ホームルームという名の主人 公に対する拷問はまだ続いていた。
あの素晴らしい日々をもう一度
第八幕 選ばれし者
「大丈夫か、公? 人気者はツラいな……」
「あ゛~」
好雄の心配半分、冷やかし半分といった感じの労いに対して呻き声で返事をする公。心身共に消耗し尽くしたといった風情で机に突っ伏している。
結局、公がクラスメート達に詩織との関係を説明し終わるのに1時限目の半分を費やした。彼の「ただの幼馴染」という説明を聞いても「今は、だろ?」とか「またまた~」、「そういうことにしといてやろう」果ては「詩織が可哀想……」なんて反応しか返って来ず、納得させるにはそれだけの時間を要したのだ。しかも多分納得してないだろう。
公がそうやって必死に説明している最中、「ただの幼馴染」と連呼する度に詩織の機嫌が見る見る悪くなっていくことに気付いた。多分、自分と幼馴染だという事を知られるのが嫌だったからだろうと思い、後で謝っておかねば……なんて考えていた公だった。その予想、行動が正しいかはともかく。
「じゃあ、残り時間も少なくなってきたことだし、手早く各委員を決めてしまうか」
公が質問責めにあっている間、教室の隅に座って「青春だね~」なんて呟くだけで助けてくれようともしなかった担任が
―その時の胸の内に芽生えた感情を振り返り、「これが殺意ってヤツか……」なんて公が呟いた一幕もあったりしつつ
―仕切り直しする。ようやく通常の流れに戻るようだ。
とりあえず、黒板に役職と人数を書き出している。それを見るに、まず学級委員を決めてしまい、以後の運営は彼らに任せてしまおうという腹積もりらしい。素晴らしい怠慢教師だ。
「学級委員、男女各一名ずつなんだが、誰か立候補はないか? ……ないようなら推薦でもかまわんが」
「藤崎さんがいいと思います」
間髪入れずに公がよく知る少女を推薦する声が上がる。
(あれは確か詩織の中学の時のクラスメートだな……)
公は机に倒れたまま睡眠モードに移行しつつ
―ついさっき、寝てたせいで吊るし上げを喰らった事はきれいに忘れたようだ
―思う。声だけで判別出来るなんて流石だ。
「ん。藤崎、どうだ?」
「推薦されたのでしたら、期待に答えたいと思います」
(まぁ、予定調和か)
あの怠慢担任も『藤崎 詩織』が中学から優秀な生徒であり、こういった役もそつなくこなすことは知っているのだろう。ついでに生徒諸君にもそういった情報は伝わっているようで、特に反論も上がらない。そもそも学生にとっては学級委員なんて雑事は他人に押し付けるに限る、といった考えが主流であるものだ。内申点なんて一年生から考慮してるヤツもいない。
ただ、詩織の受け答えの仕方、あれってある意味優等生っぽいながら角が立たないか? 詩織だから大丈夫なのか? などと思考が他所に飛びかけてる公は夢の世界に程なく近い。
「じゃ、女子は藤崎に決定だ。藤崎、後頼む」
「はい」
(せめて男子の学級委員まで決めてから代われよ……。詩織も承諾するかぁ?)
