──屋上には白々とした空気が蔓延している。
ティアナと“ティアナ”の激しい銃撃戦は依然続いていても、イマイチ身が入らない。
それというのも……、
「でさー、超古代都市ルルイエがないかって探してみたのよー、ファー・ジ・アースで」
「ガタノゾーアが出てきたらどーすんだよ。で、あったのか?」
「ぜんぜんっ。だからこっちの地球には期待してるのよねっ☆」
「見つからないことを心から祈ってるよ……」
鼻をつき合わせて雑談をしているヴィータとパールが気になって仕方ないからだ。
さっき意気投合してからこっち、ずーっとあの調子でおしゃべりを続けている。なかよくなるのはとてもいいことなんだけど、なんか腑に落ちない。あと、なんとなーく会話の意味がわかってしまう私は、ユーヤに毒されていると思う。
「あら、あれって呪文詠唱銃じゃない。よくもまぁ、あんな骨董品がまだ残ってたもんだわ」
そんなとき、ベルが誰ともなくつぶやく。どうやら、“ティアナ”が使っている武器について心当たりがあるらしい。
彼女の独り言にユーヤが反応を見せた。
「マジカル・ウォーフェア当時、俺が使用していたものだよ。あの頃はアイン・ソフ・オウルを封じられていたからな」
「そういやあんた、ファー・ジ・アースじゃ“魔弾”とも呼ばれてたっけ」
「へぇー……」
格闘のイメージが強いユーヤだけど、それ以上に多用しているのが射撃・砲撃だ。破壊力、命中精度ともにバツグンな攻撃方法を多数保有する彼なら、“魔弾”という異名もふさわしく思える。
なので、「ユーヤの持ち歌と同じだね」とちょっと茶々を入れてみた。……って、あれ? ユーヤ、いやそうな苦い顔してる。どうして?
「そんな開始早々退場しそうな二つ名、御免被りたいんだけどな」
「そっかぁ……じゃあ、ちょっと捻って“緋蝶”とか」
「後方不注意はもっとイヤですぅ」
「でもマンガ版じゃ後輩を守ってたよ?」
「どっちにしろ退場は免れないがなっ!」
──こう、テンポのいい会話って気持ちがいいよね。
最近、ようやく彼のノリにつき合ってくだらないかけ合いができるようになってきた。達成感もひとしおだ。
っと、訓練に集中しなきゃ。
『いい加減に墜ちなさい!』
『それはこっちのセリフよ!』
同じ声で言い合う二人のガンナー。オレンジとブルーの弾丸がお互いを撃ち抜かんと激しく飛び交う。
アクロバティックに飛び跳ねる“ティアナ”のスタイルは、さながらサーカスの曲撃ち。あれ、なんか親近感が……?
『ふん、どこ狙ってんのよ。ノーコン!』
『そう見えるんなら、あんたの目は節穴ね』
『えっ──?』
“ティアナ”の放った一発の銃弾が逸れていき、屋上の一角で、ぴん、と張り詰めたピアノ線らしきものを断ち切った。
瞬間──
『うっきゃあああーーっ!?』
ちゅどーん!
あらかじめ仕掛けられていたらしい爆薬が、連鎖的に次々炸裂して屋上を火の海に変える。ご丁寧にもティアナを中心として、だ。
とりあえず、この威力でビルが倒壊してないのは偶然じゃない、完全完璧に計算されたプロの仕業だった。
え、“ティアナ”? 彼女なら“箒”に乗ってさっさと退避しちゃったよ。ちゃっかりしてるなぁ。
「ナイトウィザード03重傷判定、戦闘不能。──ティア、負けちゃいましたね」
プスプスこんがりいい感じにコゲたティアナへ無情な判定を下し、シャーリーが苦笑した。
「あちゃー」と困ったような顔をして額に手を当てるなのは。そのままちょっと頬を膨らませてユーヤを見やる。教え子が負かされたのが悔しいらしい。
「最初っからこうするつもりで誘導してたんだね、ティアナたちを」
「まあな。ランスターは頭こそ切れるが、物事を自分の常識に填めて決め付ける視野狭窄な傾向がある。だからこうやってお粗末な罠に引っかかるわけだ」
「そうかなぁ? ティアナって、けっこう柔軟な考え方のできる子だと思うけど」
なのはが異を唱える。
「頭の出来じゃないんだよ、問題は。いや、なまじっか思考力が優れているからこそ自分の考えに固執するんだろうさ。
ま、要は思い込みが激しいんだな、誰かさんみたいに」
「……誰かさんて、まさか私のこと?」
「はっはっは、何のことだかわかりませんね、高町さん」
耳ざといなのはの指摘に、慇懃無礼な口調でユーヤが笑う。そのパターン、見えすいてるよ?
