22/ホーム 背後に感じる魔力反応。何かを吸われていくような喪失感。 しかしシグナムは歩を進めた。ぐいぐいと引っ張られても前へと、一歩一歩、確実に。 金色の少年はただ立ったまま、その場を動くような気配はなかった。 手を伸ばそうとした。おや、と不思議そうに見やる。レヴァンティンと一緒に、右肩から千切れ飛んでいた。痛みがないものだから気が付かなかったのだ。いや、それ以上に目の前の存在のせいでか。 シグナムはそれに笑いかけながら逆手を伸ばす。頬を撫でつけ、頭を撫でつけ、首の後ろに手を伸ばしてぐい、と引き寄せた。 自分の思いが、そのまま全て伝わってしまえばいいのに。言葉にすると簡単で、しかし沸き立つこの思いを、この男に全部さらけ出してしまいたい。「ああ……、一番の戦いだったなぁ。こんなに気持ちよかったのは、本当に初めてだ。お前は私に、沢山の初めてをくれた」 闇の書から引かれる。シグナムはもう少しいいじゃないかと踏ん張った。 さらさらと溶けていく身体には、なんの不安も感じない。満足至極。これ以上ないほどに達してしまった。もう腰砕けだ。立っている膝が震えて、太ももの内側にぴりぴりとむず痒いような余韻まで残ってる。すべて、ディフェクトがくれたものだ。「楽しかった。とても楽しかった。だから、少しさみしい」 抱く腕に力が入った。「なぜ、主と一緒に居られないんだろう。なぜ、お前と一緒に居られないんだろう。お前はきっと、私の生涯の友になれるのに、なぜ私はプログラムなんだろう……」「……プログラムなんかじゃねぇよ。人間だった。変態で、熱くて、すごくエロくて。お前の笑った顔、すげぇ可愛いよ。こりゃ役得だ」 騎士を指して可愛いとは、どうにも違う。 シグナムはそういったことは分からない。可愛いとか、流行だとか、そういうものに興味がもてない。 ただ、言われて嬉しくないかと聞かれれば、それは嬉しい。浅ましいな、と自分自身感じた。「離れたくない」「そっか」「私を抱きしめろ」「うん」「いいきもちだ」 身体はもうほとんど残っていない。抱きしめられているのかだって分からない。 ぐいぐいと引っ張られる。なにくそ負けるもんかと踏ん張っていたけれど、それも最早ここまで。「それではな……さよならだ、プロダクト」「……またやろうぜ。今度は新聞紙丸めてな」 にひひと笑うディフェクトに、シグナムもにししと笑いかけた。そんな戦いは、随分楽しそうだった。 ああ、これで最後。取り込まれる。闇の書の頁になる。仲間たちとは会えるだろうか。私は楽しい時間を過ごしてきたぞと自慢してやろう。ヴィータあたりは馬鹿みたいに怒りそうだが、なに、私は大人だ。子供の癇癪に付き合ってやるのも仕事のうち。 「みんな───」 空気と混ざり合うように、シグナムの意識は塗りつぶされた。◇◆◇ 虚無感。すぅ、と何かが抜け落ちて行った様な、どうしようもない感覚。 それは夢の中だったろうか。それとも現実に起きていることだろうか。はやてにはそれがよく分からなかった。 夢の中で皆が笑っていた。食卓を囲み、話をして、風呂に入って、全員で眠って。 夢の中で皆が戦っていた。鎚を振るい、鋲を撃ち、仲間を守って、燃え上がって。 起きよう。はやてはそう思った。嫌な夢を見ている。戦いなどとは無縁の生活をしている はやてからするのなら、つまらないしくだらない。こんなもの、見ていたくない。楽しくて明るい夢だけを見ていたい。「いや、やぁ……」 寝言のように呟く。瞼が重い。貼り付けられているように、それは開かない。明晰夢の中に入り込んで、はやてはきょろきょろと迷子のように辺りを見渡した。 そこは暗い場所だった。暗くて、寂しい。胸にくる言いようのない飢餓。それは餓えていた。「わがあるじ」 こんなに寂しい場所なのに、ちっとも似つかわしくない、とても澄んだ声。一つの濁りもなく純粋で、綺麗。 「……だれ?」「あなたは、なにをのぞみますか?」「誰なん?」「ねがいをかなえましょう」「あなたは誰?」「わたしはまほう。てあし。こえ。いみ。ほん。やみ。ぷろぐらむ。そら。ひかり」「名前は?」 言うと、声は眩い光になった。それは輝きながら はやての前に来、ゆっくりと人間の形を作っていく。 色々な印象を受けた。