「では、引き続いて男子の学級委員を決めたいと思います。立候補、ないしは推薦はありませんか?」
公の心のツッコミに気付くはずもなく、前に出て司会進行を引き継いだ詩織。担任と同じことをしているはずなのに教室の雰囲気が引き締まった感じがするのは……詩織が、というより担任のヤル気がなかった為か。
「お前やれよ」「推薦してやろうか?」等と男子どもが騒ぎ出す。しかし誰も立候補も推薦もしないのは前者は前述のように厄介事を引き受けたくない為で、後者は推薦した相手から推薦され返すという報復を恐れた為である。平穏な日常を生きる為の高校生の処世術と言えよう。
平穏な日常を望んでおらず、またクラス一番の賑やかしである好雄
―高校生活開始二日目にして自他共に認めるところだろう
―は相方が寝に入っているので一緒の騒げず沈黙を保っている。彼が学級委員というキャラではないのも既に周知されているようだ。
平穏な日常なんて単語が吹いて飛ぶような人生を歩んでいるレイはこういった時に一番に名乗りを上げそうなものであるが、何故かこれまた沈黙を保っている。
平穏な日常を望んでいる我らが主人 公はそんな喧騒の中、我関せずとばかりに可及的速やかに夢の世界へ旅立ちかけていた。あと一歩、だったのに……
「は~い、はいはい。主人君を推薦しま~っす!」
そんな発言を聞いて眠りにつけるほど図太い神経をしていなかったし、学園生活を投げてもいなかったようだ。
どうやら、その爆弾発言
―あくまで公の主観だが
―の主はどうやら女子のようだ。公の記憶力がもう少しよければ「詩織が可哀想……」と勘違いしていた
―これまた公の主観だが
―娘だと気付いただろう。
「あんでさ?」先ほどの推薦から静まり返っていた室内に、飛び起きた公の訛った
―訛りか?
―台詞が響く。反射的に上げた声だったが、結構切実で的確だ。
ここで適当な
―「いい加減な」ではなく「この場に相応しい」という意味での
―推薦の理由を上げられなければ自然とこの推薦は却下されるはずである。そういう意味で的確な問いだったのだが……。
「主人君なら責任感を持って役目を果たしてくれそうです。それに多分クラスの全員が信頼を置けると思います。なにより……」
「なにより?」
(あぁ、相手の語尾を継いで聞き返すなんて話に飲まれてるな……)
そんな公の思いを他所に回りだした歯車は止まらない。
「藤崎さんを絶対っっっ! 助けてくれます!」
(断言かよ!)
あまり他人から褒められる機会に恵まれなかった公だけに嬉しいことには変わりないのだが、この場面でだけは避けたかっただろう。
「そうだよな、責任感あるよな。うん」
「身を挺して他人を助ける人だもの。私も信頼できるわ」
「なによりもう一人の学級委員が藤崎なんだから全然問題ないよな」
「詩織も嬉しそうだし……」「「「「異議なしッ!」」」」あれよあれよと言う間に公を除いたクラスの総意は固まったようだ。
もっとも意見の一致の裏に、発言された内容以外の不純な動機
―面白そう、とか押し付けちまえ、とか
―が含まれるのは止むを得ないことなのだろうが……。
「ちょっと待てェェェェェい!」そんな級友達に公が物申すのは当然だろう。
とは言っても、一応理由を述べられてしまった上、それにクラスの大半が賛成の意を表明している以上、それ以外の点から攻めるべきであろう。『彼ら』の説得には1時限の半分の時間を費やしても無理だというのはつい先ほどいやと言うほど思い知らされたばかりの公君である。
「あ~、え~っと……そう、伊集院だよっ! こういう面倒な事……もといッ! こういう
責任の問われるような仕事は頼まれなくてもアイツがやってくれるんじゃないのかっ!?」
昨日の友達発言もなんとやら、自分の安全の為なら宿敵と書いて『とも』でも売り払うぜ! という勢いで伊集院を推薦? する。何気に貶めている気がするが……。
そんな人情紙風船な公の態度を不審とも思わず、レイが答えてくる。その内容は公が望んだものと正反対だったが。
「庶民。この僕、伊集院 レイを推薦してくれるのは有難いのだが、残念ながら無理なのだよ……」
「な、何故にっ!?」
