12/ワイルド・ベリーⅡ 来ました最終試験。 これをクリアして、管理局員に、俺はなる! まぁ正直やる気ないんだけどね。いや、局員になる気はあるよ? でもね、こう、試験とかって嫌いなんだよ、俺。車の免許取るのでさえビクビクしてたのに、こんなレベルの高い試験とか言われたらたまんないね、マジで。「はい、ここで試験やるよー」 転送を受けて、たどり着いたのは密林地帯。じめじめ。うぜ。「チーム戦やってもらうからね。勝ったほうが局員になれるわけじゃなくて、それぞれの実力を見るわけだから、皆全力でがんばりましょう」 あいあい。 てことで、始まるわけだが試験。試験始まるわけだが、ちょっと待とうか。とりあえず緊張とかいろいろやばいんでちょっと待とうか。「シェル、やばい、マジ緊張してきた。タマがきゅってなってる」『タイムを・とって・ください』「とるしかないな、タイム」『とるしか・ないです・タイム』 んじゃあチーム分けるよー、という試験官の言葉をさえぎり、「おしっこー! すっごいおしっこしたい! もれる! もれた!」 両手を万歳にして叫んだ。 だって! だってこれやばいんだもん! もう膝にきてるもん! 隣で影薄男がかげ薄くくすくすと笑っている。 っち。敵チームになったらぼこぼこにしてやる。影薄いくせに生意気なんだよ畜生が。「きみね、そういうのは始まる前にちゃんと行っときなさいよね」「すんません。ちょっと膀胱との相談ができていなくて……」「……行ってきなさい」「うぃ」 十人程度の輪を抜けて、森の中へとがさごそがさごそ。 すごいなぁ、こんな世界があるんだねぇ。日本じゃまず見ない光景だね。樹木! て感じ。樹木! よっこらせ。出もしないションベンでもしますかね。いや出すけどね、アレは。こういうのってさ、出ないかもしれないときだって、アレ出せば意外とぶるっと来たりするよね。 そして。「うん?」 違和感。 なんか首の後ろが熱い感じ。モヤっときたというか何というか。はてさてなんじゃらほい? きょろりと辺りを見回しても特に何かあるわけではない。相変わらず樹木! て感じである。 意味わかんね。さっさと試験受けよ。いつまでも時間稼ぎはダサいぜ。それ俺の信条に反するぜ。かっこいいほうがいいぜ俺。 うぅし、とブルンブルンした時だった。 一回目のブルン、で光が爆ぜた。 二回目のブルン、で爆音が響いた。「なにごと───ッ!?」 背後から迫る爆風。ぐらりと体制が崩れて先っちょの雫が飛んでいった。 「ま、ちょとまって、俺ち♂こしまってないから、ちょ!」 皮挟む。これ皮挟むパターンだから! どうにかこうにかジッパーをあげて、爆発があった地点、局員が集まっていた地点に行くと、そこでは戦闘が行われていた。 そう、戦闘があっている。戦ってるんだよ馬鹿やろう。なんか見たことあるようなあの赤い髪の毛。ちくしょう、誰だよ! わかりきってんじゃねえか! ヴィータじゃねえかよ! ばったばったと人間が倒れて、吹き飛んで。まるで映画みたい。 抵抗を続けている人物が一人。自作のデバイスで、必死に距離をとって、それで頑張ってんだけど、「やめてくれッ、僕は魔導師でいたいんだ!」「アタシは! 人間で居たいんだよ!!」「───やめろぉ!!」 その声はむなしく響き、ずるり。影薄男の胸から出るのはもちろんリンカーコア。 あんなに激しく叫ぶ影薄男なんか見るのは初めてで、いやもう何ていうか、若干現実感がなくて。どいつもこいつもが倒れてる。皆が皆、倒れてる。仲がよかったわけじゃない。だけど、一緒に訓練した仲間が皆倒れてる。「はぁ?」 あぜんぼーぜん。ついつい間抜けな声を出してしまった。「……もう一人いたか」「いや、えとね……ちょっと待って、ちょっと待って」「待てない」 冷たい声色。想像なんかとは全然違う危機感。ばしゃこっ! とヴィータのデバイスから薬莢が弾けとんだ。 なんだこれ。あれか。戦闘か。今からか。やるのか俺が。ヴィータとやるのか、俺が!『マスター!』「うっせぇ! わかってんだよ!」 瞬間にファーストフォームをセットアップ。木々の間をすり抜けるようにして飛行するヴィータから、逃げるように距離をとった。