女子校────
それは女の花園。魅惑の言葉。男どもが入り込めない禁断の領域だ。
そんなところに、俺は居る。
ふはは、羨ましかろう愚民どもッ! ……と言いつつぶっちゃけ何らかの感慨があるわけでもなかったりするんだが。
何故なら俺は、今も昔もフェイト一筋だから。他の女の子なんてもはや眼中にないのだ。
さて、時は真昼。女学生たちが弁当片手に、思い思いの場所でおしゃべりに花を咲かしている頃である。
聖祥大附属中の屋上、その一角。
ニスの塗られた木製のベンチの上に“立ち上がった”俺を囲む、五つの大きな人影。そのどれもが見目麗しい美少女ばかり。
「で、この薄汚いのはなんなわけ」
人影の内の一つ──見上げるように巨人なアリサが言う。いや、俺の方が小さいんだけれども。
しかし、薄汚いなんて失礼にもほどがある。風呂くらい毎日入ってるっつーの。
「薄汚いとは何だツンデレ」
「ツンデレ言うなっ! ……ってやっぱり攸夜、アンタだったのね」
「なんだかかわいいよね。なんの動物だろう?」
頭痛を感じたように額に手を当てるアリサ。ほんわかとした雰囲気ですずかが感想を述べると、なのはがそれを受けて口を開く。
「えっと……たぶん、フェレット、かな?」
「たぶんじゃなくて、フェレットなの。ユーノの奴からコピったんだ」
そう。俺は今、フェレットに姿を変えているのだ。真っ黒なイタチを想像してもらえればいいだろう。
……言うまでもないと思うが、公序良俗に反するようなことは何一つしてない。ずっとフェイトと一緒だったし。
「ユーノくんからコピったって……」
「フェレットモード、けっこう便利だよね。私もユーノから教えてもらったから使えるよ」
「ふえっ、そうなのっ!? そんな話、私知らないよっ!?」
フェイトの何気ない一言に、やにわに動揺して食ってかかるなのは。ふーん、珍しいこともあるもんだ。……ユーノのこと、意識しだしてきたのか?
そのまま目をぐるぐるさせて暴走するなのはを「まあまあ落ち着いて。あとで教えてもらえばええやん」とはやてが至極真っ当な正論でなだめ、話題を変える。
「しかしなんでまたフェレットのカッコでこんなところにおるん?」
「いや、フェイトがどうしても離れたくないって言うもんでな。こうして、小動物の姿で近くに居たんだよ。たまに念話したりなんかしてさ」
なあ? と視線を上げて同意を求める。赤面したフェイトからの返答は、「ぅ、うん……」とまるでシャボン玉のように尻すぼみ。まったく愛い娘さんだこと。
「うんまあ、そないな姿してる経緯は理解したけどな……」
歯切れの悪いはやてに「何だよ、なんか文句あんのか」と目線で問い掛ける。
微妙な表情をしたはやては困ったように周りを見回す。フェイト、なのはとアリサは首を傾げているが、すずかだけは意図が読めたようで苦笑いしていた。
「なんつーか、真っ黒やし」
「体毛の色なんだから仕方ないじゃないか」
イタチ科の生き物で黒一色の種類は居ないんだよな、確か。
「言いたいことがあるならはっきり言えって」
ちびだぬき──もとい、はやては神妙な面もちので勿体ぶった間を作る。ゴクリ……、無意味な緊張感に誰かが喉を鳴らした。
「あんな……」
そして、ついに重い口が開かれる。
「なんかその姿、ヒワイな気がするんよ」
「ひわっ、卑猥ぃぃっ!? なんでさッ!?」
「黒いし、長っ細いし」
ぐ、ぐぬっ……! 否定できない……ッ!!
