26/スラッシュ・アッパービート ど 畜 生 が っ ! 置いて行きやがった。あいつらホントに俺のこと置いて行きやがった! ここまで頑張った俺を、こんなところでリタイアさせるつもりなのかと! 最後までは見せらんないのかと! 俺なしで決めちゃうきなのかと! とことんまで追求したいよ! 俺は! ……あれか。まさか皆優しいのか。スーパー絶好調な俺を差し置いてエース終わらせるとか、そんな優しさか。 いやいや、ほら、もう全然そういうの要らないんだけど……。たしかにミラクル絶好調な俺はもはや指先で突付かれただけで死んでしまいそうなほどにウルトラ絶好調なんだけども、俺が居なきゃ駄目なんだって。 闇の書とか可哀想でしょ? 助けたいでしょ? あん? 俺はどうだっていいけど、どうせ はやては泣くんでしょ? ええい馬鹿ちんどもめ。さっさと説明しておけばよかったよ。ああやってこうやってチョチョイのチョイでハッピーエンドだって説明しとくべきだったんだよ。はやての『ただいま』に気を取られた結果がこれだよ。「うう~……、誰でもいいから復活しろー……俺を飛ばせろー……」 えっちらおっちら徒歩で移動。もちろん、闇の書の闇に向かって。皆はいいよね。空飛んでビューンって。俺はこの二本の足しかねっての。 シェル? ああシェルね。コイツ駄目だわ。もう呼びかけにも応えてくれない。一応スリープには入ってないみたいだけど、受け答えすら出来ないような状況。あと一回でも魔法を使おうモンなら即行で落ちるよね。「はぁ、はぁッ、ああくそ、逸るなよぉ、殺すなよぉ、ちゃんと、生かしとけよぉ! 俺様何様ディフェクト様がっ、全部解決してやっからなぁ……!」 のたのたぺたぺた一歩一歩足を動かして、目指す先は闇の書の闇。 若干位置がずれて発動するのが腹立たしい。その場で発動してくれたら目の前だったのに……。いや、それじゃ俺が死んでるかもしれないからやっぱグッジョブだわ、闇の書。 ひぃひぃ息を吸い、ぜぇぜぇ息を吐く。シャマルに回復してもらったけど、そりゃ当たり前に全快には程遠い。キツイもんはキツイんじゃ。 ビルが立ち並ぶ市街地。そのど真ん中に闇の書の闇は発動しちゃってるわけだが、大丈夫なんだろうか。管理局とか隠蔽じゃ済まされないところまで来てるんじゃないの? 「まぁ、んなこと言ってたら、アニメに、なんねぇってな。ひぃ、へぇ、ほぉ、ああキツ。ねみぃ。帰ったらめっちゃ寝てやる」 なんとなくで感じる方向は左なので、路地裏へと足を伸ばした。 ちゃんとあってんのかなぁ。これで全然違うほうに行ってたらマジ笑うわ。てか目視できないってのが厳しいよね。どかーんとかずがーんとか聞こえてるし、おぉぉぉおお、っていう闇の書の闇の、なにやら悲しげな声(?)も聞こえてるけど、ビルで反響しまくってどっちから聞こえてるのかも分からん。「俺は勘を信じる男。確信したね。こっちに決まってるぜ。何かをビンビンに感じ取ってるぜ」 歩を進めた。と同時に。「逆だ」「あ?」「そっちじゃない。君、方向音痴か?」「なんだ、起きたの?」「魔力はすっからかんだが、まぁ、君ほど不自由もしてないさ」 クロノだった。頭が痛むのだろうか、こめかみの辺りを二、三度揉んで、「ほら、肩を貸してやる。行くんだろう?」「ありがたや~ありがたや~」 体重のほとんどを預けて、道案内はクロノに。 俺はこういう感じる(?)とかまったく不得意だからな。みんなどうやってるのかすら分からん。特に今はシェルの半スリープ状態と相まって余計に分からん。目の前にいてくれりゃなんとなく分かるんだけど……、うん、向いてないね、こういうの。 ていうかクロノ飛べよ。なんで歩いてるんだよ。ぱぱっと飛んじゃえばすむ話じゃないかよ。「おら、飛べおら」「言ったろ、魔力がカラなんだ」「ああ? あんな馬鹿みたいな嵐おこすから……。危うくこっちも凍るトコだったじゃねぇかよ」「……手が無かったわけじゃないが、アレが一番気分にあってたんだ」「執務官にあるまじき発言だな」「なんとでも言えばいいさ」「……まぁ、嫌いじゃない」「そうか」「そうだ」 少しだけ沈黙が降りてきて、次いで笑いがこみ上げて、二人で声を殺しながら肩を震わせた。 