きらびやかにデコレーションされたリビング。てっぺんに星を頂き、ピカピカ光る大きなツリーがとても目立つ。
ブッシュドノエルやホールサイズの各種ケーキを皮切りに、特上のお寿司のおけ、山ほど積まれたピザの箱、バケツみたいな箱に入ったフライドチキン、こんがり焼けたローストチキン──いっぱいの食べ物が、テーブルの上にところ狭しと用意されている。いい香り、おいしそう……。
あと、はやての持ってきたシャンパンのビンがたくさん。──なぜかラベルがキレイに剥がされてるけど。
「メリー、クリスマースっ!」
そんなにぎやかな部屋で、みんなの喚声とグラスが合わさる甲高い音が響く。
ぷくぷくと泡立つ黄金色の液体を口に含む──……んん? おいしい、けど……舌がピリピリして、すこしヘンな味がするような……?
「……」
ユーヤが眉をひそめてグラスを注視していた。
「どうしたの?」
「いや……このシャンパン、もしかして──」
「あ、あー、はいはい! みんな、今夜は無礼講や! 私が許す! パーッと楽しもな〜」
なにか言おうとしたユーヤを邪魔するように、はやてがはやし立て「おー!」とバツグンのタイミングでシグナムたちが声を揃える。
諦めたように苦笑したユーヤが気にかかったけど、いまはパーティーを楽しむことにしよう。
見慣れたリビングはどこか混沌としている。みんな思い思いのことをしているからだろうか。
そんな中、ユーヤは料理を取り分けたり、運んだりして忙しそう。
あ、ヴィータがプチシューを要求してる。私もだけど、みんなユーヤに頼りすぎだよ。
──そのヴィータ。なのはの休職に反対するかと思っていたけど、そうでもないみたいだ。
考えてみれば当然かもしれない。
ヴィータが一番、あの大けがのことを悔やんでいたから。逆になのはを戦いから遠ざけられて安心しているのかも。
私は……、なのはのしたいようにしたらいいと思う。そんなことで私たちの友情は損なわないって信じているから。
あ、それからヴィータってば、いつの間にかユーヤと仲良しになってた。なんでも「同好の志」なんだとか。
お近づきの印にお揃い──色は赤だけど──のケータイ“ARMS-Phon”というのを受け取ってたくらい。悔しいので私も黒いのをもらったのはいいんだけど、剣や銃になるなんて聞いてないよ。……まあ、ペンギンのストラップつけて使ってるけどね。ユーヤとお揃いというのは捨てがたいし。
私はつとめて笑顔で、黙々とチョコケーキを口に含んでいる紺色の髪の女の子に近寄る。
「テスラ、楽しんでる?」
彼女は食べる手を止めると、私を見上げてコクンと首を縦に振ってくれた。
彼女──テスラ・陽炎・フラメルと私の関係は微妙だ。
ときどき夕食を一緒にしたりもするテスラが抱えた事情の概要は、ユーヤから聞いている。とても痛ましく思うし、いますぐにでもなんとかしてあげたいけど、私にはどうにもできない。──だからせめて、“表”に出ているときくらい、やさしい世界にいさせてあげたい。
それに、ユーヤが妹として扱っているなら私にとっても妹だ。お姉さんが妹にやさしくするのは当然のことだもん。
「えっと……、ほかにも食べる? なにか飲み物持ってこよっか?」
「大丈夫、心配いらないよ。わたしはいいから、フェイトのほうこそパーティーを楽しんで」
「あ、うん、そうだね」
しまった、逆に気遣わちゃったみたいだ。小さい子相手に、情けない……。
宴もたけなわ。
お母さんがたまにストレス解消で使ってるカラオケセットを引っ張り出しての歌合戦。
言い出しっぺははやてだ。
「〜〜♪」
マイク片手に、思いっきりのどを張り上げる。情感を込めて、感情を入れて、歌い上げる。
曲は私の持ち歌、「赤いスイートピー」。選曲の理由は自分でも知らない。知らないったら知らない。
ちなみに、演歌なんかももわりと好きだ。
「ふぅ……」
「フェイトちゃん、やっぱり歌上手だね〜」
「あ、ありがとう……」
ぱちぱち。なのはが笑顔で拍手する。賞賛の言葉がまっすぐすぎて、ちょっと照れちゃうな。
人前で歌うのはあまり得意じゃないんだけど、最近はなんだか好きになってきた気もする。ステージで歌ったからかもしれない。
次に歌うというシャマルにマイクを渡して、私の特等席──ユーヤの隣にすとんと座る。
「いい声だったな、フェイト。思わず聞き入っちゃったよ」
「あ……、ありがと……」
ユーヤの柔らかい微笑みにあてられて、かああっと顔が火照る。
ぼーっとしてきた頭をぽすっ、とユーヤの肩に預けたら、私の腰に彼の腕が回されてぐっと抱き寄せられた。
うあ、身体中がぽっぽしてきたよ……。
彼にほめられるのは、なのはのとはまた違ったベクトルで照れてしまう。「紅白はこれで安泰だな」と付け足された言葉は無視したい。メタだよ、それ。
「次は俺とデュエットでもしてみるか?」
冗談めかしてユーヤが言う。
デュエット……、それはすごく魅力的な提案だけど──
「んーん、いい……」
なんか、さっきから暑いなぁ……暖房が効きすぎてるのかな?
