(まさかホンキだったとは……)
公は詩織と一緒に登校しているという現実を受け入れられず、そんなことを考える。少し前までなら泣いて喜ぶ状況だったろうに。
「どうしたの、公? やっぱり調子が悪いの?」
「いや……。大丈夫だ」
心配げに聞いてくる詩織に対して、あえて言葉少なげに答える。
あまりおかしな態度をとってしまうと昨日の『約束』を持ち出して公に肩を貸そうとしてくるのだ、このお嬢さんは。家を出るときになんとかこっちの意地を通して説得したが、彼女が納得していないのはその表情からも明らかだ。現に今の台詞もそれを伺ってのことだろう。
「ったく、進学校だからって入学式の次の日から6時間授業ってのはど~なんだろうな……。ところで今日の一時間目ってHRだったよな?」
「えぇ。確か、委員とかを決めるって先生が言ってたわよ?」
公とて昨日、担任とマンツーマンで聞いていたので忘れているハズもない。とりあえず話のタネというか、話を逸らす為のものだ。
「そか。詩織は学級委員とかに選ばれるだろ~から大変だよな~。ふわぁぁっと」
なんて、欠伸交じりに他人事のように言ってみる。実際、他人事なのだが。
(とりあえず、一時間目は眠れそうだな……)
流石に授業で寝るつもりはないが
―今のところ、という注釈がつくが
―HR程度だったら大丈夫だろう、自分に責任のある役を振ってくるやつもいないだろうし……という計算の元に立てられた綿密な(?)計画だ。
しかし、その穴だらけの計画は現実の前に脆くも崩れ去るのだった……。様々な意味で。
あの素晴らしい日々をもう一度
第七幕 自己紹介をしよう!?
「はよ~っす」
公が軽く挨拶しながら教室に入ると、それまでざわめいていた室内が途端に静かになる。不思議に思って回りを見渡すと、クラスメートの視線が自分に集まっていることに気付く。
(まるで、昨日の放課後のような……?)
その視線の種類に思い当たるものはあるものの、その原因が分からない為に隣の詩織を救いを求めるように見ると……なんか含み笑いしている?
詩織のそんな表情を見た公は追求を諦め、気にしないことにする。この状態の詩織に尋ねてもロクな返事が返ってこないことは過去の経験からわかっているので。
数瞬後、再び喧騒を取り戻した教室でレイ
―正確にはレイとその取り巻きの女子達
―を見かけたので声をかけることにする。
「よう、伊集院。おはようさん」
「おはよう、伊集院君」
続いて詩織も挨拶してくれたことに、公は安堵した。昨日の『お願い』は有効なようだ。もっとも、逆に声をかけられた方は多少表情が引きつっているような気がするが。それでも伊集院家の誇りによるものか、平静を装って挨拶を返してくる。
「おはよう、藤崎さん、庶民」
名前の順番はレイの敬愛の証か、はたまた畏怖の念を覚えた順か。と、表情を改めて公に話しかけてくる。
「……ところで庶民」
「ん~?」
突然真面目な話をする空気が流れ、詩織やレイの取り巻き達は困惑している。対照的に公は気負った風もなく返事を返している。
「後ほど、昨日の件で話がしたい。時間をとってもらえるだろうか?」
「あぁ、例の件ね。……そだな、昼休みでいいか?」
「かまわないよ。まぁ、ホントだったら僕の貴重な時間を割いてもらえることを泣いて感謝してもらいたいところだがね。ハッハッハッハ」
話がまとまった途端に尊大な口調に戻るレイに少し閉口しながら、用件は済んだので
―元々、挨拶だけのつもりだったのだ
―公は席に向かうことにする。レイの取り巻きが『告白』とか『宣戦布告』とか、不穏当な単語を口にしているが……。
「じゃな、詩織」
「うん」
公と詩織の席は同じ列であるが、最前列と最後列の一つ前に分かれてしまっている為に距離的には結構遠い。なんとなく軽い別れの挨拶を交わしつつ、席に座る。
隣の席を見ると、好雄はまだ来ていないようだ。彼は『昔』っからギリギリに来ていたので特に気にしないことにする。気にしても無駄だし、その義理もない。実は今日は早く来ることになったとは言え、平時は公も似たようなものなのだが。
(まぁ、詩織と一緒に登校したのを見られるとうるさいしな……。あ、10分は寝れるな……)
家では二度寝などしないが、学校では例え5分でも寝る男、主人 公。彼は好雄のことなど忘れ、早速机に突っ伏すのだった。
「起きなさい、公。私のかわいい公や……」
ユッサユッサと体を揺すられる感覚。誰かが公を起こしているようである。
(……ん?)
「今日はとても大切な日。公が初めてお城に行く日だったでしょ」
ユッサユッサ
(……誰だ?)
