一足遅れ、輸送ヘリにて現場に到着した機動六課フォワードチームと陸士108部隊の面々は、急ぎ戦支度を整えていた。
この緊急事態にさすがになのはも参戦を決意し、お馴染みの白と青のバリアジャケットを纏っている。
と、ストラーダの点検していたエリオがあることに気がついた。
「あの、ギンガさん。その左手にくっついているのって……」
ああコレ? とギンガは左腕に装着した紫色のリボルバーナックルを見やる。
スバルと色違いのそれには、明らかに後付けと思わしき青いパーツがタービンを挟み込むように取り付けられており、長さ20センチ程度の白く鋭利な円錐状のパーツが手首付近から背後に向けて突き出していた。
「“モノケロスギムレット”、リボルバーナックルの強化ユニットよ。突き刺すのはもちろん、切り払いだってできる優れモノなんだから」
ガシャンと音を立てて突起が二倍の長さに伸びたと思えば、鋭く尖った猛獣の角が拳に被さるように展開。拳先から突き出すがごとき形。
ちゅいーん、と高速回転するタービンに連動して回り始める円錐形の衝角を高々と掲げてみせるギンガ。自身の魔力光、青みがかった紫の光が螺旋を描いて包む一角獣の名を冠したドリルをどこか誇らしげに眺めていた。
「あらゆる防御を問答無用で貫通する恐ろしい装備だ。……正直姉は、アレを着けた隊長とは戦いたくないな」
「ぶ厚い鉄の壁を軽くぶち抜いてたのを見たことあるっス」
「てか生身で受けたら冗談抜きでミンチだよな、アレ」
「……ドリル、ぎゅるぎゅる」
以上、部下たちからの証言。
「ギン姉ぇかっこいい〜!」皆が一様に言葉を失っている中、実の妹だけは瞳をきらきらと輝かせており、ギンガも「ふふ、あとで使わせてあげるわね」と満更でもないようだ。
「なるほどなー。ロマン溢れるステキ装備でありますね。帰ったらアテンザ技師あたりに開発を申請しておくであります」
──訂正。
ホウキっぽいものも賛同していた。
「──では高町副隊長、我々はそろそろ」
「はい、宇佐木さんお気をつけて。……あ、でも防護服とか着なくていいんですか?」
いざ戦場へ向かうという月乃の服装は先ほどと同じ、およそ戦闘には適さない白に金の装飾が施された礼装のまま。なのはが疑問に思うのももっともだ。
しかし問われた黒髪の美女は、冷たい印象のエキゾチックな顔立ちを些かも変えず言い放つ。
「無用です。我が愛剣、ただ一振りあれば充分」
鈍く光る片刃の中華刀──“月光の太刀”の抜き身の刃は夜闇に輝く三日月。柄の部分に、拳大の無色透明な玉が嵌ったそれを携える姿は様になっていた。初めからそうであることが当然と主張するかのように。
──何を隠そう彼女、宇佐木月乃の正体は“月宮の蟇蛙”ジョー・ガ。宝玉を巡る戦いの際にウィザードたちに討ち取られ、魔王墓場送りになっていたところを拾われた正真正銘の“魔王”である。
現在は人の身に転生しているため大幅に減じさせているものの、彼の“蠅の女王”をして一目置かざるを得ないその力は未だ強く、有象無象の“冥魔”ごときに遅れを取りはしない。
なお、セフィロトの白い制服は、例外なく強靭な特殊繊維に呪術的処理が施された“呪練制服”。下手な魔導師のバリアジャケットよりもずっと軽くて強固なので、本当に無用の心配だったりする。
「さて。では行きますよ、アイギス」
アルトの美声を響かせ、コートが颯爽と翻る。その芝居がかった振る舞いが気に入らないのか、アイギスは眉をしかめた。
「……なぜあなたに命令されているのか、アイギスは納得できないであります」
「これは異なことを。前代の譜代である私が主導権を握るのは道理でしょう?」
「その“前代”が入った転生体を殺しかけておいてよく言うと言わざるを得ないであります」
「っ、貴様……」
痛いところを突かれた月乃は、苦虫を噛み潰したように相好を歪める。件の“転生体”の正体に気づけなかったのは第八世界名物“世界結界”からの記憶の修正を受けていたからであり、彼女自身には何ら落ち度がないのだが、密かに気にしていたらしい。
膨れ上がる殺気。
アイギスが月衣から弾倉を瞬く間に取り出して武装する、半ば待ちかまえていたかのように。
──がしかし、月乃はグッと怒りを堪えて深く息を吐き出すだけに留めた。
「やらないのでありますか?」
どこか不満げに口を尖らせ、アイギスが疑問を投げかける。
「……小競り合いをしている暇などない、それだけです。主上はあれで組織の秩序に拘るお方、無能な真似をお見せするわけにはいきません」
「同意であります。自分はルール無用な混沌の権化のクセして理不尽であると言わざるを得ないであります」
「それが主上という人です、諦めなさい」
ギスギスした雰囲気から一転、何やら意気投合したかのようにしみじみと頷き合う二人。上司の無茶ぶりに振り回される者同士、共感を得たのかもしれない。
((((切り替えはやっ!?))))
