兄が囚われた。時空管理局という、フェイトにとっては邪魔でしかない組織に。「私がジュエルシードをもって帰ろうなんて思ったからだ……」あの時、管理局が出張ってきた時点でさっさと撤退しておけば良かったのだ。そうすればディフェクトは捕まる事は無かっただろう。フェイトを逃がす為に彼女の兄は囮になったのだ。あの時、何故自分はジュエルシードを取ろうとしたのか。何て馬鹿なことをしたのだろうか。そればかりがフェイトの頭をぐるぐる回った。転移の間際、彼女が最後に見た兄の顔はすごく怒っていたように見えた。自分の迂闊な行動に怒っていたのだろうか。ああ、ジュエルシードなんて、あんな物……なんで。だけど、「……ジュエルシードは、母さんのお願い、だから……だから集めなきゃ、いけない」しかしそのおかげでディフェクトは捕まったのだ。「どうしよう」ひどい事はされていないだろうか。そんなことは無いと使い魔は言うのだが、母から聞く限り管理局は随分あくどい事をやっている組織らしい。さらにここ最近ずっと顔色が悪かったのも気になる。バッファリンはちゃんと飲んでいるのか。「兄さん……」今はジュエルシード探しに全力を注ぐべきだという事はわかっているが、フェイトの頭からディフェクトの事が抜けることはなかった。目を閉じれば兄の顔が浮かんで、自分と瓜二つの顔。いつもやる気の無い、とろんとした瞳。最近になって右目の下に一本刺青のようなラインが出てきた。髪の毛は兄の方が短いから見分けはつくだろうが、尋常ではないくらいに似ている。まるで鏡写しのように。「あ」そうだ、と思いフェイトはベッドから降り洗面台に走った。鏡に映る自分。似ている。それはそうだ。双子だと言っていた。一緒に生まれた、一緒の顔、一緒の身長、一緒の体重。嘘、体重は自分のほうが少し重い。そんな兄が居る。鏡の奥だが。だからフェイトは言う。少しでも決意を固めよう。そう思った。「―――頑張れ、フェイト。頑張れ」鏡に映る姿。それは本物の兄とは違い、笑顔が少しぎこちない。だけどそれでも、「うん、頑張るよ兄さん。絶対にジュエルシードを全部集めるんだ。そしてね、兄さんも助けるよ。兄さんとアルフと私で、昔みたいに母さんと笑顔で暮らすんだ」少しだけ勇気はもらった。(……大丈夫。何とかなる。何とかならなくっても、何とかする)12/~FATE~『アルフへ。 お前は字が読めるかどうか微妙なので映像に残しておきます。 まず一つ目だけど、俺のジャケットこの家にあるよね? まずそれのポケットを探ってください。なにやら怪しい骨が出てくるはずだからあんまり驚かないようにね』アルフがそのディスクを発見したのはつい先ほど。ディフェクトがいなくなって一週間経った今日、初めて自分が寝るときに使っている枕に違和感を覚えてカバーを外すと中から小さなディスクが出てきた。それをフェイトと共に四苦八苦しながら何とか再生まで辿り付いた所にこれだ。むしろ手紙のほうが幾分ましだったかもしれない。はぁ、とため息をつきながらもアルフは言われたとおりにジャケットを探った。すると左の内ポケットから、何と言えばいいのだろうか、ディフェクト本人が言うように、本当に怪しげな骨が出てきた。フェイトは物珍しそうに眺めたり触ったりしているのだがアルフの嗅覚は誤魔化せない。一瞬で、モノホンじゃねーか、ちょ、おま、な気分を味わう。『んで信じられないかもしれないけど、それってデバイスなんだ。何でも防御専門とか言ってたからたぶん攻撃は出来ないと思う。多分って言うのは俺が使ったことないからなんだけど……。いやね、この右手に憑いてる怨霊のせいでコイツ以外のデバイスがどうにもね。マジ舐めてんだろこいつ。ホントにどうしてやろうかと常々……。 まぁそれはいいとして、とりあえずそれフェイトに渡しといて。フェイトってちょっと防御苦手だろ? だからそれで補っておいてくださいな。バルディッシュとの併用はちょっときついかもしれないけどフェイトなら何とかなると思うから。 名前も決まってないし、起動時の姿もわかんないようなデバイスなんだけど可愛がるように言っておいて。