「ふんっ、他愛もない」
重厚な剣についた血脂をぴっと払い、ランスは腰に剣をすえる。
彼の背後には屍の山ができており、今さっき切り捨てた男は今回の内乱の張本人、久保田法眼。
織田軍の指揮を執るランスは自らが敵の本丸を落すという異常を成し遂げた。
「へぇ…流石だね。本当に収めちゃった」
既に久保田の兵は逃亡、もしくは織田軍に降伏している。
織田家当主 織田信長は一直線に出来た(一太刀で絶命した)死体に眼を細め、ランスの下まで訪れる。
恐ろしい程の剣の腕前。大陸から来た異人は凄腕の達人だった。
「こいつらお前の家来だったんだろ? ちゃんと躾とかんといかんぞ」
「ははは、手厳しいね。う~ん、本当は彼もこんな事する人じゃなかったんだけどねぇ」
「? どういう事だ?」
先代が亡くなり、病弱の信長を見捨てる者が多い中、久保田はよく仕えていてくれた。
そんな彼が織田家を裏切ったのは外的要因が大きい。
「足利家という人達がいるんだけどね。
久保田も足利 超神に唆されなかったら…と思うんだ」
長年領地を隣にする足利家は織田家を狙っていた。
今回の久保田の裏切りも足利家の影が裏でチラホラ見えている。
また今回一時的に足利の領地に侵入した事から賠償を求めてくるかもしれない。
「ふぅん…メンドクサイ。決めた、まずはソイツらに攻め込むぞ」
周りを飛び回るうざったい蝿を野放しにする理由はない。
ランスにとって足利家は自分の周りを飛び回る蝿となんら変わりはなかった。
――――――織田家が足利家に宣戦布告するのは、内戦を収めた数日後。
■
鈴女と思わぬ遭遇を果たした日から日にちが立ち、重彦との約束の時を迎える。
種子島家の城へと赴いた浅井朝倉の使節団は面会の時を待っていた。
「おう、待たしたな! こっちも中々忙しくて、時間が取れなかったんだ」
静かに通された部屋で待つ裕輔達ご一行。
これからの事に緊張していたのだが、そんな物は一瞬にして吹き飛ばされた。
首に手ぬぐいをかけて汗を拭いながら現れた男はとてもフレンドリーである。
「いえ、この度は時間を設けていただきありがとうございます」
「聞いた話だが、途中で魔物に襲われて大変だったらしいじゃねぇか。
俺も時間を作ってやりたかったんだが、俺がいないとどうにも立ち行かなくていけねぇ」
裕輔はその現れた男を見て、一瞬でその男が重彦だとわかった。
何故なら――――――
(ほ、本当に四角い…一体どんな頭蓋骨してるんだよ!?)
ゲーム内だけかと思っていたのだが、本当に重彦の頭はカウカクで四角い。
角刈りとかそういうレベルではない。ほぼ垂直で頭も平らなのである。
これには度肝を抜かれた裕輔であった。
「で、話ってのは不可侵条約だったか?」
「父の義景からの手紙通り、私達は戦による日本統一を望みません。ですから――」
「いいぜ、別に。俺たちから積極的にどっかに討って出る事はしねぇ」
「――――そう、ですか」
重彦のあまりにあっさりした言葉に茫然自失となりそうになるも、己を取り戻した一郎。
それもそうだろう。かつて何国か交渉に行った事がある彼だが、ここまでスムーズに交渉が進んだ事はない。
新鋭の国であるので野心が強く、一筋縄で行くとは思っていなかったのである。
「俺たちの国は商人の国だ。商人は物を売ってなんぼ、利益を挙げてなんぼ。
他国に攻め込むよりも戦争している国同士に商品を売って利益を挙げる事が基本方針。
もっとも攻め込まれちゃあ反撃もするがな」
そう言って重彦はにやりと笑った。
種子島家とは商人の国、と言っても過言ではない。
命を落としかねない戦よりも、戦をしている国同士に物資を売りつける。
単純な利益だけを追求するのなら、戦とは非常にナンセンスな方法なのである。
「それは何よりです。帰って父上にも報告をします」
「おう、よろしくな」
種子島家の方針を聞いて顔を顰めそうになる一郎だが、ぐっと飲み込んで笑顔を作る。
戦を望んでいない、という点はありがたい。
しかし根本的な部分では全く二つの国の主義思想は相容れない。
とは言っても今回はコレでよしとすべき。
不可侵条約を結べたし、攻め込まれない限りは他国を攻めないと確約も貰えた。