飛んでくるスフィアを殴り、避け、とりあえず逃げる。ちょっと現状が把握できてない。意味わかんない。こともないか。 ああもうなに。なんなのもう。何でここに来るのヴィータ。マジでやるのかよ俺は、ヴィータと!「くそ、全ッ然うまくいかねえ! やっぱ俺が考えて行動してもいいことねえ!!」『いまさら!』「そうだよいまさら!」『だったら!』「だから!」 とりあえず殴るっきゃねぇ! 湿気た地面に足をたたきつけ、ぐるりと方向転換。ヴィータと相対した。「んだテメエ! せっかくの試験最終日にンなことしやがって!」 高速で迫るヴィータのグラーフアイゼンを右手で受け止めた。衝撃が響く。つかいてえ! ヴィータからの返事はなかった。無言で、無表情で発動したのは魔法。ポツポツとビー玉のようなスフィアが空中に浮かぶ。それらはふわりヴィータの周りを一周した。「リンカーコア、もらう」「やらねえよ!」 ヴィータのスフィアが爆発した。この程度の爆発、爆発マイスターな俺からすればむず痒い程度だ。毎回毎回超至近で爆発を受けてるのは伊達じゃない。 濃く残る魔力の残滓に無視を決め込んで、ほとんど手探りでヴィータを探しだし、バリアジャケットの一端をつかんだ。逃がさないように渾身の力で握り締め、「ぅおらァ!」「あぅっ!」 引きずり倒す。湿った地面の泥を跳ね飛ばしながら、小さな体がもみくちゃになった。 身体強化は爆発と並んで唯一得意といえるような魔法だ。シェルが体中に張っている根に魔力を通すだけだから簡単。 互いに猫科の動物のように上を取るためにごろごろと転がりまわり、次の一手への布石を打とうとするが、なかなかうまくはいかない。 ていうか、何でこんなに近接戦がうまいんだヴィータ。中距離が得意とかそういうことじゃなかった? シェルに覆われた右のこぶしを一発だけわき腹に叩き込むが、返ってくるのはバリアジャケットの重い感触だけ。 だったら、やるこたぁひとつ。「シェル!」『──fist explosion──』 爆発。拳を添えたままに魔法を発動した。 衝撃で両者ともにゴム鞠のように弾き飛ばされ、俺は近くの木を右手で粉々にしながら減速。自然破壊かっこ悪い。「ああくっそ、いてぇ、ちくしょう……!」 ヴィータの姿を探す……、までもなく、ヴィータはそこにいた。 金色の魔力が晴れていくと、少しだけボロになったヴィータが宙に浮いている。瞳を険しそうに歪ませ、多少驚いたような表情。 いやぁ駄目だ。ヴィータ強い。この幼女強いよ。ファーストフォームじゃ勝てないよこれ。「……んだよ」「あん?」「……なんだよ、オマエ!」「俺? 俺はあれだ、あれ。ほら、なぁシェル?」『そこで・私に・ふらないで・ください』「ふざけんな!」 い、いや、別にふざけてるわけじゃないんだけど……。なんか損だな、ふざけてないのにふざけてるとか思われるの。 そもそもだよ、そもそも、なんだよオマエは、は俺の台詞って言うか、ファーストコンタクトがこれかよみたいなね、てかね、つかね、「リンカーコアがいるんだよ! 邪魔すんな!」「ああ!? うるっせ意味わかんねえんだよ! くそ、くそ! なんでここに来るんだよお前は! 会わなけりゃそれでよかったのに、見ず知らずのやつがやられても俺ァなんも感じねえのに!」「なに言ってんだ!」 影薄男がね、がんばってたって話なんだよ。 あいつはね、俺と一緒で妹のためにがんばってるとか何とか言っててね、ああくそ。 ぎり、と音が鳴るほどに歯を食いしばって、拳を硬く握って。 バキィン! そして樹木が一本塵へと消えた。右腕に熱が走る。セットアップ、セカンドフォーム。 ふぅ。一度だけ息をついた。みしみしと腕を圧迫しながらの構成。風を切りながらアクセルホイールがゆっくりと回りはじめた。 一撃で決める。よく分からんけど、とにかく殴って、逃がすのか? ああ? もうその辺すらよくわからん。とにかく、殴る! 視線を送れば、何かを感じ取ったのか、ヴィータもデバイス正眼に構えた。 ハンマーのような形をしたそれ。もう一発装填された弾丸に反応して鎚部分が変形する。ぶしゅッ! ぶしゅッ! 二、三度咳き込み、ジェットエンジンを点火したようにバーストした。