耳元で大声を上げられたことを怒り、そしてすぐに公の事を心配しだした詩織
―そりゃ、どう思っているかは分からないが、仮にも幼馴染が自分の通う高校の名を聞いて大声を上げるようなことをすれば心配もしたくなるだろう
―を納得させ学校に送り出した後、公は現状の確認を行おうとしていた。
とりあえず、手元にある新聞の日付を見ると
―――1995年(平成7年) 4月4日(火曜日)公は空を仰いだ。
空は、どこまでも快晴だった。
公の大声に対して近所のおっさんが怒鳴っていた。
あの素晴らしい日々をもう一度
第二幕 入学式は危険が一杯
とりあえず、母親に確認してみる。
「母さん、俺って大学生だよね?」
「………顔、洗ってらっしゃい」
肯定も否定もされなかったが、なんとゆ~か、相手にされていない感じがする。というか事実、されていない。
なのでもう一度聞いてみる。
「母さん、俺って大学生だよね?」
「………そうね、そうかもしれないわね」
肯定されたが、なんだか釈然としないものを感じる。母はというと、たまに早起きしたかと思うと…なんてブツブツ呟いている。
なので三度聞いてみる。
「母さん、俺って大学生だよね?」
「………公。あんたは今日から補欠で入学したきらめき高校に通うのよ? 詩織ちゃんと一緒にね。よかったわね~?」
なんてとってもイイ笑顔で返された。もうお前に後はないって感じのイイ感じな笑顔だ。
なので四度聞いて、自分の命を危険に晒す気にはなれなかった。質問を変えてみる。
「俺ってば、きらめき高校はもう卒業したと思ったんだけどさ?」
質問を変えた意味はなかったようだ。公は今、生命の危険に晒されていた。
せっかくだから公は
赤の扉部屋から起き出てきた父親にも聞いてみる。
「父さん、俺って今日から高校生?」
「………何故疑問形なのかとか、その腫れた顔はなんなんだとか、朝はまずおはようだとか、突っ込み所は沢山あるが、とりあえずお前は今日から高校生だ。私の記憶が確かならば。おはよう、公」
「うん、おはよう。父さん」
そして、おやすみ…と続けたい気分で一杯一杯だったが、とりあえず公は次の確認をすることにした。
カレンダー、時計、TV、電話を使用した確認、その他自分の部屋の荷物やらアルバム
―高校を卒業するまでに誰が撮ったか知らないが、凄い量の写真がアルバムに収められていたのだ
―とか、そして自分しか知らないハズのマル秘アイテム
―実は母親にはバレているのだが
―を確認してみて、確かに今日が『きらめき高校』の『入学式』であり、自分が『それ』に参加する立場に『設定』されていることを理解した。
ぶっちゃけ、全てが自分のきら高入学式のあの日を指しており、公がきら高を卒業するまでに積み上げてきた一切がなかった事になっていたのだ。そりゃ牛乳が届かないのも当然だ。
考えるべき事は山のよう
―にあるように思えて実は一点のみなのだが
―にあったが、ともかく後回しにして移動することにした。
入学式に間に合わなくなるのだ。
実に通いなれた通学路を走りながら
―ペヤング家捜しに時間をかけ過ぎてしまい、望まぬ早起きをした分も帳消しされ、今は走ればなんとか間に合うって時間になっている
―公は思う。
(ホントは全てを無視して大学に向かうって手もあるんだけど…)
思うだけで公にはそのつもりはカケラもないのだが。
クラス分けの掲示板を眺め、公は何色とも形容しがたい溜息を漏らす。それから苦笑する。
(全く、あの日と同じでやんの)
1年A組。
一番前に
―伊集院 レイ
ついでに
―早乙女 好雄
当然ながら
―主人 公
そして
―藤崎 詩織
一旦教室に鞄を置いた後、体育館に集合し、現在入学式の最中である。
式自体は単調で退屈で…どこの入学式でも同じようなものだろう。しかし、だからこそ公はその式を気にするのだった。
