────夏。
夏と言えば、海。そう海である。
白い砂浜、青い海原。大空から降り注ぐ燦々とした太陽の光────そして何より水着。女の子の水着である。
もはやお約束を通り越して、古典芸能の域に達しているイベントだといえよう。故に、スルーなどあり得ないのだ、常識的に考えて。
「あー、空が青くて綺麗だなぁ……」
澄み渡った青い空が視界いっぱいに広がっている。ギラギラと照りつける太陽は忌々しいほど。
熱くて頭が溶けそうだ。このまま放置されれば日射病になりかねない。
しかし、身体は動かない。何故なら首から上以外は全て砂の中に埋まっているから。寝そべってるんじゃなく、文字通り埋まっている。これではさすがに抜け出せない。
ジリジリと天頂で痛いほど輝く太陽が、不意に遮られた。
──影を作り出した主は、羞花閉月の女神。垂れ下がる金砂の髪を耳元で掻き上げる仕草が艶やかだ。
「ユーヤ、だいじょうぶ?」
「うん。でも、フェイトの方がもっと綺麗だ」
黒い紐で吊った白いセパレートのビキニが、シミ一つない白く透き通る肌を慎ましやかに隠している。
決して生地の面積が少なすぎるわけじゃない。すらりとした長身、美しいラインを描く豊かな胸、絶妙にくびれた腰、引き締まった太股、キュッと細い足首──芸術的とも言えるプロポーションを誇る肢体が、あまりにも肉感に溢れているだけ。薄く汗ばんだ玉の肌と相まって破壊的に艶めかしい。
露出は少ない方が好み──そんな些末事など、一瞬にして彼方に吹き飛ぶほど彼女は綺麗だった。
「〜〜っっ!? あ、あり、ありがとう……」
きらきらと光るような──事実、金髪が日の光を反射して黄金に輝いている──美少女がたおやかに照れ笑いする。
この、まるで淑やかな白百合の笑顔が見れただけで、今まで背負ってきた様々な苦労が報われた気がした。
まさに男子の本懐だ。
──とまあ、感無量な気持ちはさておいて、
「ここから引っ張り出してくれない?」
番外編 そのに
「とある魔法使いと魔導師の休日」
時は七月下旬。所は日本某所のとあるビーチ。ほど近いいくつかのロッジを貸し切っての夏合宿──もといバカンスだ。
七月下旬と言えばもちろん夏休み。全国の学生たちが待ちに待った夏の長期休暇である。
現役女子中学生であるフェイトたちも当然、休暇の真っ只中。で、どうするのかと話を聞いてみたらどうだ、今まで管理局の仕事で潰れてしまうことがほとんどだったと言うじゃないか。学生にはあるまじき非常識な回答に、表情筋が引きつったのをよく覚えている。
いくら時空管理局が人手不足で忙しいからとは言え、十代の若い青春をそんなことに費やすとは何事かと軽く説教。そして、あらゆる手段──主に裏工作と袖の下──を講じ、身内全員のスケジュールを確保し。それから計画立案折衝その他諸々を整えて、この小旅行をセッティングしたというわけだ。まあ、俺自身に邪な狙いがあったことも否定しないが。
ユーノやクロノさんから「仕事が忙しい」という抗議の声が上がったが、「気になる娘の水着を見れるまたとないチャンスだけど?」と一言言ってやったら主張を転じた。わかりやすくて助かります。
女性陣は初めからみんな概ね賛同してくれて、特にフェイトはかなり乗り気だった。どうやら前々からこういうことをしたかったらしい。
「天気、晴れてよかったね」
「ああ、海に来たのに曇り空なんて最悪だもんな」
砂まみれの青いアロハシャツを羽織直し、浜辺に敷いたレジャーシートにだらりと足を伸ばして腰を落ち着ける。慣れた様子で隣に女の子座りするフェイトにオレンジジュースのプルタップを開け、手渡した。クーラーボックスから持ち出したそれは、キンキンに冷えている。
「ありがとう」
自分の分のコーラも同様に開ける。プシッ、と炭酸の抜けた音が夏らしくて爽やかだ。
「海、きれいだね。海鳴で見るのとはぜんぜん違う……」
「一応、ここは南国だからな。さすがに海鳴市とは違うさ」
「うん……。連れてきてくれて、ありがとね」
この何とも言えない雰囲気を助長するべく、フェイトの腰に手を回して引き寄せる。彼女は頬を薄く紅潮させるが、嫌がる様子もなく俺の肩に頭を預けた。──顔、ちっちゃいなぁ。
さざめく潮騒の音。遊びに興じる黄色い声。不意に、フェイトは眉をわずかにひそめた。
「ユーヤの身体、傷がたくさん……」
「ん、ああこれ? これは戦傷だよ、戦傷。大きいものならともかく、この程度じゃ、な」
破壊するのは得意だけど、治癒とか創造は苦手だ。魔力を無駄に食うから、致命傷にならないもの以外は放置して自然治癒任せ。死ににくいというか、自分が生き汚いのを理解しているからあまり自分の命に頓着しなくなってきている。
そんな意味も込めて、心配することはないと笑ってみせたのだが、紅玉の瞳には曇りが浮かぶ。この感情は──悲しみ?
