第六話 「背中合わせのエトランゼ」
地上本部関連の医療施設──ユーノの入院先とは別だ──の一角、休憩室。
エリスの仲間だという四人は、みんなケガをしていたのでこちらに移送した。
いまは治療も終わり、エリスを囲んで再会を喜んでいる。
つもる話もあるだろうからと、私とはやては離れたところでその様子を見守っていた。折を見て、兄さんから任された事情聴取について切り出そうと思う。
ちなみにだけど、自己紹介はもうすませてる。
緋色の髪がきれいで不思議な感じがする人が灯で、碧いポニーがよく似合ってる元気な人が翠。それから、柔和でなんだか頼りなさそうなのが命、背が高くてちょっと近寄りがたい感じがするのがスルガだ。
「……な、なんや、めっちゃけしからんもんが四つも並んどるっ。まさにパラダイスやっ」
はやてがわなわなと震えながらそんな女の子らしくないことを言った。
あ、両手をわきわきさせてる。
……まあ、たしかに灯も翠もかなり大きい──シグナムよりあるかも? ──とは思うけど。
放っておくとそのまま突撃してしまいそうなので、たしなめよう。
「だめだよはやて、ちょっと空気読もう」
「のあっ!? フェイトちゃんにそんなこと言われる日が来るとは、夢にも思わんかったわ」
「……それってどういう意味?」
なんかバカにされた気がするんだけど。
ジト目で睨んでみると、はやてがあははと快活に笑った。
「フェイトちゃんはおぼこでかわいらしなぁ、って意味やで〜」
「そ、そうかなあ」
「そうやそうや」
にっこり笑うはやてにつられて私の表情も緩む。
かわいいって言われてうれしくない女の子なんていないよね。……そういえば、あのブロンドのすごく美人な女性ひと──ルー・サイファーだっけ──もかわいらしいって言ってくれたけど、どうしてそんなに私に好感を持ってるんだろう? もうあんまり違和感を感じなくなってきた私自身の気持ちも不思議だけれど。
……うん? って、あれ、私ごまかされた?
「はやて、いま──」
ごまかしたでしょ? と追求しかけたとき、ゾクッと得体の知れない悪寒が背筋に走る。肌がぞわりと粟立った。
はやても感じたのだろうか、ばっとほとんど同時に振り向いた。
「な、なんやあれ……」
エリスの座っている方から毒々しい紫色の煙が、もわもわと立ち上ってる。
うっ、すごい異臭が……。
「あわわわっ、今回のはいつもよりパワーアップしてますよっ!?」
「──命さん、申し訳ありません。僕は撤退させてもらいます」
「ちょっ、薄情者っ!」
「すみません。まだ、死ぬわけにはいきませんから……」
「シリアスな顔で洒落にならないセリフ言わないでくれるかな!?」
あっちはとても慌ただしい。
興味をひかれたはやてがてててっと近寄ったので、私もおっかなびっくりついていく。
「なんや楽しそやなあ。なに騒いでるん?」
「あ、はやてさん、えーと……」
困ったようにエリスが苦笑い。
若干及び腰になっているみんなの顔は、灯以外、一様に引きつってた。とくに命なんか青ざめて脂汗をだらだらと流してたりして。
その中心には、テーブルにでんと置かれた強烈な存在感を醸し出す“ナニカ”。
「私の手作り弁当よ」
「……お弁、当?」
これ、が? ……なんていえばいいんだろう。銀色の容器に紫だか緑だか赤だかのよくわからないものがいっぱいに詰まっている。
ポコポコと不気味に泡立って、うごめいてるようにも見えるし……ほんとに食べ物?
