清涼なる白銀の風が夜空に煌めく。それは、全てを焼き尽くす熾烈な黄金の光にも匹敵するほどの輝きだった。
『ジェット!』
シュベルトクロイツの尖端、剣十字を象った飾りから、金色の魔力光が吹き出す。
高圧電流を帯びた魔力が、リインフォースの制御により両刃の剣の形に形成。はやてはそれをややぎこちない手付きで頭上に持ち上げ、振り回した。
彼女の親友──黒いドレスの少女のごとく軽々というわけにはいかないようだ。
「ザンバーッ!!」
「うぬ……!」
唐竹割りに叩きつけられた雷霆の斬馬刀が、防御に入ったアイン・ソフ・オウルとぶつかり合い、多量の電撃を撒き散らす。
しかし、巨大な魔力刃は純白の大楯を断ち切ることが出来ず、砕け散る──否、“自ら砕けた”。
強烈な衝撃に大楯は分解され、はやてはその反動を利用して一気に距離を取る。間髪入れず、両手で槍のように握ったシュベルトクロイツを眼前に突き出した。
その構えは、彼女のもう一人の親友──白いドレスの少女によく似ていた。
「まだやッ! ディバイィィイイン!」
『バスター!』
桜色に輝く魔力が収束し、一筋の光芒となって放たれる。オリジナルにも勝るとも劣らない魔力の砲弾が、鮮やかな流星のように空を翔る。
再度防御に入ろうとする盾の間をすり抜けて、砲撃が魔王を強かに撃ち抜く。
耳をつんざく轟音。爆発の華が暗い夜空に咲き誇る。
六年の時間を感じさせない抜群のコンビネーションで、はやてとリインフォースは夜空を翔る。管制人格が起動したことにより解放された夜天の魔導書の真の力が、異界の魔王──古き神を抑え込んでいた。
──はやての魔力は今、精神の高揚によりかつてないほどに高まっていた。湯水のごとく溢れる全能感が彼女の指先────、身体を構成する細胞の一つ一つにまで行き渡り、限りない力を与えている。
まるで今の自分なら奇跡の一つや二つ、鼻歌混じりに起こせてしまいそうな、そんな感覚に身を任せてはやては魔法を操る。
追撃のブラッディダガーが閃き、炸裂した。
「──図に乗るでないッ!!」
魂まで震え上がるような砲哮。白いワンピースを僅かに焦がしたルーが叫ぶ。
爆風を切り裂いて、七枚の“羽根”が放射状に飛翔。紅い尾を引き、はやてに迫る。
「リイン!」
瞬時に創り出された数十本の短剣。不可視の速度で射出されたそれらが“羽根”に衝突し、軌道を僅かに逸らす。
その間を掻い潜って、はやては一息で相手の懐に潜り込む。有り余る大魔力にあかせた無理矢理の高速機動だ。
「!!」
そのままの勢いで繰り出される左の拳。銀色の魔力が拳を纏う。ゼロ距離──避けようのない鉄拳がルーの胴に深々と突き刺さった。
大砲じみた炸裂音と共に、魔王の小さな身体は高々と打ち上がる。
吹き飛び、上空に打ち上げるルー。「ぐ、う……ッ」と呻き声を漏らして苦悶に表情を歪めながらも、瞬く間に魔力を集中。
宙返りをして体勢を整え──
「天より落ちよ、太陽の輝き!」
眼前に翳した両手の前方に発生した三重魔法陣から、直径五十メートルの光球──ディヴァインコロナを撃ち落とした。
『──“盾”!』
「……ッ!」
咄嗟に張られた障壁ごと、“聖なる太陽の冠”がはやてを飲み込む。悲鳴すらも上げることの出来ない圧倒的な光の奔流。
歯を食いしばり、光の猛威を耐え忍ぶはやて。障壁には罅が入り始め、魔力で編まれた甲冑が削り取られる。
それでも何とか凌ぎ切り、光が霧散した時、彼女の目に飛び込んできたのはもう一つの“太陽”だった。
「な……!?」
「我が灼熱の劫火にて灰燼に還るがいい──! 消し飛べッ、ブラストフレア!!」
続けざまに放たれた大魔法。
はやての目の前で収束する金色の魔力、巨大な熱量。
太陽よりも烈しく燃えさかる極大な爆発が、灰色の夜闇を一瞬だけ真昼へと変えた──
