20/ファントム・チェイサー 総勢二百と三人。幻影を映し出すシャマルの魔法は確かに効果を挙げた。 当然だが、これだけの数を操作しようとしても、それは難しいどころの話ではなく、無理。だからシャマルが選んだ選択は『再生』。 この街は、半年間に渡りヴォルケンリッターの生活に携わってきた。シャマルは幾度となくスーパーへと買い物に出かけたし、ウィンドウ・ショッピングも楽しんだ。はやてを連れて公園に散歩に行き、そういうのに興味を示さないシグナムの服を買いに出かけた。ヴィータと一緒にゲームセンターに繰り出して、そして、ザフィーラと一緒に花屋へ行った。 シャマルはそれを『再生』している。クロノの感じた『まるで買い物でもしているかのよう』は、事実そうなのだ。一つ一つの幻影を操作しようなど、とてもではないが魔力がもたない。もちろん注意を引くために、その時その時選択して幻影を選択操作しているが、それだって消費する魔力は微々たるもの。中身がスカスカなお人形を操っているに過ぎない。 クロノの下後方を何でもない様子で飛びながら、シャマルはクラールヴィントに魔力を集めた。ばれてしまわない様にゆっくり、小さく、少しずつ。 「私は───直接戦闘って───あんまり得意じゃないし───こういう戦い方しか───できないけど───」 それぞれに魔力を送り込み、喋らせる。相手の混乱が手に取るように分かった。 いける。シャマルは確信を持ちながら、指輪から伸びる鋲、クラールヴィントを解き放った。引っ掛け釣りのように足に絡ませ、引く。 腐ってもヴォルケンリッター。腐ってなくともヴォルケンリッター。直接戦闘が苦手だからといって、まったく出来ないでは話にならないのだ。 渾身の力でデバイスを操り、遠心力を力にするようにクロノを振り回した。目標はどこか固い場所。頭でも打って気絶してくれれば百点満点。 シャマルは勢いそのままクロノをビル壁に放り投げた。ばしゃぁん! と窓を粉々にしながら中に突っ込んでいくのを見て、ああ、あそこには行った事がない。デバイスに魔力を送る。幻影。再生ではなく、幻影。 シャマルは用心深い。チャンスを作り上げても、そこで飛び出すような性格の持ち主ではなかった。どこまでも相手を弱らせて、そのまま力尽きるのを待つような、そういう戦い方を好んだ。というよりも、それしか出来ないといったほうがいい。 作り出した幻影を、大穴を開けたビルに先行させる。どこまでも用心深く、慎重に。 ザフィーラをやった。実際に手を下したのは違うが、その仲間。心が冷たくなるのを感じた。 シャマルはザフィーラのことが好きだった。ヴィータの姿が見えなくなるとすぐに鼻を鳴らしながら探そうとして、その様子を笑うと不機嫌に黙り込む。妹を探す兄のような仕草に、ああ、なんて可愛い人なのだろう、と。今回の召喚では、いつもは感じない『そういうの』を感じて、とても幸せだったのだ。 それなのに、ザフィーラは消えた。どこまでもヴィータの為に、笑いながら消えた。 悲しみ。その言葉で片付けるには、あまりに重かった。 だから、とシャマルは考える。ヴィータのためにも、ザフィーラのためにも、「そう簡単には、やられないわ」 クロノがデバイスで殴りかかってくるが、所詮それも幻影。ダメージなど一切無い。 漸くのように、悠然とクロノの前に姿を出し、右手を差し出した。 ───光。 それはクロノに決定的な隙を作り出すが、シャマルは深追いをしない。一撃で決めるような、そんな攻撃魔法はもっていないから。だから張るのは蜘蛛の巣。罠。精神ダメージ。 シャマルのそれは、記憶に作用するもの。相手がなにを見ているのかは自身にだった想像がつかない。ただ、嫌なモノを見ているだろう事は確実だった。そういう風に、魔法を放った。 醜く歪んでいくクロノの顔に、シャマルの心は軽くなっていくようだった。 なんと浅ましく、汚い心なんだろうか。自分自身で思い、諦めたような笑みを浮かべた。考えてみたら、『幸せ』の崩壊から、自分たちヴォルケンリッターにまともな心が残っているはずがなかった。