「あ、灯ちゃん、料理がちょっとニガテというか……。し、失敗しちゃったんだよね? ね?」
「そんなことない。これが私の全力全壊」
抑揚のない声。私のちょっとトラウマなセリフに、思わずびくりと身構えてしまった。……ごめんね、なのは。
「漢字が違いますよっ!?」
「それはメタやで〜」
「意味合い的にはむしろ正解のような気もしますが」
軽快なかけあい。
というか、会話に何気なく混じっているはやてはいったいなんなんだろう。数年来の親友だけど、近ごろのテンションにはついていけない。
「というわけだから約束通り、あーん」
「う……っ」
灯が食べ物にはけして見えないナニカをスプーンでよそって、命の口元に差し出す。
彼女の瞳はどこか艶やかに潤んでいて、同性の私でもドキッとしてしまうほどだった。
「ぐ、ぐぐっ……、あーん」
うわぁ……ほんとに食べちゃった。
「おいしい?」
「おっ、おい、しい……よ、あかりん」
ぷるぷる震えてながら、命がぎこちない笑顔を浮かべた。
すごい。こういったら失礼かもだけど、あんなものを食べて笑えるなんてちょっと尊敬。
あと、はやてが「世の中にはあんな恐ろしいもんがあるんやな……。シャマルイジるのやめとこ」なんて言ってる。
「よかった。もっとあるから食べて」
「っ……、いっ、いただきますっ!!」
すごいね、すごくガッツがあると思うよ。
「灯ちゃんと命君、恋人同士なんです」
「この間、やっと一緒にいれるようになったんですよ。長かったんです……、ほんとうに」
「人に歴史あり、愛の力やねえ」
青……じゃなく、土気色の顔でガツガツとやけくそ気味に、お弁当──らしき物体をかき込む命を見ながら、はやてがしみじみと感想をこぼした。
「恋人……、か」
とても甘くて、きれいなコトバ。
それがゆっくり胸に染み渡ると、奥の方にずきり鈍い痛みが走った気がした。悲しくて、苦しくて、辛くって、寂しくて……そんな痛みだ。
心の奥の奥──すごく深いところがざわざわとざわめいて、私になにかをしきりに訴えかける。
忘れてしまった、だけど、忘れちゃいけなかったはずのたいせつな────
「フェイトちゃん、ぼけーっとしちゃってどうしたん?」
「え……っ? あ、ううん、なんでもないよ」
心配そうなはやての顔が視界いっぱいにあってびっくり。慌てて取り繕う。
はやては「ふぅん……」と目を細めて、ワルそうににやりと笑い、
「私はてっきり、自分も彼氏ほしいなあ、とか思ってたんかと」
と言ってのけた。
どうしてだかわからないけど、すごく恥ずかしくて。かあーっと頭に血が上る。
こんなところでそんなこと言わないでよっ。
ああ、ほら、みんななま暖かい視線で私を見てるしっ!
「ちがっ、違うよっ! はやて、なに言ってるのっ!?」
「ふふん、せやろなあ。フェイトちゃん、私らの中では一番興味なさそうなタイプやし。いや、興味ないふりして避けとるんかな?」
「……そ、そんなこと──」
返す言葉が思いつかなくて、口をつぐむ。
ケラケラと楽しそうな笑顔をするはやてを、恨めしく見つめてみても柳に風で。このままじゃはやてにいいようにイジられるだけだ。
どうしよう、なんとかしなきゃ……。
まごまごと悩んでいると、ぷしっと空気の抜ける音を立てて談話室の自動ドアが開いた。
「あ、兄さんにエイミィ」
「……ああ、フェイト」
入ってきたのは兄さんとエイミィ。なんてタイミング、これは天の助けだ。
……あれ? 兄さんなんだか眉間にしわを寄せちゃって難しい顔してる。エイミィも、若干挙動不審な感じだ。
「どうしたの、ふたりとも」
「少し、いいだろうか。一つ聞きたいことがあるんだが」
私の問いには答えず、兄さんはエリスに声をかける。その声色はどこか深刻だった。
「はい、なんでしょう?」
愛想のいい面差しでエリスが続きを促す。
言いづらそうに、一拍間をおいて、兄さんが口を開いた。
「“君たち”は本当に人間か?」
「──!!」
「兄さん、なにを──!」
