集めて。集めて集めて。そして残ったものは結局、言いようのない喪失感。裏切られたとは思わなかった。自分は捨てられた子犬のように、少しばかりの優しさを求めて足元をぐるぐると回っていただけなのかもしれない。デキソコナイ。言われれば納得。出来はよくない。ココロのダメージは計り知れないものがあるが、でも、しかし、それだけではなく。内にある暖かい光。あの人の輝き。瞳を閉じればそこに在る。肩を抱かれたあの時に、あふれ出した感情。好きです、兄さん。♯/~友達以上変人未満~「フェイト」拘束部屋の扉が開き、呼ばれて振り向けば余り会いたくない相手。クロノ・ハラオウン。フェイトはこの男と戦った。そしてこれでもかと言うほどに叩きのめしたのだ。仕方がなかった等とは言えない。なぜならそれはフェイトの完全誤解で、クロノが、管理局が兄を連れ去ったと思っていたのだ。怒りに任せてバルディッシュを振りかぶり、クノッヘンでドライブ。そして速度に付いてきていないクロノを襤褸雑巾にしてしまった。今思えば、それは作戦だったのかもしれない。なのはのスターライトブレイカー。それを当てる為に、わざと攻撃に集中させていたのかも知れないが、それでもフェイトがカマしたのは事実。だから当然の如く、「なはぁっ、なななんなんななん、ですっ、すかぁ?」何でも無いように、振舞えただろうか?「……挙動がおかし過ぎるぞ」失敗のようだった。「まったく、君たちは本当に……」くつくつと咽喉を鳴らすクロノを見れば怒ってはいないようだったが、あの事実を無かった事にするような、そんな事は『不器用』なフェイトに出来るはずも無かった。謝ろう。真剣にそう思い、真剣に口を開く。「あのっわた、し! あなたに謝りたいっです、なんです!!」「……そうか。うん、聞こう」「私は、あの……だから、あなたが兄さんを連れて行ったって、そう思って……。だから、だから、私はクノッヘンを使って、ス、スピードが私のほうが速くてっ、私の速さに追いつかないあなたを、六……? えと、七発くらい、全力で殴ったから、叩きのめしたからっ。 で、でででも! それは私の誤解で、あなたをボロボロにしたのは、私の勘違いだったの! 私の速さについて来ていなくて、倒せそうだったからって、そう思って殴ってたけど、それは勘違いで……。兄さんが、私は、兄さんを、助けたかったけど……それはあなたのせいじゃ、なかったの。悪いことしてるって、馬鹿なことしてるって、思ってたのに……あなたを、ボコボコにして、ごめん、なさい。すみませんでしたっ!!」そこまで言ってフェイトは勢いよく頭を下げた。誠心誠意、真心を込めて謝った。非は自分にある。それを判っていたこそ、真摯に謝った。「……」だがクロノは許してはくれないのか。なかなか言葉が返ってこない。謝ればそれで許してもらえるなどと、流石にそこまで打算的な考えはしていなかったが、何らかの言葉は、それでも欲しかった。フェイトは瞑っていた瞼を開き、ゆっくりと頭を上げる。怖い。怒っていたら、当たり前だが、すごく怒っていたら、どうしようか。言いようの無い不安。そして、いざ、「あの、本当に、あなたをボコボ───」「いい! そこまでだ! 君がわざと言っているわけじゃないのは分かっている! だからそこまでにしてくれ!! 許す! 僕はフェイト・テスタロッサを許すから!」「あ、有難う……!」不安げに歪んでいたフェイトの顔が喜色に覆われた。事実、それほどまでに重いものだった。母のお願いで、自分も母の役に立てるからと、そんな思いで戦っていた。その罪は償う。これから償っていく。どのような罰が待っているのかは分からない。しかし決して軽いものでは無いだろうと、そう感じている。『本局』という所に連れて行かれ、それから決まるそうだが、どんな罰だろうと逃げない。フェイトの心は硬かった。「……はぁ、君たち兄妹の相手は疲れるな」「え、えと……ごめんなさい」「責めている訳じゃないよ。