ナニを指しているのか理解したなのはとアリサが頬を軽く染めて俯く。相変わらずフェイトはぽややんとしてるが。
「そ、そういうイジられ方するのはユーノの持ちネタじゃないかッ!!」
「そのセリフ、ちょっと聞き捨てならないんだけどなー」
再起動を果たしたなのはから浴びせられたのは、ツンドラのごとき冷たさを帯びた声。
「うー! うーうー!」
進退窮まった俺。逃げるようにベンチから飛び降りて、開けた場所で変身魔法を解除。ボン、と愉快な破裂音と白煙を巻き上げて元の姿に戻る。その服装は黒い学ラン──廃棄都市で、真行寺命たちを待ち受けていた際にも身に着けていたものだ。
「これでいいんだろ! これで!」
「……なにも泣かなくてもいいじゃない」
呆れたアリサのツッコミが、グサリと胸の柔いところに突き刺さった気がした。
昼休みの時間は有限だ。
気を取り直して昼食を摂ることに。なお、さっきの茶番で負った心的外傷はフェイトに癒やしてもらいました。
「あれ? フェイトちゃん、お弁当は……?」
「あ、うん、それはね」
なのはの素朴な質問に、手ぶらのフェイトが嬉しさを溢れさせてこちらを向く。
俺は軽く笑みを返すと目の前に両手をかざした。
ヴン、と音を立てて月衣の中から、三十センチ四方二段重ねで漆塗りの豪華な重箱が手の中に現出する。こいつは早朝から借りたキッチンにて作った自信作だ。
ついでに六畳ほどもある大きな茣蓙を出してやる。
「さあ、お前らもぼーっとしてないで座れ座れ」
ひとまず重箱を床に置いた後、茣蓙をバサリと広げて硬直しているなのはたちを促す。まあ、理由はわかるが。これくらい慣れろ、“魔法使い”の基本だぞ?
事前に伝えていたフェイトは当然フリーズなどせず、さっさと俺のすぐ隣に着席。ちょっと遠慮気味なのがまたかわいらしい。
「ナップザックの中から竹箒が出てくるんも衝撃やけど、これはこれで効くなぁ」
「何言ってんだ。俺にしてみれば宝石とかバッチが杖になる方が驚くっつーの」
「どっちも非常識よ!」
さすがバニングスさん、鋭いツッコミをありがとう。
あ、ファー・ジ・アースの魔法科学でも似たようなことが出来るって指摘は簡便な?
そんなこんなで昼食。
かなり多めに作ってきた弁当をフェイトはもちろん、なのはたちにも振る舞った。
俺も含め、皆食べ盛りな中学生、好評の内に次々とおかずが減っていく。女の子はみんな食べるのが好きだしな。
弁当をあまりにも食べられるもんだからフェイトがへそを曲げてしまい。機嫌を取ろうと「あーん」ってしたらしこたまからかわれたのには参った。……フェイトには悪いことしたな。
「ところで攸夜君、学校ってどうしてるのかな?」
和気あいあいと食事が進む中、どこか非難するよう声色でそう問うすずか。鋭い洞察はさすがだが、その不良を見るような目は止めてほしい。
「ちゃんと行ってるよ。“こっち”じゃないけどな」
「“こっち”じゃない言うたら、ファー・ジ・アースなん?」
「正解。毎度おなじみ輝明学園秋葉原校の中等部にね」
なにが毎度おなじみよ、というアリサを華麗にスルーしてイモの煮っ転がしをパクリ。……んむ、我ながら上手く味が染みているね。
こちらから主八界に渡った俺は、マジカル・ウォー・フェア最終決戦のおよそ五年前に転移していた。ほとんどの力──ウィザードとしては十分すぎるほどだったが──を封じられた状態で、だ。それが戻ったのはオリジナルの宝玉が砕け散った後のことであり……、そういうわけで帰還に時間がかかってしまった。
で、俺はその時間のズレを「ちゃんと義務教育くらいは受けなさいよ」という“母さん”の意向と判断、輝明学園秋葉原校に紛れ込んで生活していたのである。あそこ、俺たち裏界勢力も入り込みやすいからいろいろと楽だし。