製作者が言うにはベルカ式カートリッジシステムって言う、魔力を一時的に充填させる機構も付いてるから魔力自体はそこまで食わないと思う。 あ、それとアルフ。このデバイス俺があげたってフェイトに言うなよ。あんまり過保護すぎるとキモイとか言われるから。フェイトにキモイとか言われたら俺死ぬから。兄さんキモイとか言われた日にはホント昇天しますから。 ……ん~、プレシアがくれたとでも言っておけばフェイトは信じるよ。アホの子だし』「ぶほっ!」思わずアルフは噴出した。言うなも何も、今現在フェイトと一緒に見ている。フェイトが居たからこのディスクを再生できているのだ。(あの馬鹿っ!)ちらりと隣で骨をいじっていたフェイトを見ると、案の定アホの子発言でテンションダウン。私、アホじゃないもん……と静かに呟いている。むしろアホはディフェクトだ。文字が読めるか読めないかを心配する前にDVDを再生できるかどうかを心配しろ。こんな旧式の物(フェイト達にとって)をほいとやられてうまく再生なんて出来るものか。「フェ、フェイト、気にしちゃだめだよ。いい意味でのアホの子なんだよフェイトはっ」「……いい意味って……?」「ほらっ、その、あの……」「……ぐすっ……」(っ! アホディフェクト! フェイトが泣くなんてよっぽどの事だよ!!)『……それと、アルフも怪我しないようにな。俺にとっちゃフェイトもアルフも大切だから。だから絶対に死ぬようなことが無いように心がけましょう。特にアルフ、むかつくヤツがいても不用意に突っ込んだりしないようにね』それは最高のタイミングだった。アルフは隠れていた耳をピンと立て、「ほ、ほらっ、大切だってさ! アイツはフェイトの事大好きだよ!」「そ、そうなのかな? アホの子でも嫌われないかな?」「―――っディ、ディフェクトはそういう部分も含めてフェイトが好きなんだよっ」フェイトのアホの子を肯定するような発言に一瞬固まりかけたアルフだが、何とかフォロー。実際アルフもちょっとアホの子かもと思っている。魔法や戦闘以外では意外とポケポケしているのだ、フェイトは。しかし自分の主様はそこが可愛いのだ。だから守ってあげたいのだ。『えーそれと二つ目、フェイトにあげてアルフに何もあげないのは何か不公平なので用意しましたっ! 使ったことのない電子レンジを開けてみてください! それをつけてフェイトを守ってね!! それじゃね、ばっはは~い!!』「あ、終わっちゃった……」「何でレンジ……?」言いつつも、少し嬉しい。フェイトだけではなく、自分の事もちゃんと気にしてくれている。色々と訳のわからない男だが意外と女心を掴んでいるヤツだ。(……それに『挨拶』も随分うまかったし)ふとその情景が思い出され、アルフは少しだけ頬を赤くしながらレンジを開けた。そこにあったものとは―――、「……? く、首輪?」首輪だ。大型犬用の。シックな色合いの皮製で、いいにおいがする。デザイン性もなかなか優れており、とても犬につけるものではないように感じた。しかもしっかりと『あるふ』と書かれたプレートが下げられており、それは南京錠とセットになっている。一度つけたら外せない。どうにもディフェクト特有の、妙な所で凝る癖が反映されているようであり、サイズの調節まで可能だった。「なんて書いてあるんだろう?」「えと……『あ』『ろ』? あ、違う、『る』だ。あと『ふ』。『あるふ』って書いてあるみたい。あ、裏にはFate/defect-productって書いてある」「どうしよう……」首輪。この動物は誰かに飼われていますの印。アルフの所有者はフェイトだ。フェイトと使い魔の契約をした時からそれは決まっている。もちろん契約を反故にするつもりなんて無い(そんなことをやっては消滅してしまうのだが)。だが、もともとイヌ科の動物、特に狼は強い者に従属する事に快感と安心感と満足感を得るタイプの動物だ。その本能がアルフをくすぐる。フェイトは強い。一緒に居ると安心する。それならディフェクトは? 強い? 安心する? (……わからない)けれどフェイトが慕っている。自分の命よりも大切なフェイトの、その兄。アルフの主は絶対にディフェクトに対して牙をむくことは無いだろう。