廃棄されたビル街。
戦場と化した廃墟にカラフルな光彩の魔力が飛び交う。
鉄拳が瓦礫を粉砕し、砲撃が着弾して炸裂し、雷撃と鉄剣の雨が降り注ぐ。
爆音轟き、硝煙が煙る中を単身で突っ切る少女――ティアナ・ランスター。両手に握った回転弾倉式大型拳銃――クロスミラージュのフルドライブモード、ダブルトリガーが機関砲のような唸りをあげ、姿を現して無差別に攻撃してくるターゲットを撃破する。
リミッターをカットした魔導炉からのほぼ無尽蔵に近い魔力供給、一発一発の弾丸の破壊力、連射性、命中精度――あらゆる意味で、ダブルトリガーは通常形態のクロスミラージュのスペックを超えている。現在は習熟のために近接ブレードをカットしているが、それでも十二分に性能を発揮していた。
「! ちっ……!」
物陰から飛び出した数十機のターゲットがレーザーを撃ち放つ。ティアナは慌てて側の瓦礫の影に隠れてやり過ごした。
そして、光線が止むタイミングで飛び出したティアナが双子の銃口を障害へと向ける。
「はぁああああっ!!」
ぶん、二挺の大型拳銃を振り回し、周囲に魔力弾を乱れ撃ち、数十機のターゲットが一息に撃破された。
(――ったく、アタシが振り回すのにぴったりの重さじゃない)
手に馴染むデバイスの感触にティアナは思わず舌を巻く。これでは「性能が良すぎて逆に不安」などという罰当たりな考えも起きやしない。
ティアナのためだけに設計されたクロスミラージュ・ダブルトリガーは、ティアナが操るためだけにデザインされており、重さ・重心・銃身の長さにいたるまで、完璧に計算し尽くされていた。未だ試してはいないが、おそらくブレードの使い心地も抜群であろう。
「……これじゃあますます惚れ直しちゃうわね、アンタを」
『光栄です』
右手のクロスミラージュを軽く掲げ、冗談を言い合う。
なかなかノリのいい相棒に笑みをこぼし、ティアナは緊張で乾いた唇を軽く舐めた。
「さぁて……細工は流々、仕込みは完璧、あとは仕上げをご覧じろってね。今回こそは勝たせてもらうわよ」
敵陣深く切り込む典型的な浸透突破作戦。
仲間から離れ、自らを囮とした今回の策――負け越しているナンバーズの四人に勝つべく、ティアナは再び歩を進めた。
幕間 「突撃! となりのバカップル」
「実際さぁ――」
「んー?」
夜の機動六課女子寮。
ごろんとベッドに寝っ転がってファッション雑誌をつらつらと眺めていたティアナが、唐突に声を上げる。
ちなみに昼間の模擬戦は、ナンバーズ四人のうち、バカコンビ(ノーヴェとウェンディ)を不意打ちとはいえティアナ一人が討ち取って、完勝した。
もちろんなのはからはありがたーい叱責をもらったが。
「アタシたちって、ユウヤさんのことほとんど知らないのよねぇ……」
「ユウヤさん? ああー、そうかも」
デスクの椅子でマンガの単行本を読んでいたスバルが、同意の声を上げた。
部隊長以下、首脳陣の幼なじみにして機動六課の黒幕とされる黒髪の青年――宝穣 攸夜。
対外的には「最高評議会から派遣された機動六課の監査官」となっている彼は、エリオとキャロは言うに及ばずギンガやナンバーズの四人も因縁浅からぬ仲であるように思われるのだが、二人とは全くと言っていいほど接点がない。
実際、彼が特別に訓練のアグレッサーを務めるとき以外、朝の挨拶するだけの有り様だ。
「でもティア、なんで急にそんなことを?」
「いや……アタシ最近、フェイトさんに幻術を習ってるじゃない?」
「うん」
ティアナは言葉通り、指揮官研修の合間にフェイトから幻術関係のレクチャーを受けている。彼女から学んだ繊細かつ論理的な魔法のロジックにより、術のキレは確実に以前とは段違いに上がっていた。
さらにその際フェイトに「やっぱり幻術に関しては自分より筋がいい」と誉められて以来、ティアナは絶好調だった。順風満帆と言ってもいい。