「ともかく。今回の敗因は、パワーゲームで勝敗を決しようとしたこと。この訓練の攻略法、肝心要なところは別にあるのさ」
むぅ、これは意味深だ。なにか見逃しているファクターがあるのだろうか。
……でもまあ、どっちにしろ大勢はもう決まっちゃったかな。4対4の形が崩れてしまったし。
いくら個人の力が強くたって、戦いにおいて最終的にものを言うのは数である。もちろん、状況次第ではあるけど。
Sランク魔導師である私やなのはだって、百人単位の人間を制圧するのは困難だし、千人を越えた軍隊を打ち倒すだなんて無理な話だ。リインフォースとユニゾンしたはやてならそれくらい蹂躙できる、という点についてはこの際置いておく。
ちなみにユーヤは、一万だろうがなんだろうが独りで打倒してしまう。「俺を止めたければ、管理局の全戦力を持って来るんだな」とは本人の言葉。兄さんが試算したところによると、全ての戦力をフルに使って七日七晩戦って、それでもせいぜい相打ちが限界なんだとか。どんだけー?
ともあれ、視点をもう一方の戦場に移そう。
こちらは建物の内部で戦っているようだ。オフィスにピッタリな広々としたフロアでは、激闘が続いていた。
稲妻が奔る。
青と黒の雷光が何度も煌めき、その度に激しい硬質音が撃ち響く。
彼らは影を置き去りにする速さで動き回り、残像すら掴ませない。
縦横無尽──ほとんど同じ姿をした小さな騎士たちが、ほとんど同じ動きで鉾先を交える。しかし、これではいつまでたっても勝敗がつかない。いわゆる千日手、というものだ。
……では、その均衡を崩す要因はなにか。
──第三者、である。
『合わせて、エリオくん!』
『わかった!』
言いながら、ナイフを三本投擲するキャロ。“エリオ”がそれを槍で叩き落とすことで生じたわずかな間隙を縫い、エリオが魔法の発動体制に入る。
『ストラーダ!』
軽く飛び上がるこのモーション、私にもなじみの深い魔法だ。
『サンダーレイジ』
『いっ、けええええっ!!』
床に突き立ったストラーダから生み出された幾条もの青い雷撃──サンダーレイジがシャドウたちに襲いかかる。
大技を放つとき、たいていの場合、相応の隙が発生する。私が見るに、エリオと“エリオ”の戦闘能力はほぼ互角。であれば、普段以上にそういった一瞬の隙が勝敗の決め手と言っても過言じゃないだろう。
だから、キャロのサポートは的確だった。
けれども。
相手もひとりではないことも、忘れてはいけない。
『シッ!』
“キャロ”が小柄な身体を存分に使い、振り回すようにして飛び道具を放つ。コンクリートに刺さった鉄製の針に引き寄せられ、雷の筋が散っていく。
あれを文字どおりの避雷針に見立てて──どうやら特別な加工も施されているらしい──、雷撃の進路を逸らしたようだ。
こういう風に、簡単に対策をとられちゃうのが雷撃系の弱点なんだよね。
『てんきゅ』
『どういたしまして』
大きく飛び退く“エリオ”は、天井の角にピタリと吸いつくように着地する。
くるん、と槍を逆手に持ち替えての投擲体勢。彼の前に、蒼い、幾数学的な七芒星の魔法陣が描き出され、同時に槍をリング状の光の帯が取り巻いた。
『そぉら、お返しだよ!』
かなり無理のある体勢から投擲された黒い槍が魔法陣を通過して数え切れないほど分裂、撃ち下ろすように放たれる。
エリオとキャロは、圧倒的な破壊力を持った黒い雨にさらされた。
『くっ、バリケードぉっ!!』
ギリギリのタイミングで二人の前に立ちふさがった鋼鉄の壁が、猛威を振るう黒い嵐をどうにかこうにか防いでいた。
いまの技は、電撃による範囲攻撃ができないからそのかわり、ということなのだろう。それにしては、威力がありすぎるような気がしなくもない。まあ、深く考えたら負けだ、うん。