「あいつはなぁ……、妹のためになぁ!」『──Burst Acceleration──』 加速。 アクセルホイールが爆発する。かん高い様な音を、それすらも置いて来る様に、もっと速く、もっと速く!「うおぉぉおあああ!」 高速で迫るヴィータに右手を伸ばして、「アタシだって……、はやてのためにっ!」 ヴィータがアイゼンを振りかぶった瞬間、その瞳の奥からきらりと何かが零れた。 ……はぁ? ンだよそれまじ卑怯。◇◆◇ ぴく、と瞼が動いた。ぼんやりと薄目を開けて、その情報を解析する。 ああ、なるほど。ユーノはそう思った。 無限書庫、相変わらず薄暗く、陰気な場所。闇の書の情報を探しはじめていったいどのくらいの時間がたったろう。時間の感覚は消えて、自意識すら薄くなっていって、ユーノ自身が魔法になったように検索をかけていた。 毎日毎日、ディフェクトのために。健気だなと自分でも思うところだ。「……み、つ、けぇ、たぁ……」 いままで探しても探しても見つからなかったそれがようやく。 闇の書。夜天の書。情報。だけれど、これを見つけてどうしようかとユーノは思った。 確かに今までにない情報だ。しかし、必要なものかどうかといわれればどうだろう。役には立つけれど、それをユーノは実行できるかどうかが分からない。 ユーノには優先順位がある。 一番はディフェクトで、聞いただけの『はやて』など番外である。情報をディフェクトに与えるか、与えないか。そもそも与えたところで何ができるか。さすがの彼も、今回ばかりは駄目なのかもしれない。「いや、ああ、そうか、いけるのか……?」 情報を手に入れても、何もできないことがわかっただけなのかもしれない。 だが、彼なら、あいつなら、こういうのを引っ掻き回すのが大好きな彼ならば、どうなるかは分からない。 ディフェクトが助けたいといっている人物の中に、あの魔法生命体も当然入っているのだろう。だったら、彼はとても頑張らなくてはいけない。いや、頑張るだとか、気合だとか、根性だとか、そういう言葉で片付けられないほどの努力を見せなければならない。 今回見つけた情報。闇の書の在り方、その根幹に関係するような情報である。 願いをかなえるデバイス。所詮は、デバイス。人に使われてなんぼの存在である。それがどういった経緯で暴走に至ったのか、それはまだ分からないが、問題を解決するだけなら、ディフェクトの協力さえあれば、問題はない。「ディフェクト、君はどうするのかな……」 考え込むようにユーノは呟いた。 事件の解決に問題はないが、もしかしたらディフェクトに問題が出るかもしれないのだ。死んじゃうかもしれないよ、と忠告したところで、ンなもん何とかなると走って行ってしまうのが目に浮かぶよう。 怪我をさせたくない。自分だけを見てほしい。『はやて』の事なんか放っておいて、一緒に世界を旅してみようよと誘いを出したい。 でも、(きっと、助けるんだろうなぁ。そうだよねぇ……、そんな人じゃなきゃ、好きにならないもん……) キスをしてって強請ってみれば、きっとしてくれる。ボクのことだけを見続けてって言えば、恐らくだけど、そうしてくれる。 しかしそうなってしまったら、それはユーノが好きなディフェクトではないのである。どこまでもまっすぐで、止まることを知らないで、先にしか進めないような馬鹿だから好きなのだ。死ぬといわれているような人間をそのまま見捨てることが出来ないタイプなのだ。 反面、ユーノは『出来る』も『出来ない』もない。死ぬかもしれない。そう聞いたところで、へぇ、と一つ相槌をうつのが山だろう。当然、その人との関係や、プラスなのかマイナスなのかを考えて助ける可能性もある。でも、基本的には放置。残念だなとは思うが、それ以上踏み込むようなことはない。 冷たいといわれればそうだが、単純にユーノは興味がないのだ。人が死ぬのは当たり前だし、そこにある命だって当たり前。どこか悟ったような、達観したようなところがあるのは、その優秀すぎる脳のせいなのだろうと自分自身当たりをつけている。 だからこそ興味深い。 だからこそ、心のすべてが読めない。 そんなディフェクトだから、好きなのだ。