13/ゲイン・エース・ゲイン ぴ、ぴ、ぴ、ぴ。 んあー、なにやら機械的な音がするんだが、なにこれ。てか体中チューブだらけなんだが、なにこれ。つか身体が動かないんだが、なにこれ。 気合一発右手を動かそうとしたが、どうにもこうにも鈍すぎる。指先がぴくぴく動いてるのを何とか感覚として把握できるくらい。 えと、どういうことなの? 俺なんなの? 閉じていた瞼を開けば……うお、瞼を開けるのですら億劫でござる。とにかく開けば、なにやらガラスケースのようなものに入れられている様子。 ……ま た こ れ か !「シェ、ルぅ……」『イエス』「は、はなに、管が通ってていてぇから、とにかく現状」『負けて・入院。以上』「っは、負けたかぁ……」『イエス』 ああ、そういえばそうだったかもしんない。なんかヴィータと戦ってて、そんでどうなったか知らんけどとにかく負けたんだろうね、俺。畜生、負けたか、くそ、ガッデム。 皆はどうなったんだろ。死んじゃったりとかホント無しだからね。そういうのあると俺のテンションダダ下がりだからね。「よぉ、ほかの奴らどうなったよ」『マスターが・一番の重症者・です。コアを・抜かれそうになって・それで・私が・抵抗したところ・マスターの・身体が・非常に・痛みました』「おまえのせいかよ……」『魔導師としては・生きて・います』「へ、ぎりぎりな」 てか抵抗って何やったんだろうか。あれか。根か。なんかずるずるしたモンが俺のリンカーコアについてた訳か。もしそうだったら半端ねぇくらい気持ち悪ぃな。芋みてぇに出てきたんだろうな。キモ。想像を絶するキモさじゃねぇか。 自分でした想像に身震いし、相変わらず力の入らない身体で、何とかこのせまっ苦しいカプセルからの脱出を計る。「んぎ、っ、こんの……!」 硬ぇ! 解放前のジャムの蓋くらい硬いよこのカプセル。 ふんぎぎぎ……、んおぉぉおおお! ……開かない。ちょ、開かないよコレ! 入院なんかしてらんないんだよ! ちょ、まじで、ちょ!「……君さぁ、少しくらいじっとしてらんないの?」 神光臨。 ユ、ユ、ユ、ユーノきゅん! なんてこった。いつも以上にユーノが可愛く見えるぜ。愛しいぜ。愛してるぜ! さぁ開けろ! 俺をここから出せ。毎回毎回なんでこういうのの中に入んなきゃならないんだよ。今回は水がないだけましだけどさ! ふんがーふんがーと気張っている俺を見かねたのか、ユーノは軽々とカプセルの蓋を開けてくれた。空気うめえ。「まじかんしゃ」「ん」「で?」「お見舞い。君がやられたのってさ、多分ボクのせいでもあるし」「なんで?」「牽制ってとこかな。ほら、ボクいろいろ調べてたじゃない。ちょっと調子に乗りすぎたかな」「なんで、俺?」「単純に一番効果的だと思ったんだろうね。実際そうだし」 聞いたとき、心臓が止まるかと思った。とユーノは零した。 何という愛され上手。ここまでユーノ・ラヴを受けてしまうと後には引けなくなってくるな。 つかグレアム、マジで鬼畜。なんなの? 裏で直接ヴォルケンと繋がってんの? さすがに無いよね? つーことはだよ、あいつはこんな面倒なことを事もなげにやっちゃってるんだよ。すごくね? 上手く行ったら俺はリタイアだし、ユーノは使えなくなるだろうし、ヴォルケンの蒐集も進む、と。……パネェ。良くそんな頭が働くもんだよ。 はぁ、とため息をついて、身体を起こそうかと四苦八苦。結局ユーノに手を貸してもらう。手のひらをゆっくりと握って、開いて。 「……負けたよ」「うん」「そんなつもりじゃなかったんだけどさ、負けちゃったよ」「うん」「強かった」「そっか」「……人間でいたいって、言ってた」「そう」「ウララも、魔導師でいたいって」「うん」「俺さ」「なに?」「実は結構強いって思ってた、自分のこと」「強いよ、君は」「でも、全然駄目だった。いやもう、そりゃ駄目駄目だった」 拳を、握る。「次は負けない」「負けない?」「勝つ」「うん」「俺が思いついたこと全部言うから、そっちで整理して。お前の情報と照らし合わせて、どうすればいいか考えようぜ」「そうだね」「だから」「うん?」「お前も、嘘つくなよ。俺の心配とか、そういうの要らないから」 ぴく、とユーノの眉が動いた。 らしくない。まったくもってらしくない。こんなことで動揺するような奴じゃないのに。 あれだろ。実はお前ちょっとテンパってたんだろ。くくく、読めるぜ。この俺を心配しすぎて、焦ってやがったんだな! ふぅははは! き、気持ちいいぜ。この相手を丸裸にしてしまうような爽快感。ユーノはいつもこんな気持ちなのか。「なんでそういうこと言うの?」「だってお前、過保護じゃん」「全然そんなことないよ。