魔法・呪術道具専門店アンブレラ。専門店と冠するだけのことはあり、その品ぞろいは豊富だ。東は皇国から、西はブリトリア王国までのマッジクアイテムが揃っている。その中でも多いのが魔道の都で開発されたものだ。
魔道工学技術と魔法理論の先端を行く魔道帝国此処に在りとは、このことなのだろう。
カリムは各種類ごとに揃え、並べられた魔法道具を見て回る。値段と共に添えられた簡易な説明を流し読みをしていくと、皇国の特色が強く出ているものがおかれている棚で目が止まった。
儀式召喚系と解説されたそれは、在庫数一と表記されていた。
見覚えのある呪術具だ。つい先日派手に使用されたところを目撃していた。薄い紙のようなものに幾何学模様を幾重にも刻まれたそれは、"火龍の陣"と名が記されている。説明文の上に書かれた値段を視界にいれると、使い捨ての道具にしては驚くほど高額だ。流石に最高級の素材を用い作られた武防具やアミュレットに比べれば値段は落ちるが、並のシーカーや冒険者の手が出る値段ではない。
修貴が持っていた水龍の陣。カリムは修貴から兄が送ってくれたものだと聞いたことを思い出した。とっておきの手として修貴がお守りのように所持していたのは、この値段に見合った効果だからなのだろう。
目の前にあるのは水龍ではなく火龍であるが、威力はカリムが目にしたそれと変わらないはずだ。古代竜を押し流す暴力を魔法準備の時間もかけずに行使出来るというのは魅力的だ。
なるほど。弟のことが大事なのだなと、想像し和む。その気持は兄と弟がいる身としてはわからなくもなかった。ただし、カリムの兄弟は血筋のためか心配するほど弱くはない。兄弟が息災なのは定期的な手紙のやりとりでわかっている。
そんなことを考えながら商品を見ていた彼女に皺がれた声がかかる。
「おや、久しぶりじゃないか。フリードの娘っ子」
「お久しぶりです」
「それに興味あるのかい?」
「はい」
「皇国の六条機関の知り合いから仕入れたんだものでね、天竜のブレスを再現する物だよ」
強力無比なドラゴンのブレス。それを具現化、召喚する魔法道具らしい。そう言われてみれば、古代竜相手にあれだけの効力を持つことも分からないことではない。皇国において竜といえば、東方結界内で独自の生態系を営んでいた天竜であり、その力は古代竜に劣らない。
カリムは天竜と実際にまみえたことはないが、その実力は歴史が証明している。
「なるほど。使い捨てでこの値段も、納得か」
「いんや、安いねこの値段なら。なにせ、天竜の鱗を使ってるらしいからねぇ」
それは使い切りのマジックアイテムに使う素材ではない。
カリムは驚きながら、火龍の陣を丁寧に観察する。薄いか紙のようなものに魔法陣が描かれていると思っていたが、これは鱗らしい。鱗を薄くしたものに陣が彫られているのだ。
「ふふふ、皇国ならではのものよなぁ。彼処はドラゴンと仲良くしてるからね。天竜たちも頼めば鱗を売ってくれるって話だよ」
店主の老婆は好々とした笑を浮かべながら、言葉を続ける。あの国は結界崩壊から二千年経ったっていうのに未だ神代の香を残している。長く生きる魔人に、現人神。加えて天竜にいくつもの眷属たち。
行ってみればわかるけどね、彼処は驚くべきことが多いのさ、と締める。
カリムは頷き言葉を返す。
「機会があれば行きたい場所だね」
いろいろな意味で、と心中で一言付け足す。
冒険という意味でも一度は足を向けた居場所だが、それ以外でも理由は尽きない。
「ところで、娘っ子や買うのかい、それ?」
「ふむ」
さて、どうしようか。
カリムは修貴の姿を思い浮かべ言葉を口にした。
「取っておいて、もらえるかな。多分、欲しがる人がいるんだ」
「へぇ、そうだね。かまわないよ。ただしあまり長くは待てないからね」
「ありがとう」
カリムは笑った。ちょうど、修貴と買い物をする理由が出来た。
ダンジョン、探索しよう!