グラマラスで、はやての好きな人だったら飛びついていくような、とんでもない美人。腰まで伸びる珍しい毛色をした髪(今更なのだが)は風もないのにゆらゆらと揺れていた。「名前は?」 はやてはもう一度聞く。表情のなかったその顔が、少しだけ寂し気に歪んだ。「闇の書。欲望の本。夜天の書。古代の本。鉄鎚の書。獣の書。不幸の本。破滅の書。炎の書。願いの書。死の本。癒しの書。滅亡の書」「……」「呼び方は……、様々あります」「なんて呼んだらええのん?」「お好きなように」「でもなぁ、闇とか不幸とか、ぜんぜん似合わんなぁ」 話している間、イメージが頭の中に入ってくる。それはまるで泉が湧き出るような感覚だった。夢見心地で、今の状態の意味、それが少しずつ理解できた。 ああそうか、と はやては思った。皆、言いつけを守ることなく、自分のために頑張っていてくれていたのか。あの時感じた虚無感は、そういうことだったのか。 主人というのは、本の持ち主。そしてこの本は、「行きましょう。そこには皆が居ます。あなたの幸せが、きっとあります」 はやての胸から何かが抜けていく。痛みはない。魂か何かだろうかと小首をかしげた。 星の瞬きのように煌いているそれ。本の女性は寂しそうな顔のまま、ぱくり。ごくり。「我が主、私の中で幸せに……、笑顔になってください。あなたの笑顔が、私は好きだった」 ───プログラム追加。 その声と同時に、闇と女性が消えていく。さよならなんて嫌なのに、消えていってしまう。脳みそがきっちりと仕事をしてくれなくて、はやてはああ、と右手を伸ばすだけに終わった。 どうしたらいいのだろうか。疑問はすぐに解消される。 闇が消え、光が辺りを照らしたとき、いつの間にか足が動くようになっていたのだ。感動。同時に、自分が自分でなくなる。 はやての足は、ただ真っ直ぐに進んだ。いち、に、さん、し……、一歩一歩、小さな歩幅で歩いて、ぼんやりと視線を上げると見慣れた扉が見えた。 玄関? もう一度首をかしげて、それに手を触れる。 これまた聞きなれた音が聞こえて、はやてが開ける前にそれは開かれた。「おー、来たか」 ヴィータだった。笑顔で、とても夢の中で見た戦いを演じていたとは思えない。「こら、失礼だぞ」「いいじゃない、私たちのほうが先なんだから。言っちゃえば先輩よ、先輩」 シグナムにシャマル。ヴィータと変わらず、朗らかな笑みだった。はやてが知っている笑みだった。背中のほうに回ったザフィーラが鼻先で背中を押す。早く入れと急かしているのだ。 「みんな……」 つい二日前にあったばかりだというのに、なんだか随分と久しぶりのような気がする。「あは、ただいまっ!」 はじけるような笑顔だった。◇◆◇ なにがあったか知らんが、とりあえず闇の書が発動したっぽいね。シグナム吸い込んで、一回消えて、ほんでまた戻ってきやがった。なんだこいつ。多動症? 濃厚な魔力が辺りに満ちた。ばらばらと自分の頁を誇示するように本が開いていって、最後の頁をめくり、ぱたん、閉じる。満ちた魔力は人の形をとって、「……よぉ」 美人に向かって右手を上げた。 やるな闇の書。社会になんらかの不満があるとしか思えないような格好をしているが、なかなかどうしてやるじゃないか。その縛られた太ももなんてむぅちむちしてて俺の股間に果てしないダメージを送り込みそうだぜ。 じろじろと視姦していたところ、闇の書の身体がようやくこっちを向いた。瞳に涙はない。……? あれ? 原作どうだったっけ? 泣いてたんじゃなかったっけ? それ後の話? はやてがなんか色々してからの話? ほわちゃ?「……お前も、来るのか?」「いや全然分からん」「そうか」「なにが?」「主の幸せを、奪うのか?」「お前なに言ってますか?」「そうか」「あん?」「幸せは永遠だ。無限に転生し、無限に続く」「……へぇ、いいね、それ」「お前も、来るのか?」 綺麗な瞳だった。何の疑いもない澄んだ瞳。 そうだと信じて疑わない。幸せは、そこにあるものだと思っているんだろう。来るか、の意味がいまいちよく分からないんだけど、まぁ、あなたは幸せになりたいデスカー? とか、俺にとっちゃ訳わかんない宗教の勧誘と一緒だよ。 