君、保護してたってすぐどっか行っちゃうじゃないか。大体さ、はやてって何? いきなり出てきた子のために命張らないでよ」「ちゃんと紹介するって」「そういうんじゃないよ!」 今度は俺が驚く番だった。らしくないユーノの、その最終形態を見たような気分。いや、もしかしたら、このらしくないユーノこそが、本物なのかもと思えるほどに、人間っぽい。 驚きは大きいけど、なんか、う、嬉しい感じがしてしまうわけであります。ああ! なんかこっちが恥ずかしい! 何だこのユーノ! 超常現象! もはや超常現象! 「君はねっ、今! ボクのせいでそんなことになってるんだよ!」「おう」「頭にあったよ、こんなことくらい! 予想がついてたよ! でも、ボクは結局、自分のことに夢中でっ、まだ大丈夫なんて希望的観測で!」「おう」「それでこんなっ……、……なに笑ってるんだよ!」「ユーノくんかっわいぃぃいいい!」 言いながら、動きが鈍すぎる右手を根性で上げて、こっちゃこいこっちゃこいと手招き。俯き加減で若干唸りながらもユーノは俺の傍に腰を下ろした。 右手をそのままユーノの頭の上において、あんまり動かないんだけど、よくフェイトにするようにかいぐりかいぐり。黙って頭を差し出したままのユーノはガチ。あれだ。こんな子供らしいユーノは見納めかもしれんからね、しっかりばっちり記憶しとかにゃならん。 そのまま数分程度時間がたって、撫でられユーノが小さな声で呟いた。「怪我、ひどいよ」 「ンなもん何とかなるって」「リンカーコアだって痛んでる」「アルターから直接循環させりゃいい」「死んじゃうかもしれないじゃないか」「未練あっからそりゃねーわ」「……ずるいよ、きみ」「そりゃお前、もはや褒め言葉だろ」 ぷ、と噴出したユーノを見て、納得してくれただろうと勝手に判断。 あーだこーだと意見を出し合って、ユーノが拾ってきてくれた情報は、確かに役に立って、こりゃもうクリアだぜ、エース。 なるほどなるほどそういうことかと納得する反面、何だそりゃ完全に原作崩壊じゃねぇかと。もうね、俺の原作知識とか一切あてにならないから。コレもう全然役に立たないから。闇の書とか夜天の魔道書とか、ちょっと色々変わりすぎですから。 あーあ、と大きなため息。俺もたいがい頑張ってんだけどさぁ、なかなか上手く行くもんじゃねえよ、ホント。一人じゃ結局何にも出来ねぇし、何にも役にたたねぇ。やっぱ人間、独りじゃ生きていけねぇってとこで、エース、ホントのホントに攻略開始。◇◆◇ ソレを初めに感じたのはいつだったろうか。 デジャヴに似た感覚。奇妙な引っかかり。以前に体験したことなのだろうかと脳を引っ掻き回すが、全然それらしい記憶は浮かび上がってこない。 ただ、現実としていえるのは、認識のズレがあるということ。 日課の蒐集結果報告。ヴィータはそれとなく『闇の書』という単語を何度か出した。シグナムは当然のように頷く。闇の書に違和感を感じてはいない。シャマルも当たり前のように受け入れる。闇の書に引っかかりを覚えてはいない。 どうして? 自分一人だけがおかしいのだろうか。プログラムに、バグでも発生しているのだろうか。それがもしそうだとして、生存に支障はないだろうか。はやてとの時間は、どうなるのだろうか。 考えれば考えるほどにドツボに嵌っていく。怖い。闇の書に違和感を覚えている自分が。何も感じない仲間たちが。 「あの、さ」 搾り出すように、ヴィータは口にした。「闇の書、なんか変じゃないか? 変っていうか、違うっていうか……」 仲間から返ってくる視線で、それは自分だけなのだと悟った。「おかしなことを言う。不安か、ヴィータ?」「ち、違う。そういうのじゃなくて」「ふふ、もうすぐ蒐集も終わるものね。そういう気分になっても、仕方がないわ」 違うのに。そういうんじゃないのに。 ヴィータはどこか諦めた調子でそっか、と小さく呟いた。 だが、「俺も違和感を覚える。闇の書自体に。……いや、闇の書という言葉に、か」 テーブルの下から聞こえる声に、ヴィータははっとなった。 そう。まさしくそのそれ、言葉というか、存在というか、とにかくヴィータは違和感を覚えていたのだ。何かが違う。そんな気が、いつもしていたのだ。「だよな! やっぱり、そうだよな!」「ああ、おかしな感覚だ。これは、俺とヴィータだけか?」 二人に尋ねても、やはり回答は変わらなかった。 分からない。気づかない。 ヴィータとザフィーラのみに感じる違和感。闇の書という名前。何がおかしいのか分からないが、しっくりこないのだ。落ち着かない名前をしている。闇の書だなんて、そんな名前ではなかったような───。「ヴィータ」 シグナムの一声で、深みに嵌ろうとした思考を持ち上げる。