みんな我侭に、結局は自分のために戦っている。それぞれの思惑はあろうが、自分勝手で、気持ちに正直で、どこまでも人間的だ。プログラムだって言うのに、懐かしいような感覚。 (今回の召喚主に、影響されちゃったかな) 今度の笑みは美しく、どこまでも澄み切っていた。 この戦いの結果がどうなるのか、シャマルだって分からない。こんな気持ちで戦うのは初めてなのだ。いや、覚えていないだけで初めてではないのかもしれないが、それでも記憶にある中では初めて。 シャマルは己のデバイスに優しく口付けた。「さぁ、行くわよクラールヴィント。そしてはやてちゃんと、いっぱい笑いましょう」 きらりと輝くデバイスは、未来を知っているかのように儚げだった。◇◆◇ ふぅ、ふぅ、と気を落ち着けるように息を吐く。クロノ・ハラオウンといえば執務官で、どこまで行っても局員だ。 ただ、今回この時こればっかりは我慢など、それこそどこかにぶっ飛んでいた。冷静でないクロノ。その姿はいつもの澄んだ瞳をぐらぐらと沸き立たせ、しかしあくまでも怒りを制御できる、どこか悟りを開いた人間に似ていた。 我慢は出来ない。ただ、馬鹿にはなれないのだ。 クロノは熱く、冷たかった。俯瞰の目で何かを見ているような気になった。自分自身がどこまでも素直に見えるのだ。執務官で居ながらにして局員から解放されたような、そんな気持ち。 熱く燃え上がるような感情を抑えることなく、冷たく凍えるような魔法を放つ。氷塊はクライドを貫いた。っく、と喉が鳴る。笑っているのだ、クロノは。 「うってつけの相手だ。さぁ、どこに居る……」 ぶち殺してやりたい相手。クロノにとっての最大の敵。憎悪の対象で、愛しみの記憶。クライド・ハラオウン。 じ、とクロノは見た。それはそこらじゅうに居る。魔力反応の高いものから潰そうと思い、氷塊を何度か放ったが、それは精巧に作られたフェイクだった。 相手、シャマルも随分のやり手で、当然ながら警戒を解くようなことはない。相変わらず隙をついては鋲が飛んでくる。 「ちっ」 不満げな顔を隠そうともしない舌打ち。クロノは焦れていた。 それは早くしないとユーノの援護に間に合わないだとか、次の闇の書本体との戦闘を考えてのことではない。ただ単純に、早く貫いてしまいたい。この手で、グレアムがくれたデバイスで、思いの丈をぶつけてしまいたいのだ。 確認できる幻影は、正確にはわからないが、二百を超えていた。ああ、ああ、じれったい、もやもやする。はやく、はやく。 クロノは悶えるようにデバイスを回し、───その時、天啓がひらめいた。それは今のクロノにとって、とてもいい作戦のように思えた。 なんの事はない。全部潰してしまえば、あの不愉快な顔を見ずにすむじゃないか。 いつものクロノなら、それはもちろん考え付くだろうが、実行は躊躇っただろう。問題として魔力量。クロノの魔力は多いとはいえ、それは作戦として成立するほどのものだろうか。 冷たいクロノがそういった。 熱いクロノは知らんと笑った。 知らんとは何事だ。 分からんものは分からん。 成功するのか。 させるんだ。 ああお前。 そうさ、僕は馬鹿になれないけれど、馬鹿は僕の、本当の友達なんだ。 クロノの本領は、学習能力の高さにある。才能は無いが、努力すればそれを確実に血肉にする。今まで見てきた馬鹿。本物の馬鹿。もちろんクロノは馬鹿にはなれない。だけれど、見習うことは出来る。 実に楽しそうにクロノは笑った。これこそが喜色満面という顔つきだった。 楽しくなってきた。先を決める重要な戦いだというのに、なんだか楽しくなってきた! デュランダルをぐるぐる回す。氷塊が次々と出来上がる。回す。空気が凍る。回す。凍る。 すぅ……、クロノは胸いっぱいに息を吸って、「───行けよォ!」 飛んだ。数えるのも億劫になるような、何本もの何本もの氷塊だった。 もともとクロノは複数の対象に魔力弾を当てるのは得意である。頑張って努力して、血の滲む努力をして、クロノは『考え』を六つ持てるようになった。 マルチタスクと呼ばれるそれは、クロノの力。