「なんていうか。攸夜くんってビックリドッキリメカだよね、なにげに」
操作パネルで訓練の準備──おもにカメラ、安全設備とか──をしていたなのはが突然そんなことを言う。
藪から棒だよ、なのは……。
「……とりあえず。褒めてるのか貶しているのか、どっちだ?」
横目で睨まれて、冷や汗を浮かべるなのは。たとえるなら……大口を開けた蛇に睨まれたウサギ、とか?
「にゃ、にゃはは……。そ、そうだ、さっきから気になってたんだけど、私のシャドウって作れたりするの?」
「あからさまに話を逸らしたな。……まあ、できるけど」
ほれ、と指が鳴れば。
小さな女の子の二人組が、蒼い光を伴ってすこし離れたところに現れた。
白に青の杖らしきものを抱えた“なのは”が元気に。
大きな両刃の実体剣の影に隠れた“フェイト”が控えめに。
こちらに向かって手を振ってる。──どうやら、“闇の書”事件当時の私たちをモデルにしているらしい。バリアジャケットのカラーリングは変わっていて、私は黒に青、なのはの方は白に赤だ。……というかこの色合い、見てると無性にむかむかするんですけど?
「うわー、すっごーい! ほんとそっくりだね〜」
黄色い歓声を上げたなのはが“フェイト”に駆け寄る。
びくっ、と小動物みたいに身体をすくめた小さな私は、おずおずとはにかんだ。……あの頃の私って、客観的にはあんな感じだったのかな?
「“なのは”の杖が“ストライカーワンド”、“フェイト”の剣が“ブルームカリバー零”だ。どちらもそれらしい“箒”を持たせてみた。ちなみにユーノver.もあるぞー」
こだわりやさんなユーヤの説明を背に、私も近寄ってみる。もっと近くでよく見てみたいし。
「……」
にぱーっと満面の笑みで私を見上げる“なのは”。太陽のようにまぶしく、青空のように晴れ晴れで。
花にたとえるならひまわり。
空に向かって咲き誇る大輪の笑顔。
「か……」
うめく。
こくん、とちいさな女の子が小首を傾げる。不思議そうな顔。
つぶらな紫の眼。ぷっくりとしたほっぺ。さらさらな茶色の髪──
「かわいいっ!!」
「うにゃ!?」
ガマンできず、抱きしめる。ぎゅーっと。
ふかふかで、柔らかい。それに、子供らしい高めの体温とか、ミルクのような香りとか──再現率がハンパないよっ!
…………あれ。でもこの子の中身はユーヤなわけで。じゃあ性別は……?
「攸夜くん……この魔法でヘンなコト、してないよね?」
はたと気づいたようになのはが自分の胸のあたりを抱きしめ、まるで隠すように半身になる。言いたいことはわかるけど、あんまりだ。
「ばっ……! んなことするか、馬鹿じゃねーの!? つーか馬鹿じゃねーのっ!?」
すぐさま全力で全否定するユーヤ。珍しく動揺しちゃって……ふふっ、かわいい。
「どうだか〜?」と、混ぜっ返すなのはのジト眼はことさら疑惑的。でも、完全にからかってるよね、あれ。
おちびさんたち、顔を赤くしちゃってるし。
「──みなさん、なに遊んでるんですか……」
シャーリーの呆れたような声で我に返った私たちは、顔を見合わせて恥入るのだった。
第二十二話 「蒼月鏡華 後編」
ついにスタートした特別訓練。
ビルの屋上から見守っているだけの私──座っている場所は言うまでもなくユーヤの隣だ──も、なんだかどきどきして緊張してしまう。
なのはやシャーリーも黙りこくってデータの収集と全域の監視の作業にいそしむ。私たちは相手チームの詳しい動向を知ることはできない。ユーヤいわく、「何が起きるかわかったら面白くないだろう?」とのこと。
「やっぱいつもどおり、スバルが威力偵察するみたいだね」
「……だな」
大通りをまっすぐ疾走するスバルを眺めながら、なのはとユーヤが会話する。
そばで聞いていて、どこかユーヤの様子がおかしいことに気づく。眉の間に深いしわを寄せて、苦虫を噛み潰したようなひどい顔をしてるし……。
「おそらくはランスターの差し金だな。様子見……、というよりは速攻を仕掛けるつもりなんだろうが──」
「なにか気になることでもあるの?」
不安になって、思わず探りを入れてしまう。……私、ユーヤの感情に影響されやすいのかな。
浮かない顔のまま、ユーヤは声のトーンを下げる。
「戦略的には間違っちゃいないとはいえ、どうもにな」
氷河のように冷ややか眼が、スバルのやや後方を行くティアナを捉える。
そして、紡がれた声色も驚くほど冷え冷えとしていて──
「アイツ──、ランスターはパートナーを捨て駒にしてやしないか?」
「な……っ!?」
絶句。
絶句だ。
私もなのはも、シャーリーも。思ってもみない、想像するわけがない発想に言葉を失い、驚愕で目を見開くばかり。
「そ、そんな、そんなはずないよっ! ティアナとスバルはすっごく仲良しで、それで──」
「だがな。アグスタでのミスショットを初めとした行動の傾向を見て、一点の曇りもなく“違う”と言えるのか?