F○CKサインを決め込んで、「俺の幸せをお前が決めるんじゃねぇよ、寂しがり屋が」「そうか」「張り合いのない奴だなおい」「そうか」「なんか言い返してみろコノヤロー」「お前は死んでいい」「ひょ?」 闇の書が右手を上げると、消えていた結界がもう一度姿を現した。広くて、暗い。広範囲をまるっと飲み込んだそれは、原作どおり『閉じ込める』結界だった。俺なんかじゃ十年たってもここから抜け出せないんじゃないかと思うほどに強力。 スゲースゲーと感心していると、空気を撫でるような音が聞こえた。一回、二回。背中と腰から生えている四枚の翼。それは少しだけ大きくなって、「スレイプニール……、羽ばたいて」 螺旋状に魔力の軌跡を残して、闇の書は上昇。「───ッ! ……、…………あー……、やっべぇ、よな、これ。そういや、そうだよ。なんか、最初はこんな感じだったような……、うん、思い出した」『……』「とりあえず、逃げるか?」『うぃ』 さしあたって俺は走った。闇の書にばっちりと背を向けて。 だってめっちゃ魔力集まってんだもん。ぎょいぎょい集まってんだもん。なんて魔法か忘れたけど、アレだろ、広域がたのドガーンて奴。やばいやばい。そんなの食らったら俺死んじゃう。逃げるぜ俺は。どこまでも逃げるぜ俺は。むしろ暴走防衛プログラムが出てくるまで何もしたくない。リアルに何もしたくない。ニート俺と変われよ。ニートなりてぇ、うへへ。 『魔力・よこしなさい!』 バキンと一発。『──Acceleration──』 ウィップが空気をぶっ叩いた。シェルの判断は、このままじゃ間に合わないって事だったんだろう。さすがインテリジェンス。ちっともインテリ感はないんだけど、こういうときはきちんと役に立ってくれる。 景色は後方に風のように流れていって、俺の身体は先へ先へ。まぁ先っつっても逃げてるわけなんだけど、たぶんこれ間に合わないね。もう全然間に合ってないよね。こういうことされるとすごく迷惑なんだよね。 ほら、俺って上空をがんがん飛ぶって、そういうの出来ないじゃん。速さならそこそこ自信はあるんだけどさ、やっぱ地上には障害物ってモンがあるわけで。まぁ結局何が言いたいかというと、「やばいッ、絶対やばい!」 乱立するビル群。ものっそい邪魔。ぶっ壊して真っ直ぐに進んでもいいけど、今度は魔力が足りないとかそんな事態。今のタイミングでシェルをスリープさせるわけには、絶対にいかないのである。節約節約。必要なときに必要な分使いましょう。「マジ急げ!」『全力・全開・です!』 ウィップがばしばし空間をぶっ叩く。そのたび右へ左へ真っ直ぐへ。とにかくその魔法の範囲から逃れようとするが、「あっ」 背中が粟立つ。魔力充填完了かい。 視線を後方に持っていくと、闇の書とばっちりと目があった。特に表情というものはないが、口が動いている。 で、あ、ぼ、り、っ、く、え、み、っ、しょ、ん。ああ、そういやそういう魔法だったかも。 闇の書の右手、その上で元気玉のように力を溜め込んでいた魔法が、ついに弾けた。 もう一度アスファルトを粉々にして、魔力にして、そして加速する。するんだけど、後方から、闇の書を中心にしてドーム状に魔法が展開された。ユーノたちも無事だったらいいんだけど、今は自分の心配しかできない。というかもう何も考えらんない。迫る魔法がこれまた速いのだ。ウィップが空気を叩いたのは何度目ですか? 加速加速。途中にあるビルにぶつかりそうになったのを、シェルが機転を利かせて斜めに進んでくれた。来る来る来るっ、来ちゃうぅうう!!「───ぁがッ!」 衝撃。熱。波動。 飲まれた。後方から追ってくる光は、いつの間にか俺の進む先に居た。 全身から力が抜けていくような感覚。痛いって言うより、なんだろうか、とにかく変な感じで、サードフォームがひび割れ、黄砂のように風に運ばれ消えていく。やばいね。何度も言うけどホントにやばいね。何がやばいって、俺、マジ、意識がさぁ、ちょ、さっき起きたばっか、なんですけど、その辺、どうなの、かなぁ、とか。 『───、マす、たっ、───……』 頑張れ。気合入れろ。お前がそんな調子じゃ詰むぞ。俺の命的に。 ぷちん。色気もクソもないそんな音は、なんだか後頭部の辺りから聞こえたような気がした。またもや電源OFFでござる。