「君に説明する義理はない。……と言いたいところだが、それではクラスの女性陣も納得しないだろうしな。しょうがない、説明してやろう」
相も変わらず公の神経を逆撫でしてくれるレイ。だったら最初っから説明しとけ! と言いたいのは山々だが、説明を聞かなくてはならないので黙っていることにする。人、それを負け犬と言う。
「君も知っての通り、僕は伊集院家の跡取りとしてこの学校の理事長の代理のようなことをせねばならないときがある」
「あぁ、そうだったな」
昨日、理事長の代理として公と詩織に会いに来たのだし、実際、公の知っている『過去』では学校で何か催し物をする度にレイが出張っていた。
「だから僕はクラスの委員として一クラスのみの利益の追求を行う立場にはいられないのだよ。許して欲しい」
「りえきのついきゅ~って……」
そんな大層なものではないだろう……、そうは思わないではなかったが、それは別としてそういうある意味『役職』のようなものがあるのに学級委員を押し付けるのも忍びない。現実問題、手が回らないだろう。それに何故か先手を打って謝られてしまったし。
それにクラス内の雰囲気があまりレイに任せるのを良しとしていないような節があるのに公は気付いた。残念ながらその理由までは想像つかなかったが。
―解説をいれておくと、男子はレイの任せると理不尽な苦労を買う恐れがあったし、女子は詩織とレイをいう組み合わせが気に入らなかったに過ぎない。組み合わせ云々については男子にもあったが。では公ならいいのか? ってな疑問も湧くが。
「そうか。それじゃ、しょうがないな……」
(しょうがないのかなぁ?)
自分で自分の台詞に疑問を抱きつつ、次なる犠牲者を探す。自分の平穏な日常を確保する為に手段を問わない公。無敵に素敵だ。
自分の隣の席に目を移して……
鼻で笑って次の獲物を探す。
「流石にちょこっと傷ついたぞ、マイ親友……」
件の人物が何か呟いてるが、見事なまでに無視する。
そんなのに構ってる暇はない。
と、そこで望ましい人材に目を留める。公の『記憶』によると、確か一年生の時に
―つまり『過去』の『今』だ
―学級委員を勤め上げた男だ。
「あ、あそこの彼がいいと思うぞ」
公は彼の名前を知っているが、昨日と今日の失敗を踏まえ、あえて名前を出さないで指名する。それが返って悪い結果を招くこともあるのだが。
「あの、公ッ、じゃなくて、主人君? あなた、名前も知らない人を推薦するの?」
今まで司会そっちのけで進んでいたが、流石に放ってもおけず詩織が聞いてくる。
「ぐっ……。いや、彼ならきっと学級委員をこなしてくれる。俺はそう信じてる」
「根拠は?」
「……そういう顔をしている」
今更知ってることにもできず
―知ってることにしたとして、何故知ってるかを問われたらどうする?
―、公は詩織の涙の出そうなほど厳しい質問に自分でも呆れ果てる様な返答しかできない。彼には学級委員を勤め上げた実績がある! そう答えられたらどんなに幸せなことだろう。
永遠に続く二人の関係ぐらいだろう、きっと。「……主人君はこう言ってるけど、どうかな?」
辺りを漂う白けた空気を裂いて、詩織
―自身も直前まで呆れていた
―が公の推薦? した男子生徒に聞く。まったく司会は大変だ。
「いや、やれって言われればやりますけど……」
ちょっと戸惑った風に答える男子生徒。彼も『過去』に学級委員をしただけあって、
―詩織ほどではないにせよ
―真面目な優等生なのだ。可哀想なことに。
それにちょっと笑みを浮かべながら
―気の毒そうな、という形容詞がつくが
―頷いて、詩織は司会を続行する。
「他に立候補、推薦はないですね? ……それでは推薦者二名で決を採ります。
いいわね、主人君?」
「あっ……、ああ」
いいも悪いもない。藤崎さんに睨まれた主人君にそれ以外の選択肢なんてあるわけなかったのである。
かくして、挙手による多数決により、男子の学級委員が選出された。
敗因
―勝因?
―は知名度の差とクラスメートの団結と答えておこう。
「大丈夫か、公? 人気者はツラいな……」
公はさっきと同じ台詞を吐く悪友に今度は答える術を持たなかったのであった。