とりあえず、攸夜に「スバル」「ティアナ」と名前で呼ばせる程度には打ち解けることに成功した二人。彼のおごりで買ってきた山ほどのスイーツを、彼の入れたロイヤルミルクティーで味わい、甘い幸せを堪能していたスバルはふと思い出す。本来の目的をすっかり忘れていることを。
慌てて聞きたいことがあると切り出したスバルだったが――
「――ん、なんだ? 俺とフェイトの赤裸々なセックス事情でも聞きたいのか?」
「セッ……!?」
明後日の方向から切り込まれ、見事に赤面した。
「あはは、初心だな」
「セクハラですよっ!」
「気にするな、俺は気にしない」
明け透けにもほどがある、とスバルは熱を帯びた顔を押さえながら困り果てた。男性経験どっこいなティアナはともかく、フェイトまで真っ赤になって恥ずかしがっていたのは謎だが。
ごほん、と攸夜の咳払い。
「冗談はさておき。お前らもいつかは身を固めて、親御さんやらを安心させてやらなきゃ駄目だぞ? ……もしかして同性がよかったりするのか?」
「「違いますっ!」」
下衆の勘ぐりは全力で否定。たまに同僚やら上司に心配されるから余計にだ。
でもこれは逆にチャンスかも。スバルはポジティブに考え、果敢に話題のコントロールを試みた。
「なら参考までに、ユウヤさんの好きなタイプを教えてくださいよ」
「可憐で儚げ、愛らしくも雪のように綺麗、聡明で勇敢かつ優しく、素直でクール、慈愛に満ちていて決断力もあって、だけど謙虚で控えめで、どこか子どもっぽくもあり、声も歌も素晴らしいエンジェルボイス、人形のように可愛らしい、プロポーション抜群な金髪の美女だな」
「それってやっぱり、フェイトさんのことですか」
「はっはっは、そうとも言う」
事実はともかくとして、当人は本心からそう思っているらしい。もはや褒め殺しレベルの美辞麗句、フェイトがさらに恥じ入った。
内心で「ギンねぇ……これはムリだよぉ……」と姉の恋に早くもトドメを刺したスバルに続き、ティアナが質問を投げかける。
「え、えーと、ユウヤさんって具体的にはどんなお仕事をなさってるんです? 六課の監査官とお聞きしましたけど……」
「管理局の上位組織、最高評議会のエージェントでな。六課にとってはお目付役だ。
普段は政策を立案・実行したり、管理世界や管理外世界を回って政府・企業との折衝や調整をしている。どちらかというと裏方の仕事がメインかな」
「つまりね、ユーヤはヒーローなんだよ」
「フェイト、それはもういいから」
「……あ、もしかして今日もどこかに行ってたり?」
「ほう、よくわかったなァスバル?」
自分で設置した地雷を踏み抜き、ギクッと身を強ばらせるスバル。ティアナが涙目で非難の視線を送る。
あはは……、と心当たりがありすぎて愛想笑いしている二人を軽く睨め付け、攸夜は言葉を続けた。
「今日は、某大使館とミッド行政府で打ち合わせをしていたよ。それから、フロニャルドに武力介入してきた」
「……ユーヤ、余所様に迷惑かけちゃだめだよ?」
「ふっ、最後のは冗談さ」
冗談には聞こえない、とスバルは思った。
ティアナが感心した風に言う。
「へー、外交官ってわけですね。なんかかっこいいです」
「まぁ、所詮は態のいい使いっパシリさ。一応、外交官資格は持ってるけどな。
最近、“冥魔”の被害が管理外世界にも拡大して来ていてね、自分たちも管理世界にしてくれと言い出すクニが後を絶たなくて忙しい。評議会の爺さんたちはこれ以上、管理世界が増えるのを避けたいらしいが……」
「あっ、その話、今朝の新聞で読みました。たしか……オルセア、でしたよね?」
ニュースペーパーの国際面に掲載されていた話題。関係者から直接聞くと、なかなかリアリティがある。
「ああ、そうだ。さすが訓練校主席だな、スバル。前にギンガやゲンヤさんがよく勉強していると褒めていたぞ」
「えへへ……」
思いもよらない賞賛の言葉、スバルが嬉しそうにはにかむ。
「じゃあ、趣味とかってなんですか?」
「趣味、ね。いろいろとあるが、アウトドアスポーツと旅行、それから世直しかな?」
「よ、世直しですか?」
世直し。間違っても趣味の話題で出てくるような単語ではない。
「趣味の範疇で、次元世界中で公的機関の無能者を粛正したり、マフィアとか犯罪シンジケートなどを潰して回っている。もちろん管理外世界のも含めてな」