そして何よりも―――、(もう……)もちろん契約なんてしていない。しかし、何度か粘膜での接触を経験している。そのときに確かに感じた。熱く、逞しいディフェクトの『雄』を。アルフの本能が叫ぶ。(繋がれたい……かも)従属してしまいたい。隷属してしまいたい。間違いなく本能からの、衝動的とも言っていい感情なのだが否定しよう等とは思わない。アルフはきゅっと首輪を握り締めフェイトの瞳を覗いた。「この首輪、付けてもいいかい?」その瞳には決意が写っており、「いいよ、もちろん。アルフは私の使い魔だもんね。兄さんの事、好きに決まってるよね」フェイトのその言葉にアルフはしっかりとうなずき、「フェイト……絶対、何があっても必ず守るから。あたしとディフェクトが」「うん、頼りにしてるよ。アルフも兄さんも」そう言うとフェイトはアルフから首輪を受け取り、アルフの首に静かに巻いた。瞬間、身体がふわりと浮いたような感覚を受けた。(―――これ)とくん、と心臓が一つ高鳴る。アルフは確かに繋がった。何が、とは言えない。何かがとしか言いようがないのだが、確かに感じたのだ。ディフェクトとの繋がり。それはアルフをさらに縛り付ける。『―――それをつけてフェイトを守ってね!!―――』契約完了。(わかってるっての……ばか)暖かい想い。それは優しくアルフを捕縛する。もう、離れられない。この身は金色の兄妹に捕らえられた。ぞくぞく、と背筋を快感に似た何かが這い回る。あ、と声が出そうになり何とか押さえ込んだところでアルフは気付いた。(あたしは、もう、あんた等が居ないとダメだよ……。だから)心に硬く決意を宿し、瞳を閉じる。浮かんでくる人物は決まっている。「何があっても守るからね、フェイト」。。。。。ディフェクトが消えて九日目。フェイトとアルフは海が見渡せる、小さな入り江のような場所に来ていた。海の中からジュエルシードの反応を感じたような気がしたのだ。しかし、「ダメだねぇ。ハズレみたいだよ」「……そうみたいだね。次、行ってみよう」どうにも感覚がうまく働かない。大まかな位置はわかるのだが細部まで把握しきれないのだ。それはフェイトにもアルフにも起きている現象であった。海の中にあるのはわかる。しかしこの広大な海の中からどう探せばいいのか。「やっぱり管理局に隠れて探すのは難しいみたいだねぇ……」「うん。……でももう少し頑張ろう」フェイト自身も無理があることは重々承知している。それでも諦めるという選択肢は出てこない。母の為、兄の為。何としてでもジュエルシードは手に入れる。フェイトは瞳に決意を宿らせ、腕の包帯を解き放った。怪我はすでに完治。体調も万全、とは言い難いが悪くはない。毎日飛び回っているせいで多少疲れがあるだけだ。「行こうアルフ。今日中にこの海のどの辺りにあるのかを調べたいから」「りょ~かいっ!」力強く地面を蹴りつけ宙を駆けた。(残りのジュエルシードの捕獲。……私なら、私とアルフならきっと出来る)。。。。。「残りのジュエルシードはあと……」「いやいや早いもんですなぁ」早いもので なのは達がアースラと海鳴を往復する生活を十日も続けてるわけですよ。なのは達が二つ見つけてフェイト達は一つ見つけたらしいよ。ちなみに身体の事以外なら二人にはもう話しちゃったんだ☆ていうかユーノを騙せる自信が無いからこう、なんていうの? 真実を織り交ぜながらも本当のことは言わない、みたいな。だってフェイトが可哀想だったんだもん。おろろろ~んって感じですよ。でもその時のユーノが怖い怖い。お得意の、トントントン……。多分だけど、これバレてるね。それでも何も言わずに好きにさせてくれてるユーノ、愛してるぜ。出来ることならお前を妻にしたいぜ。「そういえば君、身体の方は大丈夫なの? もうその顔色の悪さがデフォ状態なんだけど……」「うん。なんだかいつも気分悪そうなの」「大丈夫だってば。今日は持病のヘルニアがね、ちょっと疼いて」「腰は大事にしなよ。男の人の生命線って言われてるし」「……うん。子孫繁栄の天敵とも言われてるよね」「お前ら九歳にしてその生々しい会話ヤメロ」最近のお子様ときたら。ヤになっちゃうわっ!