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No.43735の一覧
[0] EVE -forever-[ポチョポチョムキムキン](2021/05/09 20:59)
[1] トゥー・スクープス編[ポチョポチョムキムキン](2021/06/14 17:50)
[2] トランスポーター編[ポチョポチョムキムキン](2022/05/29 18:34)
[3] 梶原シーゲル編1日目[ポチョポチョムキムキン](2022/07/10 17:35)
[4] まりな編1日目[ポチョポチョムキムキン](2022/08/11 22:08)
[5] 鈴木源三郎編2日目[ポチョポチョムキムキン](2024/03/20 22:43)
[6] まりな編2日目[ポチョポチョムキムキン](2024/04/03 06:42)
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[43735] トランスポーター編
Name: ポチョポチョムキムキン◆afcad83c ID:3f63114b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2022/05/29 18:34
 トランスポーター編

「皆さんは『WRC世界ラリー選手権』というものをご存じでしょうか。主に市販車両をベース車両としたWRカーを駆り、世界各地の各ステージを走り抜いてタイムを競い合う……今回のお話は、そんなラリー競技に関わる男のお話となります」

「いえ、このお話は探偵モノではあるのです。ただ、探偵という人種は何せ変わり者が多い。今回の主人公フランク・マルシャンもまさに変人です。探偵としての仕事をしている時間よりも、車を走らせている時間の方が長いという程に」

「ですが、おやおや。そんな彼ですが、今回は何やらとんだ乱入者が挑戦をしてきたようです」

「それではディテクティブ・ヴァケーション……ヒア・ウィー・ゴー!!」




フランスのクラスAディテクティブ、フランク・マルシャンはどんな品物でも必ず指定した時間に届ける『運び屋』である。

だが、彼の異名はさらなる特徴を表している。

その異名とは『トランプポーカー』。

日本では違和感の無い言葉に思えるが、欧米ではこのような言い方は通常はしない。トランプとは『切り札』という意味であり、ポーカーとは『突っつく』という意味である。

「10…J…Q…K…A…ロイヤルストレートフラッシュだ」

ディオールのスーツにダンヒルの白いワイシャツ、黒いネクタイ、ウエストンのドレスシューズという井出立ちの男。それがフランク・マルシャンであった。ちなみに頭髪は薄いが、不思議とサマになっていて欧州基準ではセクシーな男と評されている。

「イカサマだ!その袖の下からカードを出したんだ。10秒やるからジャケットを脱げ!」

男はフランクの右肩を掴んで威圧的な視線で睨む。男はがっしりとした体格で、どこがエキゾチックな風貌をしていた。

「仮にそうだとして、たった一枚でロイヤルストレートフラッシュは完成しないぞ。5秒やるからその汚い手をどけろ」

「ボスはアンタを見込んで仕事の依頼をしたんだぞ!」

「3秒以内に応じないと、永遠に仕事が出来なくなるぞ」

「『ライズ』の規約に反しているぞ!」

「俺が自分に課しているルールは三つだ。一つ、質問はしない。二つ、荷物は開けない。三つ、契約厳守だ。しかし、ルールに例外はつきものだ。俺がこのルールを守っても、依頼人が破る事がある。だからこそ、こうしてカード勝負で『最後の選択肢』を与えている。アンタが勝てば、契約違反も見逃してやる」

「運ぶ人数が4人から5人になっただけだろうが!」

「俺の車は定員5名だ。一人増えただけで依頼の成功率は劇的に下がる。特に、銀行強盗を乗せるとなれば尚更だ」

フランクの愛車はアウディA8(エーエイト) 6.0 クワトロ D3系である。

男は銀行強盗だった。逃走目的でフランクに依頼をしたのだ。

「だから一人は処分しただろう。何か問題があるのか?」

「お前たちは俺を欺いた。50万ポンドの報酬を半額の25万にしろと脅してきた。それが今だ」

「予定の半分しか盗れなかったんだから仕方ないだろ!」

「それは俺には関係無い。依頼は完璧に果たした。こうして逃亡に成功し、あとは報酬の山分けだけだ。当初の5名が車に乗る段階で一人減り、このアジトで山分けしようとして揉めて三人減り、今はこうして俺とアンタだけ残っている」

「……なら、一番いい方法は分かるな?」

「やめとけ。何故、俺がこんな面倒くさい手続きを踏まえているのか、それを考えろ」

「ボスに逆らうなら死ね!」

男がフランクの右肩を掴んだまま、懐のナイフを突き立てようとする。

「ふん」

ごっ!!