「以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせて頂きます」
詩織
―自分たち新入生の代表
―の声を遠くに聞きながら公は思考に没頭していた。
(同じだ。全く同じだ。校長の挨拶も、生徒会長の挨拶も、…詩織の挨拶も。そりゃ俺だって一字一句覚えてるわけじゃないし、『前回』って言うのか? 3年前? の時に真面目に聞いていたわけではないけど…。それでも同じだと思う)
あえて違いを探すのであれば、『前回』はこの場面で初めて詩織が新入生代表であることを知り、公が驚いていたという点と、『今回』詩織が心配そう
―不安そう? 詩織に限ってありえないだろう
―に公の方を見ていたことぐらいか。
後者に関しては、今朝の出来事を心配した詩織がこちらに視線を投げたのか、それとも『前回』は気づかなかっただけなのかははっきりしないが。
(一体、この状況はなんなんだ? 流されるままに今ここにいるんだが…)
公は朝から合間を見て、二流大学に入学できた
―なかった事になっているが
―頭脳を回転させ、現状を解析していた。普通なら『合間を見て』ではなく、何を差し置いても行うべきことだろうが、その点、公は大物なのか、大馬鹿者なのか…。
ともかく、公が導き出した、可能性という名の選択肢(?)はそう多くない。
1.実は夢である
2.実は公はタイムスリップしている
3.実はみんなで公のことを担いでいる
4.実は公の記憶がおかしくなっている
5.実は公は植物人間となっており、目の前にはドラ○もんの人形が…
6.実は公は植物人間となっており、目の前にはウラワザ○もんの人形が…
(いや、ホントは担当の先生がウラワザ○もんなんだケド)5.と6.は1.に含まれるとして、実際には1.~4.の4択なのだが、それぞれに説明し得ない点がある。
1.については、朝、母親に撫でられた
―母の辞書にはアレを撫でると書かれてるらしい
―顔の痛みが矛盾を生じさせている
―不思議な事に今では腫れも引いているのだが
―。あの痛みは夢なんかぢゃなかったですよええほんとに。
2.については、公がタイムスリップしたとすれば、体はそのままのはずだ。補欠とは言え、バスケで鍛えられた体と今の貧弱な坊やと罵られそうな体とでは天と地ほどの違いがある。
3.についてだが、これが一番否定できないのが性質が悪い。公や詩織
―朝見た詩織は公の記憶の中の彼女よりも幼かった…と言うと語弊があるが、『若かった』でも語弊があろう
―の見た目が昔のものに戻っているのは一見説明不可能なように感じるが、公の知り合いにマッドなサイエンティストがおり、彼女ならその程度のことは簡単に為し得そうな気がする。ってゆ~か、する。
公以外の人間の記憶についても同様だ。そもそも、その人物が演技している可能性も否定できないのだし。
朝確認した電話やTV、自分の部屋についても、どこぞの財閥の御曹司
―女性の場合でも御曹司と呼ぶのだろうか
―の財力と政治力を持ってすれば容易な事だろう。
よって、現状ではこれが一番可能性が高い候補としておく。ただ、動機というか、このような茶番を行う理由が欠如している点が残るのだが。
では最後に4.についてだが、これは全て公の記憶違いであり、きら高入学以降の記憶は全て公の妄想である、と言うことだ。しかし、その割には今現在展開されている現実(?)と一致する点が多いので単純な既視感
―一般にデジャビュと呼ばれる事の方が多い
―とも言い難い。
仮に妄想だったとしても、それが未来を忠実に再現した妄想であればそれは妄想を超えたもの
―未来予測とか未来予知か
―になるだろう。何にせよオカルトチックだが。
現時点では未来の再現性
―マッドなサイエンティストに改造されそうな造語だ