「はぁ……お前ら食堂にでも行って来い。俺はちょいとクロノと話してくるから」「は~い。行こ、ユーノ君。私ちょっとお腹空いちゃった」「そうだね。また探しに行くことになるだろうし、何かお腹に入れておこう」そう言って二人は食堂へと向かった。二人ともいっつもにこにこしててこっちとしては癒される限りですよ。いいね。さて、と。こっちはちょいと大人のドロドロした会話でもしてきますかねぇ。「クッローノくーん、あっそびっましょらあ!!」しゅば、と拳を顔面へ。不意打ち上等。卑怯上等。むしろ好きだ!「職務中だ」しかしクロノはヒョイと避けて見せた。これでも駄目か。これは本気で不意を付かないと当てらんないかも。「うわ何その返事。ツッコんだりボケたり何かあるだろ」「うるさいヤツだな。こっちは残りのジュエルシード探しでイライラしているんだ。 というか君の妹、随分いい使い魔を持っているんだな。気付く前に一つ持っていかれた。どうにかしろ、あのジャミング結界は厄介だ」「あぁ? 知りませんよそんな事。それをどうにかするのが管理局の仕事でしょうに」「……はぁ。まったくその通りだよ。しかし何だ、どうにも君個人の親子喧嘩に巻き込まれてるような気分でね。疲れるよ」疲れるとか言うな。悲しくなるだろが。マジで友達なくすぞ。しかし親子喧嘩ね……。何とも妙な例えだ。確かに親子喧嘩とも取れるかもしれん。プレシアが気付いてるのかどうかは判断が付かないんだけど、俺は反逆しようとしてるわけだし。だから、疲れたからちょっと休憩♪ とか無しね。ディフェクト・プロダクトが命じる、お前たち管理局員は……働けっ!!「そんな君に新しい情報をくれてやろう」「何だ?」「俺の双子テレパシーがビビっときてる。今日辺りフェイトは何かやらかしそうだぞ。何処となく海っぽいニオイもする」俺がそう言うとクロノは目をカッッッッッッッッ……と開いた。ちょ、目玉こぼれおちるぞ! 大丈夫か!?「お前まさか、スパイ行為なんてやってるわけじゃないだろうな!? 何だそのテレパシーは! こっちの情報があいつ等に洩れたら……ってそうか……すまない。よく考えたら君には念話の封印処理をしているんだった。君から情報が洩れることなんてないな……」びびるぜ。そんなに反応するとは思ってなかった。まぁ仕方ないよね。お前すっごい忙しそうだったもんね。俺の治療法探しとかで。頼みもしてないのに余計な苦労背負ってんじゃないよ。若い内からそれだと将来禿げるぞ。大丈夫だって。プレシアのとこにはちゃんと延命装置はあるさ。多分。しっかしプレシアの居場所探しとそれに対する対処法やらなんやら。確かに大変だねぇ……。う~ん、情報与えるの早すぎたかな? 全部やらなきゃ気がすまないタイプの人間っぽいし。もったいない。14歳なんだからエイミィといちゃこらやってろっての。「考えることが多すぎねぇ? たまには休むのも大事だぞー」「ご忠告感謝するよ。けど、やるべき事がそこにあるのに休んでなんか居られないさ。というよりも気が休まらないって所かな」「はぁ、苦労性だねぇ。若いうちは買ってでも苦労しろなんていうけど俺は御免だよ」「……君は十分に苦労してると思うけどな」言いながらクロノは胡散臭いものを見るような瞳で視線を送ってくる。何だその目は。俺の苦労なんてお前ほどじゃねーよ。ただちょっと死亡フラグが目立つだけだよ。「んな事ないさ。ま、捜索範囲を海側にもって行ってみろや。多分フェイト達見つかるから」「もう念話でエイミィに知らせた。ジュエルシードが複数落ちてるだろうからな、共鳴しあって絞込みには時間がかかる筈だ」「おーおー、器用なこって。俺は殴るくらいしか出来ねってのに」喋りながら念話とか絶対無理ですから。絶対訳わかんないこと喋ることになりますから。「君はもうちょっと魔法のバリエーションを増やすべきだな。そんなんじゃ何時までたっても僕には勝てない」「そんな簡単に増えるんなら苦労はしませんから」「なんだ、やっぱり君も苦労してるんじゃないか」……揚げ足を取るんじゃありません。けどまぁ、確かにそうかも。俺って苦労してるのかなぁ?「はっ、確かにそうだ。