「決まったねっ、ユーヤ!」
「ああ」
無邪気な笑顔を咲かせたフェイトが攸夜と両手のハイタッチ。そこからお互いに指を絡めて、ぶんぶん腕を上下させる。
かなりの高等テクニックだ。
「…………」
じーーーーっ、と羨ましそうな顔で親友たちのラブラブな様子を見ているなのは。それに気づいたユーノが、やや躊躇いがちに問いかける。
「えっと……僕らも、してみる?」
「あ……、うんっ!」
ぱあああっと晴れやかに笑顔が咲き誇り。なのはとユーノは控えめにハイタッチし、そっと手を握り合う。
それだけでひどく赤面してしまった二人。けれど、友だち以上恋人未満な関係からほんの少しだけ、前に進むことができたようだった。
――そんな時だ。
「「「ッ!?」」」
ザリチュとタルウィが倒された地点から、大量の濁った魔力が噴き出す。
それは瞬く間に膨れ上がり、爆発した。
――怨、
怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨――――――!!!!
黒い呪詛の汚泥を纏う全長約200メートルの巨大なバケモノ。そびえ立つビルさえも見下ろす巨体、羊の角に、コウモリの翼――撃破した二柱の“冥魔”の特徴が辛うじてわかるグロテスクで醜悪な姿が生まれ落ちた。
斃された悪神の怨念が強烈な呪詛になり、街路樹の木々を腐さらせ、建築物や街灯を風化させていく。バケモノの全身を覆う黒い汚泥が地面に落ちると、じゅうじゅうと不気味な音を立てて腐食させた。
文字通り腐っても悪神、滅びてもなお、その強大な悪意が世界に邪悪をはびこらせる。
疾うに自我などないだろうに、恨み辛みだけが暴走していた。
「いわゆるタタリ神、ってか?」
「お、おっきい……」
攸夜が軽口を叩く。あまりの巨大さに呆然と仰ぎ見るなのは、フェイトもあんぐりと口を開けて絶句し、両目をまん丸と見開いて立ち竦んだ。
ユーノは冷静に、効果のありそうな魔法を脳内で選定する。
「だがな、巨大化復活は古典的な敗北フラグだってことを教えてやるよ! ――アイン・ソフ・オウルッ!!」
攸夜の左手が天を指し示し、七枚の“羽根”が順々に昇る。
“慈愛”の橙。
“賢明”の青。
“剛毅”の藍。
“信頼”の緑。
“節制”の赤。
“正義”の紫。
“希望”の黄金。
――――連結していく白き“羽根”が、一振りの巨大な剣を創り出す。
天から光の橋と白い羽毛の幻影が降り注ぐ中、攸夜は“攸夜”の力を最も引き出す力ある言霊を世界に宣言した。
「全てを貫く無限の光――――!!」
先端から形成される七色に輝く光の刃。“七徳の宝玉”の力が結集した無限の光、極大無双の力がここに開帳された。
蒼白い結晶体の柄を両手で握り、振り下ろした白亜の大太刀を腰だめに構える。
「動きを止めるよ!」
翠に光り輝く巨大な魔法陣の上、ユーノが残り僅かとなった魔力の限りを振り絞って、渾身のバインド魔法を創り出す。
総勢三十本の野太い鎖が360°、ありとあらゆる方向から生成されて腐食した巨人を拘束する。だがバインドは、巨人――正確には黒い汚泥――に触れた途端、グズグズと崩れ始めた。
「!! ッ、魔力まで腐る……!? あまり長くは保たないよ、ユウヤ!」
「ああ! これで終わりだ!」
親友の声に応える魔王の全身から、莫大な黄金の闘気――“プラーナ”が放たれる。
「生まれ出よ、森羅万象の翼ッ!!」
吹き上がる焔のように延びる三対の翼を広げ、白金の“獣”が邪悪を打破せんと吶喊する。
本能的に危機を察知した巨人の全身から、黒い汚泥が驟雨のごとく放たれた。
散開したフェイトとなのはが砲撃体勢を取る中を、白亜の大剣が街を、そして悪意を貫いていく。
撒き散らされたソニックブームにより、周囲の窓ガラスが砕けていった。
「■■■■■■■■――――ッッッ!!!!」
悍ましい絶叫。
