ところ変わって六課玄関前。
快晴の秋空の下、攸夜とユーノは人を雑談で時間を潰していた。
「はぁ〜……、ユウヤのおかげでひどい目にあったよ」
「何言ってんの。誰のおかげでなのはのチチを堪能できたと思ってんだ」
「まあそうかも。役得だよね」
「ははは、このムッツリさんめ」
──事の始まりは、せっかくの行楽日より、ヴィヴィオを連れて四人でどっか行こうぜ──という攸夜の思いつき。
当初、難色を示していたなのはとユーノだったが──フェイトは「なのはたちが行かなくても行こうかな」と最初から乗り気だった。隊長のクセに──、攸夜から、「ヴィヴィオに“外”を見せてやりたくないか?」と言われてしまえば黙るしかない。むしろこの提案が彼の本命だったのだろう。
そんなこんなで後事をギンガとティアナ──攸夜いわく「これも経験だ」──に任せ、四人はヴィヴィオを連れて街に繰り出すことと相成ったというわけだ。
このことを聞きつけたはやてが「なんで私も誘ってくれへんのや!!」と大いに憤慨し、副官二人に呆れさせたのは余談。
「ところでユウヤ、この車ってフェイトのだよね?」
二人の目の前には、ハードトップの屋根を全開にした“青い”スポーツカーが鎮座している。
「そうだぞ。お前もいつかの飲み会ん時に見たろ?」
「うん、覚えてる。でもさ、これって黒じゃなかった? 今は明らかにブルーなんだけど」
「ん? ああ、なんでも塗装が特別らしくてな。うーん、何だっけ……外装表面のナノマシンに電気流して、光の屈折率を操作して色を変えている──とかなんとか、フェイトから聞いた」
「無駄にハイテクだねー」
「正直よくわからん」
「ていうか機械音痴は直ってないんだ、ユウヤってば」
「ほっとけ」
ぶすっとふてくされ、そっぽを向く仕草は相変わらず子どもっぽい。
やれば人並み程度にはできるのはずなのになぁ、とユーノは言葉に出さず独り言ちる。実際、使うだけなら超科学の塊である“箒”も問題ないらしい。武器だからだろうか。
そんな感じで益体もない無駄話をダベっていると支度を終えた女性陣がやってくる。毎度お決まりのパターンだ。
「おまたせー!」
「ごめんね、なのはの準備が手間取っちゃって。ユーノと遊びに行くからって張り切っちゃうんだから」
しれっと責任の押し付けを計るフェイト。事実だが、さすがになのはもむっとする。
「むむっ。フェイトちゃんこそ、攸夜くんとおでかけだからって気合い入れてたじゃん。おあいこだよ、それ」
「あう……」
返す刀の図星な指摘にフェイトが言葉を失った。
張り切るなのはの格好は、白のブラウスにオレンジのベスト、デニム生地のショートパンツ。それから、ボーダー柄のニーソックスにベストと合わせたスニーカー。なのはらしい、活動的で年相応な装いだ。
ちなみにバックは花柄桜色のトート。こちらもなかなかどうしてかわいらしい。
一方、フェイトの服装は、水色のロングワンピに白い長袖のカーディガンとヒールのサンダル、つば広の真っ白な帽子──青いリボンが巻いてある──がアクセント。両手に持ったキャメルのショルダーバックも高そうだ。
テーマは「清楚なお嬢さま」。もともとおしゃれにあまり興味を示さないフェイトが、恋人の偏った趣味に影響されまくった結果だった。
二人とも厚くはないがメイクもばっちり。そりゃあ時間もかかるわけである。
「そう言ってやるなよな、なのは。俺のために頑張ってくれたんだ、男冥利に尽きるってもんさ。──よく似合ってるよ、フェイト」
「うん、ありがとう」
何気なく放たれたほめ言葉。それでもフェイトはうれしそうに頬を染めてはにかむ。
つくづく気の利く男だが、その理由はつい先ほど判明したばかり。あの混乱の中、フェイトは「だからランジェリーショップとかが恥ずかしくないんだね」とか納得していたらしい。やはりどこかズレている。
「で、ヴィヴィオは……ほー、なかなか悪くないな。やっぱなのはが見繕ってやったんだよな?」