その22
カリムに呼ばれアトラス院に来た修貴は縮こまっていた。人見知りする性格も影響し、厳つい鍛冶師が何よりも恐ろしく感じてしまう。
「おめぇさんが、古代竜と戦ったねェ? ンの割にゃ、謙虚だな」
「あれは、その、ほとんどカリムが戦っていたようなものです、から」
「おめぇ位の年で、古代竜と殺り合って生き残ったなら、もうちと高慢なもンなんだがねぇ」
壮年を過ぎてなお、活力を感じさせる肉体を持つ厳は上から下までじっくりと修貴を観察する。体は鍛えられている。覇気がある人種かと問われればそうではない。カリムに比べ明らかに劣っている。いや、これは比べる対称が悪い。カリムと比べるのが間違だ。
厳自身、カリムと同じ年の頃を比べれば勝負にはならない。彼女のような天才は比較の対称として不出来だ。
まあ、とにかくと厳は修貴から話を聞き出すことを優先する。
「流派は?」
「基礎は、その、天道一心流です」
「ンのわりに、話を聞く限りらしくねぇ戦い方だな」
ついでに性格もと付け加える。天道一心流。天道と名乗るように、その戦い方は正々堂々正面から敵を打ち破ることにある。それは精神的なものや道徳観の教えも含んでいる。そのため、その戦い方、あり方は修貴とは結びつかない。
「その、本当に基礎だけです。体捌きや、足の運びを主に学んだくらいで、あとは我流です」
兄から修貴が教わったのは本当に基礎だけだ。残りはすべてダンジョンで学んだ。ましてや、一人でダンジョンに挑むことを好む修貴の剣術はその行為に対応し染まっていったのは当然の理だ。
特に、天道一心流のような剣術は一人でのダンジョン探索には向いていない。この流派は敵と相対し正面から戦うことを想定している。
「ふン。ほとんど我流みてぇなもンだな。ンまぁ、聞くだけじゃ、わからんか」
「あ、はい」
ほれと、厳は用意しておいた数種類の太刀を示す。ヴィクターから聞き出しておいた修貴が使っている太刀と同じサイズのものだ。数を揃えたのは重心と重さが違うためだ。腕の力で刀を振るのか、剣の重さで振るのかそれを確認する。
天道一心流は腕力でもって刃を振り下ろす術理を掲げている。しかし、我流と呼んで差支えがないであろう修貴がどのように刀を扱うかで鍛造すべき太刀も変わってくる。
選び、素振りをするように促すと修貴はおずおずと左端に置いてある太刀に手を伸ばした。
修貴は遮蔽物がない場所に移り、手にした刀を構え振るう。一振り、二振りと素振りをする。重い。重心もまた、剣先に寄っているため、剣に振り回される感覚が手に残る。
「確かに、基礎は天道一心流か。ただ、剛剣を使うってわけでもねェな」
「ええ、その、そうです。俺の、戦い方はその、初速が大事になりますから」
「じゃあ、こっち使ってみろ」
修貴は今の振りだけでわかるものなのかと感心しながら太刀を換え、再度構える。明らかに軽い。重心も先程に比べ、剣先に近くはない。
青眼に構え、素振りをする。振り応えは悪くない。ただ、今度は重さが足りない気がした。これでは、重いモンスターに重量負けする可能性がある。必ず相手を斬ることができるとは限らないのだ。
「その顔は、軽すぎるって表情だな」
「え、いや、その、はい」
「怯えンなよ。別段怒らねぇ。まあそいつには軽量化の魔術付加がされてるからな。実際の重量よりは軽く感じるはずだ。しかし、そうなるとこいつか」
さらに別の太刀と持ち変える。
今度はしっくりと来る荷重が腕にかかる。中段に構えに振る。この程度の重量ならば、中段の構えも苦にならない。初めに試した刀では長い時間青眼で構えるのは無理だった。
「こんなもンだな。あとは、そうだな」
修貴が太刀を返すと厳はにやりと表情を歪め言った。
「立ち会ってみるか」
この行為ほど解りやすく相手を測る手段はない。
「怯えるなよ。なに、手心は加えるさ」
* *
修貴は相手に分からないよう苦笑した。まだ二度目だが、ここに来る度に模擬戦をしている。
今度の相手は同じ皇国人であり、太刀の使い手だ。刀の打合などにはならないだろう。
「さて、心身夢想流皆伝、黒部厳だ」
「えー、と……」
厳は苦笑い。
「まあ、名だけ名乗っておけ」
「あ、はい。藤堂修貴です」
「おう。じゃあ、はじめるか」
二人は道場で相対する。ギャラリーと言う訳ではないが、カリムも二人の立会を見に来ていた。
勝ち負けが重要な試合ではないが、どちらが勝つかカリムは考える。純粋な実力では比べるまでもなく厳の方が上だ。まず、年季が違う。だが、修貴の剣は良くも悪くも正道ではない。生き残る、勝ち残ることに特化した剣だ。
