蝦夷開発もなんとかなりそうだし、樺太までうまく統治下におけば、二十世紀の人から秀次すげぇ! と言われそうだ。
まあ、今の時期に日本の領土を増やせるだけ増やすのはいいことだよね。
琉球、台湾も統治下に置くために軍を派遣することになったし。
毛利、清正、小西、大友、島津で攻めれば対した戦にはならないだろう。
台湾取ったら、この時代いろんなとこに植民地作ろうとしている欧州とぶつからないかな? まあ、遠すぎるから大丈夫かな?
本気で出てきたら台湾を丸ごと売ってしまおう。欧州と戦争は後々考えてもやらないほうがいい。
奴らが本格的に東アジアを植民地にする気できたら台湾売って、中国大陸をターゲットにしてもうおう。
・・・その前に朝鮮出兵だっつーの。なんとか止めたいんだけど、なぁ。
今の朝鮮、荒地ばっかだし明は援軍に来るし利益ないんだよな。むしろ不利益しかない。
あ、そういえばこの時期ってもうヌルハチ居たんだっけ?
未来を知ってる俺からしたら、ヌルハチに武器を密輸して奴が皇帝になったら琉球を拠点に貿易で大儲け・・・。
面倒だな。手を出さないのが一番なんだが。
秀吉が朝鮮を諦めるわけないんだがな。
あれは先日、秀長さんの見舞いに行った時のことだ・・・。
「義兄上は焦っておられる」
秀長が布団から体を起こして咳をしながら言う。
頬はこけてかなり顔色も悪い。少し見舞ってから体に障らないようにすぐに帰ろうとした秀次を秀長が呼び止めた。
そして、彼は話し始める。
「義兄上は、信長様の夢を継ぐおつもりなのだろう。唐入りだ。
だが、義兄上も歳を取ってしまった。だから焦っておられる」
水を飲みながら続ける秀長。
「誰になんと言われようと、その夢だけは義兄上は諦めないだろう。それが義兄上の天下を取った理由でもある。
しかし、私は反対だ」
自分も反対です、と秀次も同意する。
「明は巨大な国だ。勝つにせよ負けるにせよ、日ノ本は疲弊する。たとえお前の作った津島級があっても、上陸してからの戦いで戦力は消耗する。
だがな、秀次。俺には止められん。義兄上の気持ちを知っているからだ。信長様に泥の中から引き上げられた、義兄上の気持ちを知っている」
豊臣秀吉。その前半生はどのようなものだったのだろうか?
おそらく、ろくな人生ではなかったのだろう。それを信長の下、大名になり、天下人となった。
「それに俺はもう長くない」
苦笑しながら言った。
「自分の体のことは自分が良く分かる。おそらく、来年の今頃は生きてはいまい。そんな顔をするな秀次。こればっかりはしかたない。
秀次、お前は有能だ。だから頼む。義兄上を止めないで欲しい」
これには秀次が驚いた。止めないでくれとはどういうことなのか。
「お前が反対し、理を持って義兄上を説けば誰にも反論できまい。だが、それでも義兄上は唐入りを行うだろう。そうなれば豊臣に亀裂が入る。
無理な願いだとは分かっているが、唐入りは止めないで欲しい。そして、犠牲が少なく済むようにして欲しいのだ」
そんな無茶な・・・と秀次は言おうと思うが、言えなかった。
きっと、これが秀長の秀次に対する遺言だと思ったから。
「鶴松様も・・・体調が優れぬと聞く。お前が頼りなのだ。犠牲を少なく、そして出来れば早期に撤退させてほしい。
一度撤退すれば、もう一度兵を送るのには時間がかかろう。逆に占領地を中途半端に得てしまえば引き時を間違えかねない」
頼む、と言って咳き込む秀長。
秀次はしかたなく、唐入りには反対しないこと、どうにか犠牲を少なくする術を考えてみることを約束した。
その前に鶴松が死んだ後、その年の終わりには俺は関白にされて四年後に切腹だっつーの、と思ったがさすがに言えなかった。
鶴松は史実通り、もうすぐ亡くなるだろうな・・・。
風魔によると茶々の周辺に今のところ怪しいことはない、とのことだ。
ただ、俺の考えではもし秀頼が秀吉の息子じゃないとすると・・・今は浮気相手は側にはいないと思う。
鶴松が生まれたあと、しばらくは遠ざけてるんじゃないか? と勘ぐっている。
