をかわしつつ、祐輔は食後一つの決意をもってして閨へと来ている。
「とにかく五十六に謝らないと」
手には昼に城下町で買ってきた侘びの品を携えている。
非常に腹ただしい事に、祐輔と五十六は夫婦なので寝所が同じなのだ。
そのため祐輔は一言入るよと断って、五十六との部屋へと入った。
「五十六…ちょっと話、いいかな?」
「は、はい。わかりました」
部屋の中で五十六は長い綺麗な髪を梳いていて、身だしなみを綺麗に整えていたようだ。
心なし五十六から甘い、良い香りがするような気がする。
これから寝るだけなのに少しおかしいと思いつつ、祐輔は五十六の対面に座る。
「そ、それで、どのようなお話ですか?」
決意を決めた祐輔とは反対に、五十六はどこかぎこちない笑みを浮かべて落ち着かない様子。
そんな五十六にお構いなしに祐輔はがばりと勢い良く畳に頭を擦りつけるのだった。
「昼間はすみませんでした!! 正直鈴女のおっぱいに目が眩みました!!
でも愛しているのは五十六だけなんです! 本当なんです!! 許してください!!」
ひたすら謝り倒す祐輔の姿はどこか浮気をした中年のおっさんと重なっている。
そんな祐輔の謝罪を受けて、五十六は「え?」と目を丸くして、驚きを顕にした。
「ゆ、祐輔様、落ち着いて下さい。ね? 私は全然怒っていませんから…」
「い、五十六ゥ!! 俺は、俺はぁぁああああああああ!!!」
全然怒っていませんよと祐輔を慰める五十六に申し訳がなくて、祐輔は遂に叫び始めた。
何事かと屋敷に住む人間が様子を身に来たが、「お館様のいつも病気か」と呆れて自分の部屋へと帰っていく。
祐輔の錯乱は恥ずかしさに顔を真っ赤にした五十六にお仕置きされるまで続いたのであった。
■
祐輔がようやく落ち着き、まともに話が出来るようになった頃。
では何故昼間はあんなに余所余所しい態度を取ったのかと祐輔は謝りながら訊ねる。
五十六はお恥ずかしい話ですがと前置きをして、ポツリポツリと話し始めた。
「私はこの通り武芸だけをしてきた女らしさが欠片もない、不器用な女です。
種子島の柚美殿、浅井朝倉の雪姫様、毛利の姫君……祐輔様に相応しい人は他にももっといるのではないかと考えてしまったのです」
鈴女のからかいに見事に釣られた祐輔を見て、五十六は不安だったのだ。
果たして本当に祐輔を山本家という小さな囲いの中で縛っていいものかと。
今五十六が言った人間は祐輔ととても仲がよく、もし彼女達と結ばれていたら祐輔の活躍は更に増すだろう。
それに皆、女らしく素晴らしい女性ばかりだ。
五十六はどこか自分を卑下する傾向がある。
五十六も彼女たちに負けない程に魅力的な女性であるというのに、当の本人にその自信がなかった。
「祐輔様……本当に、私で良かっ―――」
「それ以上は、言わせないから」
本当に良かったのですか…?
どこか心の奥底にあった五十六の思い。
しかしそれを口に出し切る前に、祐輔は五十六の言葉を遮って五十六を抱きしめた。
「あ‥…」
片腕だけだが、その力強い抱擁に五十六は甘い声を漏らす。
体から伝わる暖かさに五十六の中にあった暗い感情が薄れていく。
「五十六が何を勘違いしているのかわからないけど、俺が愛しているのは五十六だ。
俺が死さえ考えていた時に、ずっと一緒に居てくれたのはお前なんだから。
それに今五十六が言った面子が俺なんかを好きになるはずがないから心配しなくても大丈夫。
俺の居場所は太郎君、そして何よりお前がいるここ(山本家)なんだから」
五十六の腰に回していた腕を離し、少し距離を作る祐輔。
咄嗟にというか衝動的に抱きしめてしまったため、床に落とした包み紙を拾って器用に破いていく。
「俺がいた国では、さ。夫婦となる間柄の恋人に指輪を贈る習慣があるんだ」
包み紙の中から出てきたのは一つの指輪。
銀細工を散りばめられたソレは眩い光りを放っている。
祐輔はその指輪を言葉もなく見つめている五十六の左手を取って、薬指にはめた。
「愛しているよ、五十六。今日は本当にごめん――って、どど、どうした?」
中々に良い流れだと祐輔は自画自賛していたが、それも呆気無く崩れる。
それは何故かというと、五十六が指輪をはめていない手で口を覆い、静かにぽろぽろと大粒の涙を流しているからだ。
すわ、何か大きな間違いを犯したか。大いに焦る祐輔。
「いえ、違うんです……ただ、ただ、嬉しくて。
涙が……涙が、止まらないのです」
だがそれは歓喜の涙だったのだ。
五十六の中にあった暗い気持ちがドンドンと剥げ落ちていく。
祐輔と夫婦になり、周囲から祝福されてきた五十六だったが、心のどこかに不安があったのだ。
しかしそれは今、五十六の指で光沢を放っている指輪が全て打ち消してくれる。
これさえあれば五十六はたとえどんな事があっても、祐輔を信じきる事ができる。
夫婦となって暫くの時間がたったが、二人が真に夫婦となった瞬間だった。
どちらからというわけではないが、自然と二人の唇が重なる。
二人が互いを信じ、死が二人を分かつまで二人は共に在る。
ここに幸せの一つの形があった。
IF五十六√END。
*なおこの物語はある分岐点から発生したパラレルワールであり、本編とは全く関係ありません。そこんとこよろしくお願いします。
あとがき
途中まで書いていて死にたくなった。
なんだこのバカップル。死ねばいいのに。