……いやいやお互い要らない苦労を買ってるもんで」「まったくだ。クーリングオフが効かない所が性質が悪い」いや別にうまいこと言えてねーよ。それにしてもそろそろの筈なんだけどねー、フェイト。確か今日だったはずだ。フェイトは今日、残りのジュエルシードを手に入れるために結構な無茶をするはず。リンディさんには説得しろって言われてるんだけど、ンなことする気なし! なのはがしてくれるし。頼んだよ。それにこっちはプレシアを何とかせにゃならん。フェイトにクローンだの何だのを気付かれる事なく終わらせるのがベストなんだけど……たぶん無理! ごめんね! だって俺死にかけてるし!どうにかしてやりたいんだけど……さて、どうなることやら。「ま、どっちにしろ後ちょっと。がんばんべ。何かあったら教えてくれよ」「ああ。一応医務室にも通っておけ。いつもに増して顔色が悪いぞ」「あいよ~」心配し過ぎだってクロちゃん。そんな簡単には死なねーよ。。。。。。潮風の匂い。ちょっとだけ気分が高揚するのを感じる。「……やるよ、アルフ」「ああ。いつでもいいよ、フェイト」そう言ってフェイトは広域魔法の準備を始めた。もともと広域魔法が得意ではない上に、連日の魔法使用のせいで魔力がうまく練れない。(だけど、やる。やってみせる)ディフェクトがアルフと話している時に、たまに出てくる言葉。話自体は自分が顔を出すとすぐに話は止めてしまうのだが。だが、そんな中でも少しだけ聞いた、なにやら酷く印象に残っている言葉がある。『運命なんてぶち壊ぁッす!』バカみたいな言葉ではないだろうか? 何とかならないものを運命と言うのではないのだろうか。しかしその言葉はしっかりとフェイトの心の琴線を震わせた。兄なら、本当に何とかしてしまいそうなのだ。一緒にいた期間は短かった。それでも確かに心が通じ合っていたのをフェイトは感じていた。使い魔もよく懐いている様子。よくよく考えるとフェイトは兄の事を何も知らないのに気が付いた。名字もテスタロッサではない。魔法を使った所だって見たのは二度三度だ。兄はいったい何者なのだろうか。謎だ。怪しい。かなり。だけどそれでも、優しくしてくれた。それだけで、(絶対に、助け出すから)彼女にとってそれほどまでに大きい兄の存在。「―――煌きたる電神よ……今導きのもと、降り来たれ」呪文による補助をさらに上乗せした。足元に大きく張られた魔法陣が発光しバチバチと帯電する。この魔力を直接海に叩き込み、ジュエルシードを暴走状態へと移行させる。それがフェイトの考えた策。運がよければ今見つかっていないジュエルシードを全部手に入れることが出来る。これは明らかな無茶だ。フェイト自身無謀だと感じている。己の大半の魔力を叩き込むつもりなのだ。その後ジュエルシードを封印させる事を考えればとてもまともな策ではない。「……撃つは雷、響くは轟雷―――」しかし、フェイトの思惑はもう一つある。それはおそらく皆に迷惑をかけるだろう。管理局に協力しているであろう なのはと名乗ったあの子にも。(ごめんね。それでも私は、兄さんに会いたいんだ……!)想う人は特別で、「―――っは、ぁああああっ!!!」びゅん、とバルディッシュを海面へと振りぬいた。途端に魔法陣から幾条もの雷が海に打ち込まれ、ごぽごぽと泡立つ。その中には明らかにフェイトの魔力とは違う反応が発見された。ごうごうとまるで癇癪を起こしたように海が啼き、空中にいるフェイトにすら感じるほどに地が揺れた。彼女の魔力に中てられたジュエルシードは予想通りに暴走状態へと入り、その姿を竜巻へと変貌させる。まるで意思を持っているかのようにウネウネと動くその姿は若干醜悪ですらあった。フェイトはそれに対してほっとしたようなと笑顔をつくり、「見つけた、ジュエルシード……」「空間結界展開完了。何時でもOKだよ」「うん。それじゃあ―――」竜巻を睨みつける。すでにやることは決まっている。アルフに説明した時はいい顔をされなかったが結局は折れてくれた。(絶対に成功させて見せる)そのためには、「ちょっと……休憩しようか?」「は~い」フェイトは竜巻から視線を外し、結界範囲内ギリギリまで飛んでいってしまった。