この時ばかりは皆の心が一つにまとまった。
「では改めて。高町副隊長、どうかご自愛を。……あなたに何かあれば主上が悲しまれますので」
「数の子もせいぜい足を引っ張らないようにガンバレであります」
「「数の子言うなっ!」」
そんな捨てゼリフを残し、その場から足早に去っていく元魔王とホウキっぽいの。即座に吠えたのはノーヴェとウェンディである、言うまでもなく。
「あのふたり、仲がいいのか悪いのか、どっちなんだろうね?」
「えっと、なのはさん、私に聞かれても困まるんですけど……」
顎に指を当て、無駄にかわいらしい仕草で首をひねるなのはに問いかけられたギンガは、返答に窮して曖昧な表情を浮かべるしかなかった。
「うん。じゃあ簡単なブリーフィングをしておくね」
気を取り直すようになのはが声を発する。キリリと表情を引き締めた、お馴染みの先生モードで。
「今回の任務は単純明快、クラナガンの防衛だよ。私たちは小型の“冥魔”とあのタコみたいな“冥魔”、クラウドクラーケンって名づけられたそうなんだけど、それの相手を任されてます」
ヘリで移動中、クラナガンの空を我が物顔で浮遊する馬鹿デカい軟体動物をその目で見たエリオ以外の一同は、それを思い出して個人差はあれど生理的嫌悪を露わにする。妙齢の女性なら、なおさら気色が悪かろう。
なお、イカの方──スカイスクイッドは、すでにいくつかの部隊──特に空戦を得意とするもの──と熾烈な攻防を繰り広げていた。例に漏れず、センスを欠いたネーミングである。
「まだ避難がすんでいない住民の捜索と誘導も平行しなくちゃだから、ちょっと大変かな」
神妙な面持ちで説明を聞き入るルーキーたちの様子に、なのはが朗らかに微笑んだ。
「幸い、いまこの街には私たち以外にもたくさんの部隊が展開しているから、そんなに気負わなくてもいいよ。失敗しても、みんなで助け合えばいいんだから」
ね? と、言い含めるように小首を傾げると場の緊張感が薄まり、和やかな空気が流れる。温厚篤実な人徳の成せることだった。
「失敗しても、みんなで助け合えばいい」──以前の、自分の力を過信していたなのはならばこの場で口にはしなかっただろう言葉。足りないからこそ、支え合ってもっとずっと強くなれる──無二の親友たちの生き様から学んだことの一つだった。
なお、もう一つは「愛と絆はなにものよりも強し」、である。
「あ、そうそう、ひとつ注意点だけど。防衛のために強度の強いAMFが展開されていること、ここにはじゅうぶん気をつけてね」
「「「「はい!」」」」
指を立て、付け足した補足はスバルたちへのもの。
訓練で経験しているとはいえ、普段と勝手の違う戦場では、いつぞやのようなミスは命取り。取り分けメンタル面に不安のあるティアナなどに念を押したい、という思惑の現れでもあった。
──打ち合わせも終わり、その場を後にする一同。
「スバル?」
ふと独り立ち止まり、空を仰ぎ見ていた相棒を心配してティアナが声をかけた。大規模なミッションを前に緊張しているのだろうか、と。
「──うん、ちょっとね」
スバルはすぐに向き直ると、少し恥ずかしげにはにかんだ。
「……アリカたちとかさ、訓練校を一緒に卒業したみんなもこの近くにいるのかなぁ、って」
「……そうね。あの子たちも戦ってるのよね、ここで」
一拍の間。ティアナの思惟は大切な思い出を巡る。