極大爆炎魔法“ブラストフレア”──ディヴァインコロナが魔法的に集束された閃光の塊であるならば、こちらは純粋な火炎と灼熱を縒り集めた塊である。魔法的に制御されたそのエネルギーは、戦術核にも匹敵するほどの大熱量と大破壊を巻き起こす。
ファー・ジ・アースに数多存在する“魔法”の中で、単純な破壊力でなら十指を誇る森羅万象を燃やし尽くす黄金の炎が、夜空に荒れ狂った。
神がかった造形の面立ちを破壊の火で照らし、ルーは満足そうに艶やかな微笑を浮かべる。
「ふん、これでは少しは大人しく……ッ!」
天を焦がす大火の残り火が夜の闇に溶けて──騎士甲冑を大きく損傷し、ほとんどインナースーツ姿のはやてが銀の魔力光を放ち、現れる。栗毛色の髪は一部が炭化し、所々が焼け焦げた顔の皮膚は痛々しい様相を呈していた。
しかし、彼女は笑っている。火傷し、ひどく焼け爛れた顔で笑っている。
一分の諦めや怖れを感じさせない笑顔。それは、自らの力と、自らの“従者”を信じて王道を往く“王者”の笑みだった。
「──!」
刹那、銀色の闇から鎖が生み出され、ルーの四肢を絡め捕る。「こんなもの!」覇気の込められた魔力により、瞬く間に砕かれたバインド。だが、はやてが打つ最後の一手にはその瞬間があれば事足りる。
「行くで、ありったけ!!」
そう叫ぶと、はやては解放可能な限界ギリギリまで魔力を一気に放出。リインフォースがそれの制御を受け持ち、複数の術式を連続・連結して起動する。
ユニゾンという規格外の力を持つ彼女たちだからこそ出来る、規格外の力──連結魔法行使。
閉じていた魔導書がおもむろに開き、白銀の光を放った。
『唸れ、炎よ!』
錫杖を縦一閃に振り下ろす。
その動作に併せて上空から無数の火炎弾が撃ち出され、唸りを上げる。
「舞え、吹雪よ!」
続いて左に向けての横薙ぎ。
一気に冷やされた空気が作り出した細氷が、冷気の渦となって舞い踊る。
『切り裂け、風よ!』
右に返す一振り。
双頭の竜巻が融合し、巨大な襲撃を巻き起こす。
「──これで、しまいやっ!」
さらに金色の錫杖が頭上に大きく振りかぶられると、分厚い雲の天蓋に剣十字の魔法陣が発生。主の脇で浮遊していた夜天の魔導書がさらに強く、清らかに発光する。
『響け、終末の笛!』「ラグナロク!!」
錫杖が勢いよく振り下ろされ、ベルカ式の魔法陣から巨大な銀光の柱が解き放たれた。
天から降り注ぐ贖罪の剣にも見えるそれが、“金色の魔王”へと一直線に落下する。
破砕し、粉砕し、爆砕する光の剣────込められた莫大な魔力が輝き、白銀色の大爆発が魔王の姿を飲み込んで欠き消した。
「──おのれッ、人間の分際で……!!」
流血した左腕を無事な方の腕で庇うルーは、鬼の形相を見せて怒りに身を震わせる。銀色の瞳孔が興奮したように開き、耽美な容姿は紅い血の化粧が施されていた。
「そんならこう言ったるわ。カミ様だか魔王様だか知らんけど……ヒト様なめんな、ってな」
肩で息をするはやては、満身創痍な様子で怒れる魔王へと不敵に言い返した。
その時、クラナガン中央区を囲むように発生していた紅の“楔”、その一柱が光を失い消滅する。術式を維持する魔力を供給することが出来ず、安定を失って崩壊したのだ。
「私らの勝ち、やな」
それを確認したはやては、疲労の色濃い面立ちでニッと破顔して、勝利を宣言した。
□■□■□■
時はルー・サイファー撃破から僅かに遡る────
空中に腰掛け、気怠げに頬杖を突く紫の制服姿のベール・ゼファー。風にはためく茶色のポンチョもどこか締まりがない。
背後には、紅い燐光を発する“楔”が聳え立っていた。
「ヒマねえ……」
ベルは小さく呟くと、ふあっ、と大きな欠伸をして瞳を薄める。
ついと、視線を踊らせば街の至る所で幾つもの光が瞬いている。どうやら彼女以外の魔王たちは派手に戦っているようだ。
