「ぐ、ぁ……」
「ウフフ……、散々手こずらせてくれましたけれど、これで終わりですわね」
灼炎燃ゆる市街地。
見るも無惨なボロボロの姿で地面に伏せたユーノの右手を、壮絶な笑みを浮かべたタルウィのピンヒールが踏み潰している。
結界を力づくで破られ、通常空間に放り出されたユーノは、怒り狂った魔神の力に為すすべもなく嬲られ、鮮血に塗れていた。
両者が帰ってきた時点で、民間人の避難が始まっていたことは唯一の幸いか。
嗜虐心を露わにし、グリグリと骨が折れんばかりに体重を込める。その度に、足元から呻き声が聞こえ、タルウィの憤懣は愉悦に変わっていく。
紅いマニキュアの塗られた指を立て、その先に膨大な魔力が集まる。それは瞬く間に膨れ上がって、一つのを形成した。
火球とはまた違う、純粋な熱の塊。防護服で守られているユーノはともかく、アスファルトや周囲の建築物、車両などが圧倒的な温度に曝されてみるみるうちに溶かされていく。
それはまるで火の点いたロウソク、刻一刻と失われていくユーノの命を暗喩しているかのようで。
「果てなさい」
「……っ」
致死量の熱がユーノを焼き尽くさんと解き放たれるその刹那――
眩いばかりに光り輝く奔流が空間を切り裂く。
タルウィを横合いから飲み込んだ光はビルに突き刺さり、巨大な爆発を引き起こした。
今まさに多大なる破壊を引き起こすその暖かな色合いの薄紅色に、ユーノは見覚えがあった。
わからないはずがない。
傍らでずっと見続けていた魔法の光。憧れて、護りたいと想う光だから……。
「ッ、お前は――!?」
爆心地、瓦礫を押しのけて立ち上がるタルウィが睨みつけた先に、燃え盛る炎の中を悠然と進むシルエットがある。
力強くも優雅な印象を与える白青のドレス。熱風に揺らめく白いリボンと二房の髪。その左手に槍状の杖を携え、白い靴から三対の光翼を広げた純白の魔導師――――
「高町、なのは……!!」
憎悪を込めて名を呼ばれた彼女――なのはは、魔神にちらとも視線を向けずにただ静かに、真剣そのものといった表情で歩を進め、傷ついた青年の傍らに辿り着く。
「なの、は……」ズタボロの身体を無理に起こして、ユーノが見上げる。エクシードモードのバリアジャケットを纏う彼女の凛々しい姿に懐かしい面影が重なる。
真剣な雰囲気を崩し、なのはがユーノに語りかける。どこか涙を流すように、微笑んで。
「ユーノくん、すこし休んでて」
「……ごめん、僕が――」
「うん、すぐに終わらせるから」
短く言葉を交わすふたり。
自分を見つめる清廉な青紫の瞳に浮かぶ断固たる意志を見て、ユーノは安心して微笑み、自らを癒すための結界を張った。
なのはは彼にもう一度笑みを返して、“冥魔”へと向き直る。
「――ふ、ふんっ、たかが小娘が出てきたところで今更! ましてやマトモに戦えないような臆病者など、わたくしの敵ではなくってよっ!」
「なんとでも、好きなように言えばいいよ。……私はもう迷ったりしない、そして見失いもしない。ただ、この胸の想いを最後まで貫き通すだけ――」
翼が羽撃き、なのはがふわりと浮かび上がる。
桜色の羽が舞い散る様はいっそ幻想的なほどに美しく。その光り輝く姿はまさしく“天使”――か弱き人々の盾となり、邪悪な意志から護り抜く勇気の星。牙なきものの牙、絶望に抗う者たちを導く先導者。
「――ッ!?」
言い知れぬ気迫と闘気に気圧されて、タルウィは反射的に後退った。
仮にも悪徳を極めた魔神が、たかだか強い力を持っているだけでしかないヒトの小娘に、である。
ごく静かな表情で、レイジングハート・エクセリオンを腰だめに構えるなのは。その尖端から伸びる紅くれないの刃――ストライクフレーム。自分の全てを賭して弱きもの――大切な人たちを護るという、彼女の決意の結晶だ。
すぅ、と深呼吸。顔を上げたなのはは、キッ、と凛々しい青紫の瞳を眼前の魔神へと向けた。
――この手にあるのは、撃ち抜く魔法。