「ええっ!? それっていいんですか?」
「いいわけないよ」
スバルの疑問を即座に答えたフェイトは憮然とした様子。同じく、執務官を目指す法律家の卵もうんうんと強くうなづく。
「まぁ、その辺に関する主義主張の違いで、よくフェイトと喧嘩するんだけどさ。
……今この瞬間にも誰かが飢餓により死に、誰かが病により死に、誰かが貧困により死に、誰かが誰かに害されて死ぬ。お前たちよりもずっと幼い子どもがどこかで虐待にされ、あるいは人身売買の被害に遭っている。
俺も、児童虐待には特に気にかけているんだが、どうもな……」
苦しむ子どもたちを思い、攸夜とフェイトが揃って悔しそうに目を伏せる。
ティアナはふと、キャロから聞いた、攸夜が児童施設や孤児院などの支援活動に熱心だという話を思い出した。
「人種差別、性犯罪、麻薬被害、理不尽な暴力、貧富の格差、テロリズム、イデオロギーの衝突、相互不理解、国家間戦争――“冥魔”だけじゃない。いつだってどこだって、ヒトは平等に不平等で、この世は喜劇と悲劇で満ち溢れている。
しかし、これらに曝される全ての人々を救うことは困難だ。大体、管理局法を管理外世界に適用など出来んだろう。その柵の所為で救えない命はどうする? 見捨てるのか?」
「それは……」
投げかけられた問いに、スバルたちは答えることができなかった。
目の前にいるのに救えない、腕が届かない――時空管理局という巨大組織が抱えるジレンマの一つである。
「俺の持論だが、“悪に人権はない”。悪ってのは基本的に様々なルールを逸脱し、他者から何かを奪う存在を指す。ならば逆に、他者から奪われたって文句は言えないだろ?」
「でもそれだって悪いことですよね?」
「無論、ダブルスタンダードだとは理解しているよ。俺も奪われたくないから守るために自衛する、体制側に組みして暴力ではない“力”だって手に入れる。……誰だって、奪われるのも失うのも辛いもんな」
自虐的に笑う彼の手を、フェイトがテーブルの下で握ったことに二人は気づかない。
上品な仕草で持ち上げたティーカップに口をつけ、喉を潤す攸夜。表面上は、涼しげに澄ましていた。
「ま、法務官を目指すなら知識だけじゃなく、自分なりの正義を身につけるこった。杓子定規に処理してたら、罪は裁けてもヒトを幸せには出来ない」
「正義、ですか……」
「だが、正義は時にヒトを容易く残酷にするってことも忘れちゃならん。正義と善は、必ずしもイコールでは結ばれないんだぜ?」
「難しいですね……」
心なしか肩を落とすティアナ。いつか自分が正義を振るう立場になったときを思い、重責を感じたのかもしれない。
「でも、なんていうか意外です。ユウヤさん、“フェイトさんがすべて”って感じかなって」
「よく言われるよ。善行というか、慈善活動や人助けは結構好きでね。まあ、100%善意かって言うと全くそうでもないんだがな」
「どういう意味ですか?」
「感謝されたり、笑顔を見るのが嬉しいだけ、善行をしている自分が好きなだけの、自分本位の偽善なのさ。誰だって、悲しいよりは楽しい方がいいだろ?」
今まさに苦笑する黒髪の男性の思想を聞いているうちに、スバルの胸中には漠然とした違和感が疼いた。
よくも悪くも素直な彼女は、素直に疑問を口にする。
「あのー、不躾な質問ですけど……ユウヤさんって、“魔王”なんですよね?」
「ちょっとスバル、失礼よ!」
「はは、かまわないよティアナ。確かに、俺は“魔王”だ。ちなみにこの場合、職業じゃなくて種族な」
「は、はぁ……」
本気か冗談か判断しづらい発言に困惑し、顔を見合わせる。
フェイトが一瞬悲しそうに瞳を伏せたことを気づいたものは、攸夜以外にはいなかった。
「じゃ、じゃあ、実は世界征服を企んでたり……?」
スバルが続いてあんまりなことを聞く。
“冥魔”などという存在が闊歩するこの時代、裏界魔王のごく簡単な概要もまた一般の局員にも公表されている。機嫌を悪くされたらたまったものではないからだ。
が、彼女は単純にフィクションなどでの“魔王”のステレオタイプなイメージを本人に訊いてみただけ。深い意図はない。
しかし、返ってきた返答はひどく意外なものだった。
「ないな」
「どうしてですか?」
「“世界”はすでに俺のものなのに、わざわざ支配する意味なんてないだろう?」
((な、なんかすごいこと言ってるこの人ーーっ!?))