当初の目的は十分すぎるほどに達成されている。
「話はそれだけだったか?」
「はい。早速国に帰り、重彦様の返事を直接父上に報告をあげたいと思います」
重彦の問いに一郎は何もないと答える。
ちなみに裕輔はずっとだんまりだ。発言権がないので当然と言えば当然である。
裕輔の今の立場はただの一家来。国のトップ同士に近い対談に口を挟めるはずがない。
これで会談も終わりかと思えたが――――
「そうだ、時間があるなら見て欲しい物がある。
ついさっき量産型の雛形が完成してな。こいつはこの時代を動かすぜ?」
重彦が一郎達に提案をしたのである。
一郎からすれば思ってもみなかった好機。情報として出回っていた何かを見せてくれるというのだ。
是非にと一郎達は重彦の申し出を受け、一郎達は重彦に連れられて訓練場へと移動した。
■
《ズガーーーーン!!》
訓練場に脳に直接響くような破裂音が響き渡る。
黒光りする鉄の銃身から放たれた弾丸は火薬によって押し出され、鉛玉を遠く離れた的へと到達させる。
弓道用に設けられた的は中央から少し外れた位置に鉛玉が通った跡が出来ていた。
浅井朝倉の使者達は目の前で広げられた奇跡に目を剥いて驚いている。
ただ一人、裕輔は音に驚いたものの、浅井朝倉の使者で唯一冷静に呟いた。
「チューリップのJAPAN版、かな?」
「ほう。坊主、よく知ってるな」
大陸ではチューリップという兵器が知られているものの、ここJAPANでは一般的ではない。
更に知っていたとしてもチューリップという兵器は大変高価なのである。
一基、二基を購入する事は出来ても、戦で使うというレベルで揃えられる程流通はしていないのだ。
「まぁチューリップ程に完成度は高くねぇが、量産体制も整ってる。
しかも扱いを簡略化してあるから誰でも使えるだろうよ」
「命中率も悪くないみたいだけど、ちょっとアレだな…」
「ちょ、裕輔君!? すみません重彦様!」
「いいって、気にすんな」
ふんふんと目の前でぶっ放された銃を見て、思わず興奮気味に感想を口走る裕輔。
一郎は裕輔がいきなり口を出したため咎めたが、重彦は気にしていないという。
「それより何が気になった?」
目の前の光景に心奪われるだけでなく、むしろ残念だという表情をしている裕輔。
根っからの職人気質である重彦からすれば手放しで褒められるより、欠点を指摘される方がありがたいのだ。
何故ならそこからヒントを得て、より性能を改良できる可能性が出てくるから。
「こう、なんていうか、無駄が多いような…これでは装弾するまでに時間がかかりすぎて、しかも一度しか撃てないでしょう?」
重彦が大量生産型として披露した銃は所謂マッチロック式という着火方法。
発砲者は銃身と銃把を持ち、火皿を備えている。火皿は銃身の横に取り付けられており、小さなくぼみの底に穴があり、
それが方向を90度変えて銃身にあけられた穴とつながっている。
火皿に盛られている火薬に引き金を引いた縄が倒れこむ事により着火し、銃身から弾が発射されるのである。
「火打式、という方法を取ってみたらどうでしょう?
火打石が強力なばねの反発力で火蓋に取り付けられた鋼鉄製の火打ち金に倒れこんで火花を発生させるんです。
そして同時に火蓋が開いて火皿の火薬に着火する。かなりの手順が短縮されると思いますよ」
「――――! ちょっと待てよ…無理、いやいけるか…?
理論上…ゼンマイを上手く噛み合わせりゃ… 出来るかもしれねぇ」
裕輔は提案した方法というのはフリントロック式という方法。
火打石が強力なばねの反発力で火蓋に取り付けられた鋼鉄製の火打ち金に倒れこみ、
火花を発生すると同時に火蓋が開いて火皿の火薬に着火する
しかしこの方法は技術的にかなり難しい。
この方法は日本ではあまり普及しなかったが、銃が軍に普及したのはこの方法の銃である。
それが何故日本で普及しなかったかというと、それには理由があった。
理由は日本には良質な燧石が入手できなかった事。
しかしここはJAPAN。重彦が可能性を考えている事から、必ずしも同じとは限らないだろう。
更にいえばこの世界では燧石よりも適した物質がある可能性すらある。
「おう、坊主! てめぇは凄いぞ!