反応に困惑する俺を余所に、フェイトの白魚の指先が塞がって色の変わった傷跡を愛おしそうになぞりはじめた。触れるか触れないか、微妙な優しい手つき。だが、しっとりすべらかなの肌の感触を確かに感じて、俺の体温はやにわに上がる。
ちょっ、まっ……!? 背筋がゾクゾクするからやめてっ!?
「ぅ、あー……、ふぇ、フェイトは海で遊ばないのか?」
「うん、遊ぶよ。……でも今は、ユーヤといっしょがいいな」
フェイトが静かにはにかむ。頬を薔薇色に染めた表情はひどく愛らしい。
「そ、そうか」
「そうだよ、ふふっ」
……っ! 理性が揺れる。回路が焼き付く。意識が反転──
これ以上はいろいろな意味で洒落にならない判断した俺は、思考をカット、かぶりを振る。それから、傷を触れていた手を取り、指を絡ませた。
一瞬、びっくりしたように目を見開いたフェイトは、すぐにギュッと握り返してくれた。
さすがにひと月半の間ほとんど付きっきりだったから、よほどのことがない限りドギマギはしない。けれども、余裕があるからこそフェイトの筆舌にしがたい美しさに見惚れてしまう。
水着姿の彼女は、とても扇情的で、魅力的だ。こんなの他の奴には見せられない──いや、見せたくない。──最近、自分の独占欲や所有欲が人並み以上に強いことを自覚した。俺が“シャイマール”だからだろうか? もっとも、それを矯正する気などないが。
再び混雑し始めた思考を紛らわせようと、視線を漂わせる。波打ち際では、なのは、アリサ、すずか、はやてとちびっこ──ヴィータがバレーボールに興じていた。あと、何故かユーノも混じっている。
なのはの水着は桃色のシンプルなセパレートビキニ、アリサは、オレンジのビキニトップとショートパンツタイプのボトム。すずかが紺のワンピースタイプではやてが黄緑色のパレオスタイル──みんなよく似合ってるけど、フェイトのかわいさには到底かなわないな。
ちびっこの格好? 見た目相応、フリル付きの赤い女児用水着だよ。
ちなみに、ユーノは短パンタイプの白い水着とライトグリーンのパーカー。俺の方は、七分丈の青い水着に前述のアロハシャツという出で立ちである。
しかし、肌白いなぁユーノ。そんなだから女の子みたいだ、ってからかわれるんだぞ? あとで少し扱いてやるか。
遠泳しているアルフとザフィーラ、シグナム。ビーチパラソルの影で休んでいるクロノさん、エイミィさん、リンディさん。砂の城を造っているリインフォース姉妹とシャマル──その他の面々もそれぞれ、思い思いの方法で羽を伸ばしている。
余談だが、クロノさんとエイミィさん、来年結婚するそうだ。クロノさんにプロポーズについて相談されたから知っている。フェイトにはまだ内緒、だとか。
満喫するみんなの姿に、企画した甲斐があるってもんだと目を細める。じっと見過ぎて、視姦してると勘違いしたフェイトに頬をつねられたが。鼻の下なんか伸ばしてないってば!
