――――借り物であったとしても、それは理想だった。
歪な夢だとわかってはいた。
無謀な路だと識ってもいた。
砕かれることを覚悟していた。
それが幻想であることを理解しても立ち止まることなく、死してなおその幻を追い続けた。
ただ、この身は救えた人の笑顔のみを望み、数多く浴びせられた罵倒にもそれのために耐え続けた。
全ては己が理想の為、だった。
しかしいつしか理想は擦り減り、幻想としての価値もそこにはなくなった。
歩んで来た路を振り返ればそこには砕けた剣と屍の平野しか認められず、往く先を見れば地平まで続く剣の丘と戦場しかなくなっていた。
摩耗しきった理想を手に、再度舞い戻った遠い記憶に残った戦場。そこで己を消すことを誓った。それほどまでに疲弊している自分がいた。
彼女らは知らぬ再開。かつての戦友が、姉が、妹が、家族が居た。―――そして、彼女も。
繰り返される戦争、その最中に悲願の時がやってきた。
―――自分を殺す、その時が。
あまりに幼稚で、愚かな自分自身と対峙した。自己に対する嫌悪と、消滅に対する憧憬を剣と為し、過去の己に刃を向ける。
戦いの結果は解りきっていた筈だった。幾多の戦場を駆け抜けた自分の剣が、剣を持って数日の、ただの小僧に負ける理屈は存在しなかった。
それが、何故互角だったのか。否、互角ではない。確実に自分の剣が押されていた。
それも当り前だったのかもしれない。摩耗した信念と、腰の砕けた逃避の剣が、どうして彼を、彼の理想を斬れようか。
――――借り物であったとしても、それは理想だった。
人に蔑まれようと、罵倒されようと、その路を歩いた理由。確かに笑ってくれた人がいた。救うことのできた命があった。たとえだれが認めずとも、それが、
―――たった一つの己が真実。
『衛宮士郎』はそれなくして『衛宮士郎』ではなく。故に再度、戦場に向けて歩き出す。その先には相も変らぬ剣の丘と血濡れの戦場。
―――――― 体は剣で出来ている。
血潮は鉄で 心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく、
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。
故に、生涯に意味はなく。
その体は、きっと剣で出来ていた。
――――この身は剣で出来ている。しかし、そんな自分だからこそ、救えるものがあるのかもしれない。
愚者だった赤い騎士は、愚者のまま、砕けた理想を胸に抱き歩き続ける。――その身に己だけの真実を宿して。
――――逃げてはいけないことは初めから知っていた。
それでも走り続けたこの身が、前に進んでいると思えなかったのは、何故だろうか。
少年は、己が罪を世界に問う。
天の使いと戦った、己の罪はいかほどか。
友の足を砕いた、己が罪はいかほどか。
少女を汚した、己が罪はいかほどか。
少女を拒絶した、己が罪はいかほどか。
友を殺した、己が罪はいかほどか。
――――そして。
人を滅ぼした『僕』の罪は?
紅い海を見ながら立ち尽くす。その場に時は意味を成さず、ただ巡るのは懺悔と後悔と。
たった一人の人類は、世界に問いかける。世界は、たった一人の人類に問いかける。
この身は神のできそこない。独りは寂しい筈なのに、他人がコワイ惰弱な魂の産物。
世界は欲しいのだろう。たとえどれだけ脆弱な魂でも、罪にまみれた精神でも、結果としてそれを成したのは。紛れもなく自分なのだから。
天使を殺した。人間を滅ぼした。何も救えず、ただ逃げ続けた。それでも、それを成したのは事実で、見方によっては偉業ですらあったのかもしれない。
そして、それを成した彼は、世界にとってある種の理想だった。
――――契約を、世界は求める。
――――罪の答えを、少年は問いかける。
そのやり取りを邪魔する者はおらず、ただただ時が過ぎていく。
――――契約を、世界は求める。
――――罪の答えを、少年は問いかける。
――――契約を、世界は求める。
――――罪の答えを、少年は問いかける。
――――契約を、世界は求める。
――――罪の答えを、少年は問いかけるのを止めた。
――――契約を、世界は求める。
――――少年は首肯した。
逃げてはいけないことは、最初から知っていた。
だから、自分の罪から逃げることを止めた。
それも逃避となるのか、それとも――――
紅い海に、独りの反英雄が背を向ける。ただひたすらに逃げ続けた生涯に背を向けて、尚もそれ自体から逃げ続ける。答えを求めて漂流を開始した脆弱な魂は、何も解らないまま、世界との契約のもとに赤い世界から姿を消した。
ただ一つ、解っていたことがある。
――――もう一度、会いたかった。
誰とは言わずに、ただ、誰かにもう一度会いたかった。
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あとがき
どうも皆さん初めまして。または、初めましてじゃない方はお久しぶりです。
このような、イロモノ、キワモノSSを読みに来てくださりありがとうございます。
書きたいから書いた。後悔は、結構している。そんなSSです。
実はこのSS、今は無き自サイトに掲載していたものなのですが、先月、レンタルサーバーのアカウントのメモを紛失してしまい、課金できず、また、多忙の為再開もままならないため、いっそこちらに身を寄せさせてもらおうと考えて投稿した次第です。
何度か足を運んでご贔屓にして頂いていた読者様には本当申し訳ないです;
以後はこちらにて、駄筆、遅筆ながら連載させて頂きます。どうか、よろしくお願いします。