なんでぇ、お前さんは大陸にでもいたのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが…」
重彦は具体的な案に裕輔を諸手を挙げて褒めるが、裕輔は微妙な顔で賞賛を受ける。
確かに知識として知ってはいたが、さも自分が思いついたかのように言われるのは正直微妙。
銃といえば男の子なら誰でも一度は憧れる物で、知識は興味を持って調べただけの全て借り物だから。
「坊主、お前さんの名前は?」
「裕輔。森本裕輔です」
二人だけの空気を作っているので迂闊に口を出せない一郎を他所に、裕輔と重彦のテンションはどんどん上がっていく。
重彦は自分の頭の中で描いたイメージが通用するかもしれないと。裕輔は間近で銃の発砲を見たため。
内心の思いは違うものの、そこには馬鹿な二人の男しかいなかった。
「えーっと、一郎だったか? こいつ、暫く借りてもいいか?」
「…っは!? それは、一体どういう」
「俺の中にあるイメージとコイツの中にあるイメージが違ってたら困るしな。
もう使節団としては浅井朝倉に帰るんだろう? そうなると、森本も国に帰っちまう。
そうしたら中々意見や参考を聞けないからな」
「いえ、流石にそれは承服しかねます」
条約が結ばれた以上一郎達使節は今日、もしくは翌日に浅井朝倉へと出立する。
そうなれば裕輔も浅井朝倉に帰るのも当然で、重彦はアドバイスなどを貰えなくて困ると言うのだ。
しかし浅井朝倉としてもきわめて優秀な算学者である裕輔を置いて帰国など出来るはずがない。
「あの、重彦様…? 俺は概念としか知らないので、内部の詳しい構造とかのアドバイスは出来ませんよ?」
それを聞いて焦ったのは裕輔も同じである。
裕輔の知識なんてインターネットを介して手に入れた薄っぺらい物。
専門職である重彦に細部に関して質問をされて答えられる自信は微塵もなかった。
「それでもいい。森本は自分の中にあるイメージと俺が作るイメージに違いがあれば、そこを指摘するだけでいい」
今になって雲行きが怪しくなったと察した裕輔は自粛しようとするが、重彦は一歩もひかない。
それどころか丁度良い言い分を思いついたようで――――――
「浅井朝倉と不可侵条約を結んだんだ。
なんなら浅井朝倉にコレの完成品を優先的に流してやってもいいぜ?
ただし、コイツを暫くこっちで預からせて欲しい」
「そんな、後付で――――」
「いーのかね? なんなら完成品を織田や足利に回してもいいんだぜ?
何も取って食うって言ってるわけじゃねぇんだ。少しの間貸してくれるだけでいい。
こいつを貸してくれる期間もちゃんと事前に決めておく」
重彦はここで条約についての話を持ってきたのである。
そして最近動きのある織田や足利に銃を売る―――野心に溢れる足利が強力な武器を手に入れたらどう動くかなど、火を見るより明らか。
領地を隣にする浅井朝倉からすれば一大事だ。
「ぐ…わかり、ました」
そんなカードをチラつかされたら一郎も認めるしかない。
裕輔は確かに重要ではあるが直接浅井朝倉が危険に晒される事と天秤にかければ、浅井朝倉に重きが傾く。
使節の最高責任者である一郎は重彦の申し出を受ける他なかった。
「あの、一郎様? 重彦様? 俺の意思は…?」
「裕輔君、自業自得という言葉を知っているかい?」
裕輔はぼつりと思いのまま呟いた言葉が大変なことになったと顔を青ざめるが遅い。
「そういうわけだ森本! お前の身柄は少しの間責任を持って種子島家が預かる!」
がっはっはと豪快に笑いながら裕輔の背をバシンバシンと叩く重彦。
裕輔の明日は誰にもわからない程に混沌としてきたようだ。
あとがき
えーと、皆様お久しぶりです。さくらです。
仮死判定からのまさかの復活をかまし、皆様からの記憶から消えたと思われているさくらです。
投稿どころか顔すら出せずに申し訳ありませんでした。
リアルでの切迫した状況にようやく見切りがつき、今回の投稿となりました。
牛歩の如く遅い投稿ペースとなると思いますが、どうかよろしくお願いします。
とりあえず留年は回避だぜ…
それと今回は銃の改良案を出してみました。
といってもこれ以上の武器の向上、躍進の予定はありません。
理由は作中でおいおい語りたいと思います。