個人的な恋人としての意見を言えば、勝って欲しい。だが、現実的には難しい。修貴の剣はこうした正面からの立会の剣術ではない。
そこで思いつくことがあった。アンブレラのこと思いついたのだ
「始める前に一ついいかな?」
「ン? どうした嬢ちゃん」
「いやね。修貴がもし勝ったら僕としては、修貴にご褒美があっていいんじゃないかと思ってね」
「いや、カリム。これはそういう事じゃないと思うんだが」
修貴の疑問に対し、厳が笑った。
「いいじゃねぇか。面白い。その方が坊主もやる気でるだろう? こっちとしてもやる気があった方がいい。俺からもなンかやろうかねぇ。ま、ガチの本気じゃねぇから大それたものはやらねぇがな。カカカ」
厳はそう言いながら上段に構える。修貴も合わせ、中段に構えた。
勝ってよ、修貴、というカリムの声援に修貴は内心を引き締め、相手を観察する。
ガッチリと鍛えられた相手の上段は威圧感がる。一歩でも踏み込めばすぐに振り下ろされるだろう刃が潰された太刀は下手に当たりどこが悪ければ相当なダメージになることは容易に想像ができる。
じりじりと、修貴は間合いを測る。相手は己より強い。それは嫌というほどわかる。わかるが、相棒で、恋人の前で無様を晒すわけには行かない。カリムもああ言っているのだ。できれば勝ちたい。
できればという考え方にはっとする。
いや、そうじゃない。勝つ。そう思うことが大事だ。カリムに並ぶほど強くなるのならば、その思いがなければ始まらない。
どう攻める。甘い踏み込みでは即座に負けるだろう。勝つためにはどうすればいいのか。
出来ることを考え、選択肢を作る。修貴の剣術は初手の速さと不意打ちが基本だ。そのために無拍子とも言われる術に手を出し、気配を殺すことを覚えた。あのドラゴンに挑んだ時の己を思い浮かべる。
厳は修貴の挙動を見逃さない。隙ができれば、一歩でも踏み込めば振り下ろす心持ちでいた。
それまでは不動。山のように動かない。修貴の呼吸を逃さず、動きを測る。
修貴が構えを下段に動かす――隙だ。
厳は迅速だった一瞬で踏み込み振り下ろす。修貴の下段からでは対応出来ない。だが、その木刀は前触れ無く、厳の木刀を弾いた。いや、厳が弾かせた。そうしなければ一本を取られていた。
なるほど、誘ったか。厳は気づくが知ったことか言わんばかりに弾かれた木刀を強引に構え直し、修貴に追撃を仕掛ける。あの状況から木刀を弾いてみせた剣速は瞠目すべきだがそれだけでは意味がない。修貴はまだ、次の太刀を繰り出す用意が出来ていない。
ン――と、違和感。相対している筈、修貴の呼吸が掴めない。
それがどうしたと二の太刀を仕掛ける。違和感があるからといって攻撃を緩めることはしない。この場合それは悪手だ。
修貴は最初の合わせ技が通じなかったことに驚嘆を感じざるを得なかった。下段からの一手はかなりの出来だった。しかし、弾かれた。そして、そのまま追撃を掛けることができないどころか、己が追撃されかけている。
ならばと、息を潜め、間合いをずらす。次の一太刀がくる瞬間だが、半歩誤魔化すことに成功する。
振り下ろされた木刀は体を掠め過ぎていく。真剣ならば、浅く斬られていた一閃だが、これは一本を取るか取られるかの模擬戦だ。修貴は出来た隙を逃さずに間合いをつめ、木刀を厳に突きつけた。
「ン。やるじゃねぇか。上手くズラしたな」
「毒刀や、少しでも太刀が長いものだったら駄目でしたけど、ね」
「そうだな。うち流派の技に剣圧を伸ばすものがあるが、そいつを使われても駄目だな。だが、よくあの瞬間外したな」
厳は修貴の評価を改める。手心を加える必要のない相手だった。
弾いた感触では攻撃力不足を感じたが、それ以上に速い。あの状況から厳よりも速く木刀を返してみせた。その初速の速さは利点だ。予備動作もほとんどなかった。なんとなくだが、修貴の目指しているものが見える戦い方だ、
「無拍子に、理想的には無形の構えだな? 難しいぞ」
「そう、ですね」
困難だとしても。カリムの横に立ちたいならばその程度こなさなければならない。
悪くない。この小僧、悪くない。厳には鍛えるべき太刀の形が見えてきた。
* * *
いとりあえず生きてました。
信長の野望・天道をプレイしていたら、はや12月。
メダロットがDSで販売と聞きつけテンションが上がったりしていたら12月。
ポケモンをしていたら12月。
忙しい時期なのにこんなことばかりしていたら12月。
遅くなって申し訳ない。
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初投稿 2009/12/06