突然現れた四人の姿形は、新人たちにうり二つのそっくりさん。それはまるで、鏡か澄んだ水面に映る虚像のようだ。
みんな理解の範疇を越えたできごとに、鳩がディバインバスター食らったみたいにぽかんと間の抜けな顔をしてる。私もびっくりだ。
「少々趣向を凝らしてみたんだが……どうやら気に入ってもららえたようだな?」
私たちの反応が期待どおりだったようで、ユーヤが得意げに唇をつり上げる。
着ている服も本人のバリアジャケットと同じデザインなんだけど、色だけは白と黒のモノクロームに変わっていた。
「……なんか、」
それを見ていたら、ふと感想がわき上がってきたので素直に口にしてみる。
「とっても悪そうな感じだね」
「こういうのは様式美だからな。ニセモノってのは、本物と似ているようで決定的に違わなければならないのさ」
……よくわからないけど。なにやらユーヤなりのこだわりがあるらしい。よくわからないけど。
「さて、“彼ら”は俺が魔力で編んだ分身体に変身魔法をかけた幻影だ。まぁ“シャドウ”とでも呼んでくれ。ちなみに実体もちゃんとあるからな?」
“シャドウ”と呼ばれた四人の幻影──“ティアナ”と“スバル”がお互いのほっぺを引っ張り合い、“キャロ”が“エリオ”のほっぺを一方的に引っ張っている。
この様子、本人たちの関係性そのままのようだ。
「つまり──」
いち早く混乱から立ち直ったティアナ。ほかの三人より先んじて、持ち前の頭の回転の速さを発揮する。
「私たち自身と戦え、そういうことですか?」
「理解が早いなランスター、その通りだ。賢い奴は嫌いじゃないぞ?
まあ、お前たち自身と言っても、あくまで“俺”が変身したという事実は変わらない。故に戦闘能力自体ならともかく、使用武器・攻撃手段・戦型その他諸々についてはそれなりに変化しているがな」
その言葉に従って、四人のコピーたちがそれぞれの武器を取り出した。
“スバル”の武器は大きな盾とガントレット。
左の前腕を包むように装着した無骨な武器には見覚えがある。以前、事件で出会った“魔法使い”──スルガの使っていた“箒”、アイゼンブルグだ。
“ティアナ”の武器は身の丈ほどはある流線型の大砲。
白と黒に染められた兵器の名前はガンナーズブルーム。こちらも前の事件で共闘した灯の“箒”と同じだけど、彼女のものよりも新しい機種のようだ。
“エリオ”の武器は闇色の長大な槍。
暗い闇の固まりを握り潰して生み出したそれは、ユーヤがたびたび用いる魔法の槍。不吉に捻れた鉾先を天に向け、軽々と肩に担いでいる。
“キャロ”の武器は鈍く光る一対の短剣。
本人が使用しているのと同じデザインの、これといった魔法処理の施されていない両刃のダガー。二人は師弟関係にあるから、同じ品を持っててもおかしくない。
──ユーヤの言葉どおり、彼が再現可能な範囲で模倣しているということがうかがえる。
「では、詳しいルールを説明する」
とくにズレてないネクタイをいじりつつ──どうもクセになってるらしい──、ユーヤは居住まいを正す。とても真摯な感じだ。
なのはは黙ってことの成り行きを見守っている。今日の訓練は、ユーヤにまるまる任せちゃうつもりなのかな?