本当に相方を信頼していたのなら、あんな軽はずみな行動は取れないはずだ。ランスターは自分の目標のため、立身のためなら友すらも切り捨てる──、俺にはそう見える」
「う……」
叩きつけられた言葉の羅列を否定できず、口をパクパクと開閉するだけのなのは。ショックで顔を青ざめさせて。
「まあいいさ」
厳しさを霧散させ、ユーヤは肩をすくめる。いまはもう、普段の飄然としたいつもの彼に戻っていた。
「これは俺の単なる杞憂だ。アイツがそんな人でなしじゃないことを祈るだけだよ」
皮肉も忘れないあたり、いじわるである。
「攸夜くん……」
「んな顔すんなって。ほら、下じゃあ小競り合いが始まってるぞ?」
あ、ほんとだ。戦域では、スバルが“スバル”と交戦を開始していた。
繰り出すリボルバーナックルをアイゼンブルグが受け流す──それはさながら鏡写しの戦い。マッハキャリバーのない“スバル”だけど、自らの健脚と魔力爆発──ユーヤが陸戦で使う技法だ──で、そのディスアドバンテージを補い互角の力を発揮している。
幾度も激突する鉄拳の衝撃がここまで届いてしまいそう。
『──っ、シューティングアーツ!?』
『いぐざくとりー♪ さすがに解っちゃうよねぇ、キミには。
そんじゃまあ、ちょっとばかしワタシにつきあってってよ。退屈はさせないから、さぁ!!』
『ぐ──、うあっ!』
魔力爆発による加速からの痛烈な一撃。スバルがたまらず大きく吹き飛んだ。……やっぱり女の子の“演技”、上手すぎない?
「スバル……ううん、ギンガの動きによく似てる……」
「そうなの?」
「うん。このまえちょっと手合わせしたから」
い、いつのまに……。
あんまり無茶はしてほしくないんだけどなぁ。腕とか、撃墜されたときの古傷があるんだし。
まあ、気を取り直して。
どうして? と視線でユーヤに聞いてみる。なのはも知りたそうにしていた。
「ん? 見てコピった」
「「はい?」」
いまなんて?
「魔力の流れを見て覚えたんだよ、シューティングアーツを。まあ、所詮はにわか仕込みの付け焼き刃。ギンガほどの練度はないんだがな」
あっさりと。ごく自然に言いのけた。
“見て覚えた”って……そんなばかな。魔力にすごく敏感だからだなんて、そんなばかな。
苦労して会得した武術をあっさりマネされたんじゃ、ギンガも立つ瀬ないと思うよ?
ていうか──
「それって写輪眼?」
「惜しい! そこは白眼と言ってほしかったな、中の人的に」
「中の人なんていないよっ!」
うん、いいテンポの掛け合いだったね。うんうん。
「おー? ギリギリ間に合ったみてーだな」
聞こえた声にふと顔を上げてみれば、紅いドレスの女の子が屋上に降り立つ。着地した瞬間に真紅の光が弾け、服装はブラウンの制服に変わっていた。
「あれ、ヴィータちゃんだ」
別働隊所属のヴィータだった。予定では、今日も探索任務で出払っていたはず。
「外回りから帰ってきてたんだね。シグナムは?」
「ついさっきな。我らが将殿なら、今頃は報告書でも書いてるんじゃねーの?」
投げやりな返答。
なにかピンときたらしいなのは。「デスクワークから逃げてきたんだ?」
「……まぁな」ヴィータが気まずそうに視線を逸らした。
ごほん!