余り簡単に頭を下げるな、弦が弛むぞ」「は、はい!」言われて、心持ち沈んでいた肩と胸を張った。改めてクロノをいい人だと思う。許す、と。許された。あんなにボロボロのボッコボコにされてその言葉が簡単に出てくるのは、やはり人間が出来ているからなのだろう。そしてそのクロノが頭を掻きながら、手に持った書類に目を通し口を開いた。「でだ、君、たぶん無罪だよ」「……?」「ん? なんだ、嬉しくないのか?」「む、無罪って……なんですか?」それおいしいの? とは聞かないが、それでも無罪とは。覚悟を決めていただけにそれは現実感を伴う事無くフェイトをすり抜けた。だって、それはおかしい。フェイトはのしたことは簡単に許されていいものではないはずなのだ。たくさんの人に迷惑をかけて、たくさんの人を傷つけて、そしてその傷つけた人の筆頭がこんな事を言ってくるなど、どう考えてもおかしい。「無罪というのは、罪を問わないと、そういう事だ」「なんで、無罪に……だって私は」「君を無罪にしてあげたい。理由を聞いて、事情を知って、そう思った人がいっぱい居たって事だ。ああ、もちろんこれは確定じゃない。……けど、余り心配はしなくていいよ。時間はかかると思うが、それもきっと……アイツが居れば苦にはならないだろう?」「……」言葉にならなかった。今、目の前の人物。クロノ・ハラオウンがその『無罪にしてあげたいと思った人』の中に入っていることが、どうしようもないほどに分かった。ありがとう。そう言いたいのに言葉は出なくて、代わりに出てくるのは口からではなく瞳から。「……ぅくっ、ぅ……」涙がこぼれる。感涙など、生まれてから初めてかもしれない。「まぁ、なんだ……アイツに君の事を頼まれてるから、だから何でも言ってくれ。僕に出来る範囲の事なら何でもいい」ぶっきらぼうな物言いだが優しさを感じた。アイツというのが兄のことだと確信できるだけにそれは倍増。こんなに幸せでいいのだろうかと疑問を感じるが、それはそれ。フェイトは今、生きているから。だから、会いたい。この幸せをくれたのは誰だろうか。母。兄。使い魔。はやて。他にもたくさん、たくさん。お礼を言いたかった。約束をしたかった。「わた、し……」鼻をすすりながら、「あの子に……会いたい、です」。。。。。日常が戻ってきた。目が覚めて数日間をアースラで過ごし、その後フェイトには会えないまま海鳴へ。久しぶりというほど離れていたわけではないが、家族に会い、そして自分のベッドに横になったときは随分落ち着いたものだった。「フェイトちゃん……どうしてるのかな……」ふと疑問を口に出すが答えてくれる者は居ない。そうだった、と思い机の上にあるバスケットに視線を送る。ジュエルシードを集めていた時、いつもユーノが寝ていた場所。今は誰も居ない。その隣に赤い宝石があるだけだった。「……独り言ふえちゃいそう」いつも なのはをサポートしてくれていた。むしろユーノのおかげで最後までジュエルシード探しを出来ていた。しかしそのユーノはもう居ない。アースラに残ったのだ。友人であるディフェクトを治すために。ぐちゃぐちゃだった。見るなと言われてクロノから目を覆われたが、すこしだけ、ほんの一瞬その身体を見た。忘れようとしても絶対に忘れることが出来ないソレ。それはすでに人間の形をしたナニカ。ぐちゃぐちゃと言うほか無い。潰れたトマトのほうがまだマシだった。ああ、壊れてる。なのははそう思ったのだが、一応生きているらしいそれをユーノはなんの躊躇いもなく触り、『直して』いったそうだ。すごいと思うと同時に、自身が使っている魔法の力。それを少しだけ恐ろしく感じてしまった。そう、なぜなら、「……人を、あんな風にしてしまえる『魔法』を、撃った」会っていないのだ。なのはは、フェイトを撃ち堕として、それから一度も。嫌われても構わない。そう思って、でも、本心では嫌われたくなんかない。当たり前だろう。