いかんいかん、不謹慎だぞ。ヴォルケン達が命を欠けて戦っているっていうのに、なにを笑ってんだ俺たちは。いやまぁ俺とか はやてとKISSしてたんだけどね。KISS。「まったく、ああまったく……駄目だなぁ、僕たちは」「俺も入れるんじゃねぇよ。駄目なのはお前だけだろ」「君もボロボロじゃないか」「俺のボロボロは頑張ったボロボロなんだよ」「僕のすっからかんも頑張ったすっからかんさ」「いいや、俺のボロボロのほうがお前のすっからかんより、ほら、なんていうか、強いね」「まぁ、君の状態を見れば……、それには納得しておいてやる」「んじゃおんぶしろ、おんぶ。歩くだけで色々と消耗してる気がする」「無理だ」「あ?」「僕が歩けなくなる」「かーッ! しょっぺぇなお前!」「いいから行くぞ。もっと足を動かせ」「動かしてるっつーの。めっちゃ動かしてるっつーの」 ケラケラと笑いながらえっちらおっちら。一歩一歩。ゆっくりゆっくり。 なんとなく、コイツが兄貴になってもいいのかもしんないって思った。俺はシステルさんのこともあるから弟にはなれないけど、フェイトの兄貴は、俺だけじゃなくってもいいのかもしんないね。 ◇◆◇ 閃光が弾ける。渾身の力で振るったレヴァンティンも、それを貫くことは出来なかった。 魔力と物理、複合四層式のバリア。それはあまりにも強固。ヴィータと協力し、一層めと二層めの突破を確認したところで、はやてが広域魔法をぶち込んだ。三層、四層を侵し、崩し、いざ攻撃というところで、その攻撃にまわる人間が居ないのだ。 ちっ。 舌打ちを付いたその瞬間には、複合障壁はもう復活している。 シグナムは地面から生える触手を斬り付け、はやての元へと空を駆けた。 もっと強力な魔法が欲しい。闇の書に還っているときに見た、あの恒星の輝きのような魔法が。「主」「なん、やぁ?」 声をかけると、はやては肩で息をしていた。 それはそうだ。いま目が覚めたばかりの魔導師。こんな戦闘に耐え切れるような身体ではない。 しかし、「アレを、撃つことは出来ませんか」 シグナムの言葉に、優しさは無かった。いや、どこかに存在はしているはずだが、それを見せなかった。 シグナムは勝ちたいのだ。勝って、この戦闘を終わらせて、全員であの家に戻ると決めているのだ。そのための妥協など、存在するはずも無い。シグナムは厳しいのだ。自分にも、他人にも、主にも。「あれ?」 わからない、というように はやては首をかしげた。「エクスターミネーションです」「ああ、あれかぁ……ん~、どやろなぁ、たぶん無理なんやないかなぁ……」「無理? なぜです。あれは……」「ああいや、本家本元エクスターミネーションやったらいけるんやろけどな?」「……資質ですか」 そう、闇の書の主となった はやてには、資質が付いてくる。『広域攻撃』という資質が。 これがもともとはやてにあるものなのか、それとも闇の書に付与されているのモノなのかはシグナムには理解できなかったが、今ここにある現実として、資質『広域攻撃』はある。 そもそも、エクスターミネーションとはどのような魔法なのか。アレを魔法と言っていいのかどうかすら分からないが、とにかくアレは凶悪で、凶暴で、悪食で、目に付くものを全て食らうような、暴食の魔法なのだ。 それが簡単に なのはの、いくらデバイスが改造されたとは言え、一発の砲撃(?)に敗れるようなものなのか。 違う。それはここにいる誰もが理解していた。 広域とは、広げることだ。エクスターミネーションで言えば、爆発という特性をもった魔法を広げる。聞けば強力にもなりそうだが、それは『密度』が違う。『重さ』が違う。『質』が違う。 フォースフィールドで密度を逃がさないようにしたところで、それはディフェクトの放つソレとは違ったものになっているのだ。「……ごめんなぁ」「いえ、主が謝ることではありません。