「ぎゃっ!!」

しかしナイフを握る手を捕まれ、指を折られてしまう。さらに肘を逆関節に極めて投げる。男は地面に叩きつけられ、気を失ってしまった。元SIS(Secret Intelligence Service:秘密情報部)出身である為か、徒手格闘にも秀でている。

「……約束の依頼料は貰っておく。あとは警察の仕事だ」

こうして『チューリッヒ・フラウミンシュター銀行強盗事件』は解決された。

フランクは運び屋であり、保険調査員であり、私立探偵である。時に一つの依頼がその三つの職業にまたがる事もあるのだ。そしてフランクの異名『トランプポーカー』とは、彼がルール違反者に対してポーカー勝負を挑む事から名付けられた。

「人間という生き物は、嘘をついている時にポーカー勝負を持ちかけると大抵、乗ってくる。人を欺くという行為は自分を欺く事と同じだ。だから嘘かどうかの白黒をギャンブルで提示されるとそこに勝機を見出そうとする。嘘吐きはギャンブラーである。これが俺の見出した人生哲学だ」

フランクの主な取引相手はシンジケートと呼ばれる保険請負組織である。イギリスに本拠地を置くライズ保険組合に登録する保険請負人の業種毎の集団がシンジケートであり、とくに有名なのが船舶保険である。

フランクはこのような保険の中でも主に陸上運送における取引でライズではトップクラスの実績を持つ。しかし保険である以上、信用調査は必須であり、フランクは運び屋としての仕事を引き受ける前にクライアントの調査を自分で行う。

「……仕事とは、面倒くさいものだ。その面倒が大きければ大きいほど、解決した時の報酬は巨額になる。金があれば、休暇が取れる」

「さて、次の仕事だ。休暇予定の別荘に向かうついでの仕事だ。ラリー・モンテカルロの前哨戦『コンサントラシオン』に参戦し、レースを利用して物資を届ける。ランスからアルプス山オートアルプ山越えからのモナコ入りだ。必ず途中のチェックポイントを通過しなくてはならない」

ラリー選手権『コントラシオン』は誰でも参加出来る市民レースである。しかし誰でも参加出来るとは言え、アルプス山脈越えのレースを走りきるには相応の資金力が必要であり、全くの個人で参加する者は限られている。参加者はグラスゴー、ワルシャワ、コペンハーゲン、ランス、バルセロナ、モンテカルロの6か所のいずれかをスタート地点に選ぶ事が出来る。

「ラリーモンテカルロはWRCの開幕戦となるイベントだが、メーカー部門とは別に個人ドライバー部門がある。ラリー車は細かい規定が定められていたが、数年前に撤廃された。現在は何でもアリだ……だからこそ、この世界選手権の前哨戦『コントラシオン』でふるいにかけられる」

「アウディA8はチューンをしてあるが、それでもこの車より早い車はいくらでもある。例えば今、俺が抜いたプジョー206は排気量1,600ccクラスの小型ハッチバックだ。このA8は排気量が5,998ccというモンスターマシンだ。直線では圧倒的にこちらの方が早い。だが、車両重量はこちらが2t、あちらは1tだ。重量が少ない方がコーナーリングでは有利だ」

「直線が多いのか、コーナーが多いのか。欧州道路の多くの区間では130km走行が基本だが、山間部のチュリニ峠からモンテカルロまでの山岳ステージなどでは逆にA8の車重は足枷となる。E15ランスからオランジュまで690km、E714オランジュマルセイユ区間120kmを警察に捕まらずにいかに早く走れるか。山岳ステージに入る前が勝負だ」

マルセイユを抜けニースを通過、フランスの地域鉄道であるTER(テーウーエル)の線路を挟むように上下線が並走するピエールマティス道路を通じてニースからアルプスの山岳道路D2204へと入る。途中の急カーブの連続はまるで日本の日光いろは坂のようである。

