ミッドチルダ、首都クラナガン。
市内のとあるおしゃれなカフェテラスにて。
珍しく休日が揃ったフェイト、なのは、はやての三人娘が私服姿でテーブルを囲み、仲良くお茶をしていた。
積もる話で友誼を深める。少女らしい溌剌な笑顔とともに。
なのは以外がミッドチルダに移り住み、離ればなれになってしまっても彼女たちの友情に何ら損なうことはない。むしろその結束は一層深まっていると言えるだろう。
距離を置いてみて、初めて見えるものもあるはずだから。
「なぁなぁ、フェイトちゃん。前から気になってたことがあるんやけど」
カップ半分ほどの紅茶をティースプーンでかき混ぜながら、はやてが唐突に尋ねる。
「ふぇ? んっく──なに? 気になってたことって」
頬ばったアップルパイを飲み込んで、小首を傾げつつ応じるフェイト。口の端にドーナツの欠片をくっつけたまま、きょとんとする。
ちなみに、かけらは横からなのはがひょいぱくと食べてしまった。
「あんな、ぶっちゃけた話、攸夜君との“初めて”はどんなだったん?」
しんと、その場が静まり返る。
数瞬の空白の後──
ボンッ! 抽象的な言葉の意味をようやく理解したフェイトが、そんな音が聞こえるくらいに急速沸騰。
「ははは、はじめっ、〜〜っっ!?」
絶句。耳まで真っ赤に染めて狼狽える。“オトナ”になってもフェイトはフェイトだった。
「それは、その……は、はやて、変なこと聞かないでっ」
「そない恥ずかしがらんでもええんやで? ただ、ちぃとばかし教えてくれれるだけでええんやから」
ニヤニヤ、人の悪い笑みなちびだぬきの追求は止まらない。声を潜め、恥ずかしがり屋の親友に耳打ちするように言う。
「いつ、どこで、どんなふうに捧げたんか……どうやって私らより先に“オンナ”になったか、な」
「っ、そんなストレートな言い方しないでってば。恥ずかしいものは恥ずかしいの」
澄ました顔で問い詰めるはやて。羞恥に顔を染めるフェイト。
お茶を飲みつつ、状況の推移を見守っていたなのはには、ぐんぐんボルテージを上げるフェイトの周囲で、温度が一度上昇したような気がした。
「実はそれ、私も知りたかったんだよね。ねぇねぇフェイトちゃん、そこんところどうなの?」
カップをソーサーに戻し、なのはが絶妙のタイミングで会話に参加した。
言葉通り、好奇心に駆られだけなのだろうが、フェイトにとっては最後通告と同じこと。
何せなのはは格別な友だち、お願いされたら嫌というわけにはいかないからだ。
「いや、あの……あのね? その、そういうことは他の人に話すようなことじゃないっていうか、私だけの思い出にしときたいっていうか──」
それでも躊躇う。話しがたい。
「ケチケチせんと、しょーじきに白状せぇや。ほれほれ〜」
「きゃっ! わ、脇をくすぐるのやめて〜」
「はやてちゃんの言うとおりだよー。洗いざらい話しちゃえば楽になるよ? こちょこちょ〜」
「ひゃっ、あんっ! んっ、なのはまでっ!? だ、ダメぇ、ダメだよ〜っ! くすぐったっ、へ、変なところさわらないで〜〜っ!?」
じゃれ合いはじめた三人。ヒトには聞かせられないちょっとアレな悲鳴が上がる。
野次馬根性丸出しで迫る親友たちの攻勢に、進退窮まったフェイトはその場しのぎは通用しないと観念した。
「わ、わかった、わかったからちょっと待って!」
途端、フェイトを責め立てていた手は止まり、代わりにわくわくでキラキラな視線が飛んでくる。
人に話すのは遠慮したい事柄だけど、親友二人と共有するくらいならいいかもしれない。そんなふうに無理矢理妥協したフェイトは、「もう、ふたりとも強引なんだから……」と呆れた表情を浮かべて口を開いた。
「──それはね、」
──紡がれた声色は隠しきれないひたむきな愛しさを帯びて。
「ユーヤが帰ってきて初めてのクリスマスのことだったんだ────」
