『どう、キャロ。ティアナさんたちと繋がった?』
砲撃の雨から逃れ、なんとか合流ポイントに到着したエリオとキャロ。スバル・ティアナとは完全に分断されてしまっていた。
念話で連絡を試みていたキャロが首を横に振る。
『──ううん、ダメ。何度やっても、応答なしだよ』
『そっか。……まだ交戦中なのかな』
『たぶん……』
らしくなく、弱気な声を上げるキャロ。幻影とはいえ「ししょー」と慕うユーヤが相手だからだろうか、完全に気後れしてしまっているようだ。
『きゅるー……』フリードが意気消沈ぎみの飼い主を心配して、情けない鳴き声をあげた。
『えっと……大丈夫だよ、きっと。ティアナさんもスバルさんも強いんだし。それに、その──』
言葉に詰まり、エリオはどこか言いづらそうに頬をかく。そのほっぺはリンゴみたいに赤く染まっていた。
『なにがあっても、僕がキャロを守るから』
不安がるキャロを安心させるように、エリオが若干ぎこちなく笑いかけた。──おお! かっこいいセリフが飛び出したよ。
やるなぁ、エリオ。あのキャロが、不意打ちにびっくりして目をまんまるにさせちゃってるし。
『エリオくん……、ありがとう』
すこし恥ずかしそうな、うれしそうなはにかみがこぼれる。どうやら、気落ちしたキャロを元気づける試みはうまくいったみたい。エリオもつられて恥入ってしまっているのはご愛嬌かな。
二人の甘酸っぱいやりとりに、後ろの方できゃーきゃー黄色い歓声を上げてるなのはとシャーリーは見なかったことしよう。無視無視。
普段は冷静沈着、自信満々でなにごとにも動じないようでいて、ふとした弾みで見せる女の子らしいか弱さはひどくアンバランスでギャップを感じさせる。──こういうのを、「男殺し」とか「小悪魔系」って言うんだよね、世間では。
(うん。でも男の子はそうでなくっちゃね)
まっすぐな眼差しで戦域を望む、世界で一番頼りになる男性の凛々しい横顔をちらちら盗み見る。
いまのエリオもなかなかに頼もしかったけれど、私の理想の男性である“彼”と比べてしまえばまだまだ未熟だ。男らしさのレベルが段違いだもん、仕方ないよ。
でもまあ今後の成長には期待大、だね。
弟分の男の子らしいところを感心していたそのとき、エリオの背後でぎらりと光る鈍い輝きがよぎる。
瞬間、路地に広がっていた暗がりから一筋の影が跳び出した。
『──ッ!?』
『エリオくん!』
──ぎぃんっ!
飛び散る火花。堅い金属と金属とが衝突した甲高い音が鳴り響く。
受けたのは青い槍。
仕掛けたのは黒い槍。
それらを携えるのは、どちらも赤い髪の利発そうな男の子。鏡合わせの少年騎士──ふと、そんなしょうもないフレーズが頭に浮かんだ。
黒い槍の持ち主は、奇襲が失敗したと見るや間髪入れずに飛び退く。5メートルほど離れた場所に軽快な足取りで着地すると、構えを解き、ことさら──演技に見えるくらい──驚いたような顔をする。
『防がれた? ……あっれー、おっかしいなぁ、今のは完全に取ったと思ったのに。さすが、シグナム師匠に稽古付けてもらってるだけのことはあるね』
エリオに襲いかかった男の子──シャドウである“エリオ”は、黒塗りの槍を気だるげに両肩で担いでいた。
言葉こそ残念そうだけど、口調そのものは軽薄に聞こえるほどひどく軽妙で。その言動、振る舞いはエリオ本人よりもずっと印象が幼く、子どもっぽい。年相応とも言う。
──辛い経験をしなかった「暗い部分をもっていないエリオ」、とでも言えばいいのだろうか。
『僕のシャドウ……!』
『待ち伏せされた!? そんな──』
『ははっ、ザンネン! キミたちの相手はぼくだけじゃないんだよね〜』
ニシシ、と“エリオ”がイタズラっぽい快活な笑顔を浮かべる。とてもエリオが浮かべるような種類の表情じゃない。
ふと、かすかな風切り音が耳に届いた。──上?