―が不十分なのであまりはっきりしたことは言えない。
ともかく、現状で一番可能性が高い3.の状況に陥っている
―陥れられている
―として、どうすれば現状を打破できるかを考察してみる。
この状況が作られたものだとすれば、全てがその設定者
―仮にY.H.とする
―の可能な限りに過去を再現していると考えられる。しかし、この『可能な限り』というのが勝利の鍵だ。
逆にY.H.に不可能な事というのはY.H.が知りえないこと、協力者の存在も否定できないので突き詰めれば公しか知りえない事は再現できないであろう。
また人道的な観点から再現不可能な事、例えば人の生き死にやらに関わるようなことは行わないであろう。Y.H.の良心に賭ける事になるが
―そしてその分はあまりよくないが
―。
例えば、人を危険な目に遭わせる様な事故…と考えて、公は
「あ゛っ!?」と声を上げてしまった。体育館中に響く程の大声を。
公は思い出したのだ。確か『前回』の入学式で事件が起きたことを。
あれは詩織の挨拶が終了したくらいのことだっただろうか。次のプログラムに移ろうとしていたところに、天井に固定されているはずの照明が落ちてきたのだ。
幸いにも落下地点の付近には人は居らず
―舞台の上なので発表者がいなければ誰もいないのだ
―、そのおかげで式も早く終了して公としては万々歳だったのだが…
(あれがもう少し早く落ちるか、挨拶がもう少し長かったら詩織が危なかったよな~)
詩織の挨拶の終了のセリフがついさっきだったので、そろそろなのかと思い、おかしな声を上げた自分に集まる視線を感じながら舞台上を見ると…
―そこには
―彼女が
―いた
公の上げた声が聞こえたのだろう。そして、その声の主まで彼女には分かったのだろう。舞台の上から彼女が心配そうに自分を見ているのが見える。そこから動く様子はない。
―そこは公が記憶している、照明の落下位置だった
そこまで認識して、公は、自分の血が逆流するような感触を感じた。
「詩織ッ! そこから逃げるんだぁッッ!!!」彼女のことを名前で呼んでしまったことを意識つつ、そんな些細なことを修正する気にもなれずに公は思いっきり叫んだ。と同時に列から飛び出した。
《 KOH 》
―時間の流れがゆっくりに感じる
詩織は驚いているだけで、その場から一歩も動かない。当然だ。いきなり逃げろと言われて逃げれる人間なんてそうはいない。いや、好雄なら可能か…なんて雑念が浮かんでくる余裕があるくらい時間がゆっくりだ。
―周りの連中は驚いている
そりゃそうだ。俺だって突然こんな行動をするやつがいたら驚いて見てるさ。見てるしか出来ないってのが正しいんだけどな。
―体が思ったように動かない
所詮、この体は特に運動もしていないような脆弱な体だ。俺の記憶しているバスケに最適化された体には遠く及ばない。
―何も起こらないんじゃないか?
紐…、じゃなくてY.H.も流石にそんなに危険な出来事まで再現しないだろう。下手すれば死人が出るしな。
―なんて考えは
―グラグラ揺れる
―彼女の頭上の照明を見て
――消し飛んだ一跳躍で舞台の上に飛び上がる。今の俺の体でもこの要求には答えてくれたようだ。多謝。
全く呆気にとられている詩織の顔が迫ってくる。いや、迫っているのは俺か。呆気にとられている詩織の表情なんて幼馴染の俺でも滅多に拝めるものではない。貴重だ。
―視界の隅で照明が落下を始めるのを感じた
俺は無意識のうちに叫んでいた。叫んだことにすら気付かないまま、跳んでいた。
「詩織いいいいいぃぃぃぃぃィッ!」詩織に向かっての横っ飛び。
―間に合ってくれ
何故か、今朝見た彼女の優しい微笑みが見えたような気がした。
「きゃ、キャァァァァッ!」名も知らない女生徒の悲鳴と、照明の破砕音、それはどっちが先だったろうか。