いや、それはもはや叫びなどという生易しいものではない。物理的な影響を与える呪いである。
「オオオオオオオ――――ッ!!!!」
どす黒い瘴気を突破して、七色の光刃が実体を持った呪詛に突き刺さる。
そして後方、莫大な魔力を秘めたるふたりの乙女がそれぞれのデバイスを構えた。
「レイジングハート!」
『All right』
「バルディッシュ!」
『Yes Sir』
白衣の魔導師の足元に発生する、澄んだ桜色の円状魔法陣。金色の杖の尖端を、砲身となるリング状の魔法陣が取り巻く。
黒衣の魔導師が、光り輝く大剣を振りかぶって肩に担ぐ。眼前に、雷光迸る黄金色の巨大な魔力スフィアを生成した。
「ディバイィィィィィィインッ!!」
「プラズマァァァァァァアッ!!」
結晶体で構成された柄を握る攸夜の両手に、更なる力が込められた。
「はああああッッ!!」
蒼銀の光翼が激しく明滅し、七枚の“羽根”から放たれる太陽のごとき黄金の粒子が勢いを増して――――
「――貫けッ!!!!」
一筋の閃光が天を裂き、虹色の刃が腐食した巨人の腹部を深々と貫く。
貫く光刃。絡まる鎖。
空中に張りつけとなった憎悪の塊を倒さんがため、二人の戦乙女は極限まで高めた魔法の力を解き放った。
「「バスタァアアアアアアアア――――ッッッ!!!!」」
閃光を輝かせる桜色、稲光を纏わせる金色――溢れ出す二色二条の破城砲が邪悪な呪詛を飲み込んだ。
「せーのっ!」
なのはのかけ声で二人の魔力光が混ざり合い、マーブル色の極大な奔流となって腐り果てた巨人を撃ち抜く。
清らかなる四色四条の光に包まれて――、凶悪な怨念は浄化され、無へと還ったのだった。
深き暗黒の中。
パリンッ、と音を立てて漆黒の薔薇が二輪、砕け散る。
『やられちゃったね、アンリの部下たち』
――そうだね。だけど、なかなか愉快な見せ物だったよ。
『いいの? チャンス合ったのに、また“鍵”を取り返せなかったよ?』
――回収するのはまだ時期尚早だよ。ボクのシナリオ通り、今回は前フリさ。エースオブエースの復活も含めて、ね。
『ふーん……。でさ、あの二人やっぱり復活させるのかな?』
――いいや、そのつもりはないよ。
『なんで? 一応、使える配下だったんじゃないの?』
――古今東西、再生怪人は弱いって相場が決まっているからね。ボクは、無意味な労力はかけない主義なんだ。
『……再生? よくわかんない』
――様式美、ってヤツさ。
――フフ……、甘露な絶望を創るにはより深く、よりじっくりと熟成させないとね。パンドラの匣に残された最後の災厄……“希望”は最高のスパイスなのさ。
□■□■□■
「あちゃあ〜、一足遅かったか。ええとこ全部、なのはちゃんたちに取られてしもたなぁ」
手透きの部下を引き連れ、ヘリにて大至急で現場へやってきたはやてが見たものは、いつにも増して酷い有様の崩壊した街並みと、濃い魔力の残り香。
有り体に言うなれば、激闘の名残だった。
そんな激しい戦いを繰り広げた今日の主役――なのはといえば、無事合流を果たしたオッドアイの少女をあやしている。ユーノが傍らで二人を微笑ましく見守っていて、フェイトと攸夜が仲睦まじく肩を寄せ合っていた。
見ているだけで和んでしまいそうな、それでいて近づきがたい雰囲気。
「ひさしぶりにはやてちゃんが活躍できそうだったのに、とっても残念ですっ」
『やはり主はやてはこういう損な役回りが似合いますね』
「……なんや腹立つわぁ、この姉妹」
頭上をやいのやいのと飛び回る古本と小人に若干の怒りを感じ、頭を抱えるはやてに青色の髪の少女――スバルが声をかける。
「八神部隊長は行かなくてもいいんですか?」
「あそこにか? あー、ムリムリ。あの四人ん中に入れるんはよっぽど空気読めへんやつか、幼児くらいのもんや」
なのはたちの側にはヴィヴィオ以外誰もいない。完成した絵画のような光景が恐れ多くて近づけないのだ。
