書翰の束には、封緘された、ニエッキから巡察師ヴァリニャーノへ宛てての親展が含まれていた。
巡察師がまだ来日していないことはセスペデスが伝えているはずだが、さて、この直披をどう処置したものか。

おそらくジュスト殿をめぐっての、ニエッキからの直接の報告であろうと思う。緊急の用件が含まれているかもしれない。
悩んだが、カブラルのもとへ持参した。
ポルトガル語で書かれているわけはないから、その場で私が開封して、翻訳して、何らかの指示を与えられ、返信することになると思う。
私宛ての親書ならともかく、巡察師宛てでカブラルへの赤裸々な悪口などは、いくらニエッキでも書くまい。
書いてあっても翻訳でなんとかごまかすさ。ごまかしきれなくても、私のせいにされてたまるか。

事前にカブラルへ、背景を説明しておいた。
アラキの謀反とジュスト殿の服従。ニエッキの説得。ジュスト殿の叛意と処罰。タカツキ教会の今後について。
カブラルは忌々しそうに聞いていたが、ブンゴの政局ほどには関心を持っていない風だ。

「日本人のゴタゴタだろう。なぜ、巡察師宛てなのか。日本布教長は私だぞ」と、何度も念を押される。
私に言われても困ります。むしろ布教長に未開封のまま持ってきた私を評価してくださいよ。
では、開封しますね。

以下、ニエッキからの、詳細な報告。


偉大なる我らが父、コンパニヤ総長の代理人パードレ・アレッシャンドロ・ヴァリニャーノ巡察師へ、謹んで報告をいたします。
この件については、日本における布教活動のみならず、インディア管区全体の統治戦略にも関わってくるものと危惧いたしますので、くれぐれも、総長の代理人たるヴァリニャーノ巡察師の見識を通して子細に検討を加えていただくことを希望します。

78年12月１日、ノブナンガはアラキの謀反を封じるため兵を出し、自らはカミキョウのニジョウに司令部を構えました。この時点で我々にも、タカツキはアラキ側に就いたらしいという情報が入っており、双方に使者を派遣して情勢を探っておりました。
信徒たちの噂では、タカツキ領主ジュスト殿がアラキへ３人の子供を人質として差し出しており、このためアラキに逆らえない、という内幕です。
しかし私が直接確かめたところでは、ジュスト殿よりも、父親でタカツキ領の実権を握るダリオ王こそが人質のことを重大視していたものです。孫の命を救うためならノブナンガにも逆らうといきり立ち、家臣たちも振り回されたというのが実状です。

ジュスト殿は27歳。幼少期に受洗したこともあり、教義も父親より正しく理解しています。
「王の家系に生まれたからには、いつでも死ぬ覚悟はできており、子供たちにもその心構えは叩きこんである。決してデウスの道を踏み外さなければ、必ずパライゾで巡り逢える」
そう語るジュスト殿にとって、人質は謀反の理由になりません。
ジュストがアラキの側に就くのは、ひとえに君主に対する忠誠心からです。
この父子の温度差は、区別しておく必要があります。

ジュスト殿の軍人としての能力は双方から高く評価されており、築城と防衛戦の技術については当代随一と認められています。ノブナンガも、タカツキを攻める難しさとジュスト殿の性格はよく御存知で、私を交渉役に指名しました。
パードレとしてジュスト殿を説得し、タカツキを城ごと味方に引き入れよ。これが命令です。
何度か往復しました。その過程で、タカツキ父子の温度差もわかった次第です。

しかしどちらも頑固ゆえ、交渉は暗礁に乗り上げます。そのうちノブナンガの家臣サクマ殿の軍勢が、タカツキまでやってきます。
ノブナンガも痺れをきらしています。ここで、彼の本性が顕れました。
ノブナンガは、これまでデウスの教えに寛容でした。パードレ・フロイスは戦略的判断ゆえかれらへ授洗しないのだと常に言っていましたが、ノブナンガ一味は、日本支配を完了したとしても、決して、洗礼を望まないでしょう。
むしろ、ポルトガルからの武器を与えられるだけ与えられた最後には、私たちに向けてそれを放ってくる危険があります。

ノブナンガは、パードレ・ステファノーニを連行し、ひと気のないテラへ監禁しました。そして私には最後の機会だと思え、次でタカツキを説得できなければ総攻撃をかけ教会もろとも焼き払い、ミヤコやサンガの全信徒をも殲滅すると告げたのです。
私は覚悟を決めてタカツキを訪れました。信徒たちは皆、泣き暮れてマルチレスとなる覚悟をしていました。ダリオ王は聞く耳を持ってくれませんでした。

夜中、疲れ切った私の前で、ジュスト殿がある決断をされます。

ジュスト殿は、私と、数名の家臣を連れて城を抜け出し、サクマ殿の本陣へと向かいました。
そして、今夜限り武人から一介の流浪人へと身を堕とすので、タカツキをお好きなようにと宣言しました。
これでジュスト殿がアラキに対して忠誠を誓う理由はなくなります。
アラキは、ただの誘拐犯。そして父ダリオ王ただひとりが、タカツキの領民に対して責任を負う立場となります。
さっそく行動開始。
示し合わせていた通りにタカツキの城門は開かれ、サクマ軍は抵抗も受けず、城内へ侵入しました。
ダリオ王は眠りから叩き起こされ、相当あわてふためいたようですが、これも計画通り。ぶじ城から逃げ出して、アラキのいるアリオカ城まで駆けこみます。
アリオカ城で涙ながらに、反乱で城を奪われたことを詫びるダリオ王。自らの失態ゆえいかなる罰も覚悟しているが罪無き孫たちの安全だけは是が非でも守らせたまえ、と懇願しアラキはこれを承諾したと伝え聞きます。

ノブナンガは、難攻不落のタカツキ城を無血で手に入れることができ、大層ご満悦でした。
ステファノーニも無事に戻ってきました。ノブナンガは引き続きジュスト殿にタカツキ城主を要請しているのですが、タカツキの領民へは顔向けができないとジュスト殿自身が転地を希望しています。
ただ新しい領主がデウスの信徒でなければ、領民がついてこないでしょう。ですから適切な人選をと要望は出しているそうです。

以上が、タカツキ騒動の顛末でありますが。私は今も、あの日ノブナンガの瞳に宿った悪魔のまなざしを、忘れることができません。
ノブナンガは、デウスの敵と断じます。決して図に乗らせてはなりません。早期に、斃すべきです。
巡察師の賢明なる判断を仰ぎます。

御主の愚かなるしもべ
パードレ・ニエッキ・ソルド・オルガンティーノ