鶴松が死んで、もう一人生まなければならなくわけだ、茶々は。それまでは男の気配が周囲にしてはまずかろう。
おそらく時期的にはもうちょいあとかな・・・秀吉以外が秀頼の親だとすると。
風魔には引き続き密かに監視するように言っておいた。ついでに伊賀者達が不満持ってるとか言ってたけど。
徳川殿に断りを入れてから半蔵を伊賀に三万石ほど与えておくか。対茶々工作には風魔を使うけど、それ以外の対外工作には伊賀者を使えばいいかも。
さて、茶々だが・・・誰かが間男だとして、それを秀吉に伝えていいものか? いや、伝えるとやばそうだ。
秀頼が生まれるのを止めたいけど、さすがに現場押さえるわけにもいかんし。現代なら写真とかあって楽なんだけど。
秀頼が誕生するのはほっとくか? 切腹回避だけならうまく立ち回ればなんとかなるかもだし。不慮の事故とかで茶々が死ねば問題ないのに。
ああもう、秀頼が誕生したら豊臣の後継者として全力で押していこう。俺は後見人って立場になれば問題なかろう。
秀吉が死んだ後はもー知らん! 俺が生き残ったらきっと徳川殿の天下も来ないよ!
別に徳川の天下でも俺が楽しく生きていられれば全然いいけどね。
今は朝鮮出兵が近いことが最大の問題だ・・・正直、征服して統治なんてムリだろ。
どうにかこうにか時間を引き延ばして、狙うは時間切れかな。
あとは・・・ん、誰か来たな。
「ひでつぐさま~」
おお、駒じゃないか。どうした?
「きょうは、こまがひでつぐさまといっしょにねるです」
・・・・なんですとー?
「こまも、ひでつぐさまのそくしつ、なのです。だから、いっしょにねるです」
誰だ、駒姫にいらんこと吹き込んだ奴!
まさかぎん千代姉さんか! 絶対楽しんでるだろう、あの人!
「だめ、ですか?」
潤んだ目で見つめないでください。色々だめになりそうです。
「だめじゃないよ。おいで」
自分の心の弱さに乾杯。
「はい!」
嬉しそうにとてとてと歩いてくる駒姫。
というわけで一緒に添い寝しました。
当然何もしてませんが、「秀次様」ではなく「お兄様」と呼ばせようか、と考えた俺は色々だめな奴です。
反省。
八月。
長く体調の悪かった鶴松が儚くも亡くなってしまう。
秀吉は深い悲しみに包まれ、しばらく呆然と暮らした。
史実とは異なり、いまだ健在な秀長と秀次が政務をサポートしていたが、秀長の体調もいよいよ悪くなった。
九月に入る頃にはついに大和の城で起き上がることすら出来なくなった。
秀次は大坂と京での政務、秀長の見舞い、秀吉の慰めと大忙しであった。
自領の治世を田中吉政にいつもどおり丸投げして、大坂での政務の実働部隊に五奉行を使う。
目の回るような忙しさであった。
九月中旬、深く激しい悲しみからなんとか精神の再建を果たした秀吉は秀次を呼ぶ。
自分の待望の息子が死んでしまったことは悲しいが、今は築き上げた豊臣家の危機とも言える。
築き上げた政権を磐石の態勢にするために、やらねばならないことは多かった。
「秀次よ、苦労をかけたな」
「いえ、もったいなきお言葉でございます」
秀次は秀吉と謁見の間で二人きりで話していた。
「鶴松は儚くも遠くへ行ってしまった。我が嫡男があのような不幸にあうのは痛恨の極み。
じゃが、豊臣家は守らねばならん。天下を治めていくためにも、世継ぎが必要じゃ」
心配しなくても、あと数年で秀頼が生まれるけど、と思ったがもちろん口には出せない秀次。
「秀次、わしはお主を養子とし、関白職を譲る。
以後、わしは太閤と呼ばれる身となろう」
その言葉に驚愕で眼を見開く秀次。
「・・・あ、その、今なんと?」
「わしはお主に関白職を譲る。これからわしは朝鮮・明を征服する。
国内の統治はお主に任せる。わしが建築する名護屋城から渡海軍の指揮をとろうと思うておる。
数十万の大軍に津島級、瞬く間に蹂躙してくれようぞ」
史実より時期が早い! 秀次に冷汗が流れる。
(まずいまずいまずいまずい。このままでは切腹の流れにそのまま入ってしまう!)