我々が障壁を上回る攻撃を与えれば良いだけのことです」 言うものの、それが厳しいことはシグナム自身が一番よく分かっていた。 単純に障壁を破るだけならできる。シグナムが一つ目を壊し、ヴィータが二つ目を壊し、はやてが大魔法で三つ目を壊し、四つ目を侵す。 だが、次は? 四層目に決定打を与え、その闇の書の闇本体に、再生不可能なほどのダメージを与えるものは? そう、居ないのだ。誰もが本気の攻撃の後にワンテンポの息継ぎを要する。当たり前だ。大魔法を連射できる人間は、もう人間ではない。 一手だ。ただの一手が欲しい。ソレさえあれば、もう一撃の準備ができる。障壁を再生させるまもなく、本体に直接的なダメージを与えられるというのに。 シグナムは歯噛みし、レヴァンティンを握る手のひらにじっとりとした汗を感じた。 化け物然とした防衛プログラムの、その頭部からせり出すように『生え』ている、マネキンのようなヒトガタ。それがおぉ、おぉ、と泣くように悲鳴を上げ続けている。かん高いそれはもの悲しく、思わず攻撃の手を緩めてしまいそうに。「くそっ」 いつもだったら中々言わない言葉。ただ、記憶が戻った今、いやにしっくりとくる。 妙なところで人間らしさを獲得して、シグナムはなんともいえない気分になった。「シグナム?」 はやての、どんぐりのような瞳に見据えられ、何でもありませんと首を振る。「……行きます。主はここから狙ってください。奴の攻撃範囲には入らないように」「うん」 願うのは、相手にスタミナがあること。息切れをおこしてくれれば儲けものだな、などと思ってもないことを口にして、シグナムは再度空を駆けた。 ジリ貧とはこういう事を言うのだろう。「んだりゃぁあああッ!!」 ごちん! 鎚を打ち付け、同時に硝子が砕けたような音。バリアを貫くのは、そう難しくは無い。 問題は、その再生速度である。本体は一切の傷が付いていないくせに、防衛プログラムはバリアをも再生対象にしているのだ。破れど破れどすぐさま直って、崩せど崩せど終わりは見えない。 ヴィータは荒く息をつきながらカートリッジを入れ替えた。相手の魔力に、減衰は一切見られない。時間をかければかけるほど市街地に被害を及ぼし、先ほど三つ目のビルが倒壊した。「シグナムッ!」「なんだ!」 聞こえる返事に、少なくない焦りが混じっていた。「どうにかなんねーのかよ!」「出来ればしているさ!」 その通りだ。出来ればやっている。「ここまで来て、こんな終わり方やだ!」 シグナムが一瞬だけきょとんとした表情になり、次の瞬間には凶暴に笑った。 今までのシグナムを知っているから違和感は拭えないが、しかし似合っている。違和感はあるのに、似合っているのだ。「同感だな!」 ヴィータとシグナム。同時に薬莢が弾けた。 「───翔けよ隼ッ!!」 鞘を剣の柄にくっ付けて、それは弓になる。放たれたのは、矢。 まるで不死鳥が羽ばたくように、それは己を炎で焦がしながら進む。遠くから狙うこの技は、あまり好きではないと零していたシグナムだが、好きも嫌いも言っていられない状況だ。 ヴィータはその矢に負けない速度で防衛プログラムへと駆けた。ぶしゅ! ぶしゅ! 噴出孔が咳き込んで、推進力を生み出す。鎚の先端には鋭いスパイクがせり出し、その姿をただの凶器へと変えた。「ブチ貫けぇええ!!!」 シグナムが放った衝撃が障壁の一つを壊す。 ヴィータの追撃で二つ目。 遠く、はやての魔法が降り注ぎ三つ目、四つ───、あと、一歩なのに───。「───ぐるぅ、ぅおぉぉおおおおぉぉぉぉおおおおおぉぉおおんッ!!!」 咆哮が響いた。 今まで守護獣の名の通り、仲間を守るための戦いを演じてきた獣が、ついに牙をむいた。 よくやったザフィーラ。後で頭を撫でてやる。ヴィータはご主人様らしく、よし! と怒鳴った。 地面から魔力刃が生えてくる。生えるというよりも、それは突き出してくるのだ。もはや街の破壊がどうだのと、そんなことを言っている暇さえなかった。 ザフィーラの魔力刃が、四層目の障壁に届く。きし、と黒板を引っかいたような音が小さく鳴り───、弾けた。