「……見えてきたぞ」
「ええ、あれは……」
向かう先の瓦礫が捌けて、広大な平野を望むことができた。草一本生えていない、まるで重機の大群が地ならしをしたかのように不自然な大地。その先で砂塵と爆炎を纏った集団が、目まぐるしい戦闘を行っていた。
砂埃をまき散らしながら、一体の機械がその場から飛び出す。エミヤの知る科学技術では再現の不可能な、人型兵器。それを見たシンジは何かを思い出したのか眉をしかめ、エミヤは驚き目を見開いた。
「今回はまた、SFじみた世界に飛ばされたものだ。まさか人型兵器とは」
「そこそこに科学技術が大成した世界なんでしょう」
件の兵器が砂塵の方向にその手に装備した突撃銃を乱射する。幾度も射線の先で血飛沫が上がるが、それでも兵器は引き金を引き絞り続けている。まるで、一瞬でも銃撃を止めれば次の瞬間には死が待っているとでもいうように。
そしてその乱射が巻き起こした砂塵の方向から、明らかに地球上の生物とはルーツの異なる生き物が群を成して飛び出してきた。
「使徒!?」「死徒!?」
二人が驚愕し、異口同音の声を上げ、続いてお互い顔を見合わせる。
お互い同じ世界の出身だったとしたらぞっとする。なにより、少年によって人類は終わってしまっているのだ。
「シンジ、時計塔、聖杯戦争、宝石翁という言葉に心当たりは?」
「……いいえ。それより、セカンドインパクトって知ってます?」
「いや、心当たりは無いな」
「良かった。それなら間違いなく、僕らの故郷は別の世界でしょう」
胸をなで下ろしたシンジに、エミヤんも安堵の表情を浮かべる。
「なら、あれは一応、私達の識っている存在とは別のもの、と考えていいのだろうな」
「ええ。……なるほど、人間以外の生命体との戦いですか」
どこか複雑な表情のシンジだったが、一つはっきりしたことがあった。
「幸いだな。人間同士の争いでは無いようだ」
「ええ、解り易くて助かります」
二人とも、同じ人間相手に刃を突き立てることは出来れば避けたかった。その思いが実ったのは僥倖だった。
人型兵器は、異形の群れに背を向けると背部に装着された噴射ユニットを操作し、彼らの立つ方角に跳躍した。その様を目を細めてでエミヤは見やった。
「機体にJapanと書いてある。一応ここは日本の可能性が高いな」
「……あんなに遠いのに、よく見えますね」
砂埃と、日光の反射でほとんどシルエットしか確認できなかったシンジは感心したように言う。そんな彼に、エミヤは口元をつり上げた。
「目はいいんだ」
そう話している内にも兵器がこちらに飛んできた。兵器の乗り手はこちらに気づいていないのか、それとも無人機であるのか、機体は二人の頭上を轟音を立てて通過していった。
しかし主機にでもダメージがあったのか、件の兵器は途中でバランスを崩して不時着する。衝撃で脚部が歪み、脚部にマウントされていた弾倉がはじけ飛んだ。それに向かって異形達はここぞとばかりに怒濤のように迫る。
少しでも異形達の追撃から遠ざかろうと兵器は体を起こそうとしているが、機械が言うことを聞かないようだ。無理もない。すでに素人目に見てもその兵器は半壊しているのだから。
「不味いな」
その様を見て、エミヤは呟く。
「助けたほうが?」
聞くまでもないことだったが、シンジはひとまずエミヤに確認する。
「……中に人が乗っているのなら、助けないわけにはいかないだろう」
当然のように答えたエミヤに、シンジも頷く。
「ですね。中には女性が一人搭乗しているようです」
「良く分かるな?」
関心した様に言ったエミヤに、シンジは片目をつむる。
「『目』はいいんです」
「……いくぞ!」
異形の数は凡そ三十。半壊した兵器と同程度の大きさのものが五体、残りは五メートルほどのものだが、一体の兵器に対する軍勢としてはやや多いだろう。どちらの異形も、蜘蛛や甲虫を思わせる体に、人の物に見えなくもない頭部を生やしていた。
その人間に根源的な恐怖を思い起こさせる形状に、しかし英霊二人は怯んだ様子を見せない。
「まずは数を減らす」
「了解です」
赤い騎士、衛宮士郎は自身の魔術回路を起動する。それは、詠唱ではない、自己への暗示。己が身の上を確認する、キーワード。