『っ、ケリュケイオン!』
『サークルプロテクション』
とっさに反応したキャロが両手を掲げ、桃色の光の壁が二人と一匹を包み込む。上空から襲い来る未知の脅威を魔法の障壁がどうにかというタイミングで阻み、防ぐ。
──ききききんっ!
いくつもの軽い金属音。
地面に転がっていたのは、鉄製らしき黒くて太い針のような、五寸釘のようなもの。十本、いや、二十本はあるだろうか。
『もう一人……!?』
“エリオ”の隣に音もなく、そっと降り立つ桃色の髪の女の子。軽装のミニスカートドレスと闇色のマントをふわりとはためかせ、遠慮がちににこっと微笑む。
この子はどちらかというと物静かで控えめで、おっとりな印象。その様子は、私が管理局の施設で出会ってすぐの頃、“彼”の影響を受けていない頃を彷彿とさせる。芸が妙に細かい。
『どうしてこんな先読みされてるの!?』
『……このコたちが教えてくれるんです、あなたたちがどこにいるかってことを』
キャロの疑問に答える“キャロ”の肩に止まった、一羽の蒼い小鳥。そして、足元でしゅるしゅるととぐろを巻く蒼い蛇。それら、透明な水晶の身体を持つ美しい生き物たちは、“サーチャー”の魔法が作り出した簡易使い魔だ。
この世界に漂っている意志の弱い精霊とか霊魂などに働きかけ、“意味”を与えて使役する──といった魔法らしいんだけど、いまいちよくわからない。科学を発端に発展してきたミッドチルダの魔導師に、そういうアストラル的な存在はあまりにもなじみがないものだから。
──ユーヤの見えている光景をいっしょに共有できないことは、とても残念でさびしい。
『情報収集は戦闘行為の基礎の基礎です』
『予め“目”を放っていれば、このとおり』
『どんな策でもお見通し』
『だって、最初からぜんぶ“見てる”んだからね』
『つまりみなさんは』
『飛んで火にいる夏の虫だった、ってわけ!』
やけに息の合っている二人の言葉を信じるなら、全域にかなりの数の使い魔がばらまいているらしい。
まずその用意周到さに唖然として。次に焦りと悔しさを露わにして、エリオが叫ぶ。
『くっ、そんなの卑怯だ!』
『卑怯ぉ? 失敬だなぁ、戦略的って言ってよ。そんなんだから、本体に“坊や”呼ばわりされるんじゃない。なっさけなー』
『っっっ!!』
『エリオくん、抑えて。あれがししょーのやり口だって、知ってるでしょ?』
挑発にいきり立つエリオをキャロがなだめる。
あーあー、エリオ、顔を真っ赤にしちゃって。あれ、完全に頭にきちてるよ。……まあ、あんな言い方されたら無理もないけど。
『ははっ、ぼくらの本体ならこう言うだろうね。“情報を征したものが戦場を征するんだ”、ってさ』
『ししょーのドヤ顔が目に浮かぶ……』
『……なんだかその言い様、ちょっとむかつきます』
額にちょっと青筋を立てた“キャロ”が、それぞれ三本づつ両手の指の間に黒い針を挟み、腕をクロスさせて構える。まるで扇を開いたよう。
同時に、キャロはバリアジャケットを闇色のマントをまとったスカート丈の短い軽装形態に変化──彼女はこれを“アサルトスタイル”と呼んでいる──させ、さらに両手に両刃の短剣を喚び寄せた。
それが合図になったのか。
誰からともなく、ぐぐ、と身体を深く沈みこませる四人。
──時間いっぱい。
爆ぜるようにして、四種の刃が街頭に交錯した。
「……飛針?」
飛び交う無数の針を見たなのはのぼそりとしたつぶやき。
そういえば、実家の武術とかでああいう武器を使うんだったっけ。私はよく知らないけど。
「どっちかというと棒手裏剣だな、あれは。投げるのに技術は要るが、牽制に使うなら軌道を見切りにくい分ナイフよりは幾らか上等だ」
「……まさか張り巡らしたワイヤーの上を走り回ったりとかはじめない、よね?」
え。なにその超人。
魔法使ってでもなきゃできないよ、そんなこと。
「さすがにそりゃあ無理ってもんです。──まあ、単分子ワイヤーくらいならもってるけど」