灯とスルガを見ながら発せられた、不可解な言葉。
私は目の前が真っ赤に沸騰するのを感じた。
「フェイトちゃん、落ち着いて。クロノ君も、理由なしに言ってるわけじゃないんだよ」
「でも……っ」
エイミィになだめられても、私の手を放れて好き勝手に暴れ回る気持ちは、ぜんぜん落ち着かない。
「すまない。君たちを簡易的にだが検査させてもらった」
「担当官からの報告なんだけど、二人とも人間には思えないって。灯ちゃんは人間の身体にはない物質がたくさんで、スルガ君に至っては構造自体別物だって……」
「検査って……」
エリスが不快そうに表情をゆがめた。翠と、それからいつの間にか復活した命が、二人をかばうように前に出る。
「本当にすまないと思ってる。立場上、簡単に流すわけには訳にはいかなかったんだ」
「ごめんなさい」
兄さんとエイミィが揃って深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。
「いえ、そう言ったことも配慮しておく必要がありましたし、こちらの手落ちですから。……その通り、僕は所謂“人造人間”──生体兵器です」
「私は、薬物やインプラントで強化された人間よ。“キリングマシーン”と呼ぶ人もいるわ」
腕を銃器みたいに変えて見せるスルガと、どこか機械的に抑揚なく答える灯。どちらも、ただの事実と言うように包み隠さず自分の生まれを淡々と語る。
──人造、人間……。
私、動揺、してる?
気づいたら、両手が小刻みに震えていた。
「人造人間……。君たちの“世界”では一般的なのことなのか?」
「ええ。少なくても、ウィザードとしては珍しくないわ」
「僕のように自分の意志で組織の一員として戦う者もいれば、学生に混じって普通に生活する人もいます。もちろん、そうでない人もいますが……それはごく一部です」
動揺を自覚すると、どす黒い濁った感情が底からドロドロと止めどなくあふれてきて。
「あの……」
理性は押し流されて、代わりに首をもたげる疑問。
「ふたりは、自分の生まれのこととか、どうも思ってないの?」
私の“事情”を知る、兄さんやエイミィ、はやてが息をのむ気配を感じる。
自分でも、とても失礼な質問だったと思う。だけど、訊かずにはいられなかった。
「僕は、この造られた命に誇りを持っています。誰かを守り、誰かを救う──そう造られたからじゃない、僕が僕自身に科した生きる意味です」
「この力のおかけで、命やエリスに出会えた。これは私の一部、感謝することならあっても疎むことはないわ」
答えは真っ直ぐで、淀みない。
私には、なぜかふたりがとてもまぶしく見えた。
「あかりんもスルガも、僕らの大切な仲間です。もしも、危害を加えるつもりでしたら……」
じり……、と後退しながら命が警戒感を露わにして兄さんを軽く睨む。
高まる緊張。今にも戦いがはじまってしまいそうな雰囲気だ。
強い眼光をじっと見返して、兄さんが静かにため息をもらした。
「……そう身構えないでくれ。心配しなくていい、管理局はそれほど傲慢な組織じゃないんだ。この件は僕の胸にだけ仕舞っておく」
部屋いっぱいに詰まっていた痛いほどピリピリした空気が、ゆっくりと拡散する。
兄さんと命の睨み合いを見守っていた私たちは、みんなほっと胸をなで下ろした。
「クロノ君、成長したねー。えらいえらい」
「エイミィ、いい加減子ども扱いするのはやめてくれないか」
おどけたようになでなでとなでるエイミィと、なでられてぶすっとしてる兄さん。
最近はあんまり見なくなった光景だ。……なんでかは知らないけど。
「こほん。……それで君たちは、こちらの味方──助っ人と思っていいんだな?」
「はい、もちろん」
命が爽やかに微笑んでで手を差し出す。兄さんは一瞬ためらって、それから「よろしく頼む」と握り返した。
「……」
そうして、話し合いはたぶん、丸く収まった。
でも────私の心は、暗く曇って晴れない。それはまるで、鈍色の雲が覆い隠した冷たい冬の雨空のように、陰鬱だった。