ようやく賞賛を素直に受け止められるようになったわけだが、ずいぶんと安い凡人コンプレックスである。
「でさ、そんときフェイトさんに言われたわけよ。「幻術の使い方なら、私よりユーヤに教えてもらったほうがいいよ」って」
「ふーん、なら教えてもらいに行ったらいいじゃん」
「無茶言わないでよ。……話しかけづらいじゃない、なんか怖いし」
「あー、それわかるかも。雰囲気っていうか、オーラがすごいもんね」
「そうなのよねぇ……」
ティアナは時々見かける青年の姿を思い返して、憂鬱そうにため息をついた。
気品と精悍さを兼ね備える彼は六課の一般女性職員の一部から密かに“黒の王子さま”などと呼ばれ、アイドル紛いの扱いを受けている。見た目まさしく“お姫さま”なフェイトと仲良く一緒にいる様子が、彼女たちの乙女心をいたく刺激するらしい。まあ実際、皇子ではあるのだが。
話してみると案外気さく、とはティアナとも親しい某陸曹の言葉だが、そう簡単なことではない。いつぞやの訓練やキツーいお説教の印象が強すぎるのだ。
「んー……じゃあさ、インタビューとかしてみたらどうかな? さっきの私たちみたく」
「インタビュー?」
脳天気な響きのセリフを怪訝そうに聞き返すティアナ。
ミッドチルダ防衛計画の一環で設立された試験部隊である機動六課――部隊長いわく「客寄せパンダ」――の隊員を務めるティアナたちは、度々マスメディアの取材を受けている。今日も勤務の合間に、簡単なインタビューをこなしたりもしていた。
もちろん管理局の広報部を通じた歴とした公務なのだが、新人四人はなかなか馴れることができないでいる。さすがと言うべきか、なのはやフェイト、はやてなどはそのあたり馴れたものであり、普段は飄々としているキャロが毎回一番緊張しているのが印象的だった。
「そーそー、いろんな人たちに聞いて回ってさ。なんか事件の捜査みたいで楽しそうだよねっ!」
「スバル、アンタね……」
今日も今日とて無邪気な相方に、ティアナは頭痛を覚えて頭を抱えた。
□■□■□■
翌日、ティアナとスバルは訓練や仕事など合間に関係者から聞き込みを敢行した。
以下、主な聞き取りの結果。
――同僚C・R・Rの証言。
「ししょーですか? そうですねぇ……ものすごく厳しい方です。自分にも他人にも。
……ええ、はじめはかわいがってくれたんですけど、私が管理局で働くことになったとたん扱いが酷くなって……あ、いえ、そういうことではなくて。たぶん、私を“オトナ”として接してくれてるんだと思いますよ。だから、厳しいひとなんです」
――同じく同僚E・Mの証言。
「……あの人のことですか。……キャロとか、もっとよく知ってる人に聞いたらいいんじゃないんですかね。……そうですか、わかりました。
――正直、あんまり好印象はないです、何か軽薄で。……いえ、そういうわけじゃ……すみません、もういいですか?」
――今日も全力全開な教導官の証言。
「え? 攸夜くんのこと? ……うん、友だちだよ。
そうだねぇ、初めて会ったのは小学生のころなんだけどね。最初はなんだかこわそうな子だなぁって思ったんだけど、いざつき合ってみるとほんとは思いやりのあるひとなんだよね、すごく。――あとね、なに考えてるかわからないところがあるかなぁ……私とは考えた方が根本的に違うんだよね。そういう意味でも、頼りになるかな」
――わりとヒマな部隊長の証言。
「攸夜君なぁ……悪友で恩人、かな。あとな、理不尽が服着て歩いてるようなひとや。
変に飾ったりせんと楽につき合えるし、なんや知らんけど波長が合うんよ。……え? 恋愛感情? あはは、ないない。私の理想のタイプは年上のダンディーなオジサマや。まあ、ええオトコとは思うけどな」
――現在出向期間中な実姉の証言。
「あらスバル、どうしたの? ……えっ!? ゆ、ユウヤさん……? そ、その、えっと――(以下、しどろもどろで会話にならない)」