“楔”の守護をしている──というわけではないのだが、わざわざ戦う相手を求めて彷徨うなど、彼女の人一倍高いプライドが許さないかった。魔王は迷宮の奥深くで悠然と構えて下々の者を待ち受けるものだ、とは今回の事件を仕組んだ少年の言葉だ。
「……ヒマだし、ちょっと遊んでみようかな」
独り言ち、ベルがおもむろに立ち上がる。
彼女の軽く突きだした両手に、天光と虚無の力が生まれた。
その二種類の魔力を胸の前で合わせ融合。魔法的な核融合を引き起こし、万物を消滅させる高位魔法──ニュークリアヴァニッシャー。退屈紛れの戯れにしては、あまりにも物騒すぎる破壊を持つ魔法だ。
「ニュークリア────ッ!?」
混沌の光が解き放たれる刹那、数キロ離れた地点が光る。針穴を通すような精度で狙撃された桜色の光芒が、真っ直ぐな軌跡を描いてベルに襲い掛かった。
彼女はすぐさま魔法を破棄すると、身を逸らして回避。目標を失った魔力光は“楔”に衝突して霧散した。
「──へぇ……、やってくれるじゃないの」
遙か彼方、魔法が発動した方向に視線を送り、ベルは犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべる。その金色の瞳は、ギラギラと暴力的な光で輝いていた。
たちどころに周辺の光景が歪む。
人智を越えた力によって、歪曲された空間が遠く離れた場所を繋ぐ門。
それを潜り抜けた先にあったのは廃棄都市地区。大魔法の傷跡が生々しく残る打ち捨てられた廃墟。
人気のない無人の街は、決戦の舞台に相応しい場所だった。
「趣向を凝らしたご招待ありがとう。……久しぶりね、またあたしと遊くれるのかしら?」
待ち受けていた“彼女”に、ベルはかわいらしく小首を傾げて愉快そうに語りかける。
「…………」
妖艶に嘲う“蠅の女王”と対峙するのは、金色の穂先を持つ突撃槍を携えたひとりの“魔導師”。幼き頃に纏っていた、純白のロングドレスを思わせるデザインの戦装束──省魔力、高機動の概念を切り捨てた完全なる戦闘形態、“エクシードモード”のバリアジャケットを身に着けたなのはだった。
彼女の、憎悪にも似た強烈な激情が込められた視線を浴びて、魔王の愉悦はますます高まってゆく。
「クスッ……、あたし好みの顔になったわね。感情に──、チカラに身を委ねるのは気持ちがいいことでしょう?」
「…………」
なのはは答えず、唇を真一文字に閉じて無言のまま、限定解除形態のレイジングハート・エクセリオンを突きつけた。
求めた反応が返ってこないことに、軽く肩を竦めるベル。
「ま、いいわ」
ヴン、と音を立てて彼女の服が分解。魔力で編まれた繊維の一本一本が一斉にばらけ、一瞬にして編み直される。
大胆なまでに丈の短いスカートに、すらりとした細い足を包むニーソックス、高いヒール。短めのマントと所々にあしらわれた紅いリボン──輝明学園のセーラー服は、大きく背中の開いた漆黒の戦闘用コスチュームへと瞬く間に様変わりした。
ふわりと柔らかい銀髪を艶めかしい仕草で掻き上げて、ベルがその身に宿した莫大な魔力の一分を解き放つ。漆黒の炎をイメージさせるエネルギーが、ゆらりと陽炎のように揺らめく
それに呼応したかのように、なのはの白いブーツから発生した桜色の翼、アクセルフィンに大量の魔力が無理矢理に流し込まれ、通常の二倍ほどの長さにまで肥大化。極限まで圧縮され、オーバーフローを起こした魔力により翼は紅に染まり、激しいスパークを夜闇に撒き散らした。
「──それじゃあさっそく、殺し合いをはじめるとしましょうか」
打ち捨てられた廃墟を舞台にデザイン、配色が見事なまでに対照的な衣装を纏う魔導師と魔王の戦いが──天地を揺るがす激闘の幕が今、切って落とされた。