「あれは……確か、ジムニーとかいうジープだ。確かイタリアのカラビニエリ(国家憲兵隊)仕様を見た事がある。あんな小さなマシーンで参加しているのか?」

ジムニーとは日本製のクロスカントリー軽自動車である。

ただし、欧州には軽自動車規格が無い為、日本ではジムニーシエラという普通車規格がそのまま欧州で売られている。

フランクが見たジムニーは現在販売されている最新型JB64/74型では無く、一世代前のJB43という排気量1,328ccの自然吸気エンジンを搭載したタイプである。

「意外に早いな……おそらくかなり弄ってあるだろう」

フランクの駆るA8は既に180km/hを超えている。A8の最高時速は250km/hにもなる。しかしそれは6リッタークラスの大排気量エンジン450馬力の賜物である。

普通に考えれば1.4リッターにも満たないジムニーシエラではせいぜい100馬力も無く、当然ながら最高時速200km/hなどは出ない。空力的にも不利な形状をしているし、リフトアップでサスペンションストロークを伸ばしており、車高が高い。

「……何の冗談だ?」

車もおかしいが、乗り手もおかしかった。

並走して気付いたのは、運転席でハンドルを握っているのがアジア系の女で、長い黒髪をポニーテールにして、おそらくバニーガールのコスチュームを着ている。上半身しか見えないが、胸元や二の腕など素肌が露出しており、首元の特徴的な付け襟と頭のウサ耳からバニーガール姿のようだ。

「……イカれてるな」

助手席には痩せた顔の短髪のアジア系の男が座っていたが、拘束衣で両腕の自由が効かない状態である。囚人か薬物中毒者か、それとも精神病患者か。

『CQ、CQ This is W9GFO Have you heard anyone』

女はこちらを見て、左手で何やらジェスチャーをしてきた。

「無線か……Cheers、お嬢さん。刺激的な恰好だが、グランカジノへのお誘いかな」

『今すぐ減速しろ!』

「随分とお熱い誘いだが、ルート配送のお仕事中でね。仕事が終わったらまた誘ってくれ」

『その荷物は爆弾が仕掛けられている!停車すると加速度センサーがゼロ加速を検知し、起爆装置が作動する!』

「……お嬢さん、それが本当なら停車しては不味いんじゃないか?」

『だから減速しろと言っている!充分に速度を落としてから飛び降りるんだ!』

「却下だ。大人しくヒルトップに帰りなピーター。ここはマクレガーさん家の畑じゃないんだ」

問答無用とばかりに無線機のチャンネルを変えて音声を遮断する。相手の提案は一考の価値も無いと判断した。フランク・マルシャンという男は徹底的にリアリストであり、非論理的思考は一切排除した職業軍人のような男であった。

「……爆弾だと?笑わせてくれる。中身を確認せずとも『ライズ』の信用調査は絶対だ。例え依頼主が犯罪者であったとしても、確実に儲けられるならば正当なオッズが算出される」

ブツクサと呟きながら、アクセルを踏み込む。1.3Lからせいぜい1.8Lのターボエンジンのジムニーと、6Lクラス450馬力のA8では、直線においては全く勝負にはならない。モータースポーツの世界ではターボ車はNA換算で1.7倍で計算されるが、ジムニーのエンジンを1.8LのスズキエリオのM18Aエンジンにスワップした場合、125馬力×1.7で212.5馬力にしかならず、A8の丁度半分の馬力しか無いのだ。

そんな訳で、A8はジムニーをぶっちぎっていった。

ちなみに車で300kmを出そうとするならば500馬力が必要とされている。A8なら最高速250km、ジムニーのM18Aカスタムなら最高速200kmである。加速性能など比較にもならないだろう。

「……そう。『オッズ』だ。保険引受人アンダーライターが資金提供会社シンジケートを組織し、出資者であるネームから資金を集める。だが、例えばかの有名なタイタニック号の沈没事故でも多額の保険金が動いた。つまり、保険は事故が起きる事を想定している場合がある……裏を取る必要がありそうだ」