――機械にも強い執務官補佐の証言。
「ユウヤさんのこと? そうねぇ、私は前からいろいろお世話になってるよ。
……うん、フェイトさんとのお仕事の関係でね。お二人のご自宅におじゃまして、晩ご飯をごちそうになったことが何度もあるの。料理もできて家事も完璧、女性の仕事に理解もあって、なによりハンサムっ! あーあ、私もすてきなダンナさまが欲しいなぁ……」
――クールな別動部隊隊長の証言。
「……宝穣のこと? ふむ……、浅からぬつき合いではあるが。一言で言えば、そうだな……好敵手だ。テスタロッサとは違う意味でのな。
騎士としては正直あの戦い方はどうかと思うが……いや、違うな、奴の辞書に“正々堂々”と言う言葉がないだけだけか。しかし戦士として見習うべきところもある。――と、すまん、これから会議でな、そろそろいいか?」
――銀髪眼帯ロリなお姉さんの証言。
「……む、監査官殿のことか? プライベートな交友関係ないが、妹たちともどもお世話になっている方だ。
姉は投擲術やトラップ戦術、近接格闘などを時折教えていただいたな。もちろん妹たちも同様だ。……そうだな、ノーヴェ以外はそれなりに懐いているみたいだ。ああ、そうだ、ちょっと聞いてくれるか? ノーヴェやウェンディときたら――(以外、妹たちへの愚痴)」
――あかロリな上司の証言。
「ユウヤ? あー、アイツはなぁ……昔は大っ嫌いだったんだけどさ、今はそれなりって感じだな。
……んー、なんつーか、まあぶっちゃけ私と趣味が共通してんだよ。はやてもそうなんだけど、やっぱ趣味が合うヤツと話しするのは楽しいだろ? 取っつきにくいけど、ちゃんと話してみるとわりといい奴だぞ。それに、アイツの作ったお菓子はギガうまだしなっ!」
「――で、今日一日いろんな人に聞き回ってみたわけだけど……」
ティアナとスバルの部屋。
ベッドにティアナ、デスクチェアの背もたれを抱え込むようにスバルが座り、調査結果について語り合う。
「うーん、やっぱりいいひとなのかな? 悪く言う人ほとんどいなかったよね」
「みたいね……」
聞いて回ったところによると、彼に対する六課職員の感情は概ね好意的である。特に魔力資質のない非戦闘員系の職員からウケがいい。何かと便宜を図ってくれるからなんだとか。
まあ、施設内で――あくまで公許良俗に反しない程度に――イチャイチャされるのはさすがに辟易する、という意見も大量にあったが。
「証言を総合すると、面倒見がいいようね。あと、マメっていうか気が利く感じ?」
「思ったとおり、男の人たちからすごく嫉妬されてたよね〜。でもあんまり嫌われてなかったのは不思議だけど」
齟齬を感じる妙な現象に、首を傾げるスバル。
フェイトのようなとびきりの美人を恋人に持てば、嫉妬の一つや二つ浴びて当然。しかし、嫉妬しているにしても友好的な感は否めない。
「どうも合コンとか定期的に主催してるらしいから、そのあたりじゃない? 原因」
「そう聞くとなんか軽薄な感じだね……」
「アタシは逆にしたたかだなって思うけど」
「なんで?」
「だって、なんだかんだで人間関係掌握してるんだし。自分はフェイトさんとつき合ってるって予防線張って、敵を減らしてシンパを増やしてるわけでしょ? やっぱしたたかよ。ていうか姑息?」
「姑息って……」
ティアナのさばけた評価がおかしくて、スバルが苦笑した。
「でも話を聞いてるだけじゃ、やっぱイマイチ人物像が掴めないわね」
「じゃあさ、じゃあさ、明日は尾行とかしてみようよっ! ちょうど朝練ないしっ!」
「はい? いやアンタね、尾行ったってそんなことできるわけ――」
「ますます事件の捜査みたくなってきたよねっ! あー、なんかワクワクしてきたーっ!」
「オイコラ、バカスバル。ちょっとは人の話を聞きなさいよ」
完全に舞い上がった相棒にもうお手上げで、ティアナは考えるのをやめた。