「───決めるッ!」 シグナムが駆けて、「アタシが!」 ヴィータが飛んだ。 本体への攻撃。このタイミングを逃してしまうと、次がいつなのか分からない。次など無いのかもしれない。 複合障壁の再生の前に、攻撃。大技は要らない。ギガントシュラークなどは、さすがに時間がかかり過ぎる。その間に障壁再生されるのがオチだ。 ヴィータはシグナムと並びながら、ただただ突っ込んだ。鎚を肩口に構え、ふっ、と短く息を吐き出した。「ブッ潰せぇええええ!!」「燃えろぉおお!!」 ついに、攻撃が届───、◇◆◇ ───かない! 残念残念! まぁそんなときもあるよ。あんまり気を落とすんじゃない。 うん。届かなかったけど、すごいよ。ホントはコレってなのはとフェイトとクロノが居て、やっと倒せるような敵だしね。ていうか何このビオランテ。ほんのり懐かしい香りじゃないか。口から放射能とかだす怪獣が助けに来てくれるんじゃなかろうか。 ついついゴジラのテーマソングを口ずさんでいると、クロノが小さく呟いた。「悔しいな」「そう?」「僕たちにもうちょっと力があれば倒せている」 そういってクロノは防衛プログラムを見上げた。 彼我距離百ってトコだろうか。あいつの図体がでかいからもっと近くにいるように感じるけど、割かし離れてるんだよね。飛び回るヴォルケン達が虫にしか見えない。「アレが防衛プログラムか?」「うん。あれ倒してちょろっとやったら終わりだ」「……どうやって倒す」「そりゃお前……、どうにかするしかねぇだろ」「どうにもならないだろ」「やる前からそういうこと言うなよ。やる気なくなんじゃねぇか」 そこまで言うと、クロノは大きくため息をついた。 はぁ~、って。はぁぁぁああ~、って。なんだコイツ。俺のこと馬鹿にしてんのか? ん? そうなのか?「してる」「心を読むな」「顔に書いてある」「マジかよ。水性?」「油性だな」「バターで落とすしかねぇな」「妙な知識だけはあるな」 一歩、防衛プログラムへと足を進めた。 クロノが猫ちゃんみたいに俺の襟首を掴んでくる。 もう一歩進めた。 ぐい、と今度は引っ張られる。 負けじともう一歩進めようとすると、もう俺の足は動かなかった。 おやおや? 足が動かない? ん?「おかしいな」「おかしくない」「いやおかしい。俺の根性がこの程度で尽きるはずが無い」「まったくおかしくない。限界っていうのは、そういうものを超えるから限界って言うんだ」 ……。そっか。俺、限界か。「じゃあ……仕方ねぇか」「さぁ、どうする。僕が行くか?」「役にたたねぇよ」「君よりもマシだろう」「“マシ”じゃ役に立たないって言ってんの」 クロノに焦ったような様子は無い。それもそうかと頷き納得した。 落ち着いてるな、コイツ。どうにかする算段があるんだろうか? 俺はもう勘を信じるくらいしかないってのに、コイツは秘策でも持ってるっていうのか? そもそも計画つぶれたのコイツのせいなんだよね。クロノが馬鹿みたいに戦闘挑んでこなかったらもうちょっと楽に進めたに違いない。ちくしょうが。馬鹿が。でもやけに漢だったから許す。「……君は、何か策はあるのか?」「勘ならあるけど?」「勘か」「ああ、勘だ」 俺の後ろ。遠く遠く後方にその勘はある。 左と思って右に来たんだから、それは俺の後ろにあるってことで───、「───ッ、ああ、ははっ! なるほどな!」「すげえだろ?」「化け物じみてるよ、その勘」「テレパシーみたいなもんさ。双子テレパシー」 瞬間。「───ザンッバァァァァアアアアアアアアアア!!!」 すっぽんぽんの雷神様が真上を通り過ぎていった。◇◆◇ 目を覚まし、一番初めに見たのはアルフの優しい笑顔だった。 おはよう、と言われて、おはようと返す。頭に乗せられた手の温もりが心地よくて、もう一度意識が沈みそうになり、そこで目の前に差し出された宝石。三角の台座に載せられた、バルディッシュ。 フェイトはそれにもおはようと声をかけた。バルディッシュは返事を返すことは無く、一度だけきらりと輝いた。 また、最後まで役には立たなかったな、と小さくため息。 