誰だって、嫌いになんてなりたくないし嫌われだってしたくない。完全な魔力ダメージで墜とした。外傷などは無いはず。だが、とまた思いは巡る。怪我をさせていたらどうしよう。クロノ達はしていないと言っていたが、見えないところで、気が付かないところで怪我をさせていたら。眠れはしない。なのははここ数日、不眠気味だった。遮光カーテンを締め切り、頭から布団を被った。暗く、静かに。携帯電話のディスプレイを覗けば朝の六時。「あ~あ、今日も……」眠れなかったな、と増え気味である独り言を呟こうとした時、不意に電話が鳴った。いつものアラーム、目覚ましだろうと考えいつものように止めようとしたのだが、「うん? ……か、管理局!」サブディスプレイを覗いて、すぐさま電話を開いた。表示は間違いなく時空管理局。一秒を待たずに通話のボタンを押し、「もしもしもしもし! なのはです!!」布団を跳ね除けながらそう言った。会いたいと、そう言ってくれた。それだけでなのはの心は軽くなり、今にも躍りだしそうな勢いで準備をするとすぐさま家を飛び出した。兄がやや不安げな眼差しで見ていたので心配ないよ、と言い残し、母には早めに学校へ行って忘れていた宿題を済ませると嘯いた。駆ける足に力が湧く。先ほどまでマイナスな思考に囚われていたのが馬鹿みたいだった。会いたい。伝えたい。彼女に、寂しげな瞳をした彼女に。そしてたどり着いたのは人気の無い、海が一望できる公園。潮風に舞う髪の毛を押さえ、視界に四人を映した所で瞳から涙が。「フェイトちゃん!」「あ……久しぶり、です」やや驚いたように目を開いたフェイトがひどく綺麗に見えた。「ユーノ君も、クロノくんも……あと、アルフさんも……」アルフはちょっと、怖い。なのはにとってはこの事件(PT事件)で一番最後に戦った相手。なのはには特に禍根は無いのだが、それはアルフにはどうだろうか。あのときの彼女は、そう、ただ怖かった。「あの、私……」うまく言葉に出来ないのだが、謝るというのは何か違うだろう。なのははそれが正解だとは思っていないが、それでも自分の心には正直に魔法を放った。後悔をしていないことも無いのだが、それだってベストではないにしろベターだったはずだ。(そう、私は、全力で、フェイトちゃんを助けたいと思った。この思いには、間違いは無いはず)心中、なのはは頷いた。「私は……フェイトちゃん、アルフさん、二人と友達になりたいの!」思いの丈をぶつける。そのなのはの言葉を聞いたアルフは少し面食らったような顔になり、そして口角を吊り上げた。「───だったらその柔らかそうな肉を食わせなァア!! っはっはっはあ!!」「っぎゃー!!」両手を左右に広げ、ジリジリ迫ってくるアルフから逃げようと踵を返したところで、「こら、時間がなくなっちゃうよ」「あいたっ」ぺち、とアルフの肩に乗っていたユーノ(フェレットモード)がその鼻先を叩いた。この二人は仲直りしたのだろうか、となのはの脳裏に疑問が浮かぶ。「ちょっとした冗談だよぅ。堅物だねぇアンタは」「ボクが堅物だって? そういうのはクロノに言ってよ。いっつも『執務官』が抜けないんだから」「おい、なんで僕がそんなことを言われなくちゃいけないんだ。僕は誇りを持って執務官をやっている。君たちにどうこう言われる筋合いは無い」「……ほら、ね?」「ホントだねぇ。いいのかいアンタ、子どもの頃からそんなんじゃ将来ハゲちまうよ?」「……少し黙っててくれ。まったく、アイツと関わった奴には碌な奴がいないな」クロノが心底困っています、と頭を振る。はぁだの、まったくだのと呟くその様になぜだか笑いが出てきて、なのはは久しぶりに大きく笑った。「あは、っははは! くふ、ふふふ……クロノくん面白い! オジサンみたい!」「な、なのはまで! いいんだ、僕はこれで!」「はは、あはははは!」腹を抱える。そしてやっとこさ実感がわいた。終わった。そう、ジュエルシードを集める、フェイトと戦う、そんな『事件』は終わった。