「あ~あ、損だ。馬鹿を好きになるって、絶対損だ」 憎まれ口を叩くその表情は、しかし笑顔に満ちていた。 ◇◆◇ 時空管理局本局、その一室でグレアムはグラスに入った琥珀色の液体を、ゆっくりと喉に流し込んだ。 かあ、と喉と腹が熱くなる様な感触。もともと好きでもない酒。思わずむせ返りそうになって、それをプライドで押さえ込む。 予定通り、と言っていいのだろう。予定通り、ディフェクト・プロダクトはヴォルケンリッターとぶつかった。それはそれは計画通りだった。以前から進めていた計画の通りに戦闘になり、そして完全にではないが、魔法資質を蒐集された。 そう、これは喜ぶべきことなのだ。柄にもなく酒など取り出して、実際に祝している。 だが、心中に沸くこの感情はどういったことだろうか。グレアムは自分自身が、落胆していることに気がついてしまったのだ。 そんな馬鹿なことはない。そんなこと、ちっとも考えてなどいない。そんな感情の上書きに失敗し、好きでもない酒ばかりが進む。「止めてほしいと、思っているのか……?」 口にしたとたん、心臓の付近がその通りだと頷いた。「く、馬鹿なことを。今更どうなる」 歪んだ笑みを浮かべてグラスを呷る。 今回の行動は、警告の意味合いもある。ユーノに対しての、警告。 当たり前だが、グレアムだって気がついているのである。ユーノの行動に。実際に警戒するのは、彼のほうだということに。無限書庫での検索魔法。何の情報を探しているかなど、当然のごとくチェックしている。 いまユーノに動かれるのは困るのだ。本物の天才というものは、何事もないかのように問題を解決してしまう。そんなこと、させていいはずがない。だから今、ディフェクト・プロダクトを潰す。彼らはチームだ。片方の翼が潰れると、どうしても飛行は難しくなる。 グレアムは一度だけため息をつき、髭を撫で付けた。 十一年前の事件から、これまで何度となく後悔してきた。数を数えるのすら億劫になるほど、自分を責め続けた。今だってそう。本当に正しいのか、これでよかったのか。不安と戦いながら日々を過ごしている。 だからこそ、止めてもらいたがっているなど、そんな錯覚を感じてしまう。不安が先行してしまって、やや参ってしまっているだけだ。「リーゼ」「……はい」 どこからともなく現れた猫。グレアムはその使い魔に、蒐集の調子はどうかと、グラスに新しく酒を注ぎながら尋ねた。「順調に進んでいます。蒐集自体はこちらの予想を上回る速度です」「そうか……。ふ、いいタイミングだったな。これで彼の妹も、最高のパフォーマンスを出すことはなくなる。精神的な支えを失うというのは、そういうことだ」「ええ。計画の通り、すべてが順調です」 その言葉をかみ締めるように反芻し、グレアムは小さく呟く。「私を軽蔑するかね?」「いいえ。お父様はご立派です。痛みも、不安も、後悔も、すべてを私たちで三等分にしましょう。そうして、それを抱えたまま生きていきましょう」「……それでも、重いな」「私たちは、それを背負わねばなりません」 分かっている。そう言うとグレアムは何も映さない窓をのぞいた。次元空間の波がオーロラのようにゆらゆらと見えるが、どれもこれも美しいとは感じられない。彼の心には、何も映さない。 ふと、望郷の念が沸いた。国ではなく、星。地球。考えてみれば、長いこと帰っていない。 はやては元気にしているだろうか。報告の限りでは、笑顔が耐えない様子だと聞いた。顔を知っている。金を送っている。グレアムがしているのはこれだけだ。彼女がどんな生活をしているかなど、知りたくはなかった。どのみち殺すことになるのなら、深くは関わりたくない。「日本では、そろそろ冬か……」「ええ、アリアが寒い寒いと言っています。帰ったらコタツで丸くなるのだと」「ああ、それはいい考えだ。とても、いい考えだ」 そんな幸せな老後など、この身に許されるはずがないことを知って。◇◆◇ 端末を操作する手がぴたりと止まった。 事件のログを再確認していると、なにやら違和感を感じるのだ。喉元になにか引っかかるような、このまま席を立ってしまうのは、なんだか後ろ髪を引かれるような感覚。「なんだ、この感覚は……。