「これから行う模擬戦は四対四の団体戦だ。制限時間無制限の一本勝負、範囲は空間シミュレータ全域。管理局の規定を逸脱しない範囲の方法で相手チームを制圧するか、あるいは敵拠点のフラッグを奪えば勝利だ。……お前たちの陣地にも設置してあることは、言うまでもないな」
言うなり、ユーヤの両手に赤と青のフラッグが現れた。
遠回しな言葉の意味──つまり、フラッグを取られたら負けということ──をちゃんとくみ取り、神妙にうなづく四人。なんだかユーヤとギクシャクしてるエリオも、今回ばかりはマジメに話を聞いてるみたい。……いつもこうならいいんだけどなぁ。
「対戦相手は言うまでもなく四人のシャドウだ。さっきも説明したように、ある程度お前たちと戦力が拮抗するようにしてある。
しかしながら、まったく同一という訳でもない。例えば“キャロ”は召喚を使えず、“ティアナ”は射撃よりも砲撃を主体としている、などだな」
幻影たちの装備や事情を鑑みれば、それも納得の情報だ。
さすがというかやはりというか、キャロはさっそく敵戦力の分析を始めたようで、自分たちそっくりな四人の方をまじまじと見つめている。眉間にしわまで寄せちゃって、表情は真剣そのものだった。
……防衛対象を守りながら迎撃するか、それとも逆に敵陣へ攻め込むか。一対一に打って出るのもアリだし、各個撃破で全滅を狙うという手もある。
ざっと考えるだけでもこれだけ選択肢が用意されている上に、対戦相手は自分たちとほぼ同等の強さを持っていて──
ううーん……この訓練、一見するとシンプルだけどなにげによくできてる。設定難易度、かなり高いかも?
「それから注意というか、ちょっとした補足だが。──お前たちの姿を模倣しているこのシャドウ、その衣装の色を変えたりだのして攪乱をする気はないから安心してほしい。誰が味方かと疑心暗鬼になる必要はないぞ」
え? そんな不利になること、教えちゃってもいいの?
「いいんですか、私たちに話してしまって。戦術を狭めてると思うんですけど」
ティアナも私と同じことを思ったみたいで、すぐに疑問を露わにする。
「いや、むしろこちらとしては意図して教えているんだな、これが」
「どういうことなの、攸夜くん?」
たまらずなのはが声を発する。
するとユーヤは器用に右の眉尻だけを上げ、旗をカグヤに戻した両手をポケットに突っ込んだ。飄々とした立ち姿と奥深い表情は、彼の底知れない雰囲気を助長していた。
「これは訓練だよ、なのは。俺の口振りや、今こうして見せている装備などから得られる情報も踏まえて作戦を立て、実践する──それもまた課題の一つと考えてくれ」
「! そっか、なるほどね」
説明を反芻するように噛みしめて、なのはが納得した様子を見せる。
ユーヤ、そこまでこの子たちのこと考えててくれたんだ。なんかうれしいな。
「逆に、お前たちの方が同様の手段で惑わそうとしても無駄だぞ。奴らは俺を頂点とする群体だからな」
……これってつまり、「非常識なくらいとても息のあった団結力」を持ってるって意味なんだけど──、四人とも気づけたかな?
「仮に幻術なりに嵌めるなら、小手先じゃなくもっと創意工夫を凝らせろよ。どうせなら俺を欺くぐらいの、な」
(……それはちょっとムリなんじゃないかな〜)
心の中で反論してみた。
ユーヤといえば幻術、幻術といえばユーヤ──というのがイメージが私の中にある。
実際、バリエーションこそ少ないものの、使い方が巧みで上手だし、なにより勘が鋭すぎ、目がよすぎですぐに見抜かれてしまう。あのミッド上空での一戦以来、一度として私の幻術が効果を上げた試しがないといえば、その難しさがわかってもらえるだろう。
……まあ私の幻術がへっぽこだって説もあるけど。──ていうかそもそも、実体のある分身とか反則だよっ!