後に残るのは暴れまわる竜巻と降りしきる雨。それだけ。。。。。。「―――行く必要は無いよ。このまま疲労させれば勝手に自滅して―――っておい! やりっぱなしだと!?」「ひゃっひゃっひゃ!」「ほら! やっぱり行かなくちゃダメだよね!? 行っていいでしょクロノ君!」「ディフェクトは何を笑ってるんだよっ!?」これは笑わずにはいられねーだろ普通。やりっぱかよ。ジュエルシード見っけ! でも疲れたからやっぱいいや……。みたいな会話があったのだろうか。いやぁ、原作じゃちゃんとフェイトは止めるつもり有ったんだよ。それなのになんで今回は止めねーんだよ。あれか、俺のせいか。特に何かやった憶えは無いけど何かアレだろ、なんだっけバタフライ効果? みたいな。「いやいや、わが妹ながら恐ろしい」「やかましい! こんな大規模次元震を引き起こすような事をやっておいて何もせずに見物なんて……。これでまた罪状追加だ!」「ちょ、マジで!? それ困る!」あいたたたー!!何やってんのフェイト!? アホの子ここに極まり。早くお止めなさい。「困る困らないの問題じゃない! このまま次元震でも起こしてみろ、君の妹は稀代の犯罪者だ」「それヤバくね?」「……まぁ、それを起こさせないために管理局がいる訳なんだが」「そいじゃヨロピク♪」「一々腹の立つヤツだ……っ! なのは、ユーノ、状況が変わった。君たちにもついて来て欲しいんだけど、いいかな?」「うん。 絶対止めて、フェイトちゃんとお話しを……、今フェイトちゃんがどう思っているのか聞きたいの」「もともとボクが『地球』に落としたのが始まりなんだ。行かない訳ないよ」おお。皆いいやつだ。なのはも頑張ってね。きっと君の想いは届くはずさ☆フェイトすっごいなのはの話してたから。寝る前一時間くらいなのはの話ばっかだったから。俺はちょいとあそこに行くのはきついから行かないぜ。やることあるしね。つーことで、「―――後は任せた!」「ぅえ!? ディフェクト君は来ないの?」「おう。ちょっと腰がねぇ……」「あ、今頬っぺた掻いた! 君が嘘をつくときの癖だ!」「……嘘なの?」「うううう嘘なんてついてねーよ! マジやべぇんだよ!」こ、こいつ、やりおる。伊達に幼馴染じゃねぇぜ! これでお前が女だったら最高だったのにな! ユーノ残念!「い、いや、こいつは連れて行けないんだ。えぇと、今の状況で……そう、家族に会わせるのは余りよくない。……と思う」お、ナイスフォローだぜクロノ。お前は嘘じゃないって知ってるもんな。ほんとに死にそうなわけだし。「そゆ事だから任せたぞお前ら。ちゃんと止めてきてね」「むー、わかったよ。フェイトちゃんの事は絶対とめて見せるから!」「連れて行けないならしょうがないかな……」「それじゃあ、行こうか。ディフェクト、余り勝手な事はするなよ」「うっせ。お前こそフェイトに怪我させんなよ。そんなことしたら腕もぎ取ってサイコガン仕込んでコブラに仕立て上げるからな」「バカを言うな。緊急事態なんだぞ。少しの怪我は多めに見ろ」「……絶対に攻撃は非殺傷にしとけよ」「善処する」ああフェイト。何をやっているんだい、わが妹。ちゃんと原作どおりに進んでよorz。この辺で君らの行動が変わってくると俺の命に関わってくるんですが……。……ま、何とかなるかな。何とかならなくっても何とかするさ。。。。。。「―――来たよ、アルフ」「ああ。三人……みたいだね」直接結界内に転送してきた。それなりに実力のあるヤツのようだ。フェイトはふぅ、と息を一つ吐き狼形態のアルフの背中から降りる。相変わらず倦怠感が付きまとっているが、まぁ何とかなるだろうと。問題は魔力不足のほうなのだが、それも兄からのプレゼントで解消。《テルミドール・クノッヘン》そう名付けた人骨を使用したデバイス。それはセブンからディフェクトへ渡り、ディフェクトからフェイトへと授けられた。防御専用。普通の脳みそを持っている魔道師だったらまず見向きもしないようなデバイス。防御が得意、ではなく防御しか出来ません。そんなデバイスイラネが普通だ。しかししかし、フェイトの兄がくれたこのデバイスは普通とは一味違う事が売りなのだ。