関わった人、敵とか味方とか、そんな区分はしたくは無いが、それでも戦った相手と笑いあえる日が来た。それは漸くなのはの緊張感を解いていったのだ。(うん。これでよかったんだよ。私は、これでよかった)フェイトを見れば、薄く笑みを湛えている。怪我をしていないという情報は本当だったようで、その身体はいたって健康のようだった。終わりが来れば、そこからはまた始まる。だから、「私はね、フェイトちゃん……あなたと友達になりたい」「あ、あの……私も、その……」もごもごと歯に何か詰まったような言い方。頬を赤く染め、少しだけ俯きながらフェイトが言った。「私も、友達……なりたいけど、その……私あなたの事、すごく……」「……うん」確かに戦った。ジュエルシードを取り合って、幾度かの戦闘を重ねた。しかし、となのはは思う。ケンカから始まる友情があったって、何の不思議も無いじゃないか。きっかけなんて、それこそ始まりに過ぎないのだ。それから先を作るのは自分と、相手。こちらが望んで、相手も望んでいるのなら障害は無い。あったとしても破壊する。「私、なのは。高町なのは。今、今までじゃなくて、この今、私はフェイトちゃんと友達になりたいって、そう思ってるよ」「あ、あのっ、フェイト・テスタロッサ、です。私も、あなたの───」「───なのはだよ、フェイトちゃん」「わた、私も、な、なの、……なのはのっ友達になりたい! です!」「うん、うんうん! 友達だよ、フェイトちゃん!!」喜色が浮かんだ。なのは、フェイト両名ともに。嬉しかった。こうやって、正面から話をして、そして友達に。始めから考えれば相当な進歩だと なのはは少しだけ自画自賛。悲しい色をしたその瞳に、喜びを与えた。いや、与えたというのは傲慢すぎる。フェイトは勝ち取ったのだ。今を。だから友達になれた。「なの、は」「うん」「……なのは」「うん」「なのはぁ……」「うん。友達だよ、フェイトちゃん」静かに涙を流し始めたフェイトを、なのははゆっくり抱きしめた。感情の爆発ではなく、ゆっくり、静かに泣く彼女を包み込むように。「私ね、なのはにお礼がしたくて、ありがとうって、そう言いたくてっ」「いいんだよ。私は自分のわがままで、したいようにしただけだよ」「でもっ、ね? なのはがいっぱい、いっぱい話を、してくれようとしたから、なのはの、話がしたいって気持ちが分かって、だから……」私も母と向き合えた。フェイトがそう呟き、今度はなのはの瞳から涙がこぼれた。フェイトの母がどうなったかは聞いている。そして、見た。局員が持ち帰ってきた映像記録。その中には最後まで娘であろうとしたフェイトと、アリシアの母だったプレシア。可哀想だと思った。真剣に、そう思った。しかし同情されても嬉しくはないだろう。自分には母も、父も、家族が居る。そんな なのはからの同情は、きっと本当の『同情』では無い。同じ気持ちになれない。だから何を言っていいのかは分からないが、フェイトを抱きしめるその両腕に力を込めた。「……ありがとう、なのは」「友達だもん。当たり前だよ、こんなこと……」緩やかに、時間が流れる。。。。。。やけにいちゃついている二人から少しだけ離れ、ユーノ、アルフを連れベンチに座った。「……はぁ」そして改めて思う。女という生物は分からない。男同士ならまずありえない。あんな風に、自分の弱さをさらけ出して、そして泣くなどクロノには考えられないこと。これは自分だけなのだろうかと思い、アルフの肩に乗っているユーノに視線を送った。「……なに?」「いや、君はあいつらを見てどう思うのかな、と」「美しい光景じゃないかぁ、ぐず、ぅう、ゆーのぉ、なのはは、ホントにイイコだねぇ……」答を求めたユーノより先にアルフが答えた。顔面からしゃばしゃば水が吹き出ている。一つため息をつきハンカチを放った。「美しい、か。まぁ、なかなか見られない光景だとは思うけどね……」「どうかしたの?」