ざわめきが収まるのを目を閉じてじっと待ち、ユーヤが改めて口を開いた。
「最後に。駆け出しのお前らへ、センパイからのささやかなアドバイスだ」
張りのある声を響かせ、一人一人と目を合わせるようにユーヤはゆっくりと四人を見回す。背が高いから自然、四人を見下ろすような形になる。
ごくり、誰かが息をのんだ。
そうして。たっぷりと間を取り空気を掌握し、おもむろに──もったいぶって──口を開く。
「戦いの勝敗ってのは、いつだって始まる前から決まってるんだ」
いつか耳にした言葉。彼の人生観というか、勝負観みたいなものなのだろう。
「勝てる戦いには確実に勝つこと、勝てない戦いには望まないこと、勝てないなら勝てるように策を巡らすこと、勝てなくても負けないように諦めないこと。──これはあらゆる勝負事に通ずる定石、絶対的な真理だと俺は思う。
……強請るな、勝ち取れ。俺から言えることはそれだけだ」
少しぶっきらぼうに結尾は切られた。……ユーヤらしい、すてきな訓辞だったと思う。
四人はそれぞれなにか言いたそうだったり、考え込むようだったり、腑に落ちなさそうだったり、頭から煙を出してたりしてた。うーん、まだちょっとみんなには難しかったかな。
「むー、私よりもずっと先生してる……」とかなのはがぼそぼそ不満をもらしている。
うん、たしかにそうかも。……あっ、いや、えっと、なのはがだめだめだとか、そういう意味じゃなくてね? その──
「ざっと概要の説明はしたな。開始の前に作戦会議の時間を十分やるから、せいぜい頭を悩ませろよ」
おどけるように、ふとユーヤが笑む。不敵で、不遜で、自信に満ちあふれた男らしいって感じの表情だ。
「シャリオ、雛鳥共を陣地に誘導してやってくれ。旗の設置もついでに頼むよ」
「はい。じゃあみんなー、ついてきてね」
旗を手渡されたシャーリーの指示に従って、四人は粛々と移動を開始する。私となのはは手を振って見送るのだった。
□■□■□■
現在作戦タイム中。
私たちは手頃な高さのビルの屋上で待機している。戦闘エリアの全体を見渡すには絶好のポイントだ。
ふわふわの雲が浮かぶ青青とした空は、とっても清々しい。まるで絵の具の原液を塗りたくったみたい。
「はてさて。どうなることやら」
屋上の縁付近におもむろに腰を落ち着けあぐらをかくユーヤ。ひどく楽しそうに、あどけない笑顔をしている。
そんな彼の隣にそろりと近寄り、すとんと横座りで腰を下ろす。それから、もたれかかって腕を絡めちゃったりして。……よかった、嫌がられてない。
ここからなら、下とか周りがよく見えるもんね。ユーヤとくっつきたいという気持ちもなきにしもあらずだったり。
「えーと、フェイトさん。職務中にそういう行為は、ちょっと……」
シャーリーが恐る恐るって感じで、とがめるようなことを言う。
そういう行為……?
ユーヤの腕に絡めた自分の腕と彼の曖昧な苦笑い、それからひどく困った顔のシャーリーを何度か見比べて、考える。
……。
私なりの答えはわりとすぐに浮かんできた。
「だいじょうぶ、私の愛は年中無休だからっ」
元気っぱい、笑顔で発言。
ユーヤ限定大特価バーゲンセールだよ♪
「いや、そうじゃなくてですね……」
「ムダだよ、シャーリー。こうなったフェイトちゃんは処置ナシだから」
どこか憂いた表情のなのはがやれやれと頭を振る。処置ナシとか、なんかひどくない?
「ホントそういうとこ見境ないよね〜、フェイトちゃんて。頭んなか、攸夜くんのことでいつもいっぱいなんでしょ?」
「そんなことないよ」
失敬な。私だって、ちゃんといろいろたくさん考えてるんだから。
「ユーヤのことは、だいたい九分の八くらいかな」
「どっちにしろ変わんないよっ!」
なのはの叫びが空に響く。
と、なにを思ったのか、くすりといたずらっぽく笑ったユーヤが私の肩に手を回して抱き寄せ、耳元にそっと唇を近づけてくる。
「俺は四六時中、君のことばかりを考えてるよ」
「ほんと? うれしい……」
甘いささやきにどきどきしてしまう。
「……。えいっ」
ごすっ!
「きゃっ」「いたっ」
背後からそんな声が聞こえ、頭上に衝撃が走った。
いたい……。
鈍い痛みを訴える頭を両手で押さえ振り向くと、腰に手を当てたなのはがぷんすか肩を怒らせていた。どうやら彼女にチョップされたらしい。
「こらっ! お仕事中はマジメにやらなきゃダメでしょ、ふたりとも!」
「「ゴメンナサイ」」
なのはのお叱りに即断即決で謝る私たち。
本格的に怒ったなのはに逆らっちゃダメなことは、仲間内の暗黙の了解なのだ。──全力全開スターライトブレイカーはもういやだなんだよ。