秀吉の体調が悪化している。
名護城で朝鮮侵攻軍を解散した秀次は、大坂へと帰路を急ぐ。
ちなみにこの期に及んで朝鮮と秘密外交をしようとしていた宗氏は改易。
対馬には代官を置いて直轄地とし、朝鮮への抑え拠点として扱うことにした。
国内だけではなく、今後は国外への備えも必要だと思ったのである。
秀次が大坂に入った頃、各大名も自分の国から大坂へと出てくる。
秀吉重体となり、全ての大名が集められたのである。
病床の中から秀吉は秀次を呼び、行政組織の整備を命じる。
大まかな骨組みは秀吉がすでに作ってあったので、それを秀次は肉付けして発表するだけであった。
世継ぎはまだ幼児ながら名を拾から秀頼に改めた豊臣秀頼。
行政組織の頂点に関白である豊臣秀次。
大老に前田利家、徳川家康、毛利輝元、上杉景勝、小早川隆景。
行政執行官に石田三成、浅野幸長、増田長益、前田玄以、長束正隆。
大老と執行官の繋ぎ役として宇喜田秀家、ちょうそかべ元親、最上義光を中老に。
北方開発監察官に伊達政宗。
南方開発監察官に島津豊久。
両開発監察官を束ねる立場に豊臣秀勝。
茶道筆頭は変わらず古田織部。
秀頼の家老として山内一豊や堀尾吉晴、中村一氏や生駒正親を置いた。山内一豊は北の政所の人選である。
対馬代官に脇坂安治。これは朝鮮情勢を睨んで津島級四隻を含む対馬水軍を統括する立場でもある。
それらを決めて秀吉に確認をとり、秀次は大坂城で政務に取り掛かった。
なんでしょうか、この書類の山は!
ええと、内示の書類に政宗からの蝦夷開発報告書、島津と大友からの琉球開発と台湾統治状況の報告。
俺の領地からの決済書類に上杉からの江戸開港の報告。対馬に配備する水軍の規模と予算案・・・。
各地の寺社からの寄進願いに朝廷への寄進、津島級の建造状況に各地の農作物の出来高。
風魔からの報告に北の政所様からの手紙、大政所様からの手紙。
筆頭茶道の古田織部からの窯大将への寄進願い、南蛮商人からの火薬買い付け状況。
ヌルハチからの密貿易の資料までありやがる。本人からの親書付きだよ。
くっ、とても一人では捌ききれない・・・しかたない、奴を呼ぶか。
三成ーーー!!
「石田様なら先ほど大量の書類を抱えて自分の仕事部屋へ入って行きましたが」
う、奴も忙しいか・・・。
もーどれから片付けたらいいやら・・・なんだこれ、茶々から大野を秀頼の家老にしろって書があるな。
燃やしておこう。秀頼の家老決めたのは俺じゃなくて秀吉だっつーの。俺に言うな。
しかたない、他は一個ずつ片付けよう・・・。
秀勝!
「なんでしょう、兄上」
蝦夷と琉球は?
「蝦夷は順調に開発が進んでいるようです。函館城もほぼ完成したそうです。
琉球は島津が抑えました。台湾には大友が一番乗りで侵攻しています」
う~ん、そっちは順調でいいな、お前・・・。
「兄上から頂いた津島級を蝦夷と琉球に送ってありますので、交易も順調に進むかと」
ああ、蝦夷に送った戦士丸と九州に送った荒鷲丸な。
ホントはハム丸と携帯丸にしたかったけどねー。
「よくわかりませんが・・・」
気にするな。江戸の港はでかいから、橙兎丸と青燕丸を送っておこう。
堺には豊臣丸以外にも交易用に猛虎丸を配備っと。
作ったはいいがまだ津島に置いてある獅子丸と波牛丸、星王丸はどーしよーかな。
・・・あとはロッテと中日か? つーか獅子丸どーすんだよ、本拠地に海ねーぞ。
まあ、各地の大きな港には一隻は津島級を配備して交易に使う予定だけど。
仕事多いなぁ。
「頑張ってください、兄上。私もお手伝い致しますから」
いい弟持って幸せだわ、俺・・・。
「手伝えないことのほうが多いですが」
前言撤回。最近俺に歯向かうようになってきやがった。
「兄上の教育の賜物ですよ」
うるせぇ。あー窯大将への寄進願いと朝廷への寄進はやっといてくれ。寺社からの寄進願いはよく吟味してからな。
全部聞いてたらきりがない。
「承りました、兄上」
南蛮商人からの火薬の買い付けは?
「順調ですよ。兄上が行った、南蛮商人を一堂に集めての黄金披露の効果があったようで、先を争って大量の硝薬を持ち込んでいます」
うむ、ぶち抜き二階までの黄金の延べ棒積み上げて硝薬とか買うぞーと言ったからな。
朝鮮でもいっぱい火薬使ったし、鉄砲ももっと製造してヌルハチと密貿易せないかんからな。
どうでもいいが、フィリピンとかで現地住民からどれだけ搾取してんだろう、南蛮商人・・・ちょっと怖い。
日本国内では奴隷売買は完全禁止、破ったら南蛮商人だろうが死刑にしてるけど。
後はヌルハチとの密貿易か・・・鉄砲とかの武器を輸出して朝鮮人参とか馬を輸入してるけど、はやく清起こしてくれねーかな。
女真族統一が最初の目標になるだろうから、まだ先かな。
ああ、他にもやることだらけだ、頑張ろう・・・。
そういえば秀勝。
「はい?」
嫁さん可愛がってるか~?