ユーノが、表情は分からないが首をかしげて。クロノには理解できないが、ユーノもアレを見て美しいと感じているのだろうか。「君は、あの二人を見てどう思う?」「ん? ん~、なのはもそうだけど、フェイトもちょっと痩せすぎかな。もうちょっと食べてもいいと思うよ」「……そういうことを言ってるんじゃ───」「───ふふ、冗談だよ。ま、男の人には理解できないのかもね。プライド高いし、自分の意志はなかなか曲げないし」「……む」クロノはフェレットの黒々とした瞳に覗かれ、何か急に落ち着かない気分に。何だか心の中まで覗き込まれているような、そんな言いようの無い不安。訳も分からず視線をユーノから外し、クロノは立ち上がった。「ま、まぁ、そうだな、少なくとも僕には分からないよ。……僕はあんな風に、人前では泣けないから」「だから男の人は見つけるんじゃない? 泣き顔を見られても良い誰かをさ」そうなのだろうか。それにしたって、自分は泣き顔なんか見られたくない。クロノはそう思うし、男は誰だってそうじゃないのだろうか。ユーノは、何と言えばいいか、少し『出来すぎ』ている。「泣き顔を見られても良い誰か、ね……」「それだったらクロノにはもう居るじゃないか。エイミィ……だったっけ?」アルフがそれはもう当然のように口にした。誰も知らないとは思っていなかったが、それでもこの短期間でバレるとも思っておらず、クロノの心中を焦りが支配。「きゅ、急に何を!」「だって……」言いながらアルフはすんすんと鼻を鳴らした。嫌な予感がクロノの背中を、「ニオイ、混じってるよ? なになに、昨日はセッ───」「うぉわあああああああっ!! なにっ、お前! デリカシーが無さすぎるぞ!!」「何言ってんだい、別に恥ずかしがること無いだろ? あんたくらいの歳、子供がいたって不思議じゃない」「間違いなく恥ずかしがることだ! 不思議だ!! ユーノ、君からも何か言ってくれ!」「いいじゃないか、好き合ってるんだから。そこは胸を張りなよ。やることやっといてなにが悪い、ってさ」「お、おかしいっ、おかしいぞお前たち!!」まるで自分一人が違う生物のような感覚。不思議な雰囲気をユーノに感じながらクロノは叫んだ。「絶対にアイツのせいだ!!」それはあながちハズレでも無いだろう。。。。。。「あはは、向こうも何だか楽しそうだね」「うん」手をつないで海を眺める。話していることは多くは無いが、不思議なことに なのはには気まずさなどは無かった。暖かい掌の感触がやけに目立つが、時折にぎにぎと力を込めてくるフェイトに思わず心臓が高鳴るが、それでも今は『良い時間』だった。そして、「あのね、フェイトちゃん」「うん?」聞いてもいいことなのかどうか非常に難しい。しかしこの機を逃せばフェイト本人に聞けるのは裁判が終わってから。時間がかかると言っていた。だから聞く。今。「ディフェクト君……どうしてる?」「……兄さんは、その……」ひどく悲しそうな表情。やはり聞かないほうがいい事だったろうか。少しの時間がすぎて、なのははフェイトから話すのをじっと待った。「兄さんは、魔法で……自爆しちゃって」「じ、自爆?」「うん。私もちゃんとは聞いて無いけど、とんでもない魔法使って、それが自分にまでって……。あ、でも、ちゃんと生きてるんだよ? 今はね、何かカプセルみたいなのに入って眠ってるんだ」「そ、そっか」だからあんなにぐちゃぐちゃになっていたのだろう。あそこまで人が壊れる魔法とは一体どのようなものなのか少しだけ疑問が湧いたが、自分が使うことはないだろうとその疑問を放り投げた。「大丈夫、フェイトちゃん?」「……うん、私は平気だよ。兄さんの事はユーノさんが任せてって言ってくれたし、私にはアルフが居て、友達もいるから」ぎゅ、と繋いでいた手に力を込められた。同時に海を眺めていたフェイトはなのはを振り向き、儚げに笑顔を作った。瞬間、なのはの心臓が飛び起きたように跳ねる。