舞い上がった砂煙が室内を包み込み、視界を曇らす。さらに鉄の壁が立ちふさがっていれば、まったく前が見えなくなってしまう。
そしてこの状況を黙って見ているほど、シャドウたちは甘くない。
風のように走りながら地面に刺さった槍の一本を抜き、“エリオ”が猛然と技後硬直中のキャロに肉薄する。
死角からの襲撃。
『ッ! 裏界の公爵、宵闇に馳せる麗しの騎士、疾く来たりて彼の者を阻めっ!!』
とっさに反応したキャロの早口な詠唱。一瞬で魔法が紡がれる。
“エリオ”の強襲を際どいタイミングで阻む、黒い旋風が吹き荒れた。
『──“魔騎士”エリィ・コルドン。盟約の下、馳せ参じた』
バサリ、と闇色に染められたマントをはためく。鮮やかな裏地の紅が目にまぶしい。
キャロを背にかばうように現れた金髪青眼の人物は、いつかマンガかなにかで読んだ──そう、リボンの騎士。まさしくそんな感じの服装をした綺麗な女性だった。
「ふぅん。あの子、エリィも喚べたんだ」
「裏界魔王の中では比較的御し易い分類に入るからな、“魔騎士”は。空気読めないけど」
「ま、そうね。空気読めないけど」
と、ユーヤとベルの会話の話題は召喚された女性のこと。キャロの召喚は“侵魔召喚”、つまり異界から魔王を呼び寄せ力を借りる技法だ。なので、呼び出された相手のことをこの二人が見知っていても、なんらおかしくはない。
──あ、よく見るとあの人のマント、キャロのとお揃いだ。なにやら魔力の織り込められた一品だったし、彼女から譲り受けたりするのかな。
『エリィさん、彼の相手、お願いします』
『任せておきたまえ。弱き者を守るが騎士の務め、我輩の矜持であるからして』
ぴんっ、と目の前に立てていた銀色に輝く豪奢なレイピアを“エリオ”に突きつけ、銃士姿の麗人が古風な言葉づかいで大仰に言い放つ。
私が今まで目にしてきた“魔王”たちと同じく、優雅な所作の一つ一つに気品と自信があふれていた。
芝居がかったところがさらに、その印象を強めていて──まるで、いつかユーヤと観に行ったオペラに出てくる登場人物みたい。
『して、敵はシャイマールの分体か──、ふふっ、面白い。相手にとって不足無し』
“エリオ”の正体をひと目で看破した麗人は広い帽子のつばに指先を添え、流麗な声を響かせる。さきほどの詠唱から察するに、彼女は“公爵級”──ユーヤと同格だ。かなりの実力者と見て間違いないだろう。
それを裏づけるかのように、じりじりと後退して間合いを計る赤い髪の男の子。陽気に振る舞っていた彼がここに来て初めて、苦々しい表情を見せた。
『裏界最速の騎士、か。キャロも嫌なヒトをピンポイントで喚んでくれるね』
むむ、最速……。
いったい私とどっちが速いんだろう……、競争、したいなぁ──
『さっすがはぼくらの本体の一番弟子、やることが悪らつだ』
『……ほめられてるような気がしないんですけど』
『ふむ、我輩にもそうは思えんな』
『うう……、ししょーなんかに師事したばっかりに、まともなヒロインになれないんですぅっ!!』
うなだれたキャロが理不尽を世界に叫ぶ。涙目だ。
キャロ……、そんなこと言ってるからいつまでも正統派になれないんだよ、はやてみたいに。──はっ!? なんか変な電波受信してた。
なお、ユーヤは「なんかとはなんだ、なんかとは」としっかりきっちりツッコミを入れてる。
『些か邪魔が入ったが。──では改めて、舞踏の時間と参ろうか』
麗しき女騎士が高らかに宣言する。
返答は、あふれるような魔法の息吹──ソニックムーブやブリッツアクションと同類の高機動補助魔法、“リフレクトブースタ”だ。
『いざ尋常に──』
『『勝負!!』』