瘴気漂う大都会を駆け抜ける幾つもの光芒。先陣を切るのは清冽なる蒼銀──攸夜だ。
その数歩分後ろに付かず離れずピタリとつけるのがフェイト。少し遅れて、灯と命の搭乗するエンジェルシードと“羽根”を翼として飛ぶエリス。最後尾がはやてとなっている。
アイン・ソフ・オウルを翼のように──身体に接着しているのではなく、数センチ離れた空間に接続させて──背負い、推進器とする独特の運用方法。全てを連結し、一対の翼とする優等生らしい形で用いているエリスは「こんな使い方があるんだ」と感心している。もっとも、攸夜が“足場”にしたこともあると知れば微妙な顔をしただろうが。
一同の目の前に、高層ビルと同等かそれ以上に巨大な、尋常ならざる躯を持った漆黒の魔竜──アジ・ダハーカ。闇黒神が産み出した、有害な生物を統べる“最強の邪悪のもの”。
この異常な空間を創り出す元凶がお供の“冥魔”を引き連れて、手当たり次第に暴虐を振り撒いていた。
近づく外敵を関知したのだろう、アジ・ダハーカの上部から生える竜頭の触手が顎門を開く。
咥内に収束する黒い光。
『魔力反応増大……!』
「全員散開っ、お出迎えが来るで!」
はやての号令と入れ替わりに、無数の触手がレーザー状の黒い熱線を吐き出す。ハリネズミのように四方八方に放射された黒い光の筋。だが、そのような盲撃ちに当たる者は居ない。各々が回避運動を取り、対象を失った熱線がビルを焼き切った。
ズズン、と鈍い地鳴りを起こし倒壊する建築物をすり抜け、魔法使いたちが“災厄を撒き散らすもの”に接近する。それを遮らんと、摩天楼の谷間や向こう側から飛来した無数の魔鳥が集まって群れを成す。びっしりとひしめき合う様はまるで、真っ黒な城壁だ。
ヒルコから放たれた白い斬撃や氷結の短刀、金色の雷槍が次々と放たれて城壁を削るが、どれも決定打にならない。密度が厚すぎるのだ。
「チ……、突破口を開く。続け、フェイト!」
「うんっ」
急制動で停止する攸夜を、一息で追い抜くフェイト。擦れ違いざま、一瞬のアイコンタクトでふたりは互いの意志を受け取る。心が通い合う。
アイン・ソフ・オウルが縮小して、攸夜の左手首に放射状の腕輪として収まった。
「薙ぎ払え、天壌の劫火!」
雷速の集中。突き出された左手の先に展開する三重魔法陣。そこから放たれた蒼白く輝く大光球──ディヴァインコロナが“冥魔”の壁を抉り取り、こじ開けた。
地面に落ちた太陽の輝きは、行きがけの駄賃とばかりに灼熱の奔流を撒き散らし、闇を呑み込む。
大きく開けた空間に、申し合わせたかのような絶妙のタイミングで、金色の閃光が飛び込んだ。
待ち受ける“冥魔”の輪の中心に降り立つフェイト。敵陣の真っ直中だというのに、彼女の表情に恐れはない。
何も恐れることはないのだ。絶対の“信頼”を置く彼女の、蒼空を羽撃くための“翼”がすぐそばにいるのだから。
「──“信頼の解放”!!」
間髪入れず突き出される攸夜の左手。フェイトの“信頼”を受けた純白の腕輪が、強い緑色の光を解き放った。
包み込むような緑の輝きに照らされたフェイトの像が、二重三重と次々にぶれていく──否、増えていく。
その数、七。
「「「「「「「烈風、一陣ッッ!!」」」」」」」
二振りの光剣を携えた“七人”のフェイトが、声を合わせて口上を叫ぶ。
刹那、金色の稲妻を残して欠き消えた。
幾重にも折り重なった数え切れない無数の剣閃の嵐が、優雅に、熾烈に踊り猛る。金色の雷迅に触れたものは皆例外なく寸断、十六分割に斬り刻まれて、塵に還っていく。
電光石火の斬撃はしかし、“冥魔”全てを断ち切るには至らない。もと居た場所に戻り、幻像が消えて独りになったフェイトに向け、討ち漏らした異形や防壁を作っていた怪鳥が殺到する。
少女に迫る“冥魔”の大群、それを遮るように蒼銀の陽光が躍り出た。