鼓動が高鳴っているのを感じた。初めての感覚。のぼせたように顔が熱い。(あ、あれ? なんだろこれ? これ、まずいよコレ!?)「……あの、なのは、どうかしたの?」「にゃ、にゃははは~、なんでもないない!」「う、うん……」フェイトと友達になれた。ディフェクトの事も聞いた。心残りは、訳も分からず高鳴る心臓の真偽と残り時間だけ。少しだけ後ろを振り向きクロノを見れば、時計を指して一つだけ頷いた。「もう、時間みたいだね……」寂しそうに呟くフェイトが儚げで、それはなのはだって同じ気持ち。だから思いついた。「あ、フェイトちゃん、だったらこれ……」なのはは繋いでいた手を離し、そして自分の髪の毛を縛っていたリボンを取り外した。右手に二本とも乗せ、ゆっくりとフェイトに差し出す。「思い出に出来るものって、これくらいだから」「あ、うん。だったら私も……」そう言ってフェイトもリボンを取り外した。そして同じように差し出す。なのははそれを受け取り、交換して、そしてじわりと視界が滲んだ。これで、このお別れで、「さみしいよ、フェイトちゃん」「……そう、だね。でも、これが最後じゃないよ。だって私は、生きてるから」フェイトの言葉には力があった。説得力があった。永遠のさようならをしている彼女には、生きているという今の状況は、それこそお別れではないのだろう。それが分かったから、フェイトの気持ちが理解できたから、だからなのはは笑顔を作った。「う、ん……うん、また、会えるよね?」「うん。絶対、会いに行くよ」「それなら、さよならじゃない、よね?」「そう。だから『またね』、なのは」「うん、ま───」最後まで言う前にフェイトの両手はなのはの顔を捕らえた。添える、ではなく、しっかりと捕らえた。「へ?」なのはの視界に、フェイトは大きくなっていく。徐々に接近してくるその瞳を、ゆっくりゆっくり瞑りながら。「ほぇ?」そして、「……あむ」「───ッ!!」暖かく、少しだけ湿ったフェイトの唇は、なのはのそれにしっかりと重ねられた。どうしていいか分からない。硬く固まった身体はフェイトを受け入れるしかなく、「……ん、……む?」そんな なのはの心地があまりよくないのか、フェイトは少しだけ角度を変えながら、さらに深く『侵入』。歯茎に、なのはの歯茎を、フェイトのナニカが横切っていく。混乱のキワミ。アッ──!! ぬるりと柔らかく、まるで味わうかのように蠢くそれは、(べろ? ふぇ、フェイトちゃんの、舌が……?)それが入っている。己の口内に。噛み合わせている前歯を執拗にちょんちょんと舌先でつついてくるそれは、いったいなにを求めているのか。「んぅ? ……、ん、ん?」目の前に、それこそ目の前にあるフェイトの瞼がゆっくり上がり、紅い瞳がなのはを射抜いた。心臓を掴まれたかのような感覚が なのはを襲い、その瞬間膝から力は抜け落ち、腰が砕けたようにかくん、と。しかし、それはフェイトが許してはくれなかった。後ろへ崩れそうになった なのはの身体を、その両手でしっかりと掴み上げ、片方の手は腰を、もう片方はなのはの腕を取った。まるで無理やりにでも唇を奪っているかのような(事実そうだが)その体勢は、まるで舞台のようで。は、と呼吸をすると同時にちゅる、とフェイトが唾液をすする音が聞こえた。「んっ! む~、っん、ん!」出もしない声を上げてしまう。なのは は侵入を許してしまった。口内を蹂躙していくその感覚。丁寧に、優しく歯の一本一本を舐めていく舌に何となく、朝ごはんを食べてこなくてよかった、と妙な安心。そして歯茎の裏側を舐められた時、ぞくりと背筋に快感が走った。「っん!」ぴく、となのはの両肩が跳ね上がり、ぼんやりと思う。(これ……ディープ、キス、だよぉ?)快感が走る。走る。なのはは硬くこわばっていた身体から力が抜けていくのを感じた。そしてその両腕はいつの間にか求めるようにフェイトの腰に。そしてゆっくり、おずおずと、なのは自らもフェイトの口内に入ろうとした時だった。