「うん、そうだよ。おでかけだから、ちょっとがんばっちゃった。ねー、ヴィヴィオ?」
「えへへー、おでかけー、おめかしー!」
子供らしいデザインの、ピンク色のワンピースを着たヴィヴィオは、にぱーっと満面の笑みで元気いっぱいばんざいする。よほど“おでかけ”が楽しみなのだろう、全身がありったけの喜びを表現している。
なにこのいきもの、かわいすぎるっ! ──あまりの愛らしさに撃沈したフェイトとなのはが口元を押さえて悶絶した。
「お前ら、鼻血は拭いとけよー。……さてと、じゃあそろそろ行こうか。運転は任せとけ」
「一応聞いとくけど。免許は持ってるの、ユウヤ?」
「愚問だな。各種自動車に船舶・航空機、次元航行船まで何でもござれだぞ」
「よかった。あとは無事に目的地につけるかだね」
「…………ナビ頼む」
「はいはい、任せてよ相棒」
助手席側のドアを開き、ユーノは満足そうに破顔した。
□■□■□■
クラナガンの繁華街。
とりあえず昼食を、と言うことでその辺のファミリーレストランへ。
ヴィヴィオの両脇をフェイトとなのはが挟み、その反対側に攸夜とユーノがそれぞれという席順。幼女の意見を汲んで“ママ”たち二人が側にいてあげているわけだが、本人たちはちょっと不満気味だった。
「ヴィヴィオ、おいしい?」
「うんー!」
いわゆるお子さまセットのプレートを前に、ヴィヴィオは至ってご満悦の様子。内心の不満をおくびにも出さず、なのはがその口元についたケチャップやらなにやらをハンカチで拭う。
子ども用のフォークを片手に悪戦苦闘するヴィヴィオだったが、なのはの教育方針(?)で手伝わない。過保護なフェイトが助けたくてうずうずしていたが、自分の大好物である黄色いふわふわのソレが来た瞬間、その習性はどこかに行ってしまったようだ。
「それにしてもフェイトちゃん、オムライス好きだねー」
「うん、大好きっ」
天真爛漫な答えに、子どもかっ、というツッコミをなのははなんとかグッと飲み込んだ。
フェイトにとって、オムライスは攸夜が初めて自分のために作ってくれた思い出の味。そして初めて明確に感じた“愛情”の象徴でもある。
記憶を失っていた間も無意識のうちに好んで食べていたのだから、それがどれだけ彼女の荒んだ心の救いだったのか──余人に計り知れない。
ちなみにたい焼きは恋と優しさの象徴。
豚カツ定食をつついていた攸夜が、ふと思い出したように話題を切り出した。
「いつだったかな。こっちに帰ってきてすぐの頃、夕飯にオムライス作ってやったことがあったんだよ」
「ふむふむ、それで?」
「本当に久々だったからさ、精根込めて俺の持てる技術の粋を込めた最高傑作を振る舞ったんだけど……泣かれたんだ、フェイトに」
「泣かれた? おいしくなかったの?」
「うんにゃ。美味しくて、懐かしくて、幸せだからって」
「うわー、フェイトちゃんらしいというかなんというか……」
「フェイトは感動屋だね」
恥ずかしい過去を暴露され、かあっとフェイトが頬を紅く染める。そんな恥ずかしがり屋な恋人の様子を楽しみ、攸夜は優しく笑いかけた。
「俺もう嬉しくってさぁ〜、ますますフェイトのことが好きになったってわけさ」
「結局のろけなの!?」
攸夜の話題は九分九厘、彼女のことについてである。
一通り食べ終わり、食後のデザートの時間。ショートケーキやモンブラン、ザッハトルテなどなど。どれも甘くて美味しそう。
──と、なのはとユーノが仲良くしているのを見て、ヴィヴィオがむくれる。“ママ”が取られるとでも思ったのだろう。
「むー」
「そう邪険にするものじゃないぞ、ヴィヴィオ。このお兄さんは、お前のパパになってくれるかもしれない人なんだからな」
「……パパ? ヴィヴィオの?」
「「なっ!」」遠回しなからかいに声が上がる。
が、攸夜は無視して言いたいことを言う。そろそろにぶちんで奥手な二人も覚悟を決めて、お互いの気持ちに真摯に向き合うべきだろう──そんな思いを込めて。