無線のダイヤルを操作し、14.300MHzに周波数を合わせる。

「フォックストロットよりチャーリーへ。デリバリーはカツカレー。チキンマサラティッカも追加だ」

A8に繋げたスマホに着信が入る。

「早いな。さすが『C』だ」

『フランク。デリバリーとか意味の無い言葉で遊ぶな。チャーリーだけで充分なのに』

「すまん。早急に確認したい事がある。『ライズ』に最近出来たシンジケートの保険商品で、急にオッズが高騰したものはあるか?」

『今調べよう……ふむ、なかなか面白い保険商品が見つかったぞ。君がその名を連ねるアイドラーランキングダービーだ。ランキングの変動に多額の資金を投入したシンジケートがある』

「どこのファッキン野郎だそいつは」

『聞いて驚け。何とあのダイアモンド取引の大手、ダビアス社だ』

「シンジケートとしては老舗だな。だが、宝石屋が探偵を賭けの対象にするとは……いや、あり得るのか?ダイアモンドの輸送には大変なリスクが付きまとう。船で運べば海賊に狙われ、空で運べばハイジャックされる。近頃は探偵に護衛をさせる事があるという。もしもダイアモンド輸送の護衛で稼ぐ探偵が現れれば、充分に賭けの対象となり得る」

保険とは、『賭け』が起源である。ダビアスなどはアフリカの植民地にダイヤモンド鉱山を保有し、船でイギリス本国へ運ぶ時、海上保険を掛けた。ダビアス=ライズと言われるくらいに両社の関係は密接である。

『それは君も当てはまるんじゃないかね?輸送の護衛とはつまり、君のような運び屋も該当するだろう』

「そう考えるとあのプレイメイトは俺の同業か、それとも悪党か。どちらにせよ、マトモじゃない」

『情報は役に立ったかね?』

「ああ。さすが世界最強の情報機関のトップだ。この仕事が終わったら、久々に飲みにでもどうだ?」

『いいね。実は気になっているサモア風パブがクラッパムにあるんだ。楽しみにしよう』

そこで通話は切れた。

『アッハハハハッ!!このEurotrashのDickhead共!!アヴェラン姉妹のお通りだよ!退きな退きなーっ!!』

インターチェンジの合流地点から現れた、ピンクのアイスクリームワゴン。そんなド派手な商用車が、なんと外部スピーカーから女性の罵声を大音量で流しながら爆走してきたのだ。

「……何だアレは。アヴェラン姉妹だと?確か、俺と同じクラスAディテクティブにそんな名前があった筈だ。それにしてもあのキッチンカー、シトロエンのティープ・アッシュにしては、やたらに早い。エンジン音がディーゼルと違う。エンジンスワップしてるな」

シトロエン・タイプH(フランス語:ティープ・アッシュ)は日本でもクレープ屋の移動販売車などに使われている、レトロ感のあるワゴンだ。しかしそのエンジンはディーゼルエンジンで、車両設計はWW2後まもなくという骨董品である。当然、アウディA8にスピードで肉薄出来る筈が無い。

しかし、現実にA8との距離を後ろから詰めてきている。

その秘密は、スワップされたエンジンがトヨタの最新WRカーであるGRヤリスのG16E-GTSエンジンであるからだった。排気量1,618cc水冷直列3気筒ターボエンジン、272馬力の出力を誇る。ターボの出力アップを考慮すれば462馬力となり、450馬力のA8を上回るのだ。

そんな最新のエンジンを骨董品のようなワゴン車に載せ替えるなど、普通では考えられない事だ。しかし、それをアヴェラン姉妹は選択していた。

『そこの黒光り野郎!アウディのお前だよ!その荷物をこちらに引き渡しな!』

「……アレは話にならんタイプだな。無視するに限る」

脳筋シータ・アヴェランはおよそ話し合いという理性的な行動はまず選択しないタイプであり、そちらは妹のイオタ・アヴェランの担当である。しかしそれも、シータの無鉄砲で攻撃的な行動が通用しない場合において選択されるものであり、アヴェラン姉妹の最初の行動は『銃を撃つ』一択である。

『ハッ!あたしの誘いを袖にするなんていい度胸だね!!そんなヤツは死んじまいな!!』

タイプHの丸いルーフからピンク髪のボブウィッグの美女が現れる。

二丁のM249軽機関銃を両手に持って。

ーーーーーズダダダダダダッ!!