「───っぷは、はぁ、はぁ……」「……ぁ……」フェイトが離れてしまう。思わず沈んだ心になんでやねんとツッコミを入れながら、「ふぇ、フェイトちゃん、なんでこんにゃむぁッ、ん~っふぇいろ、りゃん……」最後まで告げる前に、ぱくりと、フェイトはまたもなのはの上唇を食べる。前歯で甘噛まれ、ちゅるると音を立てて吸い付かれ、なのはの心臓はさらに動悸を激しくさせた。「ふぇいろりゃん、らめ、らめぇ……」言いつつ、自身の両腕はフェイトの事を抱きしめているのだからなんとも浅ましい。ちゅぽっ、と音を立てて解放された上唇からは、フェイトの唾液がこれでもかというほどに染み付いている。染み込んでいる。心臓が高鳴る。(わ、わたしって、変態……なの、かな?)思いながらも、先ほどまでフェイトの口内にあった己の上唇を、フェイトの唾液を舐めとらずにはいられなかった。舌なめずりのようにして、ぺろりと。(……あまい、かも)そんなはずは無いのだが、確かめる為にも、もう一度。舌先を出したその瞬間に、「なのはぁ……」呟きながらフェイトはまたも侵入してきた。もう先に進むのに何の疑問も無かった。侵入してきたフェイトの舌を己のそれで弄り、舐り、思いつく限り攻める。フェイトの舌は柔らかい。暖かい。気持ちいい。少しだけ噛めば、フェイトは唾液を送り込んでくれる。舐めて欲しい場所を、舌の裏側をさらけ出せば、そこに気付いて執拗に攻めてくれる。吐息が顔に当たる。薄く瞼を開けば、その紅い視線が心臓を掴む。(まずいよぅ……これ、まずいってばぁ……)思いながらも なのははついに己の舌をフェイトに侵入させた。湧き出る唾液が口の端から垂れていく。それを『もったいない』と思ってしまった時点で、ああ、私は末期なんだ、と自分で納得。少し強めに吸い取られる舌が、気持ちいい。「……あっ、あぅ」思わず声が出てしまった。恥ずかしい。なのに、恥ずかしいのにその先を、もっと、もっと。そしてフェイトがなのはの舌だけを吸うように、口内で扱いた。ちゅこっ、とやや卑猥な音。深く侵入できるように顔の角度を変えながら。「へ、へぇろりゃん、へぇろりゃんっ……!」なにを言っているのか、自分が聞いても分からなかったが、フェイトの名前を呼んだつもり。(だ、だめ……、もう、だめっ!)なにか、くる。フェイトを掴むその腕に、めいっぱいの力を込めた。せつなさが、おなかの奥で、しくしく涙を流しているようだった。きゅぅん、と、ああ、なんだろうか、これ、これはっ、もう。じゅる、とフェイトに舌を、これまで以上に強く吸われ、「───っ、うぅっ、ぁっ! ……んぁっ、……うっ……っ!!」……ご、ゴーストが、どっかいっちゃった……。。。。。。「……」「……」「……」「……あの……どうかしたの?」「いや、なんであんな事したのかなって……」「え、だってまたねって、挨拶だから……ユーノさんはしないの?」「……ああ、ええと、ああいうのは地方によって違うからねぇ、ボクの部族では無かったなぁ、フェイトちゃんが初めてだったよ。それにそういうのはクロノに聞いたほうがいいよ、昨日たっぷりしてるだろうし」「なっ、おい! 少しは気を使え!」「クロノは……するの? したの?」「い、いや、僕は……」「しないの?」「い、いや、そういうのは、好き合っている同士で、した方がいいんじゃないかと、僕はそう思うけど……? お、おいアルフ、お前この子にどんなこと教えているんだ!!」「あたしゃ知~らない。だってフェイトとは沢山してるもん。ね~フェイト?」「うん。アルフはね、すっごく上手なんだよ」「……いや、きっと君も負けてはいないだろうさ」「ボクもそう思う。なのはのゴーストが抜けていくのが確認できたよ」「イっちゃってたねぇ……」「え? 何処に? なのは、何処に行ったの?」「……天国、かな?」「……天国、だろうな」「……天国、だろうねぇ」「……あの、なのは、死んでないよ?」