「――――――我が骨子は捻れ狂う(I am the bone of my sord)。」
投影するは、黒く光る長弓。戦場にて自分が弓兵である所以。
「―――“偽・螺旋剣(カラド、ボルグ)”」
投影するは、捩れた剣。生涯にて自分が剣である所以。
唸りをあげて放たれる歪剣。それは空間をねじ切らんばかりの回転を加えて群れの中程を闊歩する体躯の大きい方の異形に炸裂する。
「――砕けた幻想(ブロークン、ファンタズム)」
閃光、爆発。異形のほとんどを屠った弓兵は、弓を消すと即座に兵器の方に駆け寄る。
「お見事」
隣を並走するシンジの賛辞に頷くだけで返すと、エミヤは兵器のハッチに取りつく。
「―――同調、開始」
即座に機械の解析を試みる。が、表情は芳しくない。
「……ちっ、いかれている。外から操作はできんか」
「こじ開けるしかないですね」
アーチャーは頷くと、強固そうに鈍く輝く斧を投影した。
「中には人がいます。気をつけて」
「無論」
重厚なそれを振りかぶって、振り下ろす。ハッチの接合部が破損する。さらに再度振りかぶる。その動作を二、三度と、繰り返したアーチャーは、突然動きを止める。
「どうしたんです?」
怪訝な表情で問いかけるシンジに、エミヤは苦い表情で返す。
「全てを仕留めきれていなかったようだ」
振り返った二人の眼前に、頑丈な双腕を振りかぶる異形があった。敵の全滅を確認しなかった自分に苦い物を感じながらエミヤは斧を脇に構え、迎撃態勢を整える。しかし、体躯の差は歴然である。いかな英霊といえども、その圧倒的な質量差には抗えないだろう。
唸りを上げる杭にも似た双腕、二人に向かって振り下ろされたそれは、背後に守る機械ごと彼らを磨り潰すかと思われた。
しかし、現実には、その脅威は硝子が削れるような音を立てて、中空に静止した。
「……危なかったですね」
「シンジ!?」
シンジは感情の無い、紅く染まった目で異形を見つめている。その眼前には血色の障壁が展開され、敵の攻撃を隔離していた。
「衛宮さん、こちらは大丈夫ですので救助を続けてください」
「! わかった」
シンジの言葉に一瞬の躊躇を見せたが、どこか超然とした自信を滲ませた少年になんらかの合点がいったのか、エミヤはハッチの破壊に戻った。
異形は何度も腕を突き出すが相変わらず、中空に鎮座する六角形の盾に阻まれる。ダイヤモンドを超えるモース硬度を誇る異形の豪腕をもってしても、その結界を超えることはかなわない。
無理も無い。なぜならその結界、シンジの心の壁は、世界中の人類が一つに合わさっても尚、己を保ち続けたのだから。自分が他の人類とともにそれに交わる事を禁じた、少年の恐怖と後悔の象徴であるそれは生半可なものではない。
―――A・Tフィールド。絶対恐怖領域―――
少年――碇シンジのそれを突き通すのは容易い事ではない。
「キミにそれは破れないよ」
言葉は通じないようだ。異形は腕を振り下ろすのを止めない。シンジはため息を一つ吐くと、異形に向かって開いた手を突き出した。
「――――Sachiel(サキエル)」
シンジが単語を紡ぐとそれに呼応して、手のひらから光の帯が射出される。それは異形に反応すら許さず、その包帯を巻かれたミイラのような頭を貫通した。
相当に動体視力の高い者が見たら、それが光で構成された杭だと視認できただろう。
どうやら異形の脳は一応頭にあったらしく、火に炙られた甲殻類のように痙攣したあと、その巨体は完全に活動を停止した。それを確認したシンジは第三使徒の光の杭を引き抜いた。
「……ハッチは開きそうですか、衛宮さん」
「……、あ、ああ。あと少しだ」
エミヤは自身の驚愕を押さえつつ返答し、斧を振るう作業にもどる。
「君もなかなかやるようだ」
斧を振りつつ発された言葉に、シンジは微笑んだ。
「まあ、仮にも英霊ですから」
ハッチの歪んだ部分を取り除き、アーチャーが亀裂に手をかけた。ぎりぎりと軋みつつ装甲が剥がされていく。
「―――っ!」
とうとう硬い音を立ててハッチがこじ開けられ、中のコクピットに光が差し込んだ。そして中を覗き込もうとした二人の耳に、絶叫が響いた。
「!?」
「いやあああああああああああ! 来ないで、来ないでぇ!」
若い女性の恐怖に満ち満ちた悲鳴。突然の事態に二人は困惑する。