共に学び、切磋琢磨した同窓生たちが選んだ道は皆それぞれに違う。それは当然のことで、故郷に戻って家族や親しい人々のために戦うものがいれば、栄達を求めてこの地で命を懸けることを選んだものもいた。
──自分は、彼らに胸を張って会えるような人物になれたのだろうか? それはまだ、わからない。
けれど……、
「──あたしたちも、負けてらんないわね」
「うん!」
「おーい、スバルー、ティアナー! 置いてっちゃうよー!?」
上司にして師の呼ぶ声。
二人は顔を見合わせると、晴れ晴れとした笑顔を弾けさせて駆け出した。
──自らのすべきことを、精一杯為すために。
一方その頃。
首都防空隊に所属するとある分隊が戦う区域にて、遠雷のような轟音と地響きが何度も響いていた。
それは砲撃音。
圧縮され、物理現象を伴った魔力素が物体を粉砕する音。
命中した砲弾がコンクリートで固められた地面を惨たらしく抉り取り、土煙と瓦礫と、そして“冥魔”をバラバラに吹き飛ばす。
破壊の傷跡に真剣な鳶色の眼差しを送る一人の少女。比較的低めなビルの屋上に陣取り、流れる風に三つ編みした長い二本の栗毛を任せていた。
身に纏う桃色のレオタード風の近未来的な戦闘服“スターイーグル”は、リンカーコアを持たない──「魔導師ではない」ことの証。その小柄な身体に不釣り合いな蒼い長方形の鉄塊──複合型“箒”“フォールンエンパイア”と併せれば、彼女が“魔法”を持たない身であることがわかるだろう。
「ルン、次はあのおっきなのをやるよっ! 水晶弾ロードッ!」
『ラジャー』
しかし少女は戦う。
命をかけて自分を救ってくれたあの人のように、誰かの笑顔を護れる立派な人になりたい。
それが彼女の願い。“夢”だから。
『魔力水晶弾、装填完了。いつでも行けます』
小さな主の求めに応じ、“箒”に搭載された人工知能“Iris”が圧縮空間より呼び出した弾丸を自らの“カラダ”に組み込む。
標的はカニ型“冥魔”。
小型種──とは言い難い、全長十メートル程度にまで成長した中型サイズのもの。やはり十本の脚が異様に長く、その甲殻は鋼鉄のように強堅だ。
だが──
「あったれぇぇぇぇッ!!」
『魔力、解放』
砲口の先、展開した青い魔法陣からレーザー状の莫大なエネルギーが解き放たれ、紅の異形を貫く。
引き起こされた魔力爆発が晴れ、大柄な“冥魔”の姿は跡形もなく消滅していた。
「よっし、あたしはやっぱりやればできる子っ!」
『そういうことを自分で言うのはどうかと思います、アリカ』
「ええーっ?」
ぶーたれて口を尖らす少女。いささか幼い仕草も、元気な彼女のチャームポイントだ。
『アリカ、状況は?』
「あ、ニナちゃん」
不意の通信、訓練校以来コンビを組む親友の声。
「バッチリ! ぜんぶやっつけたよ」
『じゃあこっちに合流して。エルスも向かってるから』
「りょーかい! 急行するねっ」
少女は言うなり、長方形の“箒”の後部を引き出すと、内部に納められていた飛行用のシングルシートが飛び出す。同時にスタビライザーが房状に広がり、フォールンエンパイアの空戦形態ストライクモードが完成する。
訓練校時代から愛用していた中古のガンナーズブルームが故障した時、恩人の友人を名乗る人物──少女は“アシナガさん”と呼んでいる──から送られた最新型“箒”だ。
「じゃ、行こっ、ルン!」
『巡航モード、テイクオフ』
無二のパートナーに跨ると、少女は戦場の蒼穹へと羽ばたいた。