「テルミドール・クノッヘン、セットアップ」フェイトは頭上からこちらに向かって自由落下してくる三人に目を向けるとデバイスを起動させた。左の腰に吊ってあった骨が光をまとい、左半身に纏わりついていく。もともとフェイトが着ているのは黒を基調にしたバリアジャケット。その上を骨が走る。全身ではなく半身。左側を意識した作りになっていた。左肩にのっている、何か、動物の頭蓋骨を彷彿とさせる装甲の意匠は凶悪。左前腕部に構成された手甲は脊椎を意識しているのか、かなり不気味。腰から太ももを巻き付くように這い回っている、ナニカの尾骨の様なものはまるで幼いフェイトの身体を拘束でもしている様で、妖しげな雰囲気をかもし出している。「頑張ろう」クノッヘンは返事をしない。ただ腰に吊ったデバイスコアがきらりと光るだけ。このデバイスは高度なAIを組み込んだインテリジェントデバイスだ。しかしある程度の応答は可能だが基本的に対話というものが出来ない。だけどこの存在感の、なんと有り難い事だろうか。「フェイトちゃんっ!」「―――話は後にしてくれ! 先にジュエルシードを止める!」「ボクがバインドで動きを止めるからその間に―――」クロノが背中をなのはに任せて竜巻に対峙した。最初から なのは はこちらに向かって、きなり攻撃する気はないと踏んでいる。ユーノはすでにバインドの準備に入っている。「……させない」フェイトはすぐさま行動に移った。兄を助ける為にはジュエルシードの暴走をすぐに止められるのは困る。彼女の目的を邪魔する一番の障害はまず、「時空管理局! 行くよアルフ!」「任せて!」主従の二人は空を駆けた。逃がしてはならない。殺してはならない。一撃で意識を刈り取る。そのために選択した接近戦。「バルディッシュ!」『――yes sir――』フェイトは音を立ててサイズフォームへと変形したバルディッシュを振りかぶり、一気にクロノへの距離を詰めた。迫る背中。いける。一瞬で!「―――ぃっっけぇ!!」「させると思っているのか!」流石に気付かない事はないのか。クロノはしっかりと障壁を張っていた。力いっぱい振ったバルディッシュの魔力刃との干渉が起こる。「だ、ダメだよ! 話を聞いてフェイトちゃん!」「アンタの相手は、あたしだよっ!」いきなりの戦闘になるとは思っていなかったのか、なのはの反応はいまいち遅い。それともこちら側が行き成り戦闘を仕掛けてくるとは思っていなかった?おそらく後者。その混乱の中でのアルフからの近接攻撃。なのはは反応する事もなくアルフからの拳打を胸にもらい、かなりの速度で吹き飛んでいった。「―――きゃぁあ!!」「あっちは任せて!」「うん!」嬉しい誤算だ。ニヤリ、と似合いもしない笑みをフェイトは浮かべる。魔法が発展していないこの世界に管理局が大量の武装局員を送り込んでくる事はない。最初からそう思っていた。そしてそれならばこの世界在住のなのはを使ってくることは読めている。それに管理局員は多くても三人+なのは、ユーノで五対一を想定していたのだが、実際の局員は先日ディフェクトを連れ去った(とフェイトは思っている)執務官一人。(これなら、いけるよね)ぐん、とさらに障壁を破る為に力を込めた。「っちぃ、正面突破か! 君も兄と似たような戦法だな!」その言葉を聴いた瞬間にチリ、と脳が焼ける感覚。ああそうかと今更ながらにフェイトは実感した。そういえば今までにここまで激しい感情を抱いたことは無かったかも知れない。そうか。これが、怒りなんだ。「お前がっ、兄さんを語るなぁ!!」怒りに任せ、障壁を殴りつける。破れるはずもない。だが、そうしなければいけない気がした。だが障壁は強固。正面から破れる気配はない。っち、と舌打ちを付きそうになりながらフェイトは一度距離をとり、同時にデバイスに魔力を込める。「何も知らないお前が、兄さんを語るな……」『――photon lancer――』電気の魔力変換資質。その威力を十分に発揮できる。このバチバチと爆ぜる雷光は自分の思いを表しているようではないか。スフィアは身体の周りを一周し、「……ファイアッ」放たれた。「っく!」