魔法大戦リリカルなのはwizards
〜Magical war fair of the Satan and Pluto〜
超☆番外編
「クリスマスキャロルをあなたに」
それは十二月になってすぐの、ある日のこと。
ジュエルシードを探索していたころと同じ、だけどまったく違うあたたかな家。
広いガラス窓から見える夜景は、イルミネーションの青白い光がきらきらしていてとてもキレイ。クリスマスはもうすぐそこまでやってきている。……すこし、憂鬱だ。
「はむ……、ん〜♪」
お風呂あがりの私。お気に入りなレモンイエローのパジャマを着てスツールに座り、牛乳プリンのとろける舌触りを楽しむ。
ひとくちひとくち味わって、シアワセを噛みしめて。……うん、おいしい。お風呂から上がったあとはこれじゃないと。
「フェイト、痒いところは?」
「ううん、ないよ」
そんな私の髪を、背後のユーヤが丁寧に拭いてくれている。これが毎日の日課だった。あと、たまにひざまくらで耳掃除とか。……気持ちいいんだけど男女逆だよね、これ。
「そうか。もう少しで終わるから、それまでじっとしてて」
「うん、わかった」
水分をたっぷり吸った頭髪を、パリッと乾いたタオルが叩くように軽くふれていく。ときどき、ドライヤーから吹き出る温風がうなじに当たって心地いい。
なのはたちから羨ましがられる私の髪だけど、お手入れはけっこうタイヘン。私だって女の子だから、日々の身だしなみだとか、おしゃれだとか……そういうことにもキチンと気を使ってる、つもりだ。でも、正直に言うと毎日のお手入れがちょっとわずらわしかった。
だからこうしてユーヤが手伝ってくれると助かるし、うれしい。なにせ私は、ただアイスを食べてるだけでいいんだから。
まるでお姫さまみたいだと思う。
──いっしょにお風呂に入れたら本当はもっとうれしいんだけど、背中の流しっこしたりして。……って、なに考えてるんだ、私っ!
「どうした、フェイト? 耳が赤いよ」
「な、なんでもない、なんでもないよ」
「……ふぅん、まあ、いいけどさ」
イマイチ納得してなさそうな声を出したあと、髪を乾かす作業に戻るユーヤ。
……危なかった、変な女の子だとは思われたくないもんね。
プリンを食べきるころには、私の髪はすっかり乾いていた。
「さて、今日もいじくるけどいいよね。答えは聞いてないけど」
「うん、ユーヤの好きにしていいよ」
「素直でいいね。ではさっそく」
すっかり乾いた髪を、ユーヤは鼻歌交じりに櫛でとかしはじめた。絡めて痛めないように、一本一本細やかなタッチで櫛を通していく。
手際よく甲斐甲斐しくお手入れしてくれるユーヤ。……いつも思うけど、なんだか楽しそうだ。やっぱり私の髪、好きなのかな? 最近はよく撫でてもくれるし。
とても扱いなれた感じがするのは、きっとルーさんの髪のお手入れをしてたからだと思う。
ルーさんはユーヤのお姉さんで、私は怖いというか、ちょっと苦手に感じてるひと──“魔王”はみんな苦手──だ。ユーヤとは“姉さん”“攸くん”と呼び合うくらいでとても仲がいい。……すこし妬けちゃうくらいに。
今も、リビングの方から私たちを見守るみたいに眺めてる。達筆な筆字で「天下太平」と書かれた扇子を使って、はんなりした表情の口元を隠した仕草がなんだか上品で色っぽい。
余談だけど、ルーさんは普段、次元世界中の美術品を収集して回っているそうだ。
──ユーヤとルーさんは、本当は“姉弟”じゃなくて“親子”みたいなものだと聞いてるけど、それ以上込み入ったことについては追求してない。……本音は、知りたいけど、でも、彼のつらそうな顔を見たくないからガマンしてる。
ユーヤが私の髪をねじねじと編みこみはじめた。
ねじねじ。ねじねじ。
昨日は三つ編みだったけど、今日はいったいどんな髪型にするつもりなんだろう……?