◇◆◇ その暗さを感じさせる魔力は、なのはの後方数メートルというところで止まった。 肌を刺す残り香。深々と残された爪痕。街を包んだそれは見事に破壊という、いっそ芸術に近いそれを残した。 全力で走ってきたものだからもともと汗は噴きだしていたが、しかしそれは、うるさく騒ぐ心臓の鼓動と共に乾いていく。だって、これを食らっていたら、そう考えて なのははぶるりと身震いした。 死んでいた、かも知れない。気づくのが後数秒でも遅く、逆の方向に走っていなかったら、そうなっていたのかもしれない。 生唾を飲み込む。喉に絡む。もう一度飲み込む。 ───べちゃり。水音。「……?」 なにかが転がってきた。 見て、こみ上げる吐き気。「うぁ、あ、あのっ」 それは返事をしなかった。ぴくりとだって動かなかった。実に嫌な空気を感じた。まるで死体遺棄現場を見ているような気分。誰だかわからないのに、なのはにはどこか確信めいた何かがあった。見たことのあるような、金色と赤色のコントラスト。アスファルトに広がっていく、少しだけ粘度の高い水。 疲労だけではない。この震える膝は、決して疲労なんかではなかった。なのはは怖いのだ、それに近づくのが。「ディフェクト、くん、なの……?」 駆け寄りたい、いや、駆け寄るべきなのに、なのはの足は中々進まなかった。緩慢に、ゆっくり、一歩一歩、自分の足元が崩れでもしないかというような足取り。 ようやくのように傍に立って、左手を伸ばす。うつ伏せで倒れているその肩に触れたとき、ねっとりとした物が手に付着した。 我慢できなかった。しようともしなかった。なのはは吐いた。胃が蠕動するように蠢いて、とにかく何かを吐き出したがっているようだった。胃液しか出ない。それなのに止まらなかった。気持ち悪かった。 「───ッげほ、う、ぇ……」 なのはに出来ることはなんだろうか。嘔吐感で涙目になっても、そこにはしっかりとした理性があった。 気持ち悪いのを我慢して、その人物を上向きにして、やはりディフェクトだった。もともと色白なのに、さらに白くなっていて生気が感じられない。半分だけ開いた唇から、僅かながらに聞こえる呼吸の音だけが、生きている証明のようだった。べたべたと体中に付着している血が、なのはを不安にさせる。どうして生きているのかではなく、なぜ死んでいないのか。 とにかく なのははディフェクトの腕を持ち、自身の肩にかけて立った。上手く行かなくて二度ほど転んだが、それでも立った。引きずるように歩き、近くのビルの窓を目に付いた石ころで叩き割り、その中に入った。 どうしたらいいのか分からない。とにかく血の気が薄くなっていくディフェクトの身体を懸命にさすった。背中を、手を、胸を。どこもかしこも血だらけで、お腹から暖かいそれが出て来ているのを見つけた。「なに、なに、どうしたらいいのッ」 混乱。とにかく両手で傷口を押さえた。何か、刀傷のようだった。「わ、かんないよっ、守りたいのに、わかんないよ!」 それでも涙は流さない。懸命に押さえる。泉のように湧き出るそれを止めるのは、なのはの小さな手ではどうやら無理そうだった。 魔法があったらいいのに。求めた。 魔法さえあれば、すぐにでも空を飛んで、助けを呼ぶのに。求めた。 身勝手だった。自分から遠ざけたものなのに、今度はそれが欲しくなった。理解っているし、知識りもしている。わがままだ。「だれか助けて」 呪文のように唱えた。「おねがい、だれか助けて」 わがままだろうがなんだろうが、それが人を助けたいという願いなら、どこかで誰かが微笑んでくれているのは、おそらく、きっと、間違いないのであろう。「なのはっ!」 それは颯爽とはいい難いが、確かに現れた。なのはにとっての魔法の始まり。一番最初の不思議。 いよいよもって、瞳に溜まった涙が決壊した。「ユーノ君!」 ユーノも背中に誰かを背負っていて、それはクロノなのだと気が付いた。ディフェクトとは違い、やや満足げな寝顔。どういう戦闘があったかなど分からない なのはにしてみれば、不思議以上に不可解だった。すぐさまディフェクトの治療を始めたユーノ、その隣に転がされているクロノへの疑問。 戦って、笑っていられるの? そんな思いが沸いてきて、それはすぐさま消えうせる。 ああ、そういえば。