「そうだぞ〜。お兄さんとしては、お前に二人の仲を取り持ってもらいたいくらいだ。古人曰く、子は鎹って言うしな」
「かすがい?」
「仲良くなるってことだ」
純粋無垢な幼子に碌でもないことを吹き込むわるーいまおーに、なのはは黙っていられない。
「ちょっ、攸夜くんっ! いきなりなんの話なの!?」
「うん? なんだ、なのは。まさかお前、その歳でシングルマザーにでもなるつもりか? お兄さんは感心しないなぁ、片親は確実に子どものためにならないぞ?」
「違っ、そうじゃなくて! ていうかどうしてそういう話になるのかなっ!? そもそもお兄さんておかしいよ、攸夜くん私より年下でしょ! 8ヶ月だけど!」
「まあまあなのは、落ちついて。ユーヤはちょっとやりすぎ」
ぷりぷりエキサイトして支離滅裂な友を宥め、フェイトがじとっと睨むと攸夜は肩をすくめた。
茶化しているような言葉が本心であるとフェイトは見抜いていたし、焚きつけていることも理解していたけれど、心情的には親友に味方したくなる。からかわれて恥ずかしいのがわかるから。
「冗談はさておき。真面目な話さ、地球でもそうだが、ヴィヴィオみたいな孤児を養子にするには、配偶者が必須条件なんだよ」
「え……そ、そうなの? ユーノくん?」
「うん。いわゆる特別養子制度だね。ちなみに、養親になるには二十歳以上じゃなきゃ駄目なんだ、地球じゃどうなのかは知らないけどね」
「ま、俺がこっちに来た当初は時空管理法にはそんな条文なくってさ。明らかに片手落ちだから議会工作かけて改正させたんだが」
「工作って……」
「それが俺のお仕事です」
実際、制度の穴を悪用した人身売買じみた犯罪が横行していたのだが、何がしかの利権が絡んでいたらしく──あるいは戦力を求める最高評議会の意向で──、長らく是正できなかったという経緯がある。フェイトがハラオウンの養子になれたのもこの穴のおかげなので、痛し痒しと言ったところか。
「詳しいんだね、ユウヤ」
「フェイトの仕事の手伝いになるかなと思って、民法・刑法・国際法は一通り勉強したんだ」
なお、フェイトはそれなりに優秀なので今のところあまり役に立ってはいない。
「うう……、で、でもでもっ、べつに親子になる必要はないっていうか、いっしょに住むだけなら──」
「それ、ちょっとむずかしいかも」
「フェイトちゃん?」
意外なところから待ったがかかり、なのはは首を傾げる。
その発言者──フェイトは食後のデザートであるプリン・ア・ラ・モードを放置して、割と真面目な眼差しをなのはに向けていた。
「あのね、なのは。ヴィヴィオみたいなワケありの子どもを親元から保護したり、いっしょに住んで面倒みたりするのには児童指導員資格っていうのが必要なんだ。国際資格だよ」
「そうなの?」
「うん。私、執務官の仕事で必要になったからがんばって勉強してとったんだ。エリオのときは持ってなくて、いろいろ手続きとか大変だったんだよ。そのせいで、さびしい思いさせちゃったし……」
「縁もゆかりもない子どもの里親になる訳だからな。知識だけじゃなく人格素行面なんかが厳しく考査されるのさ、もちろん社会的地位も大事だけどね。
ちなみに俺も持ってるぞ。キャロを俺たちの家に住ませてた時期があったからね」
今でこそ簡単に言う攸夜だが、実は割と必死に勉強していたことをフェイトは知っている。彼の面子を潰してしまうので言わないが。
「はぅぅ〜……」情けない鳴き声を上げて、テーブルに突っ伏すなのは。胡乱な目で自分を“ママ”と慕う幼女を見る。
「……“ママ”になるのって、たいへんなんだなぁ〜……」
「そうだね。お母さんになるのはすっごく、すーーっごく、たいへんなことなんだよ。たぶん、きっと」
うんうんと頷き、ひとりで納得するフェイトになのはの目が点。ユーノと顔を見合わせた攸夜はやれやれと首を振り、紅茶を啜った。