「この日のためにおまえを勇敢な男の子に育てたつもりです。さあ、ついていらっしゃい」
「って、誰が覆面パンツの息子かぁ~っっっ!!?」(1995年現在、SFC版はまだ出てません)公の中に眠れるエンターテイナーとしての性だろうか、ツッコミしつつ飛び起きる。と、公の視線の先には予想し得た顔がある。
「公。俺ぁお前がノリのいい男で嬉しいよっ!」
ビシッ! ってな感じでサムズアップしている好雄。白い歯を見せたとってもイイ笑顔だ。
「俺もさ、好雄っ!」
負けじと公もビシッ! っと親指を立て返す。こちらも清々しいくらいイイ笑顔だ。お互い、歯が光らないのが残念なくらいの。余談だが、このやり取りを見ていた公の後ろの席の女生徒は「三年…。いえ、十数年来の親友に見えました」と後に語ったとか語ってないとか。
とまれ、公が好雄との友情の確認を終え、教室を見回すと朝とは別な意味で視線を集めていた。教室を見渡し……
詩織を見ると、「しょうがないわね」なんて言いたそうな苦笑めいた笑顔を浮かべ……
レイを見ると、「これだから庶民は」なんて言いたそうな心底呆れた表情を浮かべ……
教卓の方を見ると、いつの間にか来ていた担任がちょっとコメカミに青筋を立てて……
「主人、俺はお前が
覆面パンツの息子でも差別はしないつもりだぞ?」
なんて血の涙が流れそうな優しい言葉を、生暖かい笑みと共にかけられた。
額が赤くなった顔を薄ボンヤリと教師に向ける公。いつの間にか授業が始まっていたようである。
教室中を巻き込んだ笑いの波が収まると、ようやくといった感じで教師は授業を進める。といってもHRなのだが。
「え~、これからこの一年での各種委員を決めてもらうことになるんだが……」
そこでチラリと公の方に視線を投げる。
「昨日の自己紹介で一人だけまだの奴がいるんだよな。というわけで、主人、前に出て自己紹介しろ」
「げっ……俺? しかも前ぇ?」
さっきのやり取りの罰か、それとも元々予定に組み込まれていたのか不明だが自己紹介を命じられる公。一人だけなんていい晒し者である。しかも何故か前に出て。『前回』の記憶によると昨日の自己紹介は自分の席でよかったはずだが。
かといってついさっきまで寝ていた弱みもあり文句を言えるわけでもなく、それに何故かクラス中が視線が朝のそれと同じ色になっているのを感じた。クラス中が自分の自己紹介に期待してる、公はそんなプレッシャーを一身に受けていた。
見えない力に強制されるように教壇に向かう公。どこからともなくドナドナの曲が聞こえてきそうだ。
(まぁ、過去に一度したことだしな……)
他人が聞いたら負け惜しみにしか聞こえないような想いを胸に抱きつつ。
クラスメートを一望できる場所に立ち、一度目を閉じ
―覚悟を決めているのだろう
―、再び目を開くと自己紹介を始める。
「はじめまして。きら中から来ました、
主人 公です。特技は牛乳の一気飲みとバスケが多少ってトコです。以上、これからよろしくお願いします」
息継ぎなしに最後まで一気にしゃべって軽く頭を下げる。
(早ッ!!)
クラス中が一致した感想を持ったかどうか定かではないが、なんにせよ期待を裏切られた、物足りていないといったような不満気な空気が満ちる。
と、そこに我らがヒーロー
―公から見ると諸悪の根源なのだろうが
―早乙女 好雄がここぞとばかりに質問を投げかける。
「しっつも~ん! 藤崎さんとはどういう関係なんですか~?」
公は発言の主に鋭い視線を向けると、同様に好雄も皮肉気な笑いを浮かべながら公を見ていた。自然と視線が交差する。
(好雄ッ! なんでわざわざそ~ゆ~事を聞くっ!?)
(昨日、お前が嘘吐くからだろうが)
(ちっ! 知ってたのか……。謀ったな、好雄ッ!!)
(君の父上がいけないのだよ)
実際、いくら悪友とは言え、そこまでアイコンタクト出来たかは不明だが。
とまれ、視線で人を殺せそうな程
―多少の誇張を含む
―好雄を睨みつけた後、深い溜息を吐いて
―そろそろ溜息も吐き飽きた感もあるが
―とりあえず質問に答えることにする。変に律儀だ。
「え~っと、俺と詩織は隣に住んでる幼馴染同士で……」
公がそこまで言ったところで、これまで妙に静寂を保っていた教室内が爆発
―少なくとも公にはそう思えた
―した。
「詩織だって~っ!呼び捨てよ、呼び捨てっっっ!!」「やっぱし、アイツが藤崎の騎士ってのはマジだったんだなッ!」「え~、私は白馬の王子様って聞いたわよ?」「いやいや、お隣を400年守ってる忍者だって話が……」「そいや、今朝一緒に来てたよな?」「伝説の勇者の血を引く子孫に決まってるわ!」「どうも、親同士が決めた許婚らしいぜ?」「あの方は前世で私と一緒に世界を救った7人の英雄の一人ですわ~」「覆面パンツの息子らしいけどな」皆、口々に好き勝手言っている。稀に公の耳に入ってくる単語から類推するに、どうやら彼自身のことを話しているらしいが……。
一人状況についていけない公は誰かに事情を説明して欲しくて
―そして居たたまれなくなって
―、一番手近な人物に声をかけた。
「どういうこと……なんだ? これは……」
「昨日話した通りだ。昨日の大活躍によって君は一躍有名人になって、褒め称えられているってことだ。もっとも、多少噂に尾鰭が付いて話が大きくなっているものもあるし、それでも僕には敵わないがね。ところで何故僕に聞く、庶民?」
とりあえず、目の前に居たレイ
―彼女は昔っから席替えを行っても一番前の席から動くことはなかった。伊集院家の特権という奴なのだろうか?