「ええ、とても良き妻ですよ。兄上のところには負けますが」
からかっても反応が冷静過ぎてお前はつまらん。史実ではさっさと死んでるくせに。俺もだけど・・・。
秀秋はもっと純情になるように気をつけよう。毛利に養子に出す話がもう出たけど、俺が秀吉に言って潰したし。
秀長さんの分家継がせたからいいんだろうけど。
この件では小早川隆景にえらい感謝されたけど・・・そんなにいやだったのか、秀秋養子縁組。まあ、名家だしな、小早川。
まあ秀秋も幼い頃から宮部の父ちゃんの「武将の心得説教その一~その百三十」を受けてるから史実よりずいぶんまともだ。
願わくば、このまま素直に育ってくれ・・・秀勝は捻くれてしまったよ・・・。
秀次が政務に精を出しながら頑張っている頃、茶々は荒れていた。
自分の持ち駒である大野治長の秀頼家老就任がにべもなく断られたからである。
「雑賀の者もたいしたことのない。我がせっかく復讐の機会を与えてやったものを・・・」
正確には彼女は大野治房に雑賀の者を朝鮮渡海軍に紛れ込ませよ、と指示しただけなのだが。
彼女にとって秀次は邪魔者である。自分の邪魔をする存在、許しておける存在ではなかった。
大野治長を秀頼の家老にし、秀頼の命令として秀次を切腹させる。それが彼女の考えだった。
その命を拒めば天下の大罪人として討伐する。天下人となった秀頼の命令には誰も逆らえない。
「太閤様がお亡くなりになれば、後はどうにでもなりますとも」
大蔵局が茶々をそういって慰める。
彼女たちにとっての政治とはこの程度のことであった。
徳川家康も大坂城に詰めながら、謀臣の本多正信と話していた。
「どうも、下手に動かぬほうがよさそうだぞ、正信」
家康は茶々が大野治房を秀頼の家老に、との書を命令口調で秀次に送りつけたことを知ってそんなことを言った。
「左様ですな。もう少し何か考えあって動くかと思いましたが・・・あの方は軽挙に過ぎまする」
茶々の周囲を炊きつけ、焦らせ暴発させて秀次の天下を早める。そのために謀臣たる正信の腕の見せ所だったはずが。
・・・愚者には愚者の使い方があるが、あれでは手を出せばこちらまで巻き込まれる。
「早めに秀次様とのつながりを強化するが重要かと存じます。
側室の甲斐姫が懐妊したとの報告も半蔵より届いておりますゆえ」
ふむ、と頷く家康。
「その産まれてくる子、男児であれ女児であれ徳川家の者と縁があればよいな、正信」
これは難しい事を仰られます、と返す正信。
嫡男と徳川家の娘との婚姻が決まっている状況でもう一人、とは。他家が黙ってはいまい。
「難儀な事柄と思いますが、この正信、骨を折ってみましょうぞ」
困難なことほど、陰謀家は燃えるらしい。
文禄三年、三月。
秀吉は遺言を大老と秀次の前で口述し、祐筆に記録させた。
そして秀次一人が秀吉に呼ばれた。
秀吉の病床はいよいよ悪く、明日をも知れない身であった。
床に横になったまま、秀吉が話し始める。
「秀次・・・お前にも苦労をかけた。いや、かけすぎたのかもしれん・・・」
そんなことを言い出した秀吉。秀次は黙って聞いていた。
「誰しもが天下を望むわけではない・・・栄達を望まぬもの、平穏を望むものもある。それはわかっている。
それでも、わしは天下が欲しかった。信長様が本能寺で討たれた時・・・わしはどうしても天下が欲しくなった」
弱い息を吐きながら続ける秀吉。
「秀長にも悪い事をしたと思うておる。わしのために命を使い尽くしたようなものだ。
秀次、おぬしも無理やり農村より引きずりだして、人質にやった。わしはあの時、悪いと思いつつもそうするしかなかった。
いや、これも言い訳だな。わしはお主の存在がありがたかった。お主が宮部や三好に殺されていても、わしはそれを理由に信長様が攻め滅ぼすのを手伝っていただろう」
また少し咳をする秀吉。
「お前は期待以上の働きを見せてくれた。わしは嬉しかった。親類縁者の少ない、成り上がりのわしにとってお主と秀長だけが頼りだった。希望だったのだ。
おぬしの人生はわしが決めてしまった。そして、そこまでおぬしを使っておきながら、わしは世継ぎを秀頼にした。お主からそれを言い出してくれたとき、どれほど嬉しかったか」
秀吉が涙を流している。
「秀次・・・わしの最後の頼みだ。秀頼を頼む・・・」
「・・・はい。わかっております」
秀次は頭を下げて答えた。顔は見られたくなかった。
「すまない、これで安心して逝けるわい・・・」
秀次の目にも涙が溢れてきた。
「・・・秀次・・・秀長・・・」
秀吉の意識が混濁としてきたようである。うわ言のような呟きしか聞かれなくなった。
「上様・・・・猿は・・・・・・・」
そのまま静かな寝息を立て始める。
秀次は音を立てないように退出した。
部屋から出て、誰もいない廊下を歩く秀次。
不意に握った拳を壁に叩きつける秀次。
(・・・このままでいいのか)
答えは出なかった。
その日の深夜、まだ夜が明けない頃。
豊臣秀吉は静かに息を引き取った。
豊臣秀吉逝去。
露と落ち
露と消えにし
我が身かな
浪速のことは
夢のまた夢
乱世を賑やかに登りつめた男の静かな最期だった。