「な、どうしたんです!?」
「わからん!」
コクピットの中では女性がガタガタ震えながら蹲っている。アーチャーにはその姿に戦場で無抵抗に殺されようとしている捕虜の姿を投影した。
「大丈夫だ。君の敵はもういない。落ち着くんだ」
なんとか宥めようと女性の叫びに負けないように声を大にする。しかし女性にその言葉は届かない。聞こえていない筈はないのだが、錯乱し過ぎている。
そもそもこの男、生前から女性を落ち着かせることにかけて才能の無さに定評があるのだ。
「っく、シンジ?」
うろたえるエミヤの脇を通ってシンジはコクピットに飛び乗った。女性はそれにビクリと震えるが、シンジは構わず女性に近づくとその頭を抱きしめる。
「あっ……」
「大丈夫です。貴女の敵はここにはいません」
「いな、い?」
「はい。いないんです」
そういって優しく女性の頭を撫でるシンジは、その中世的な容貌と相まって聖母のようにすら見えた。その様はとても人類を滅ぼした人間には見えない。
「……」
しばらくして落ち着きを取り戻した女性は急に顔を赤くしてもがき出した。
「あ、あ、あの、その」
「もう大丈夫そうですね」
「あ、は、はい」
シンジが女性の手を引いてコクピットから引き上げる。女性は外に目を向けて初めてエミヤに気づいらしく、目を見開いた。
「どうしました?」
「い、いえ」
不思議に思ったシンジは女性に問いかけたが、自分の先ほどの醜態を見ていた人間が他にいたことに赤面して、女性は気まずげに眉を寄せるとコクピットから飛び降りた。地面までニメートルほどの高さがあったが、運動能力は高いらしく無難に着陸した。シンジとアーチャーもそのあとに続く。
女性は二人に向きなおると敬礼した。その様は、先ほどまで体を震わせていた女性のそれではなく、一端の軍人としての凛々しさに溢れていた。
「窮地での救出、感謝します」
「いえ、僕は何もしていません。コクピットの破壊はこの人が」
シンジがエミヤを指す。改めて例を述べようとした女性を手を振って制しながらエミヤは口をひらいた。
「ふむ、まあ成り行きでやったまでだ。必要以上の感謝は必要ない」
「ありがとうございます。あの、私のもの以外の戦術機はこちらに来ませんでしたか?」
「戦術機、とはこの兵器のことで合っているか?」
「え? あ、はい。そうです。……戦術機を知らないなんて、変わっていますね」
「む? ああ、田舎者でね。散歩がてら歩いていたら丁度この場に出くわしてな」
「ここ、最前線ですよ?」
「……」
女性の視線が疑惑の物に変わったが、何かを口にする前にシンジが口を挟んだ。
「えっと、あなたのもの以外の戦術機は見てないです」
「……そう、ですか」
女性は表情を暗くして俯いた。
「仲間が居るのか?」
彼女のその様に嘆息して、エミヤが訪ねた。シンジはちらりと、彼女が飛んできた方角に目をやる。
「はい……。ですが、隊で生き残ったのは私だけのようです。皆の機体の全信号がロスト、しています」
震える手で、手首の端末を操作した女性が項垂れる。
この世界で戦術機の全信号の途絶、それは主機が爆散でもしない限りあり得ない。
そして、戦場でのその状態は即座にKIAとして処理される。それほどまでに、望み薄な状況なのだ。女性は歯を食いしばって痛嘆する。
初めて任された部下達だった。なのに、生き残ったのは自分一人だった。もし、自分が、自分がもっと上手くやれていたら。
後悔と、悲嘆に暴れる心を無理矢理に押さえ込む。それでも、目尻に涙は溜まり、ともすれば嗚咽が漏れそうになる。それでもそれを堪えたのは、一般人の前だからと言うなけなしの軍人としての意地があったからだ。
しかし、その様にシンジが一端躊躇して、口を開く。
「……僕が言うのもなんですけど」
「……はい」
涙声になりそうな声を堪えて、女性が応える。その痛々しい様に、シンジが優しく言う。
「泣いても、いいと思いますよ。ここには僕たちしかいませんから」
その言葉を受けて、女性の目から涙が零れる。
「うっ―――く、ひぐ……うぅ」
仲間を失った悲しみが、無理矢理に押し上げた閾値を超えたのか、もしくは一般人にすら慰められる自分が情けなくなったのか。
女性の慟哭はしばらく続いた。