前回の事件でも、最後は兄が決めた。こんな風に気を失うのはこれで何度目だろうか。兄にばかり重石を載せて、自分でもそれを背負いたいのに、フェイトはいつも気絶ばかり。 自分で自分を殴りつけたいような気分になる。兄の敵討ちさえ失敗して、それでベッドの上でおねんねだ。「駄目だね、私」「ううん、そんなことないよ」 アルフは笑顔を崩すことなく言ったが、それはどうだろうか。心の底では、どう思っているのだろうか。駄目なご主人様だと呆れているのかもしれない。 不意に涙が溢れそうになった。まずいと思って顔を伏せたが、それは簡単に零れ落ちてくる。駄目だ。格好悪い。こんなところ、見られたくないのに。「わた、わたし、ホントだめだ……、みんなの役に、ちっともたってないっ……!」「そんなことないさ。フェイトは頑張ってるよ」「でもっ、でも、わたしも……」 そう。フェイトは役にも立ちたいが、それよりも───、「兄さんの、隣に立ちたいよぉ……」 兄はいつでも先に行く。こちらを伺うように振り向くが、それでも足は止めない。どんどん進むのだ。 いつもどこかぽやっとしているフェイトは、それに必死に追いすがり、繋がりを絶たせまいと手を伸ばすが、それでも先に行っているのだ。早く来いと招いてくれるが、一緒には居てくれないのだ。 逮捕されて、兄との時間はどれだけあったろうか。兄姉なのに、一月も立たずに消えてしまう。裁判が終わり保護観察になって、ようやく会えると思ったら今度は兄が入院してしまう。敵を倒せば頭を撫でてくれるだろうかと期待して、そしてフェイトが意識を失ってしまう。 思えば、フェイトは兄と『一緒』に戦ったことがない。ディフェクトの戦闘を目の前で見たことは、全然ないのだ。 隣にいるのは、いつだってユーノや、フェイトの知らない人達。 焦りのようなものが心を支配した。 役に立っていない。兄はいつか、フェイトを置いてどこかに行ってしまうのではないだろうかという危惧。「こんなの、やだぁ……!」 鼻水をたらしながらフェイトは呟いた。 頭を撫でるアルフの手は、それでも止まることはなくて、フェイトはぽろぽろと涙を流した。 くすり、とアルフが笑ったのが聞こえた。やっぱり馬鹿にされているのかと───、「だったら行こうよ、フェイト」 少しだけ、意味が分からなかった。「……いく、の?」「ああ、ディフェクトをさ、助けてやらなきゃ」「たすける、の?」 フェイトは、終わっているものと思っていたのだ。気を失っている間に、全てが。だって、前回はそうだった。 とくん、と心臓が高鳴った。 どくん、と力強い鼓動を打った。「たすけ、られるの? 私が、兄さんを助けるの?」「そう。フェイトがディフェクトを助けるんだよ。アイツさ、いま困ってるみたい。フェイトが行ってやれば、すごく喜ぶよ」 その言葉は、本物の魔法のようにフェイトの背中を押した。 そして、地球。海鳴。市街地。 医療局員やリンディの反対を振り切って、兄の居るここへ。 結界内には直接転送が出来ず、結界外。化け物との距離は……、どの程度だろうか。正確には分からないが、とにかく遠い。 そして何よりも分からないのが、状況。降り立ったビルの上から戦闘を見ても、状況がつかめることは無かった。ヴォルケンリッターはなんで化け物と戦っているんだろう。なぜ兄は徒歩でそこに向かっているのだろう。 考えて、考えて、「アルフ、兄さんの敵は?」「化け物」「了解」 それだけで十分だった。ヴィータに対して思うところがないとは言わないが、それ以上に、兄の敵を倒すという使命感。それがフェイトに力を与えていた。 この短期間に身体が治るはずもなく、未だにあちこちが痛むが、それすらもフェイトにとっては何でもないように思えた。 フェイトはスタンバイ状態のデバイスを握り締め、「バルディッシュ……」 新しい力。「バルディッシュ、フェイト」 改造したのは、一度だけ会ったセブン・システル。 感謝するのと同時に、何も自分の名前をつけなくてもいいじゃないかと、ほんの少しだけ恥ずかしくなった。 