何を隠そう、自分もそうではないか。戦って、それが終わって、フェイトと共に笑いあったではないか。「ユ、ユーノ君……」「大丈夫、ディフェクトは強いから」 ほっと一息。「あの、……あのね」「うん」「戦う理由って、聞いてもいい?」「わた……、ボクは特にそういうのはないね。大事な人が頑張ってるから、それの手伝いがしたいだけ」 ユーノはディフェクトの腹に治癒魔法を当てながら言い切った。「クロノ君もそうなのかな……」「さぁ。でも、たぶん違うんじゃないかな。全部人のためってさ、それ、おかしいよね。そう思わない?」「……え?」「百パーセント人の為に何かを出来る人間ってさ、たぶん、ほんの一握りっていわれる人達なんだと思う」 ユーノは額に汗を浮かべながら、それでも続けた。「ボクは違うよ。ディフェクトと一緒に居ると楽しいし、ボクももっと好かれたいからこんな事してる」「うん。わかるよ」「クロノはそもそもこれが仕事だし、今回の事件なんかはまぁ、うん、かなりの私情が入ってる」「そう、なんだ……」「わがままでいいんだよ」「……」「なのは、キミにはキミの理由があるんじゃないの?」 もちろんある。けれども、自分はそこから一度逃げ出してしまっていて、そういうわがままを押し通す力すら返していて。「わ、わたしねっ」 しゃくり上げるような声だった。 思いの丈、その全てを言葉にしようと、そう思った。「わたし、守りたいのっ。みんなが、怪我するの、いやなの! 気持ち悪いよ、気分悪いよ! どうしてディフェクト君はいつも怪我するの! どうして黙って、こんな大事を決めちゃうの! いきなり戦えって言われても、そんなのわかんないよ! 怖いよ! 辛いよ! だから逃げたんだよ、わたし!」「うん」「でも、でもねっ、みんなのこと、好き! 一緒に居たい、たくさんお話して、いっぱい笑って、一緒に、ウチのね、ケーキが食べたい」「おいしそうだ」「守りたいって、思ったの。誰かを守りたいって、そう思ったの」「そっか」 その誰か、というのが問題なのだ。出来ることなら向こう側も。そう考えてしまっていること自体が、そもそも少しおかしい。 なのはは敵対というものが嫌いだ。向こうが来ているのに、こっちも行くなら、衝突してしまう。そんなことは避けて通りたいけれど、戦わねば守れないものもあるらしい。 戦いなんて、嫌い。みんなを守りたい。出来ることなら全員を、なのはの傘の下に。「……わがまま、だよね」「なのはのは、良いわがままだよ」「じゃ、じゃあ、みんなのは?」 「ボクのは、あんまり良くないわがまま。なんて言ったらいいのかな……こう、ドロっとしてる」「……?」「クロノは、今回だけだと思うけど、馬鹿みたいに魔力消費してボクに迷惑かけたから、これもあんまり良くないわがまま」「それなら……」 視線の先は、ディフェクト。「ディフェクトのは、最悪。もう考えらんないくらい。みんながどれだけ心配してるのかとか、どれだけの無茶をするのかとか、何回死にかけてるんだとか、そういうの全部無視。馬鹿なんだよ」「でも、優しいよ」「うん、知ってる。だいたいさ、見通しが甘いんだよね。ホントはね、なのは達を巻き込むつもりはなかったんだよ。でもほら、これでしょ? 考えたってその通りに行くはずないじゃないか。馬鹿の癖に、人に頼ることを知らないんだ」「……ほんの、一握り?」「どうだろうね。希少すぎるほどに馬鹿って意味じゃ、そうなのかもしれない」 数秒の沈黙。 ユーノがおもむろに、腰に巻いたポーチから、それを取り出した。 なのはは小さくあ、と呟く。それを手渡されて、凹に凸が嵌ったような感じがした。ここにあるのが自然で、それは向こうも同じなのか、小さく輝く。 宝石のように輝く、赤い珠。レイジングハートだった。 お帰りなさい。なのはがそういうと、レイジングハートもお帰りなさいと言った。ただいまと なのはが言うと、レイジングハートもそう言った。 ぽぉん、とコアが輝くと、頭の中にゆっくりと情報が流れてくる。自己紹介。私は生まれ変わりました、とレイジングハートは言っているのだ。「れいじんぐはーと、いー、えふ、ふぉー……、……うん、私、頑張れるよ」 なのはが言うと、「っ、待てよ……」 むくり、とそれが身体を起こした。