何かおかしいのか?」 鼻の頭をこすりながらクロノは呟いた。 もともとクロノは勘を頼るような捜査はしない。現実を見、データを照合し、確実性に重点を置く。『あいつは怪しい気がする』程度では、動く気にもならない。 そのクロノがなんと、見過ごせない違和感を受けたのである。自分自身驚きだ。 なにが引っかかるのか、もう一度始まりの事件からデータ照合。何度も目を通して、既に暗記しているような報告書だが、それでもクロノは初めからすべてに目を通した。 すでにリンカーコアの蒐集は人だけではなく、魔獣と呼ばれる、コアを持った動物にまで魔の手を伸ばした。環境破壊などという言葉では片付けられないほどに被害は広がっている。 蒐集を行っているのは四人。映像で捉えているのは一瞬で、敵ながら良くやると褒めてしまうほどに鮮やかな引き際。局員のアフターケアをされているときなんか、腸が煮えくり返りそうになるが、それでも死んでいないことを喜ぶべきか。 敵は管理外世界での蒐集を主にやっているようで、そこに局員が来るのを待っているような印象がある。事件のあった世界を調べると、こうも上手く行くものかよ、とお手上げ状態だ。「っち、面倒な……。僕を狙ってきてみろ。返り討ちにしてやるのに」 クロノは珍しくありありと不機嫌さをあらわにした。 違和感の正体が見つからない。なにを感じて不自然だと思ったのか。答えはすぐそこにあるようで、だけれど手のひらから零れていってしまうような、そんな感触。 端末を操作し、別のウィンドウを開く。局員の出撃ログにまで手を出して、もう脳みそはパンク寸前。スクロールをさせると、どこで誰がやられた、とその詳細まで書いてあるものだから、思わず目頭を押さえてしまった。「だから、敵は、管理外世界を……」 ふと。「管理外、世界で……?」 零れていく答えの一端を、掴んだ。 先ほどとは打って変わった様子で隊員の出撃ログを、そのスクロールバーをもう一度最上までもって行き、目まぐるしく詳細を暗記した。 そもそも、クロノが知っている時空管理局はこうまで無能だったか。執務官のクロノ・ハラオウンは『敵ながら天晴れ』など、今回始めて感じたことだ。初めの事件が発生して、何ヶ月が経過しただろう。隊員の撃墜数、総合的な被害、どれをとってもあまりに無能。 闇の書勢が優秀なのが余計だった。あまりに鮮やかなその手際は、クロノが考える時空管理局を、無能にしていたのだ。 そう。ヴォルケンリッターは確かに優秀。だが、いくらなんでも出来すぎている。管理外世界を中心に活動しているくせに、待ってましたといわんばかりに蒐集を成功させている。 これは管理局の力がないわけではない。ヴォルケンリッターが優秀すぎるわけでもない。管理局の足を、誰かが引っ張っているのだ。 一度考え出したら、それこそが正解だというように、ずるずると回答が出てくる。違和感を打ち消すような確信が、クロノの心中にぐらぐらと沸き立った。 出撃ログを見る。とにかく今までのことを、過去を、過ぎ去ったソレは、今を知るための欠片だった。 殴るように端末を操作して、ガリガリと頭をかいて、ようやく一つの答えを導き出す。「……あ……」 そこは、あまりに不自然だった。 管理外世界だからといっても、魔法資質があるものは、意外と居るものなのだ。使えるか使えないかは別として、コアを持っているかもっていないか、それだけで見るのなら、当然そこも、蒐集対象となるはずなのだ。 そこから『近い』場所では、確かに事件は起こっている。アレもそう、コレもそう。クロノは指をさしながらログをたどる。 そして、一切、何一つ事件が起こっていない世界。そんな世界は当然、沢山ある。沢山あるけれど、ログと照らし合わせると不自然なほどに浮かび上がるのは、その世界だけで、ようするに───。「……なんであそこは問題ばかりなんだ!」 地球。勘を頼らないクロノが、なぜだか確信を持ったその場所。間違っているとは、毛ほども感じない何かがそこにはあった。 山積みの問題が、一つだけ消え、ただ、代わりに一つだけ浮上して。ここまで管理局を無能に陥れた犯人は、いったい誰なのか。 くそ、とクロノは端末に拳骨を降らせた。