この辺りの話は昨夜リンディさんたちを交えて説明してある。それ故か、フェイトは訳知り顔でだし巻き卵をパクついていたり。しかし、箸の使い方が上手になったな。
だがひとつだけ、こちらに来て説明していないことがある。力が戻ったあとに決行した裏界での武者修行についてだ。
自重しない馬鹿とやり合って腕や脚を潰されたり、内臓破裂などで死にかけたことなど一度や二度じゃない。……主にグラーシャとかグラーシャとかグラーシャとかに。たまにマルコとかにも。
そんな刺激の強すぎることを話しでもしたら、フェイトなど卒倒しかねないからな。
「でも、攸夜くんここにいるよね? サボリ?」
「ああ、それは現し身を置いといてだな」
「現し身、って?」
「実体のある分身みたいなもんだと思ってくれればいいよ。で、そいつを替え玉にして、たまに送ってくる情報を受け取ってるって寸法さ」
「なんや、どこぞの金髪碧眼忍者みたいやな」
「訓練の効率が倍々になったりとかはしないけどな」
エミュレイター、魔王というのは何も常に日本だけで活動してるわけじゃない。複数の国、複数の場所で並列的に策動することも必要だろう。そんな場合に、こういった情報召集用の半自立型現し身を用いることもある。
……まあ、どういうわけか揃いも揃って日本にご執心な奴らばっかなのが不思議だけど。
便利な現し身であるが、気を付けなきゃいけないのは増やしすぎると本体や現し身自体が弱体化することだろう。現し身の作成に魔力や“プラーナ”が削られて死に体になった、なんて目も当てられない。本末転倒もいいところだ。
そういや、分身しすぎて自分の首を絞める冥魔王が居る、とか姉さんが笑い話にしてたっけ。
────閑話休題。
「だから俺はちゃんと学校に通ってるんだよ。この制服も中等部のものだしな、生徒会長用の」
ふーん、と声を揃える一同。
…………。
数瞬の沈黙。
不自然な間を訝しみ、眉間の皺を深くすると────
「ええええぇぇぇーーーっ!?」
驚愕極まりない、悲鳴ような声が見事にハモる。
何がそんなに驚きなのかは知らないが、仲のいいことだ。
「う、ウソよっ! そんなの信じないんだから!」アリサが声高に否定する。目がなんか虚ろだ。
「せや、なんかの間違いに決まっとる! 攸夜君がそんなことするんて世界の終わりやっ!」同調して頭を振るはやて。飛躍しすぎだ馬鹿野郎。
「うぇっ!? だって、生徒会長さんだなんてそんなっ、ふぇえぇぇっ!?」なのは、お前は吃りすぎだ。少し落ち着け。
どこかズレてるフェイトは平然として「ユーヤ、すごいねっ」、と屈託のない尊敬の込められたキラキラする眼差しを向けられた。まあ、悪い気はしないな。
同じく落ち着き払った様子のすずかが、「あっ」と何かに気づいたように声を上げる。
「そういえば攸夜君、クラス委員してなかったっけ?」
「あー、言われてみればそんなこともあったような。……よく覚えてるわね、すずか」
「うん。攸夜君らしくないな、って印象に残ってたから」
すずかのセリフに騒然とした空気が静まった。
らしくないのは認めるが、他人に仕切られるくらいなら自分でやった方がマシじゃないか。
「はふぅ〜……。なんだか私、ますます攸夜くんがなにやってたのか気になってきたよ」
「そんなこと言われてもな」
力いっぱい騒いで疲れたのか、ぐったりした様子でなのはが息を零す。
「そのご質問、僭越ながら私がお答えしましょう」
不意に響く、女性の甘くとろけるような声。背後の空間が歪むのを関知してすぐさま振り向く。
そこにはイヤというほどよく見知った、眼鏡のメイドが営業スマイル全開で佇んでいた。