努力の賜物。本領の発揮。 一つの『考え』で操ることの出来る氷塊は、おおよそ二十。六つの『考え』を合わせたって百二十。全てを潰すには全然足りない。今になって『考え』の数を増やすなんて事はもちろん不可能。 ただ、『考え』を休ませることなく働かせることは出来る。マルチロック・バースト。そこに『待機』は無かった。全て『射出』。その後の『操作』。 クロノのそれは、シャマルがやったこととまったくの逆。『再生』なんかではない。今まさに、全てを操っているのだ。 ぢり、ぢり、と脳に痛みが走ったような感覚。脳には痛覚が無いとかそういう問題ではない。現実に、痛いんだ、頭が!「ッ、ぐ、次ッ、貫け!!」 飛んだ飛んだ飛んだ。飛行して、飛翔して、加速して、貫いて、凍らせて、氷柱になって、氷塊は弾けて。 『考え』は六つあるくせに、しかし目玉が二つしかない。笑ってしまう。瞬間記憶。どこに居る。さあ出て来い。その場所を覚えろ。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、休むことなくクロノの瞳は対象を探す。ロックロックロック射出射出射出。 ぱちぱちと、瞳の奥で火花が飛んだ。それはとても綺麗で、その中に入ってしまいたいような気分になるが、それは目玉の中で起こっている現象で、対象を探す邪魔にしかならない。 もっと。 クロノは嵐を起こしながら呟いた。 もっと、もっと。 ディフェクトがよく口にする、もっと。「もっとだ!!」 クライドを貫く。グレアムを貫く。アリアを貫いて、ロッテを貫く。 むしろ、クロノが街を破壊した。人通りがよくあるであろう場所にその幻影が居るものだから、人の営みを感じさせるところほどに凍り付いていくのだ。 だが、そんなことを『考え』る余裕はクロノには無い。貫け。お前は右で、お前は左。移動しろ。逃がすな。上昇、下降。首。狙え。刺され。凍らせろ。弾けろ。 街全体から氷柱がはえてくるかのような光景だった。地面から氷柱がはえてくるのだ。氷塊が当たったところはどこもかしこも凍りついて、弾けて、氷柱になって。空気を切り裂く音が鳴り止むことは無かった。どこまでもどこまでも、それは竜巻のような威力を発揮する。 幻影はどいつもこいつもが氷柱になっていく。ああ分かっている。さっきからちょろちょろと逃げ回っているクライドが一体居ることくらい、気づいているさ、もちろん。だが待てよ。目障りなんだよ、他のやつらも全部。消してしまいたいんだよ、そういうイラつきは。 百の氷柱を作り出し、二百を超え、残り、三人の、「父さん……」 小さな呟き。クロノはそれに向かって下降した。「僕はっ」 デバイスを回す。「あんたをッ!」 『考え』に命令。デバイスに待機。「超えるんだぁぁぁああああああああ!!!」『──Eternal Coffin──』 幻影もデバイスも何もかも、クロノはその意志で振り切った。◇◆◇ 失敗しちゃったなぁ。 シャマルが思ったことはそれだった。 たまに居るのだ。嫌な記憶を見せているはずなのに、むしろそれを力にするような奴が。今回のシャマルの相手は、まさしくそうだったのだろう。あの氷塊の操り方などとてもではないが、誰にだって真似できるようなものではない。それはスペシャルで、才能だ。 シャマルは知らない。クロノが、自分に才能はないと嘆いていることに。もちろん、そんなことを聞けば頬の一発でも叩いてやるところである。「父さん……」 小さく聞こえた呟き。 何てことだろうか。あの少年の記憶は、幻影として父親を見せているのだ。 上空から急下降してくる少年は、どうにも捉えづらい表情をしていた。喜んでいるようにも見えるし、逆に泣いているようにも見える。辛い思いをさせてしまったかな、と少しだけ後悔した。「僕はっ」 そう、シャマルは気がついたのだ。あの嵐を起こしたこの少年に、勝てないのだと。自分の我侭は、ここまでなのだと。 クロノは強い。どう考えても勝てない。父と向き合っていて、ここまで全力をあげる少年に、どうやって勝てばいいというのか。