あせる秀次に秀吉は朝鮮討伐の構想を語る。
誰を先陣と考えているだのどこを最初に攻略するだの兵站の担当者がどうの・・・。
秀次はほとんど聞いていなかった。史実より早く訪れた、明確な死亡フラグへの道。
必死に頭を回転させてなんとか声を絞り出す。
「ちょ、朝鮮と明への討伐のお話は後でゆっくりと伺いたく思いますが、何分その、関白というのは急な話でして・・・」
そうかそうか、と秀次を見る秀吉。
「おぬしでもそれほどまでに驚くことがあるのじゃのう。まあ、聞くがよい。
嫡男の鶴松がこうなった以上、誰かを世継ぎにせねばならん。家が保てなくなるからの・・・。
それに、秀長の病床も、口に出すのも憚られるが、かなり悪い。今は豊臣家の危機ぞ。
おぬしはこれまで我が甥として、羽柴姓を名乗っておったがこれより公にも豊臣秀次と名乗れ。我が養子とする」
明確な後継者宣言。秀吉としてはこの甥なら十分にその資質があると見ていた。
鶴松が生きていた時は、鶴松に豊臣家を継がせて秀次に後見させるのが最も良いと思っていたが、こうなっては仕方ない、と思っていた。
秀次は考える。必死に考える。
(ここで私には重荷ですと断るか? いや、だめだ。すでにこれは秀吉の中では決められた事。それに明らかに断ったらおかしい。
天下を継承させてやるって言ってるに等しいんだ。断れるわけがない。断る理由も思いつかん。
でもそのまま受けたら、たぶん、いや間違いなく死ぬ。明らかにそういう流れだ)
秀吉は秀次に関白とする理由をまだ説明しているが、秀次は考えをまとめるのに必死だった。
(やばいぞ! このままでは高野山で僧になって切腹の流れに決まっちまいそうだ!
どうする? 一応受けて、風魔使って茶々を殺すか? リスクがでかすぎる。ばれたら切腹じゃすまん。
とにかく、なんとかして口先で凌ぐしかない!)
秀次はとにかく口を開く。
「身に余る光栄ですが、その、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「なんじゃ、言うてみろ」
「一族の中で、関白となり内政を取り仕切る役目、秀長様の病状が思わしくない以上、私が勤めさせて頂きます。
ただ、世継ぎのことにございます」
ふむ? と秀吉は首をかしげた。
「鶴松がああなってしまった以上、お主以外に世継ぎはおるまい」
「いえ、茶々様がおります。正確に申しますと、茶々様が男子を産まれる可能性が残っております。
恐れながら、上様におかれましては茶々様が男子を生まれる可能性をご考慮に入れられる事が大切かと」
なんで俺があの女の株上げるようなこと言わねばならんのだ! 秀頼が生まれるのが早まりかねんし!
盛大に文句はあったが、もはや彼に現状で残された手段は一つ。
今後、男子が産まれたらその子を豊臣の世継ぎとする、ということを確約して貰うことであった。
何かの間違いで秀頼が産まれなければそれで良し、史実通りでも自分が邪魔にならなければ助かるかも! との目論見である。
感激屋の秀吉は、ああそちはなんと心優しい、わしのことをそこまで労わってくれるか、と涙を流していた。
泣きたいのはこっちだ、と秀次は心の中で叫んだ。
その後、聚楽第の屋敷で灰になっている秀次を、稲が慰めていたという・・・。