「イカレてやがる、あの女!」

思わず叫ぶフランクであったが、ハンドリングは安定している。

『ミェルダ(畜生)!防弾仕様にしてやがる!』

M249の5.56x45mm NATO弾は黒塗りのA8のボディに悉く弾かれる。

実はA8には防弾仕様の『A8Lセキュリティ』という仕様が存在する。主にロシア市場向けに用意されたモデルで、AK-47の射撃に耐えられる強度を持つという。防弾防爆に対毒ガス装備、緊急脱出装置まで備えている。その仕様は映画『0079(ダブルオーセブンティーナイン)』に登場する『モンドカー』を彷彿させる。

『さすがは『トランプポーカー』と呼ばれる男。私はイオタ・アヴェラン。私はあなたに警告する。あなたが運んでいるのは『赤ちゃん』よ』

「……厳重にパッケージされたあの荷物に、赤ん坊が入っているとは思えん」

一方、遥か後方へと置き去りにされたジムニー。その運転席でハンドルを握る桂木弥生。視線の遥か先を行くA8を見据えて不敵な笑みを浮かべる。

「まさかあのアヴェラン姉妹が乱入して来るとは……いや、これはチャンスだ。A8の速度が若干落ちている。周りの一般車にも気を付けないといけない訳だから当然だが」

クレイジー・ベビーシッターズとは浅からぬ因縁がある。そもそもモナコ入りを決意したのは彼女たちの推薦があっての事であり、その経緯を考えれば彼女たちがこのレースに参加しているのはむしろ当然と言える。

「大排気量にモノを言わせるあの走り……さすがに欧州大陸を縦横に駆け巡る名うての運び屋なだけはある。だが、私が敢えてこの車に乗っているのには訳がある。それを今からあいつに見せてやる」

助手席で話を聞いていた拘束されている男、『爆弾魔スネーク』こと見城陽一は引き攣った笑いを顔面にこびり付かせていた。スネークは爆弾で社会的な混乱を引き起こしてはその騒動を観るのを喜びとしている男であったが、スピード狂では無い。

「……冗談じゃない。こんな軽自動車ベースの安車で200km/hオーバーなど、狂っているとしか言いようがない」

「……相手はクラスAなんだ。クラスB止まりの凡人が連中に対抗するには、こちらも常識に囚われていてはいけないんだ。心を抑制しているリミッターを外さなくてはならない。例えば……このNOSのスイッチを入れる事だ!」

インパネのロケットスイッチをONに入れる。途端に車体に大きなGが掛かり、爆発的な加速を得る。

「ナイトラス・オキサイド・システムか!」

ナイトロもしくはニトロと呼ばれる事が多いが、実は正式名称であるナイトラス・オキサイドとは『亜酸化窒素』ガスの事であり、ニトログリセリンとは別物である。亜酸化窒素ガスの封入されたボンベを搭載し、スイッチ一つで吸気過程で通常の2.5倍の酸素量を混入し、爆発的な加速力を得るシステムである。ゼロヨンレースの盛んな北米においてはメジャーなカスタムでもある。

ジムニーJB43の1.8Lカスタムの場合、NOSを使う事で318psまで馬力を引き上げる事が出来る。最高速度は200km/hから250km/hにまで上がる。

だが、フランクの駆るA8は純正ノーマル仕様ではあったが、リミッターカットがされていた。リミッターが働くと210km/hまでしか出ないが、リミッターを外したA8なら300km/hに迫る。

だが今のA8はアヴェラン姉妹のタイプHに絡まれて失速している。A8を先頭に30m後方にタイプH、そしてその200m後方にジムニーJB43が付けている。

「さすがに速いな…!1時間で50kmの差が生まれるのだから当然か!」

「どうするつもりだ?」

「……山岳ステージであるチュリニ峠に入れば、コーナーの連続になる。A8Lのような大排気量の高級セダンは重い車重が足を引っ張る。しかも防弾仕様車ともなれば車重は通常の2倍~5倍と言われる。峠では軽い車こそが有利なんだ」

