ぐっすりと、眠りこけていた。
異変を感じたが、体が動かない。目も開かない。
夢の中だと思っていた。
邸の外へ連れ出される。月が輝いていることだけ、わかる。
後ろ手に縛られていることに気付く。
厭な夢を見ているなあ。小便をしたくてたまらない。
歩かされる。夜気が気持ちよい。
小便が漏れる！
漏らした。どばどば。
ああ、すまぬ。これは、現実にやっちまったなとわかる。
けれども、それでも、体がいうことをきかない。
気が抜けて、また睡魔に取り込まれる。夜の記憶はここまでだ。
目が覚めた時、私たちは、浜辺にいた。
陽がまぶしい。
兵たちに取り囲まれていた。
すぐ傍にコエリュ、ドミンゴス、イルマンたち、カフル。みんな縛られ、身動きをとれなくしている。
私のもとへ、兵の一団が近づいてくる。
ヤクインの顔を認める。あとは、書記らしき男と、刀を構えた武装兵ども。
水を所望した。飲ませてくれた。生き返る。
やっと、頭が冴えてきた。
薬を飲まされたな。昨夜か？ひどいことをしやがる。反逆罪だぞ、きさま。
さあ、話を聞いてやろうじゃないか。
「汝らには、本日、追放令が発せられた。
ひと月以内に、全員、日本より立ち去るべし。長崎、茂木、浦上は没収する。また、そこのフスタも没収した。異議申し立ては認めぬ」
後ろを振り向く。フスタが無くなっている。ばかやろう。何てことだ。ちょっとまて。追放令？
考えていると、連中は勝手に説明を始めた。
「ひとつ。
汝らは、外洋より来た。日本においては客人の分際でありながら、まるで最高権力者のごとく振る舞っておる。その態度は到底、礼儀に適ったものとは見做し得ない。己れの身分をわきまえ、心を入れ替えて日本での生活を続けたいと申すならば、滞在を許可する用意はあるが、まずは臣従の礼を示して挨拶に参られよ」
なにを今更言ってやがるんだ？
おまえたちが内戦を繰り広げていた間から、私たちはこの国に住んでいるんだ。当時の王はクボウと、ダイリだった。クボウには挨拶をして許可を得たし、許可というなら昨年、カンパクは私たちに、日本全土における布教を堂々と許可したばかりじゃないか。あの猿をここへ呼んでこい！
「ふたつ。
汝らは牛馬を殺し、その血を啜り、肉を食べる。かれらは日本の財産であり、農耕、荷役、戦争に従事する貴重な労働力である。その生命を無為に奪うことは、日本では許されぬ犯罪である。かれらの土地を奪うことも、当然ながら、許されぬ」
男たちの背後に多数の兵が槍や鉄砲を構えてこちらを睨みつけているが、その一角に、昨日我々がこの浜辺で解体した子牛の頭が掲げられてあった。
証拠を押さえたつもりかな。はいはい、日本人が家畜を死ぬまでこき使ってそのあと無為に捨てていることは承知していますよ。家畜じゃなければいいって屁理屈で野山の獣を狩って殺して食べてることも知ってます。
財産というなら、この子牛はドミンゴスが日本人から正規に購入したものだ。私たちの財産だぞ。
ありがたく、おいしく、いただきましたよ。
トチ狂ってるのは、おまえたちだ。
「みっつ。
汝らが、日本から、多くの子女を連れ去り、奴隷として諸外国へ売り飛ばしていることを我々は知っている。いかなる正義が成り立ち得よう。すべての日本人は国の宝であり、まして無力な女や子供たちを拐かし慰みものとするなどは言語道断である。このような犯罪を看過することはできない」
なんだ？そんな話は……寝耳に水だ。
コンパニヤは奴隷商売に関与したこともないし、むしろ、より人道的にと商人たちに注意する立場なんだがな。ドミンゴス……ちっ、まだ眠ってやがる。
まてよ。サツマが、まさにその、女子供を狙って攫うという行為を、組織的にやってたんじゃないか？
あれは、冬だった。もし密貿易船があの頃サツマに停泊していたのだとしたら、そいつらに売るためブンゴで収穫していたって辻褄が合わないか？
我々に飲ませた眠り薬かなにかも、あんたら、サツマから手に入れたんじゃないのかい。
おそれいったね。これは、陰謀の匂いがするよ。日本人ってのは結託するとおそろしい筋書きを考え出すものだねえ。しっかり調べ上げてやりたいものだが、とにかく、奴隷商売に関して私たちは潔白だ。
「よっつ。
汝らが、隷従した日本人を四つん這いにして鞭打っていることも、我々は知っている。このような屈辱的かつ破廉恥な行為は、たとえお巫山戯であっても公序良俗に反すること、自明であろう。何を根拠に日本人をここまで辱めるか」
ヂシピリナのことかね。それは認めよう。やってるよ。
男でも女でも、老いも若きも、日本人は皆これが大好きでね。我々の方が恥ずかしくてたまらないんだが、どれだけ力を込めても、まだ足りない、もっともっとと、しつこいんだ。
言っておくが、日本以外ではもっと慎ましく、厳粛な儀式だ。本来は受難週の金曜日にしかやらない。あんたがたこそ認めたらどうだね。日本人は、世界にとどろく、ド変態民族だってことをだよ。
「いつつ。
汝らが占領した土地では、日本古来の聖域である神社・仏閣・寺院などが悉く焼き払われることを我々は知っている。そのような暴威がまかり通るならば、我々がおまえたちの国へ踏み入った際も、同様の破壊行為が許されることになろう。いかなる申し開きが可能であるか」
だんだんのぼせてきたので、この辺りからの記憶がない。私はポルトガル語でわめきちらしたが、そのまま伝わっていたらと考えると、おそろしい。自由を奪われた状態で、圧倒的な武力差を見せつける相手の前では、正論を述べるにしても、言い方に気をつける必要がある。
我々はその後、船に乗せられ、縛られたまま、フィラドへ護送された。
フィラドでは厳しい監視状態に置かれる。
信徒や商売人から詰問される心配はなくなったが、それにしても大騒ぎになっている。他地域へも同じ布告が届けられているらしく、これから続々、各地のパードレたちがフィラドへ送られてくるらしいと役人から聞く。
何をしでかしたのか、なんて訊かれるが、私やドミンゴスが原因のはずはない。前日の昼間まで、カンパクとは和やかにお茶をしてたのだから。
その夜遅くに、宿所にしていた信徒の邸で一服盛られてしまったんだよ。
大規模な陰謀であることは明白だが、主犯のひとりはヤクインで間違いない。
カンパクは無事なのか？
フィラドが受け取った命令書は、カンパクの朱印が入った、間違いなく本物であったということだが。本人直筆とは限らないし、秘書のヤクインならいくらでも偽造できるじゃないか。
まったく、とんでもないことになった。
いきなり殺されなかっただけ、ましと思うべきか。
デウスは、まだ私になにか使命を託しているに違いない。いいだろう、見届けてやる。そして正しい記録を後世に伝えてやる。
主謀者は誰か？
最終目標は何か？
我々をどう利用するつもりだ？
登場人物が多すぎる。
その中で私たちが頼ることのできる、間違いなく正義の側に立つ主人公は、誰であるのか？
考え始めるのだが、頭がまだくらくらする。だめだ、今日は休もう。情報がもっと欲しい。
これが全て夢であってくれてもよいのだが、はたして、どうだろうか。
小便をすませて、寝床に潜る。