関白・豊臣秀次は定期的に休暇を取る。
天下人であり日本の最高権力者である秀次だが、口癖が「働きたくない」であり、ことある事に「息子が元服したら隠居する」と口にする。
そんな秀次だから、連日休みなく働くなど考えた事もなく、勝手に「十日に一度は休む」と宣言して休みを取っている。
通称、稲姫休暇である。
正妻の稲姫と秀次の仲の良さは結婚当初から変わらず、関白になろうがそれは変わらない。
側室の甲斐姫、駒姫との仲も良いが、やはり秀次にとっての妻は稲姫なのである。
休暇の目的も「稲とだらだら過ごしたい」なのだから。
迷惑なのは重臣達だが、秀次は休暇に関しては押し切った。
「内向きの事は田中吉政、軍事の事は舞兵庫か立花宗茂に、公儀への相談や訴えは山内一豊に、それでも判断できなければ大老である徳川殿に
話を持って行け。いちいち全てを俺が判断する必要はない! 後で報告だけ上げてくれ、問題あるようだったらそこで言うから」
要は丸投げである。領地経営といい、天下の事といい、秀次は自分一人でやる気はまったく無かった。
(全体的な国家像だけを俺が提示して、現実を見る徳川殿が中心になって作っていくだろ。資金はあるんだから、多少の無茶も効く。
何より毎日仕事ばっかじゃ俺の身がもたん。俺に必要なのは稲だ。定期的に稲成分を補給しないと動けなくなるからな)
こうして「稲姫休暇」の日、彼は一日奥で過ごす。
午前中は稲姫と朝食を取り、稲姫の膝枕で耳かきをしてもらう。
ちなみに秀次の耳かきは稲姫しか出来ない。側室含めた三人の暗黙の約束事として、耳かきだけは稲姫がする事になっているのだ。
「はい、旦那様。終わりましたよ」
「おっ、あんがと、稲」
耳かきが終わっても秀次は膝枕から起きない。
気持ちよさそうに眼を閉じている。
稲姫も秀次の頭の重みを膝に感じながら穏やかに微笑んで秀次を見つめている。
結婚当初から変わらない二人であった。
昼食は大体、側室の二人を含めた四人で食べる事が多い。
にこにこと明るい駒姫がせっせと椀にご飯をついで秀次に渡す。
それを微笑ましく見ている甲斐姫。
(なんつーか、凄い幸せな環境にいるよな、俺)
そんな事を思いながら昼食を食べる秀次であった。
昼食後、三人と共に茶室までの道のりを散歩しながら、様々な事を話す。
大抵は嬉しそうに喋る駒姫に他の三人が答える。
茶室で四人でまったりをお茶した後は、それぞれ自らの部屋に帰っていった。
風呂好きの秀次は夕食前に入浴する。
「旦那様、お背中を流させて頂きます」
そう言って稲姫が共に入って来る。
子供を産んだとは思えないプロポーションの稲姫の裸体に、秀次は今でもどきまぎしてしまう。
背中を流して貰っている間、我慢できなくなった秀次が稲姫を抱き寄せ、いつもより長い入浴になってしまった。
夕食はその日共に床に入る姫と取る。これもいつからか出来た暗黙のルールである。
稲姫と共に夕食を取った後、秀次は寝室に稲姫を誘った。
「旦那様、稲は幸せです。ずっとこんな日が続いて欲しいと思っています」
「続くさ。もう戦もない。俺はずっと稲と一緒にいるしな」
なお、この「稲姫休暇」の間、田中吉政や山内一豊は普段より忙しい。
次の日、秀次が公務に戻った時には山のような書類が待っているのはいつもの事である。
あとがき
正妻・稲姫との物語でした。
稲姫って史実でも美人で性格が良いと伝わってるので、きっと凄くいい妻だったんでしょうね。
書籍の発売日は5/24。amazonで既に見れるようになってますので、ぜひ一度ご覧下さい。
ちなみに絵師は「皇 征介」さんです。