「軽い?ジムニーが?確かに軽いんだろうが、車高が高過ぎる。こんなリフトアップされた車では、コーナーリング性能は決して高くないだろう」

「通常ならば、な。しかしこいつはアームブッシュ類も全交換済みだ。キャスター角も修正済みだ。コーナーリング性能でも一定の粘りを見せる。リフトアップ量も一般的な3インチではなく2インチに抑えている。峠にも対応している」

何やら専門的な単語が多いが、そもそも桂木弥生という人物はこんな無類の車好きであっただろうか。

「……しかし、『赤ちゃん』か……スネーク。お前の仕込みが、こんな所で騒動を引き起こしているとはな」

「……」

弥生の問いにスネークは無言を貫く。

「さあ、チュリニ峠に入るぞ!」

しかし舞台は次なる山岳ステージ、難所中の難所とされるチュリニ峠に到達。激しいカーブの連続、断崖絶壁の山道である。

「さすがに重い!」

フランクはA8Lの車重で極端にスピードを落とさざるを得ない。

『うわわわわ!!ちょ、イオタ!アンタ運転代わりなさいよ!!』

『ちょっと黙っててシータ!!』

外部スピーカーをオンにしたままのタイプHはそもそもワゴン車である為か、A8よりも失速が激しい。特にコーナーの立ち上がりは致命的にフラつく。

「隙あり!!」

そこへ桂木弥生のジムニーが突っ込んでくる。A8とタイプHの間に生まれた隙間に車体を捻じ込み、華麗にドリフトを極める。

「やる!しかし、このA8とて負けん」

フランクも超絶ドライビングテクの持ち主であり、パドルシフトを操って的確に回転数を調整して立ち上がりで最短の回復力を見せる。だが、ここで一つ気付いた事があった。

「……シエラがドリフトだと?四駆が?」

四輪駆動車はドリフトをする意味が無い。四輪全てを使える為、グリップ走行で曲がればそれで良い筈である。しかし現にドリフトをしている。それが何を意味するのか、フランクは即座に気付いた。

「パートタイム4WDだからか!まだ2WDで走っている。シエラは確かFR車だ。だからドリフトか」

A8はフルタイム4WDである。

フルタイムとパートタイムの違いは、常に4WD走行するか、手動で2WDと4WDの切り替えが出来るかの差である。

「しかし抜かせはせんぞ!」

フランクは車体を巧みに操り、ジムニーシエラに抜かせないよう進路をブロックして防いでいる。峠道のコーナーで相手を抜くのは基本的には難しい。相手がコーナーリングでアウト方向に膨らまなければインから抜く事は出来ないし、アウト側からは距離が生まれるのでさらに抜くのは難しい。あくまで相手がミスをして大きく膨らんだ時、いち早く立ち上がりからインに入って抜く事になる。直線に入ればA8の方が有利である。

「このままでは抜く事は出来ないぞ」

スネークの言葉に桂木弥生は何を思ったか、おもむろにスキットルを取り出し、口を付けて中身を一気にあおった。

「おい!今、何を飲んだ!?」

「……ふふふ、酒だよ。当たり前じゃないか」

「バカなのか!?お前はバカか!」

「こんな事、正気でやってられるか!酒でも飲まなきゃやってられんのだ!クラスBがクラスAに挑んでいるんだ!理性のタガを少しばかり緩めなきゃ、常識の埒外の外の外へと行く事は出来ん!だから私は、飲む!もう一回くらいいいだろう!」

さらにグビグビと酒をあおる。ちなみに中身は例の『スピリタス』である。

「さあ、出来上がってきたぞ!そして!私が何故ジムニーなのか、それはこうする為だ!!」

チュリニ峠の下り坂ステージ。断崖絶壁の連続コーナー。地獄のフルコースとも異名を取る難所で、桂木弥生は勝負に出た。

「うおおおおおお!!!」

「そっちは道じゃ無い!!」

スネークの悲鳴を尻目に、桂木弥生の操るジムニーは、A8のコーナーリングのさらに内、即ち、『崖』に突入したのだ!まさに義経の『鵯(ひよどり)越えの逆落とし』の如く。縁石を乗り越えガードレールを突き破り、岩場だらけの急斜面を爆走するジムニーシエラ。

「……空を飛んだぞ」

フランクはA8の限界を超えた挙動でコーナーを攻めていたが、あくまで『道』を走っていたのである。道無き道を突き進むあのような走りは常道では無い。まさに『埒外』である。