ヴィータのせき払い。
「んで、戦況は? 訓練はどうなってんだ」
「まだまだ、始まったばかりさ。見所はたんと残ってるよ」
ここで初めてヴィータに視線を向けたユーヤがニヒルに言う。
──そうこうしているうち、戦況は移り変わっていた。
ティアナたちが激闘を繰り広げる二人のインファイターに接近する。どうやら援護して各個撃破するつもりみたいだけど……。
「月並みな台詞だが。そうは問屋が卸さないんだな、これがさ」
『狙い撃つわよ!』
それを読んでいたユーヤの呟き。伝え響く、女の子の砲哮。
ちゅどーん。
一瞬遅れ、ティアナたちの目の前に粉塵と土砂の柱が吹き上がる。行く手を阻むのは、遠距離からのピンホールスナイプ。
──すでにそこは、“彼女”の射程の真っ直中だったのだ。
『狙撃!? どこから──』
『ほらほらぁ! ぼやぼや突っ立ってると挽き肉になるわよ!』
どーん。
砲撃を放つのは、とあるビルの屋上の立つ“ティアナ”。おそらく“ティアナ”は、開幕直後から光学迷彩で姿を隠し、さらにガンナーズブルームの機動力を生かして狙撃位置を確保していたのだろう──誰の目にも留まらず、秘密裏に、だ。
こういうクレバーな戦い方は、“彼女”がユーヤの分身であることを如実に感じさせた。
『有象無象を飛び越えて、あたしの魔弾は敵を射抜く!』
どどーん。
雨のように降り注ぐ鉛の嵐が破壊の爪痕を刻んでいく。
この破壊力、とても模擬弾を使ってるようには思えない。あたりどころが悪くてケガしないだろうか、と見ている方はハラハラだ。
「つーか反則だろ、ガンナーズブルーム」
「あの破壊力に機動力がデフォルトだもんねぇ。砲撃魔導師のプライド、ちょっと傷つくかも」
教導隊出身の二人の統一見解に、私も内心で同意。
とか言いつつ余裕綽々なあたり、なのはも負けず嫌いというかなんというか……。
『くっ、やられた……! ちびっ子コンビっ、いったん散開してポイントB6で合流! いいわね!?』
『はい!』『了解です!』
『スバルっ! アンタもはやく撤収──』
『あれぇ、しっぽを巻いて逃げちゃうんだ? でもいいのかなー、そんなんで“なのはさんみたいな魔導師”になれるの?』
『っ!』
焦りを隠せないティアナの指示にかぶせた“スバル”の挑発に、さあっとスバルの顔が紅潮した。ほんと、いじわるだなぁ。
『くすくす』
『あっ、待てッ!!』
悪意のある嘲笑。反転したシャドウがものすごい速さで走り去る。
マッハキャリバーを起動させ、スバルが追いかける。完全に頭に血が上っちゃって、パートナーの制止の声も聞こえていない。
『逃げるなー!』
『あばよ〜、とっつぁんっ♪』
熾烈かどうかは微妙な追撃戦。逃げる“スバル”に、スバルの手が届くか届かないかの瞬間──
『うわわっ!? ──ぐぎゃっ!?』
どてーん!!
突然、スバルが盛大にすっころげた。
ずざざーっ、と勢い余って地面を滑ると大の字になって沈黙。あれはかなり痛そうだ。
でも、どうしてあんなところで……あっ、スバルのこけた場所に重たげなコンクリートの残骸が。そっか、“ティアナ”が瓦礫を幻術で隠蔽していたんだ。
『あちゃー、足下にはご注意を』
“スバル”がスバルを嘲笑う。
なんて単純で、なんて意地の悪いトラップなんだろう。ユーヤらしい費用対効果に優れた一手だと感心してしまった。
──もっとも。
「うわー、エグいね」
「エグいな」
「エグいです」
なのはたちの感想はそうじゃないみたいみたいだけど。