愛情はどうした? 憎いのか? それで、父親にこうまで? 戦った時間などほんの少しだ。ほんの少しだが、シャマルはクロノの事を嫌いになれなかった。 なぜなら、「あんたをッ!」 クロノがデバイスを振りかぶった。その瞳の端から雫が吹き飛んでいったのが見えて、なんだ、やっぱり悲しいんじゃない。シャマルはふ、とこぼれる様な笑みを湛える。 「超えるんだぁぁぁああああああああ!!!」 ごめんねザフィーラ。 パチン。一瞬で凍りつく身体。一瞬で凍りつく心。最後の言葉は、仲間に向ける再開の合図だった。◇◆◇20/ベリーズ・クッキング 強いか弱いかと言われれば、それは恐らく弱いだろう。肌で感じるとおり、強力な魔法はどうやら持たないようだし、さっきから逃げ回ってばっかり。ただ、巧さはある。 なかなか捉えられないそれに、ヴィータはいらつきを募らせた。「うざってー……」 しかしヴィータは突っ込むようなことはない。一撃で決める力はある。だが、警戒してしまっているのだ、あの金色の姉妹を。 一人目の金色は、近接戦闘を挑むと実に強かった。戦い方に慣れを感じた。ひやりとする場面が何度もあって、正直、負けるかもと思った。 二人目の金色は、それはそれは速かった。目にも止まらぬ速さとは、まさしくああいうのを表しているのだろう。 だからヴィータは警戒を解かない。焦り、逸って近接戦を挑むのはどうにも危ないような気がした。 ヴィータは左手をまっすぐに伸ばし、その指の間にドロップのような魔力弾を精製。これはその他魔導師が作り出す魔力弾とは違う。ヴィータのそれは、実体弾なのだ。貫通力を高め、相手の障壁を突き破る。 空中に紅色のドロップを放り、アイゼンで打ち、撃つ。相手の進む先と、背中から追うように誘導し、「……くっ」 やや焦ったような声が聞こえて、ユウノが障壁を張った。 爆発。爆発。爆発。 この程度で終わる相手ではないだろう。ヴィータは空中を流れるように移動しながら、自分の魔力がはった煙幕を注視。 少しだけの沈黙が降りて、じゃらり。不意に音がした。「───!」 紅色の煙の中からでて来るのは鎖。チェーンバインド。 四肢を狙うように伸びてくるそれは、もちろん四本。身体をひねりながらヴィータは足を狙ってきた二本を避け、右手に持ったアイゼンで一本を弾き、最後の一本に捉えられた。 左手に巻きついたそれは、いや、大した力は感じられない。一瞬で壊せるような、儚いものだ。 ヴィータは魔力を送り込み綻びを発見。ひび割れに指を突っ込むような感覚でそれを打ち崩───、 たん! 地面を蹴りつける音と共に現れるのは、ユウノ。右手に、その指先にえらく高濃度の魔力刃を浮かび上がらせていた。 まずい。背中に噴出す冷や汗。 「ぅおあッ!」 ガラスを叩き割るような悲鳴を上げて、バインドは崩れた。ヴィータはその場で宙返りをするように身体を操作。ジャグ! と果実をかじるようなそれと一緒に、ユウノのシャープエッジがバリアジャケットを抉り取る。 そう、バリアジャケットを抉り取ったのだ。あれは刃物というよりも、爪。「ありゃ、外しちゃった」 のんき、と言えば良いのだろうか。ユウノは特に気負った様子もなくそう言った。 やっぱり、警戒に値する。ヴィータは跳ねるようにその場から飛びのくと気を落ち着けるように息をつき、もう一度ドロップを精製した。「……アタシの勝ちだ」「それはどうだろうね」「もうお前を間合いに入れない。中距離から狙い打つ。その距離を固定して、お前には絶対近づかない」「いや、それもどうだろう。たぶん、そう上手くはいかないよ」「アタシがそうするって言ってんだ」「んー……、なんていうか、君はすごく分かりやすいね」 とん。戦闘開始時と同じように、ユウノがこめかみを叩いた。 何かの予備動作なのだろうか。怪訝な顔でそれを見るも、別段魔力反応があるわけではなく、ただの癖のようなものだろうと適当に判断。相手の挙動にいちいち構えていては、戦いがちっとも進まない。 ヴィータが魔力弾を指先から放って、その時、「───やめときなよ」 なにを! 