「闇黒の力を──、終焉の光に」
胸の前で両手を上下から球体を掴むような形に固定。手の中に白と黒の魔力が融合を果たし、生まれ出でる邪悪を駆逐する蒼銀の煌めきが夜闇の中から“希望”を照らし出す。
蒼白い輝きを最大級の脅威と感じた“冥魔”たちは、少女から少年へとその矛先を変えた。
──だが遅い。
「その力を此処に示す! ──ラグナロックライト!!」
勢いよく開かれた両腕と共に蒼銀の光──攸夜の代名詞、天冥融合魔法ラグナロックライトの光が球体状に拡大し、凄烈なる奔流を生み出す。七乗の斬撃を逃れた“冥魔”が蒼白い閃光の餌食となり、塵に還ってく。
光が晴れ、攸夜がフェイトの背後に背を合わせるように着地した。
閃光の範囲から逃れた“冥魔”が濁流のごとく押し寄せる。「まだまだァ!」叫ぶ攸夜とフェイトの周りに、それぞれの色の魔力スフィアが複数個生成され、「せーのっ!」フェイトの合図で二人は場所を入れ替える。
円を描く軌道で腕が振るわれ、魔法の弾丸が弾けた。
「「爆ぜろッ!!」」
蒼銀のサンライトバースターと黄金のプラズマバレットが着弾し、一斉に爆裂。強烈な爆炎と雷撃を幾つもの巻き起こし、今度こそ“冥魔”を完全無欠に消し飛ばした。
「これが私たちのっ」
「切り札だ! ──なんてな」
自分たちを囮として敵集団を引き込み、攪乱させた後、広範囲魔法の連発で一気に壊滅させる対軍戦闘のコンビネーション。
六年前、一緒に居た頃に何気なく決めた連携──驚くほど綺麗に決まったそれに、フェイトの胸の奥が熱くなる。どんなに離れていても心は通い合っていたのだとうれしくなり、彼女は思わず恋人の大きな背中にひしっとすがりついた。
「相変わらずというか、なんというか……。見てて背中がカユくなったわ」
「すごい……」
「まるで鎧袖一触ね。魔王の名は伊達ではないということ?」
「敵としては厄介極まりないけど、味方にすると心強いね」
一足遅れて到着したほかの面々が呆然とした様子で漏らす。
上から順に、はやて、エリス、灯、命のコメントだ。
「感心してないでさっさと続け。雑魚は一掃しても直ぐに湧き出してくるんだぞ」
ぼやぼやしているはやてたちを攸夜がブスッとした顔で急き立てる。しかし、フェイトを好きに背中に張り付いかせているせいか、説得力が決定的に欠けていた。
だが、すでに一行は漆黒の山の裾野には辿り着いたのだ。一刻も早く、この巨山のような“冥魔”を討たなければ、被害は広がるばかり。月匣で隔離していると言っても、それもいつまで保つかわからない。
月の匣に囚われた邪竜が苛立ったように身悶えた。
「グゥぅぅおオオぉぉぉォォオオ――――ッッ!!」
「──!!」
二つの竜顔が重なったような貌が狂暴な牙の並んだ顎門を開き、怖気を呼び起こすような悍ましい雄叫びを上げる。
血のように朱い六つの瞳は、ギラギラあらゆる生命への殺意で輝いていた。
□■□■□■
クラナガン中央区画。展開した月匣から数百メートル離れた場所────
そこでも“冥魔”との交戦は続いていた。
勢いよく繰り出された鉄拳が魔法攻撃を反射する紫水晶の塊──水晶の魔を打ち砕く。
不愉快な金切り声を上げてパラパラと落ちていく破片から視線を外したスルガは、ふと直ぐ側で轡を並べて戦う“魔王”に視線を向けた。
「はあっ!」
金色に輝く光焔を刀身に纏わせた“箒”をルーが切り上げるように振り払い、スライムのぶよぶよとした身体を焼き斬った。
小さい身体を懸命に使って、身の丈以上の長剣を振り回す姿はいっそ微笑ましいものがある。
テスラを思わせる様子に目を細めるスルガ。それに気がついたのかルーがのっそりと振り向く。
「……何だ、その生暖かい視線は」
「いえ、何も」
らしくなく曖昧なスルガの態度が不愉快なのかふんっ、と鼻を鳴らしたルーは、苛立ち紛れにデモニックブルームを無造作に振り抜く。