放たれたスフィアに対してクロノは完全迎撃体勢をとった。瞬時に自身もスフィアを形成し、放つ。どんどん、と小規模な爆発を起こしながら撃墜完了。はっきり言ってこの程度の練度の魔道師であるなら自分の敵ではない……こともないが、確実に勝てると言い切れる。そのくらいの訓練も、実戦も嫌と言うほどこなして来た。しかしどうにも攻撃の意志が湧ききらない。まったく、いい加減にしろという。とんでもない面倒ごとに巻き込まれている気がする。死にかけでもアイツを連れてくればよかっただろうか?『―――フェイトを傷つけるな―――』その言葉はクロノの心臓に楔のように刺さっていた。ただのシスコンの台詞なのだが、状況が状況だ。自分が死に掛けている中、ディフェクトは一体どんな心境でその言葉を繰り出したのか。以前にフェイトを傷つけた時、あの男の怒りはすごかった。あんなに真っ直ぐに怒りをぶつけるなんて、自分には考えられない。どこか冷静でいようとする自分が、執務官でいようとする自分がきっと出てくる。(我ながら随分ひねた性格になったな……)クロノは相変わらず接近戦を挑んでくるフェイトを捌きながら思った。単純に距離をとり、スティンガースナイプで牽制。フェイトはスピードに特化している魔道師のようだ。とにかく避ける。ならばどうすればいい? 避ける間もなく、避ける隙を与えず、空間全部をまとめて破砕してやればいい。決まりだ。それでいい。それでいい、のだが気に入らない。そう、気に入らないのだ、クロノは。粉砕の前に、一言言ってやる。ああ判っている。傷つけはしない。完全な魔力ダメージだけで堕としてやるさ。「兄さんをっ、かえせぇえ!!」変わらず突貫してくるフェイトにS2Uを突き出し、がちぃ、とデバイス同士はかみ合った。つき合わせるように接近する顔面。ギリギリと歯軋りが聞こえそうなフェイトの形相は、確かに怒りを感じているのだろう。だけど、それは、こっちだって―――、「―――ガキがっ……」何も知らない? 僕がアイツを語れない?そんな筈は無い。クロノはディフェクトとの戦闘を経験して、妹への思いを知って、身体の治療法を探しているのだ。そんなクロノに語るなというフェイトが、堪らなくイラつく。アイツがどんな顔で僕に挑んできたのかお前は知っているのか?アイツがどんな顔で僕にプレシアの事を話したのかお前は知っているのか?アイツがどんな顔でお前を傷つけるなといったのかお前は知っているのか?アイツの寿命は知っているか?自分の出自は知っているか?アリシアという少女を、知っているか?今度はクロノの脳が焼ける番だった。怒りを感じている、フェイトに。だって、何も知らないのだフェイトは。自分の母親を妄信的に信じて、ただ言われたとおりに行動しているガキ。ディフェクトがどんな思いで管理局側に協力してるかも知らないただのガキ。どんな思いで、フェイトを傷つけるなと言ったかも、なにも知らないガキ。もちろんクロノも分かっている。ディフェクトはわざと言ってないんだろう。こんなこと知りたくはない。知りたくはなかった。そんな思いをさせたくないから。だけど、一言言わせてもらおう、フェイト・テスタロッサ。「ふざっけるなぁあ!!」力任せにクロノはデバイスをはじき返し、怒り任せに口を開けば、「何も知らないだと? お前こそアイツのなにを知っている!? 何も疑わずに、何も感じずにジュエルシードを集めるだけのお前こそ、アイツのなにを知っている!?」「うるさい! 兄さんを連れて行ったくせにっ、私から兄さんを奪った!」「なんで何も疑わない! なんで疑問に感じない!? 考えてみせろ、君は―――」「うるさいって、言ってるんだあ!!」瞬間、フェイトの周囲に瞬時に展開されたスフィア。さらにそれを引き連れての突撃。こんな単純な攻撃、喰らうはずがない。全部障壁で止める。ああそうか、とクロノは心中納得してしまった。話し合いでは、無理だ。いや、最初から話し合いだけで済むとは思っていない。だったら、「―――僕は、クロノ・ハラオウン。時空管理局の執務官だ。君を、連行する」デバイスを一度だけ回し、クロノは静かに、しかし竜巻の轟音に負けない明瞭な声で己の意思を口にした。