バルディッシュFAtE。それがフェイトの新しい力。 フェイトが求めたものは速度だった。ただただスピードが欲しかった。兄に追いつくためのスピードが。バルディッシュはそれを分かっていて、システルが手を出す前に速度をよこせと言ったらしい。 なんて、なんて良いデバイスだろうか。それは感涙ものだった。母とリニスが作ってくれて、兄の母(?)が手を加えてくれる。 それは、これ以上ないほどにフェイトの手に馴染んだ。 小さく息をつき、セットアップ。 光に包まれてソニックフォームを展開した。いつものように外套をまとっておらず、もともと薄い装甲をさらに薄くした。速度。ただそれだけを求めて。「行こう、バルディッシュ。ストライク・ザンバーフォーム」 アサルトフォームのバルディッシュが、三発のカートリッジを打ち込んだ。ギシリと一度だけゆがみ、その姿を変えていく。 それは、通常のザンバーフォームとは比べ物にならないほどに異質だった。もはや『剣』ではないのだ。正眼に構えるそれは、『槍』。くしくも、なのはの新しい力と同じような、攻撃的なフォルム。 もともと伸びるはずだった魔力刃は五十センチほどに留まり、その代わりにデバイスコアの両サイドから、十字槍のようにフィンブレードが伸びた。 がちゃん! もう一発カートリッジロード。噴出孔から魔力の推進力が生まれる。 そう、噴出孔が付いているのだ。無理やりに取り付けたように無骨で不恰好。だが、速度を求めるフェイトにとっての、一番の味方。 アイドリングするようにバルディッシュが震えて、フェイトはビルの端から一歩足を踏み出した。「行ってくるね、アルフ」「行ってらっしゃい、フェイト」 とたんに始まる自由落下。びゅうびゅうと風の音だけが聞こえて、「いっ───っけぇぇえええ!!」 空間が弾けた。空気の圧力だけでビルの窓を粉々にしながら、フェイトの加速は始まった。 身体がばらばらになってしまうようなGを感じたが、だが、この程度でフェイトの想いが消えるはずがない。ぼろぼろの身体に活を入れ、決してバルディッシュから手を離さないようにと力を込めた。 目標は、化け物。ただその一点。 視線の先で、ヴォルケンリッターたちが攻撃を仕掛けていた。何度も何度も、失敗してももう一度、それがだめでもあと一回。それが無理でも諦めず。 一撃の重さは足りている。ただ、回数が足りていないのだ。フェイトがその一回になれば、勝てる。 もっと速く、もっと速く。ゆっくり歩いている兄は、確実に化け物へと接近している。あの様子だと、どうせまたひどい怪我をしているに違いない。だから速く。もっと速く、兄のもとへ───、「ジャケットパージ! 真ッソニックフォーム!!」 バリアジャケットが弾けて、その下から出てきたのは、もはや水着。ビキニタイプと呼ばれるそれ。 ぐん、とさらに速度は上がり、防御を捨てた代わりとばかりに、高機動加速補助魔法ソニックセイルが展開された。短い羽のようなそれはフェイトの手首から、足首から、そして背中から。背中から三本ずつ伸びるそれは、何をイメージして固定したかなど分かりきったことだった。 バヂヂヂッ! 電気変換資質と空気干渉で、ソニックセイルから異音が上がった。気にしていられるもんかと、バルディッシュに魔力を送り込む。噴出孔から雷が迸り身を焦がすが、それだって関係ない。 フェイトは弾丸なのだ。撃ち出されて、当たるまで止まらない弾丸。当っても止まらない弾丸。鋭く尖って、素早く切り裂き、その名の通り運命を切り開く。「ッんんんぁぁあああああああ!!」 早く。速く。疾く。 すでに景色を、風景をそれだと認識できることが出来ない。風よりも速く飛んでいくそれは意識にとどめておくことが出来ない。 耳に聞こえるのはソニックセイルがあげる異音と噴出孔から弾ける雷だけ。鼻で感じるのはイオン化された酸素の焦げたような臭い。肌で感じるのは殴られたほうがマシだと感じる、暴力的な空気抵抗。舌で感じるのは裂けた口の中から滲み出る鉄の味。 