言うなり、虚空からワイヤーの束を取り出すユーヤ。なのはの言葉じゃないけど、ほんとびっくり箱みたいなひとだ。いろんな意味で。
「はあ。“箒”をたくさん持ってるのは知ってたけど、そういうのもあるんだね」
「まぁな」
「ほかにはどんなの持ってるの?」
──きっとこのとき、なのははほんの軽い気持ちで聞いたんだろう。とうぜん、すぐに後悔することになるなんて、神さまじゃない私たちにはわかりようのないことなわけで。
「ロングソードやレイピア、グレートソードなんかの西洋剣は基本形として──」
しゅんっ、何本何種類もの剣がザクザクと床に突き刺さる。
「え」と、無造作に現れた剣群に驚く私たち。思考がフリーズする。
「ヌンチャク、トンファー、ウォーハンマー。手斧、脇差し、青竜刀に日本刀。短槍、長槍、長刀、ハルバード。ダーツ、手裏剣、ボウガン、弓矢。ハンドガンサブマシンガンショットガンアサルトライフルライトマシンガンアンチマテリアルライフルロケットランチャーグレネードランチャー」
「え、ちょ」
呪文を唱えるような言葉の列挙に従い、なにもない空間にドサッと現れる武器の数々。時代錯誤の刀剣類から最新鋭の近代兵器まで、その種類は幅広い。
──ていうか豊富すぎるよっ!
「それから──」
「まだあるのかよ!?」
やけくそぎみにツッコむヴィータ。その気持ちよくわかるよ。
「カイザーフィストに九節棍、破砕丸と方天戟。桃剣、クリスタルエッジ、メテオライトソード。フェイタルホーク、スカーレットテイル、サイズ。もちろん暗器各種やハンドグレネードも──」
「ちょ、待って! わかった、もうわかったからぁっ!」
「ん、そうか?」
切羽詰まったなのはの悲鳴をもって、武器兵器の大行進はようやくのうちに終了。「まだ出してないのが山ほどあるんだがなー」、と軽い感じで武器を収納し直したユーヤはどこか物足りなさそう。
「おまえは歩く武器庫か」
ヴィータがあきれたような言は驚くほど的確な比喩だ。ほんと、その気持ちよくわかるよ。
以前、聞いたことがある。自分のカグヤにどれだけのものが入っているのか、ユーヤ本人にもわからないらしいってことを。
そのくせ、ほしいものは念じれば出てくるのだから始末に負えない。
「攸夜さん、どうしてそんなにたくさんの武器を持ち歩いてるんですか?」
「加減がしやすいからな」
「加減?」
シャーリーからの質問の答えは主語を抜かしたもの。続けてなのはが追求する。
すると、ユーヤはシニカルに苦笑し、左手を何度もにぎにぎ握る。確かめるような仕草がどこか寂しそうに見えるのは、気のせいではないはず。
「軽く小突くだけで普通の人間をミンチにしちまうんだよな、俺。だから相手の無力化とか得意じゃなくてさ。
その点、魔法処理の施されてない刀剣類や近代兵器ならその心配もないだろう?」
「それは……」
冗談にしても、笑えないよ。
「え、えっと……」ブラックジョークまがいのセリフに言葉を失う。なのはも、シャーリーも同様だった。
私たちの反応に自嘲的な冷笑を深めたユーヤが、ふいに虚空に目を向け、ため息をつく。
「おやおや。今日は予想外の客が多い日だね、どうも」
意図のわからない不可解なつぶやき。その意味を、私はすぐに目の当たりにすることとなる。
ヴン、と耳障りな不協和音を立てて空間が歪む。
これは“魔王”が現れる前兆。と、いうことは──?
「俺は招いたつもりはないんだがな。ベル、それにパール」
非幾数学的にねじれた多次元空間が、ゆっくりと本来のカタチに終息していく。
「あたしにも、招かれた覚えはないわね」
「やっほー☆ アル、元気ぃ?」
姿を現したのは非常に見目麗しいふたりの美少女。
深いパープルのセーラー服に、麻色のポンチョを羽織った銀髪の女の子。そして、白と赤のいわゆる巫女服と呼ばれる和装をした金髪の女の子。
しゃらん──
透明な鈴の音が、吹き抜けた風に乗って屋上に響き渡った。