涙も痛みも、運命も。
そして、邪悪な意志さえも。
「あなたに! 見せてあげるっ!!」
『ブラスタービット、Set up』
背後の魔法陣から、レイジングハートの鉾先を模した機動砲台が四つ召喚された。
「エース・オブ・エースの力をッッ――――!!!」
四機のブラスタービットを引き連れ、白き天使が悪しき魔神に向けて突撃した。
第三十一話 「ETERNAL BLAZE WーFULL DRIVE mode」
フェイト、攸夜と“渇き”のザリチュが繰り広げる死闘は、熾烈を極めていた。
「ぬぅうううんッ!!」
「ぜぇえええああああッ!!」
原子を砕く拳と万物を破壊する拳とがぶつかり合う。
その余波たるや凄まじく、発生した衝撃波が建造物や自動車、街路樹などを例外なくなぶり、粉々に粉砕し尽していく。
瓦礫の山の中心で、破壊を広げる二柱の邪神。全身を凶器に、嵐のごとき肉弾戦を繰り広げる。
決定的なダメージこそないが、焦燥感の帯びた表情で疲労を僅かに漂わせた攸夜。度重なる激突で服が弾け、筋肉が異常に発達した上半身を露わにしたザリチュ。
超越者同士の激闘は続く。
「砕け散れぇい!!」
「ぐっ!?」
毎秒十万回以上の振動エネルギーが込められた鉄拳と真正面から打ち合い、攸夜は体格差で弾かれる。しかし、後方に吹き飛ばされた彼の影を縫うように迸る金色の雷光が、硬直を曝した魔神の死角から襲い掛かった。
「むっ」
「やああああっ!!」
バリアジャケットを大部分をパージしたレオタード姿――真ソニックフォームを開帳したフェイトが、ライオットスティンガーの刺突を繰り出す。
狙いは魔神の胸板、心の臓――時に軍事用レーダーすら置き去りにする速度で喰らいつく。
だが――
「ッ、そんなっ!?」
「無駄無駄ァ、我の“鎧”を貫くことなど不可能也!!」
パキィッ、響く甲高い音。
ザリチュの筋肉質な全身を覆う超振動の“鎧”が、刃の侵入を阻んだ。
ズン、と大地を揺るがす震脚。振動が“空気”を固める。
「あぐっ!?」
反動で弾かれ、体勢を崩した格好で空中に張りつけにされたフェイトを襲う拳。螺旋を描くコークスクリューが唸りを上げた。
「やらせん!」
素早く割り込み、カバーに入った攸夜と大盾に連結したアイン・ソフ・オウルが、鉄拳を受け止めた。
彼はフェイトから魔神を遠ざけるべく、すぐさま挑みかかる。
ただでさえ装甲の低下甚だしい現在のフェイト。その上、空気を固めて動きを留められては迅さを生かすこともできず、拳を喰らえば新鮮なミンチになるのは目に見えている。相性は最悪だ。
攸夜としては一撃たりとも彼女に食らわせるわけにはいかず、フォローに回るばかりで戦況は降着していた。
「っち、馬鹿力が!」
「そういう貴殿は貧弱だな」
「抜かせ、三下!!」
罵倒を吐き、拳を怒濤の如く繰り出す。
連打、連打連打連打――――
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ――――ッッ!!」
「ヌゥゥゥオオオオオオオオオオオオ――――ッッ!!」
連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打連打――――
激しいが決定打に欠けた攻防。
本来の攸夜ならば鎧袖一触のところ、“冥刻王”との戦いで受けた傷がそれを不可能にする。
だが“プリンス・オブ・デーモン”の真骨頂は単純な武力ではない。むしろそのクレバーな知性と戦闘センス、そして変幻自在の戦法にこそが最大の武器なのだ。
「シッ!」
不意の前蹴りで虚を作った攸夜は、掌に直径50㎝ほどの高速回転するギザギザの光輪――“シャイニングカッター”を創り出して叩き込んだ。
「ぬっ!?」
ザンッ、とザリチュの野太い右腕が半ばから切断された。
綺麗な断面から紅黒い血液が噴出する。未だ空中にあった攸夜は続けて魔力を術式に込める。