「……でも、すごいですよね」朗らかな笑顔をこぼす師と仰ぐ女性を見やり、スバルがぽつりとこぼした。
「ん、なんやスバル。藪から棒に」
「だってなのはさんたちが倒した“冥魔”って、私たちが普段戦ってるのよりずっと強かったんですよね?」
「せやなぁ。実際街の様子見たら、どんだけ手強かったかよぉわかるわ」
「でも、そんな相手をやっつけて、事件を解決しちゃうんですから。ヘリからあのでっかいのを見たら私、もうダメだーって本気で思いましたもん」
「たしかにねぇ……、アタシもさすがに今回はダメかと」
ティアナが同意する。
しかしはやてとて、彼女らと同じことを思わなくもなかったが――
「つまり私の幼なじみはすごいっちゅうこっちゃな」
何故か胸を張る上司に、一同は呆れ顔を向けるのだった。
――エリオがひとり、フェイトと攸夜をじっと見つめていたことにも気づかないままで。
□■□■□■
後日、機動六課隊舎本館。
玄関ホールの片隅で、なのははヴィヴィオの相手をしていた。
攸夜に教えてもらったあやとりやお手玉などをして二人で遊ぶ。情操教育は大切、とは彼の言葉だ。
再びデバイスを取ったなのはだったが、彼女の日常には大きな変化はなかった。
教導官の仕事と副隊長としての仕事、そして馴れない子育てに四苦八苦する毎日。
――けれど、気持ちは違う。
ただ状況に流されているわけじゃない。見失ったものを取り戻し、自分の意志で考えて、勝ち得た日々は今まで以上に充実していた。
特筆すべき事柄として、今までよりユーノと連絡を取り合うようになったことが挙げられる。
他人には言えないことを相談したり、時には通話越しとはいえヴィヴィオの面倒を見てくれたり。ようやくヴィヴィオも彼に懐いてくれたようで、なのはも一安心。さすがに「ユーノパパ」とは呼ばないが、むしろそう呼び始めたら気恥ずかしくて困ってしまうので「今のところはこれでいいかな」となのはは日和見ている。
と、ヴィヴィオが何かを見つけて唐突に立ち上がった。
「あっ、ベルちゃん!」
「えっ?」
ハッとして、振り返る。
短いシルバーブロンドに、猫のような金色の瞳。トレードマークのポンチョを靡かせ、颯爽と歩いてくる美少女――
「その呼び方はやめなさいっていつも言ってるでしょ、ヴィヴィオ」
“蠅の女王”ベール・ゼファーである。
「ごめんなさーい。……ベルちゃんも、いっしょにあそんでくれるの?」
「あんたね……もういいわ」
なんとなく仲のいい二人。
ベルは気まぐれでヴィヴィオの面倒を見てくれているらしく、なのはは複雑な思いをしている。何気に彼女、面倒見はいいのかもしれない。
まとわりつくヴィヴィオを適当にあしらい、ベルはなのはに向き直った。
「高町なのは」
「え、は、はい。なに、かな?」
途端に挙動不審になるなのは。いつかの戦いのイメージが尾を引いている。
「見てたわよ。魔王級の“冥魔”を倒したのね」
「あ、うん」
「ふぅん……」
歯切れの悪い言葉、ベルの目が細められる。
全てを見透かすような金色の瞳に対して、なのはは視線を逸らすことなく真っ向から見返した。
視線と視線がぶつかり合う。
「……まっ、少しはマシな眼になったみたいじゃない。もっとも、あたし好みじゃないけどさ」
ぷいっ、とそっぽを向いたベルの賞賛にも聞こえる言葉に、なのはがぽかんとした。
「え……?」
「けどね。これで満足してんじゃないわよ――“なのは”」
「あ……」
「言いたいことはそれだけ。……じゃあね」
本当に言いたいことだけ言って、さっさとどこかへ歩き去ってしまう。
こてんと小首を傾げるヴィヴィオをぎゅーっと抱きしめたなのはが、小さくなる背中を見つめてぽつりとこぼした。
「ちょっとは、認めてくれたのかな……」
「なのはママ、うれしそうっ!」
「そうお? ……うん、そうかも、えへへ」