桂木弥生の常識離れの挙動を、一方で楽しそうに観ていた者もいた。

アヴェラン姉妹である。

『あっはっははは!いいねぇ!ああいうヤツがこの世の中には必要なんだよ!そうは思わないかい、イオタ?』

『ふふふ、つまるところ私たちだって、ああいうやり方が好きなのよね』

チュリニ峠を抜けた時、レースを中継する衛星がその映像をリアルタイムで映し出す。

その映像をプロジェクターで観る者たちがいた。暗がりの講堂で席に座る数十人の男女。壇上には背の高いスツールに腰を賭けて足を組んでいる人物がいた。ジャッジマンと呼ばれる髭の紳士である。

「どうやらあのクラスBが優勝のようですな。コナー局長」

ジャッジマンの視線の先、講堂の最前列に座る中折れハットを被る男ーーーーこちらもやはり髭の紳士である。

「ふむ……アイドラーランキングに変動がありますかな。ジャッジマン殿」

ローレンス・コナーはアイドラーの支局の局長の一人である。

「いや、クラスBのランキングがいくら変動しようとも、クラスAのランキングに影響は無いのですよ」

講堂の中がにわかに騒がしくなる。クラスBの次がクラスAなのでは無く、クラスBの遥か上がクラスAなのである。

そしてジャッジマンは、アイドラーランキングの公平なる裁定者を自称している。

「さて。ここに集まられた『三百人委員会』の皆様の中には、現在のアイドラーランキングを把握しておられない方もいらっしゃるでしょう。そこで改めて、クラスAの現時点のランキングをご紹介しましょう」

1位 イギリス代表 ジャスティス・ジョージ・スペンサー・フィッツアラン
2位 イギリス代表 『女王』ヴィヴィアン・イーストウッド
3位 フランス代表 『囚人』ハンニバル・レクトル
4位 日本代表 『絶対推論』舞ノ小路水陰
5位 ブラジル代表 『至高の天才』アル・カンターラ
6位 ドイツ代表 『心霊術師』ヘルガ・ウルフマン
7位 ベルギー代表 『事件に愛される男』闇塚弥平
8位 イギリス代表 『魔術師』ジョナサン・クリック
9位 アメリカ代表 『冒険野郎』エンゲス・マクガリバー
10位 日本代表 『悪運』悪行双麻
11位 ロシア代表 『赤い探偵』ヘルムート・グロー
12位 スペイン代表 『名無しの探偵』本名不詳
13位 インド代表 『六本指』リティック・ローハン
14位 アメリカ代表 『眠らない男』ジャック・バウハウアー
15位 フランス代表 『宝石泥棒』ピンク・パンセラ
16位 アイルランド代表 『サイコメトリスト』クライフ・マクドガル
17位 イタリア代表 『神父』ドン・マテヨ
18位 メキシコ代表 『双子の探偵』クレイジー・ベビーシッターズ
19位 日本代表 『最年少クラスA』八十神かおる
20位 フランス代表 『性の伝道師』エマニエル・クリステル
21位 イギリス代表 『秘書』ジュエル・フランシスカ
22位 アメリカ代表 『世界一ついてない男』ジョン・マクラーレン
23位 フランス代表 『トランプポーカー』フランク・マルシャン
24位 中国代表 『肥龍過紅』サモ・ファン・カンポー
25位 アメリカ代表 『最強のコック』ケーシー・ライドバック
26位 オーストラリア代表 『借金取り』ジェイク・アイリッシュ
27位 イギリス代表 『生ける伝説』ボア・グルリス
28位 スウェーデン代表 『人間核弾頭』ドラコ・ルンドグレーン
29位 アメリカ代表 『パケットモンスター』ピコチュー
30位 スイス代表 『アルプスの少女』クラーラ・ゼーマン
31位 日本代表 『31人目』天城小次郎

壇上のジャッジマンはスツールから立ちあがり、おもむろに両手を頭上へ突き上げる。握ったマイクは小指が立っていた。

「それでは皆さんお待ちかね!ディテクティブ・ヴァケーション……ヒア・ウィー・ゴー!!」

~小次郎編1日目へ続く~


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