「──しかし、酷い目に遭った。生き埋めに遭うなんて二度と御免だな」
「あれはユーヤが悪いんだよ。自業自得だよ」
「あんなのただのイタズラじゃないか」
「ふぅん……、“ただのイタズラ”、ね」
「うげっ、ベルっ!?」
冷ややかな声をに背を向けば、いつもの腕組みポーズで“ゴゴゴゴゴ……”と効果音とエフォクトを背負った銀髪の魔王。俺を生き埋めにした張本人、競泳用の水着を着たベール・ゼファーだった。
経緯はこうだ。
姉さんとエイミーは元々来る予定だったのだが、どこから聞きつけたのかベル一味とパールまで参加をねじ込んできたからさあ大変。ルー姉さんだけでも守護騎士連中と折り合いが悪い──これは俺もだが──って言うのに、ベルたちまで居たら収拾がつかない。姉さんたちは現地集合にして、移動中にフェイトたちと顔を突き合わせないように配慮したくらいだ。
で、手間がかかった意趣返しに、ちょっとしたいたずらとしてベルに黒スク──胸に名札として「べる・ふらい」と手書きしてやった──を用意したら、ブチギレた。いや、正確を期すなら文句を言いつつも着てきたので「幼児体型だからよく似合ってるな」と感想を述べたらキレたんだ。そりゃあもう、久しぶりに命の危険を感じるくらいに。──今着ている水着は、どうやら自分の魔力で編み直したらしいな。
生き埋めにされる間際、「死にさらせええええええっ!!」というドスの利いた声が耳に焼き付いている。
あれ? なんか同時にドデカい金ぴかハンマーで殴られたような記憶が……。
「“光となれ”でも懲りないだなんて、“雷神王結界”の方がお望み?」
やっぱりお前の仕業か!
──って、おいっ!
「ちょっと待て、それどっちも第一世界の魔法じゃねぇか! そもそもお前、空属性ついてないだろ!?」
「一回こっきりのギャグ時空だからいーのよ」
「いいわけあるかっ!! ──大体、何でお前らまで来てるんだよ」
「それは……っ、──あ、アゼルが、海で遊びたいってうるさいからさ。連れてきてやったのよ」
気まずそうに視線を逸らすベル。その先には、砂の城造り組に参加したアゼルの姿が。
というか、無駄に上手いな。すごく精巧かつ精密な天守閣が見えるんですけど。
「はぁ……そうですか」
それからリオンは木陰で読書。エイミーを伴った姉さんは、デッキチェアに寝そべってカクテルを含んでいる。あ、テスラが表に出てきて砂遊び組に合流した。大作確定だな、こりゃ。
……うん? 一番のトラブルメーカーが見あたらないな。
「なぁベル、パールは?」
「あそこ」
呆れ顔でベルが顎をやって示すのは、サーフボード型“箒”──“ライダーブルー”に乗って、無邪気にはしゃぐ金色ツインテール。水のマナが豊富なこの海辺ではさぞや飛びやすいことだろう。
おお、なんとも見事なキックバックドロップターン。パールの奴、なかなかやるじゃないか。
「なんだか楽しそうだね〜」
「何ならフェイトもやってみる? I can't flyってね」
「えっ? “私は飛ぶことができません”……? えっ?」
きょとんとするフェイト。ニヤリと不敵に笑み、俺は立ち上がると月衣の中から“それ”を引き出す。
ズズズ……、と空間を割裂いて現出した“それ”──白と青のツートンカラーで染められたサーフボード型“箒”の先端が、ざく、とサラサラの白い砂に刺さった。
「あんたも持ってたのね、ソレ」
「市販の“箒”ならほぼ全種類持ってるのさ」
「あっそ」
興味なさそうにつんと澄ましたベルを一瞥し、座ったままのフェイトに向き直る。まるで騎士のように膝を突き、永遠の愛を誓った姫君に左手を差し出した。
純潔のお姫様は、微笑んでその手を取る。
視線が数瞬交差して──
「それじゃ、さっそくと行こうか? せっかく海に来たんだから思いっきり羽を伸ばそうな」
「うん!」
溌剌な、大輪の笑顔を咲かせたフェイトの手を引いて、真っ青な海へと歩を進めた。