「ヴィータ、それは今、重要か?」 責めているといった声色ではない。単純な疑問。重要かどうかを判断する材料を、シグナムは持たない。だからこその疑問だったのだろう。 ヴィータもそれを分かっていて、だからこそ答えに詰まった。 重要な気はする。重要だと思うが、しかしそれは蒐集より大事だろうか。その時間を割いてまで解決するような問題だろうか。「……すまん、ヴィータ。どうにも私は、少し先走りすぎているようだ。蒐集も順調だ。お前が気になるというのなら、先にそれを解決してもいい」「あ、いや、そんなことねー。蒐集より重要だなんて、そんなことねーよ」「しかし、私はそれを感じない。怖いのではないか?」「ザフィーラもそうだし、どっちかってーと安心した」「ふ、今度はこっちが不安になってくるな」 場を取り成すようにシグナムがいうと、シャマルが私も不安になるとおどけた調子で手を上げた。 そうだ。何を考えているのだろう。蒐集より重要なことなんて、無い。はやての命より大事なものなんて、あっていいはずが無い。 ヴィータは疑問を噛み殺し、ごくりと飲み込んだ。今はこれでいい。疑問の解決は、命の解決の後で。 うん、とヴィータは心中で頷き、シグナムに視線を送る。自分の問題なんか、後回しだ。 逸るなとでも言う様に彼女はため息をつき、苦笑まじりに言う。「さっきも言ったとおり、蒐集は順調だ。この調子なら、今月中には集まる」「今回の召喚では、ちょっと時間がかかっちゃったわね」「色々と、これまでとは違っているからな」 殺さない。そういうこと。「アタシもたいがい手加減してきたけどさ、一人だけとんでもない奴がいた」 ヴィータは思い出し身震いすると、シグナムがほう、と瞳を輝かせた。戦闘狂め。「一週間くらい前だけど……、正直負けるかと思った」「ヴィータちゃんにそこまで言わせるなんて……。局員の方?」「いや、多分あれ訓練生なんじゃねーかな。試験がどうとかって聞こえたから」「なるほど。この時代の魔導師も、なかなか油断は出来んか」「捨てたもんじゃねーよ。はやてみてぇな奴もいるし、それにほら」「ああ、分かっている。私も先日確認してきた。いるところにはいるものだな。先を見れば、私たちを超えるぞ」 先日高台の階段で出会った少女。名前はなんと言っていただろうか。確かたかまちなんとか。「たかまち、にゃのは……?」「なるほど、にゃのはというのか、あの少女は」「えあ、ちがうちがう、にゃ、んや、にゃのはだ」「……? だからにゃのはなのだろう?」「にゃのはちゃんね。覚えておくわ」「ふん、にゃのはか……」「えと……」 ヴィータはうまく回らない舌を呪って、もうそれでいいやと諦めた。重要なのは名前なんかより、その力。傍を通り過ぎただけで上等だと感じるものがあった。アレを手に入れてしまえば、今月中といわずに、今週中にだって決着はつく。 思わず拳を硬く握った。だって、今週中に決めてしまえば、それだけはやてが苦しまなくてすむ。 いつかも感じたことだが、ヴィータには はやての症状がなんとなく分かるのだ。恐怖だって、ただ事ではすまないような、どす黒い何かが這い上がってくるような、そんな感覚を覚えているはずなのだ。なのに はやては何も言わない。それどころか笑顔を見せる。 強いな、と思った。優しいな、と思った。同時に、助けたいと強く感じた。「シグナム」「ああ、分かっている」 狩猟、解禁だ。 どこぞのテレビCMのようにシグナムは口にした。心臓に熱が入る。 と、同時に。 ごとり。 リビングでいつものミーティングをしていたヴィータ達だが、二階のほうからそんな物音。 あ。 真っ先に反応したのは、もちろんヴィータだった。ただの物音に、獣のような反応を見せた。どくんどくんと鼓動が高鳴る。いやな予感がしている。そんなのってない。もうすぐなのに、後ちょっとなのに! 階段を駆け上る。何度か躓きそうになりながらも駆け上る。高々これだけの運動で、なぜだか息が上がってしまう。心臓がやかましい。 ドアノブに伸ばした手が震えていた。この先の現実を、受け入れたくはなかった。「はや、て……?」 ゆっくりと開く扉。震える声。 ベッドから落ちてしまったのだろう。はやては布団を巻き込みながらフローリングに突っ伏していた。は、は、は、と荒い息遣いが聞こえる。呆然とその光景に捕まって、ヴィータの足は動かないでいた。 どうしたんだ、と後ろの方から仲間たちが駆けてくる。どうもこうもあるものか。ヴィータはふるふると頭を振る。こんな現実、嘘に決まっていると、その場から逃げ出したくなった。「……はやてぇ───っ!」 闇の書の侵食は、ついに はやてを脅かした。