叫び出そうとしたが、それはヴィータに向けてではなかった。 ゆらり、と蜃気楼のようにその場が歪んだと思うと、シャマルが現れたのだ。「な、え、シャマル?」 やや悔しそうな、それでいて褒め称えるような、なんともいえない表情をシャマルはしていた。「……よく、気がついたわね」「別に。幻影を見せてる隙にフォロー。戦いの基本じゃないか。なんでわざわざ転送したと思う? あなたに惑わされないようにだよ」 ヴィータも気になっていたことであった。 わざわざ転送という手を使わなくても、戦力の分断をするならもう少し隙の無いやり方だってあるだろうに、しかしユウノは転送という手法をとった。なるべく離れるように。ヴィータを孤立させるように。 「同じタイプの魔導師だからね、考えてることはある程度読める。弱いやつから狙うのも当然。そしてさ、気づくべきだよ」「なにを……?」「狙われてるって事にさ」 瞬間、嵐が訪れた。 はっとした様子でヴィータがその中心部をみると、少年が一人。デバイスを回し、魔力で出来た氷塊を作り上げ、それは凶弾となって街を襲っていた。 無茶苦茶やりやがる。唖然としてヴィータが口を開けると、氷塊が一つ飛んでくる。ここまで離れているというのに、それは操作領域だというのだ。風を八つ裂きにしながら飛んでくるそれは、「シャマル!」「うん! ごめんね、ヴィータちゃん!」 シャマルが飛ぶと同時に地面に突き刺さった氷塊は、逆立つ氷柱になった。 ぱき、ぱき、と凍り付いていくそれを見つめながら、ヴィータはデバイスを構える。冗談じゃない。まったく持って冗談じゃない。例えばこの氷塊がシャマルだけではなく全員を狙っていたらどうなったろう。いや、そもそもなぜそうしないかが不思議だ。どう考えても、自分たちの負けではないか。 化け物がもう一人居た。ヴィータの焦り。背負う闇の書が、余計に重く感じた。よくない感情。 ここで戦い方を変更することが、仲間にとって一番である。短期決戦。勝負をいち早く終わらせて、ヴィータがフォローに回る。そうすれば、絶対に勝てる。二対一の状況さえ作り出してしまえば。(けど、こいつ……) 視線の先、ユウノの瞳はまるでこちらを見透かしているようだった。 奥の奥まで。恥ずかしい事だって、嬉い事だって、悲しい事だって、そんなものを全部見られているような気分になる。かあ、とヴィータは顔を赤くした。 ふざけやがって。そういう思いが沸いて、同時に恐怖感も沸いてくる。「何者だよ、テメー……」「へ? ああ、ん~……、なんだろうね、私にもわかんないや」「馬鹿にしやがって」「そうじゃないよ。ホントに分からないんだもん」 にこやかな笑みの奥にある確かな怒り。それを感じ取って、ヴィータは作戦の変更は無しにしようと思った。 しかし、決めるのは早くなければならない。シャマルは、危ない。 魔力集中。精製。紅色ドロップ。精製。 ヴィータは次々とをれを作り出し、「いけッ!」 アイゼンで打った。 距離は中間。近くも無く、遠くも無い。燃え上がりやすいヴィータにとってはストレスの溜まりやすい距離だが、しかし合っている。そこは確かにヴィータの距離だった。 爆発。爆発。爆発。指の間にドロップを。それを打ち出し爆発を。響く爆音は徹底的に無視。魔力の残滓で目標が定まらなくったって、とにかく打ち出した。「あぐっ、ちょ、このっ!」 ちょこまかと逃げ回るユウノ。距離を詰めてこようとするその顔は、爆発で吹き飛びながらも、まだまだこちらを向いている。 そうはさせるかと後退した。この戦いこそが、一番早くケリが着く、一番の正解。それは自信になり、力になる。紅蓮の髪を振り乱し、ヴィータはまたも打ち出した。 「障壁!」「ぶち壊す!」 バキン。何のための実弾操作系。このための実弾操作系。 何度目か。数えてはいないが、優に五十を超えるドロップを打ち出した。だから当然、爆発もそれだけ起きているはず。それなのに、ネズミのようにしぶとく動き回るユウノは、一体なんなんだ。 ぎり、と歯ぎしりが鳴った。早く決まっちまえ。早く、早く。 