二人は絶句した。
だが実際、人間社会の構造に精通している攸夜がその気になれば制圧など造作もないこと。じわじわ社会に浸透し、時間はかかるが悪辣かつスマートな手段で最終的に支配してしまうだろう。
彼が本気でファー・ジ・アースを制圧しようとしないのは、偏に興味がないからである。
「俺は魔王だ。誰よりも強く、誰よりも孤高で、誰よりも偉大でなければならない。そしてだからこそ、強者(おれ)が弱者(ヒト)を守ることは――、特別な力を持つ者が持たない者の幸福を守ることは、義務であり責務であり権利であり必然なんだ。下等なお前らは、黙って俺に守られていればいいのさ」
すごく歪んでるけど結果的に正しいから何も言ないっ。スバルたちは言葉もない。そこは普通、「ヒトを守るための力があるから守る」とかもっと別の言い方があるだろう、と。
恋人の唯我独尊な思想を聞き、フェイトが微苦笑をこぼした。
「しょうがないひとでしょ?」
「あ、いえ……」
金髪の佳人の楚々とした微笑みに思わず赤面する二人。
彼の、そんな部分すらも愛してる――フェイトの慈愛に溢れた表情からは、彼女の強くて深い想いが伝わってくる。
「……ユーヤはね、わざとワルモノぶって人を寄せつけないんだよ。本当はとってもやさしいのに、理解されなくてもいいって」
「むっ……」
わずかに眉を顰める攸夜。それはきっと図星だったから。
「だからね、私はユーヤの心を守りたいって想うんだ。私を理解してくれる人はたくさんいるかもしれないけど、ユーヤを理解してあげられるのは、私だけだから」
「……お前には負けるよ、フェイト」
余人には割り込めない、二人だけの世界。スバルとティアナが困惑顔を見て、攸夜が場を取り繕うように声を上げた。
「……まぁなんだ、これで俺がどんな奴だかよーくわかったろう? 今度からはこんな回りくどい真似はしないで、素直に相談に来なさい。いつでもとは言えないが、可能な限り答えてやるから」
「「あっ」」
どうやら質問していたつもりが、逆に質問させられていたらしい。「以逸待労だな」攸夜が嘯いた。
隣でフェイトが口元を手で隠して、くすくすとおかしそうに微笑んでいた。
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スバルとティアナの部屋。
「いやー、やっぱ奥が深いわ機動六課。まさしく魔窟ね、もしくは伏魔殿」
「キャラ濃かったよねー、ユウヤさん」
ベッドに腰掛けたティアナと、椅子の背もたれを抱え込んで座ったスバルが話し込んでいた。
スナック菓子を適当にパクつきつつ、今日の感想をダベる。
「機動六課は、個性派じゃないとじゃないと務まらないのかしらね?」
「かもねー。八神部隊長もフェイトさんもなのはさんも個性たっぷりだし」
自分らも存外に個性派であることを彼女たちは気づいていない。いいことなのかなんなのか。
「でも、“オトナ”って感じだったよね〜。オーラって言うか、雰囲気?」
「たしかに。あのフェイトさんがベタボレなのもわかる気がするわ」
「「…………」」
大浴場などで見かけた、彼女の生まれたままの姿を思い出し――圧倒的な戦力差に敗北感と徒労を感じざるを得ず、二人は力なく嘆息したのだった。