剣先から放たれた火炎弾。そこらに居た哀れな“冥魔”が、魔王の癇癪に巻き込まれて消し飛んだ。
「行きますよぉっ!」
それからやや後方、スルガとルーに守られるような位置に立つ翠が──完全な後衛型なのだから当然だが──息巻いて、ウィザーズワンドの石突きで地面を打つ。瞬間、青い魔法陣が広がっていく。
高まる魔力。震える大気。周囲の薄弱な精霊たちが、“大いなる者”の威光に恐れ慄いている。
「彼方より来たれ、星屑の鉄槌!」
翠が祝詞を上げると、灰色の天空に三角を抱く巨大な魔法陣が描かれた。
水の惑星のごとき青に輝きがにわかにざわめく。
「スタァァァ、フォールダウン!!」
ひときわ強く輝いた魔法陣から無数の岩塊──否、隕石が招来された。
“スターフォールダウン”──幾つもの隕石を宇宙の彼方から呼び寄せ、敵を打ち砕く冥属性の極大魔法だ。
魔法的ゲートを潜り抜け、広範囲に降り注いだ流星群が次々に地面に墜ちて炸裂する。隕石の大質量は落下により増幅され、絶大な破壊と爆轟をもたらした。
衝撃波が異界の怪物を飲み込んでいく。跡に残るのは、瓦礫の山だけだ。
「これでぜんぶやっつけた……?」
「いえ、まだです!」
スルガの鋭い警告。
風切り音と共に、巨大な物体が落下する。
エリスたちを襲ったものと同じダークサウルスが数体、地響きを起こして乱入した。
「ダークサウルス……、物理無効特性が厄介ですね」
「も、もう大技は品切れですよ〜!?」
相性の悪さにスルガが表情を曇らせ、ガス欠気味の翠が涙目で頼りない声を上げた。
「……“アレ”を喚ぶか」
迫る巨竜の群れを前に、ルーが何事かを呟き、その小さな全身を使って“宿主”の愛剣を大きく振り回す。
デモニックブルームの剣尖がアスファルトを円状に廻り、オレンジ色の火花を散らした。
「──深遠より来たれ、我が鉄騎よ」
地の底から響くような重苦しい声色で祝詞を詠むルー。“箒”を両手でしかと握り、切っ先を天に向けと、まるで某かの神に仕える巫女のように祈りを捧げる。
大地に刻まれた円から数十メートルはあろうかという裏界の魔法陣が広がった。
吹き出す紅い燐光。
七芒星の魔法陣から巨大な円柱──いや、左腕のようなモノがおもむろに這い出して大地を掴む。
「立ち上がれ! ゼプツェン!!」
ルーの小さな身体を乗せたまま、“ソレ”が夜の摩天楼に姿を現した。
紅い意匠を施された蒼を基調とする分厚い丸みを帯びた装甲で身を纏い、大木のごとき両脚で大地に立つ鋼の巨人。ツインアイに、鉄兜を被ったような形の頭部の横に仁王立ちする金髪の幼女が、高圧的で妖艶な微笑を浮かべる。
野太い腕や肩、背中に背負った灰色のタンクなど全体的にマッシブな印象を持つ二十メートルの巨体が、ダークサウルスの群れの前に立ちふさがった。脚を踏み出した衝撃が、ズンと響いてビルの窓ガラスが砕く。
その圧倒的な威圧感に恐れを成したのか、魔竜たちは後込みして踏鞴を踏んだ。
「“真理の箒エメスブルーム”……というか、いささか大きすぎませんか?」
あまりにも巨大すぎる“箒”をスルガは呆れた表情で見上げる。
“真理の箒”とは、本来三メートルほどの操縦式ゴーレム型“箒”である。間違っても幼女が肩に乗って暴れ回るようなものではない。
「うむ、“女公爵”モーリィ・グレイの宝物庫に眠っていたものでな。死蔵しておくには少々惜しい代物であるから、我が召し上げて使っている」
巨人の肩に乗るルーは黄金の美髪を掻き上げると、事も無げに答える。あまり回答にはなっていないが。
「さあ、痴れ者をその力で打ち砕いてみせろ、ゼプツェン」
『ヴァ!!』
主の命を受け、ツインアイが紅く光る。独語で17と名付けられた蒼き鉄人が、光の祝福を受けた拳を振り上げて“冥魔”を強襲した。