こうやって、髪型をいろいろにいじって遊ばれるのも最近の日課だ。お人形にされてるみたいで実はあんまりいい気分じゃないんだけど、すごく楽しそうなのでガマンしてる。触れてもらうの自体は嫌いじゃないから、苦じゃないし。
待ってる間は手持ち無沙汰なのでユーヤとおしゃべり。内容は今日の学校のこととか、テレビのこととか。ほんとうにたわいのない会話──だけど、私は幸せだった。こんなに幸せでいいのかな、と不安になっちゃうくらいに。
「ねぇ、ユーヤ」
「なんだ? 改まったりして」
「ふと気になったことなんだけどね。ここのお家賃とか、毎日の生活費っていったいどこから出てるのかなって」
うっ、とうめく気配。
肩口から振り返ってみる。視線が合うと、気まずそうな感じで蒼い眼をそらされちゃった。
「実は、だな……」
「うん、じつは?」
「……マフィアだの悪徳政治家だのを潰して回るついでに、溜め込んでたモノをちょーっとばかしちょろまかしてるんだよ」
へー、そうなんだ。たしかにそれならたくさんお金が入りそうだよね。うん、なっとくした。
──って、それっ!
「犯罪、だよね?」
「い、いや、これは“どらまた”由来の由緒正しい、趣味と実益を兼ねた──」
「まさか管理世界でもしてない、よね?」
「…………」
「……してるんだ」
はぁ、と思わずため息。ガクッと肩は落ちる。
そんなことじゃないかなぁ、とうすうすは思ってたけど、現実に肯定されちゃうとちょっとショックだ。
「私、いやだからね。ユーヤを捕まえるようなことになるの」
ここは地球で、私はただの中学生。だからいまのは聞かなかったことにするけど、管理世界での私の身分は仮にも時空管理局執務官、法を預かるのが仕事だ。
いくら大切なひとでも罪を犯したなら裁かなきゃならないのは当然のこと。……けど、いざそういう場面に直面したとき、感情を殺して職務に当たれるかどうかは正直、自信がない。取り乱して、わけがわからなくなったりするかも知れない、と漠然と感じている私もいる。
「大丈夫、フェイトの立場じゃ俺の尻尾は掴めないよ」
「むーっ、それってどういう意味?」
あはは、とユーヤは曖昧に笑ってごまかした。
そんな態度されちゃったら、いろいろ悩んでる私がバカみたいだ。……納得できないなぁ。
──あとにルーさんから「これは内緒よ?」と教えてもらった話だけど、お金のほとんどをまるごと慈善団体とか孤児院に寄付しているらしい。ときどき駅前にいる人たちに募金したり、電車でお年寄りに席を譲ったり、道ばたで困ってる人を助けたり──なんだかんだ言っても、結構お人好しなユーヤが大好きだ。
そうこうしているうちに髪を結うのも終わったみたい。
「んむ、我ながらいい出来だ」
うなじあたりから三つ編みの髪が二本、伸びてるような感触。
これって──
「ヴィータ?」
「どっちかって言うとシータだな」
「……天空の城?」
「そうとも。あれは名作だ」
「うん、私も好き」
この前、テレビでやってて一緒に観たもんね。私はほかにとなりのとか、もののけが好きだ。
「じゃあ、風呂入ってくるから」
「あ、うん。いってらっしゃい」
立ち上がり、軽く笑いかけてくれたあと、ユーヤはスタスタとお風呂場の方に向かって歩き去ってしまう。
後ろ姿も颯爽としててかっこいいなぁ……。ただの部屋着なのにすごくサマになってる。
それはそれとして、もうすぐユーヤのお誕生日。けれど、本人は「クリスマスと一緒でていいよ」と笑うだけ。たしかにクリスマスも近いから、まとめてしまってもいいかもしれない。
──でもむしろ私には、ユーヤが誕生日やクリスマスの話題を避けているように思えた。
……理由は、わかる。痛いほど、胸が切なくなるほどわかるから、追求はしたくない。私にとってだって古傷、トラウマなんだ。
だけど……、
「──どうにかしなきゃ、だよね」
彼の消えていった方に視線を向けたままつぶやく。──右手は無意識に、首もとのネックレスを触わっていた。