だけれど、その目が捉えるものは、どこまでも兄で、その兄が見ているものは、自分ではなくて、化け物。……化け物! かぁ、と頭に熱が上っていった。フェイトはいつからか、まともな思考を出来ない状態に居る。しかし、いま兄が見ているのもはフェイトではなく化け物なのだ。 許せない。ああ、まったく許せない。なぜこっちを見てくれないの? どうしてかまってくれないの? 化け物なんか放っておいて、私を見てよ。兄さん、兄さん。 頭の隅のほうにある、最終段階。それはまるで、雷の速さで───、「───ッ絶! エクレールドライヴ!!」 いま、たったいまイメージが固まった。 要らない。不要。なぜ人間は服なんかを着るのか。それは邪魔なものではないだろうか? 動くたびに肌に触れるそれ。風を受けるたびになびくそれ。それは抵抗じゃないか。空間という海を進むのに必要なものは、バリアジャケットではなく、それを切り裂く刃だ。 バリアジャケットが弾けた。もともと隠さねばならないところをギリギリでしか守っていなかったそれは、弾けてしまったのだ。 『フォーム』ではない。何もない今、『フォーム』は似つかわしくない。これはドライヴ。だから裸。フェイトがたどり着いた、速度の境地。 ソニックセイルがもう二枚腰から生えてきた。なのはとは対照的に、守りを切り捨てたフェイトは、ただ単純に速度を取った。 F1と戦闘機。どっちが速いかといわれれば、色々と話し合いをした結果として、おそらく戦闘機が勝つだろう。いやいや地面ではF1車両のほうが速いじゃないか、とか。 そういう話をしていたとして、その目の前を、目にも止まらぬ速さで何かが突き抜けていった。 どうするだろうか。そもそも目にも止まらない速さなので、それはおそらくそのまま話が続いてしまうに違いないのだ。 フェイトの速度は、そういう領域にあった。誰にも気づかれることなく終わってしまうような、『速度』という言葉に収めるのすら躊躇してしまうような。 こんっ、と何かを突き貫けてみれば、そこはあまりに優しい世界だった。世界の全てが遅く感じて、しかし自分だけはいつもどおりに動けて。 遅い。何をしている。どこまでも遅い。 これがフェイトのとっておき。「ストライクぅ───」 目にも止まらぬ速さ。目にも映らぬ速さ。誰もフェイトを目で捉えることは出来ない。速度に対する自信。ほんのちょっぴりの、優越感。 なのに、たった今その頭上を通り過ぎた兄と、目が合った。優しく笑顔を作る兄を見て心臓が高鳴り、頬が熱くなった。 なんだか、いつもとは違う気がした。好きだったのに、これ以上はないと思っていた好きだったのに、もっと、もっと、たくさん、これまでよりもずっと好きになった。そんな気がした。 つりあがる口角。フェイトは満面の笑みで、 「───ザンッバァァァァアアアアアアアアアア!!!」 物理と魔法の複合障壁へと接触した。 ぱきん ぽきん ぱきん ぽきん。四層? なにそれ美味しいの? 攻撃の一回になるなど、そんなことがありえる筈がなかった。『速度』という物理的な力で、ザンバーという『魔力』で出来た刃を刺し込む。フェイトがやったことといえばたったのこれだけ。 だが、これが何よりも闇の書殺しの基本だったのだ。「ブリッツッ、ストレイトォォォオオオオオオ!!!」 突き抜けた。本体を二つに切り裂いて、フェイトはそのまま突き抜ける。また何かに激突して終わりかと思われたが、しかしソニックセイルが起動補助の為に横へと広がり、フェイトは空気抵抗と魔力抵抗で真上へとすっ飛んでいった。 全てが一瞬の出来事だった。 フェイト以外には、何かが飛来して来て、何かが飛翔して行ったとしか思えなかったのではなかろうか。音が後からついてきて、上空へと伸びる金色の魔力光。最後の最後で、上空に雷が走った。 ああ、今度こそ、役に立てたのだ。 フェイトは空へと昇りながらそう思った。何も自分から昇っているわけではなく、速度が殺しきずに、勝手にこうなっているのだ。そのうち落下を始めるだろう。「……ふふっ」 とてもあほの子とは思えない、あまりに美しい笑みだった。