追撃には、必殺の意志を乗せて。
「闇に散れ! エクスキューショナーッ!!」
突如地面から噴き出した幾条もの漆黒の火柱が、巨漢の悪魔を襲う。ザリチュの肉体がグズグズに焼け爛れていく。
“エクスキューショナー”。触れた相手をほぼ確実に死に至らしめる闇を、術者の指定した範囲に生み出す“冥”の魔法。
「ぬ……、我に“闇”など無意味!」
「知ってるさ、そんなことは!!」
言い返す攸夜は、すぐさま膨大な魔力を練り上げた。
人差し指と中指を立てた左の剣指にて幾度も空を切る。“シャイマール”の知識――“古代魔法”によりアレンジされた術式が発動、世界の法則を塗り替える神秘の力。
ザリチュを何重にも取り囲むように発生した帯状魔法陣、その中に莫大な光子が集まった。
「――消え失せろッ!!」
左の掌が開かれたことを合図に、魔力が爆発する。
辺り一帯に溢れかえる無垢なる蒼銀の輝きが、影さえも飲み込んで――
“トゥルーレイ”。「真実の光」と名付けられた、闇を完全に滅ぼす光で攻撃する“天”の魔法がビル街の中心で炸裂した。
蒼白い討滅の烈光が収まり、塵が徐々に晴れていく。
「やったの……?」攸夜の側に来たフェイトがやや不安そうな顔をして彼を見やり、ぽつりと呟いた。
「フェイト、それはフラグだ」
「……フラグ?」
スラングの意味がわからず、こてんと小首を傾げる。
と、彼の言葉通り噴煙を衝撃波で吹き飛ばしたザリチュが健在な姿を現した。
光輪に斬り飛ばされた腕が元に戻っている。おそらく、トゥルーレイに焼かれた肉体と併せて再生したのだろう。
「ぬぅ……おのれシャイマールッ!!」
「ち、しぶとい。雑魚は雑魚らしく、黙って壊れていればいいものを」
憤怒で鬼の形相をした魔神にも臆せず、攸夜が軽口混じりに吐き捨てる。
様子から察するにかなり致命的なダメージを与えられたようだが、短時間で完全再生された事実は無視できない。高位の人外同士の戦いでは珍しいことではないが、それでも忌々しいことに変わりはなかった。
火力が足りない――
不甲斐ない、と歯噛みする攸夜。魔力も強度も戦力も足りなくて、今の自分では敵を壊しきれない。“空気を固める”という厄介極まりない能力を持ったこの“冥魔”を打倒するには、あと一手、もう一押しする決定的な何かが必要だった。
――――苦悩する魔王を救う手は、蒼天より舞い降りた。
「!!」
突如青空を桜色の輝きが覆い尽くし、頭上遙か高くから同じ色の巨大な光の柱が落ちてきた。
その場から大きく後退するフェイトと攸夜。野太い魔力の束の向こう側、ザリチュもまた距離をとった模様だ。
夥しい純粋な魔力の奔流が、魔力爆発。地面に突き刺さった光条が徐々に細くなっていく。
閃光が消えて、すり鉢状に削り取られた爆心地の中心に倒れ伏していた人影。
それは、
「タルウィ!?」
徹底的に打ちのめされた悪神の片割れ。もう片方が驚愕で顔を歪める。
とても懐かしい魔力の感触、攸夜が密かに笑みをこぼす。
それは勝利を確信した笑み――誰の仕業かなど、わかりきっていたから。
このように激しくも清廉な純粋魔力砲撃を放てる魔導師など、次元世界広しと言えどただ一人――呆然と空を見上げていたフェイトはパートナーと同じ結論に達し、期待に胸躍らせ、目を見開いて振り返る。
「これって――」
「おうおう、随分とまぁ派手な登場をしてくれるじゃないか。――なぁ、相棒?」
不敵な笑みを浮かべた攸夜の呼びかけに答えるように、一同の前に降り立つ純白の天使。コッ、と白い靴が音を立て、桜色の粒子が舞い散る。
彼女の肩の上には、クリーム色の毛並みをしたフェレットがちょこんと掴まっていて。
今までの焦燥感を綺麗に捨て去り、フェイトは花が満開に咲き誇るように相好を崩す。
傍らに立つ青年は、その切り替えの早さに苦笑を禁じ得ない。
「――なのはっ!」
親愛の込められた歓喜の声に迎えられ、なのはがにこりと微笑した。