焦りが強くなる。 早く! どうしてそれは強くなる。 嫌だ、駄目だ! 背中の闇の書から、魔力を感じてしまう。「さっさと……いっちまえよォ!!」 ───パキン。 その瞬間、あたり一面は凍土になった。もともと雪が降るほどに冷え込んでいたのに、さらに冷たく、もっと冷えて。それは誰のせいだ。当然ながら、クロノのせいだ。 背中の、温もりとも重みとも取れるソレは、わずかな軌跡を残して誰かを迎えに行った。「ぁ……」「さっきの人だね」 ユウノが言った。別になんとも思っていない、どこまでも冷静で、変わらず笑みを貼り付けていた。何度となくヴィータのスフィアを身に受けて、見た目も精神もボロになっているはずなのに、その瞳はあくまでも理性的で、知的で、こちらを見透かすようなそれ。 心臓が高鳴った。デバイスを握る手が震えた。同時に、瞳から涙が零れ落ちた。 こいつがさっさと死んでればよかったんだ。そうしたら助けにだって行けたかもしれないのに。激情の紅蓮。ヴィータは、「ああッ、ああああああああああああああああああああああ!!!」 叫んだ。絶叫と呼ばれるものだった。 アイゼンから薬莢が弾け飛んぶ。ぶしゅ! ぶしゅ! 加速機構から魔力が弾けとんだ。「お前ぇぇえええええええええ!!」 宙を駆けた。ユウノを殺すために、なんの躊躇も無かった。今更血に汚れることを躊躇うような精神性は、ヴィータには無かった。 避けてきた近接距離。その意味はまるっきり無くなってしまったのだ。もういい。一気に叩いて殺す。 それなのに、爆発。「───ッ!?」 加速するヴィータの腹で、それは爆発した。 なんで、なにが、どうなっている。爆発を起こしたそれは、紅色の威力を振りまいた。紅で、ヴィータの色。 しかし、そこはヴォルケンリッター。いままで幾度と無く戦いに身を投じた歴戦の騎士。なんで、は後ででいい。今はとにかく───、 じゃらり。二度目のそれ。 ヴィータはそれに気がついたが、それだって問題は無い。あの程度のレベルなら、少し力を込めるだけでぶち壊せる。避ける手間を考えるより、ぶち壊していったほうが速い。突撃。先へ、近くへ。 瞬間、魔力拘束される四肢。アイゼンがヴィータの怒りに呼応するように暴れまわる。 さぁ魔力を集中しろ。綻びを見つけて一瞬で打ち壊して───、 無かった。綻びは、無い。 馬鹿な。そんな馬鹿なことは、「なんでッ!!」 崩せない。一度目はあんなに簡単に壊せたくせに、今回のこれは、壊れない。 泣き出しそうになった。いや、ヴィータは気がついていないだけで、もうすでに泣いていた。「なんなんだよ、なんなんだよぉ!」「まぁ、こういうこともあるよ」 ユウノが、ゆっくりと歩いてくる。 その右手に、指先に、あの爪のような魔力刃を浮かばせて。 「きみの敗因を教えようか?」「くそ、くそぉ……、いやだっ、やだぁ!」「まずね、きみが分かりやすすぎること。感情ぶちまけるタイプの相手ってさ、結構得意なんだよね、私。どこにどう攻撃してくるのかが分かりやすくってさ、そりゃ当たるわけにはいかないよ。二つ目。実弾操作系の魔力弾。これはちょっと怖かった。でもね、実弾操作系ってのは、何個撃って何個当たったか把握しておかなくちゃ。言っちゃえば魔力の塊を打ち出してるんでしょ? 相手に爆弾をやってるようなものじゃない。次、三つ目。私のバインドを一度受けたからって、舐めちゃったこと。簡単に壊せるから大した事ないって思っちゃったこと。補助魔導師のバインドはあんなに脆くないよ。もうちょっと考えるべきだったね。そして最後……」「うっ、うぅ……うくっ、うう……」「……きみが、優しいこと。仲間がやられたって、あそこは感情的になるべきじゃなかった」「やだぁ、やだぁ……、ザフィーラぁ、シャマル、シグナム───」 ───はやて。 そう言おうとした所で、震わせるべき喉に深々と魔力刃が突き刺さった。優しげに、とん、と。 痛くない。ちっとも痛くない。ただ、帰るべき場所に還る。そういうことか、とヴィータは思いながら、想いながら、風に乗って意識は消えた。