―に質問すると、意外にあっさり答えてくれた。まぁ多少の文句と自慢はもれなく付いてきたが。
公以外は当然のように気付いていたことだが、昨日からの視線もこれに由来するものらしい。説明されてようやく気付く辺り、他人からの好意
―それ以外も含まれるが
―に無頓着なのは相変わらずのようだ。
「アレって、冗談じゃ……なかったのか……?」
「僕の言うことを信じていなかったのかね? 失敬な男だ」
張本人である公を無視して盛り上がっている級友達を見渡しつつ、呆然と呟く公。見渡すと言っても焦点はどこにも合っていないが。相変わらずレイが文句を付けているが、彼の耳には届いていない。
もう一人の当事者?になる詩織に目を向けてみると、何故か公より先に周りの連中から質問攻めに遭っているようだ。その様子に同情の念が沸くが、こちらに矛先が向く前に離脱すべきだろう。といっても教室を出るわけにもいかない。
とりあえず
―人はそれを現実逃避と呼ぶ
―好雄を殴り倒すことに決めた。決めたったら決めた。奴が原因ではないがきっかけではあるし、なによりこの理不尽な気持ちをぶつけ易い。
「好雄っっっ!」
「よぉ、公」
騒いでる連中の目を逃れるように教壇を降り、教室の後ろの方の席にいる好雄に詰め寄ったが、敵はまったく動じていなかった。
「お前っ! どういうつもりだよッ!?」
さっき目で会話してた内容を今度は口に出して言ってみる。
「どうもこうも、俺は疑問に思ったことを聞いてみただけだぜ? 昨日の話じゃ、お前さんは藤崎さんの事知らないみたいだったからな~」
「てめ、分かっててやりやがったな……」
「ふん、知り合って初日から嘘を吐かれた哀れな青年のささやかな復讐さ」
「くっ……」
嘘を吐いたのは事実なので強く出れない公。好雄はこれを好機と見て、さらに突っ込んでくる。
「公。お前、藤崎さんと幼馴染なんだって? 羨ましいよなぁ~。幼馴染ってアレだろ? 毎朝、起こしに来てくれたり、お弁当作ってきてくれたりするんだよな?」
好雄君、キミ、なんかの読みすぎ。だが、そんな好雄の軽口に慌てる事もなく、公は逆襲する。これも全てを知る者の余裕か。
「へ~。好雄の幼馴染ってのはそんなことをしてくれるのか……」
「んなっ!」
ニヤリと笑う公に対して、まさか自分にも幼馴染がいる事を知られていると思っていなかった好雄は不意をつかれて冷静さを失う。
「ち、違うぞっ! 俺と夕子はそんな関係じゃなくて……っ! てゆ~か、むしろ俺が起こしに行かないと……って何言ってんだ、俺はっ!」
黙っていればいいものを、下手に口を滑らすから
―だからこその好雄なのだが
―深みにはまる。その様子を見て、調子に乗った公はかくして彼と同じ失敗を犯すのだった。所詮、コイツら同じ穴のムジナだ。
「はっは。誰も朝日奈さんの事だなんて言ってやしないさ」
「はっ、嵌めやがったな、公っっ! ……って、俺、夕子の苗字なんて言ってないよな?」
あ、ヤバい。なんて思った時にはもう手遅れ。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
「公、お前、なんで夕子のこと知ってるんだよ? もしかしてお前も愛の伝道師を目指してるとか?」
「ふっ、何、庶民の事ならなんでも知ってるというだけさ」
なんとなくどこぞの御曹司の真似をして誤魔化そうとするが、当然好雄はそんなことで納得するわけもないだろう。
続けて、弁解の言葉を重ねようとする公の肩に誰かの手が置かれた。
「はっ?」
咄嗟に後ろを振り向くと、そこには愛すべきクラスメート達が集団でこちらを見ていた。一様に気味の悪い笑みを貼り付けながら。遠くに疲れきってヘタってる詩織が見える。南無。
とりあえず、好雄の事は有耶無耶にできるな~なんて楽観的に考えてる
―これもまた、現実逃避だ
―公に、代表で公の肩を掴んでる女生徒が話しかけてくる。
「それじゃ、今度は主人くんの口から藤崎さんとの関係を話してもらいましょうか? じっくり、たっぷりとね」
それを話そうとしたら君らが勝手に騒ぎ出したんじゃん、なんて公が主張しても一瞬で却下されそうな雰囲気だった。
とにかく分かっていることは、公の受難はまだまだ終わらないということだ。