「疲れた?」
「ん……、そうかも」
全身がだるい、ふわふわする。胸がざわざわする。
……。
ユーヤの、におい……。
私の大好きなにおい……、私をドキドキさせるいいにおい……。きっと、私をメロメロにさせちゃうフェロモンが出てるんだ。
「……フェイト?」
なんだろ……頭のなかにもやがかかったみたいで、気持ちよくなってきたような────
□■□■□■
「なにこの乱痴気騒ぎ」
諦観して攸夜が独り言た。
その膝の上では、サンタの格好をした血統書付きの金色わんこ──もといフェイトが、ご満悦の様子でじゃれついている。新雪のように真っ白な肌を高揚で桜色に染め、甘い吐息を零す姿は情事を彷彿とさせる。
正真正銘純粋培養の美少女が、発情したようにしどけない表情ですんすんと匂いを嗅ぐ──そんな倒錯的なシチュエーションは、割と変態さんな攸夜のツボに直撃、何気に欲情しかけていた。
……なんかイイ匂いするし。
動揺と劣情を押し隠した攸夜は、それもこれもあのたぬきの所為だ、と内心で悪態を吐いた。
──フェイトがあられもない痴態を見せている原因は、はやての持ち込んだシャンパン。いたずら好きのたぬきが仕込んだアルコール入りの、である。
度数が高くないからと見過ごした代償は高くついたようだ。
「え、えーと……なのは?」
「んん〜? なぁにぃ、ユーノくぅん?」
ちょうどその反対側、スツールに座ったユーノの背中になのはがしなだれかかっている。いや、むしろ覆い被さっていると言うべきか。
顔をほんのり薔薇色に染めた口元はだらしなく弛緩し、とろけきった表情に普段の快活な面影は微塵もないが、どことなく艶美で色っぽい。
「む、胸が、当たってるんだけど……」
「当ててるんですよぉ〜? にゃははは〜」
形のいい唇から紡がれるのは文字通りの猫なで声。バカみたいに笑うなのはもやはりぐでんぐでんの酔っ払いだ。
さりげに豊満な胸をぽよんと後頭部に押し当てられたユーノの顔は、また違った意味でだらしない。包み隠さず言うならとてもスケベである。
ある意味で至福の時間を満喫しているユーノに二つの影が近づく。
「ちょっとぉ! なのはばっかり構ってないであたしのことも見なさいよねぇ!」
「……ユーノ君、おいしそう……」
なぜかご立腹のアリサと虚ろな表情のすずかだ。──どちらももれなく出来上がっている。
妖気を発散させた二人はユーノをなのはごと押し倒した。
「うわたっ、な、何してるのさ! ゆ、ユウヤっ、助けてっ!!」
「知るかよ、肉欲獣。──ああ、喰われるのはユーノの方か」
「不吉なこと言わないでよ!? ──って、なのはどこ触ってるの!? すずか、噛みつかないでっ! シャツ脱がさないでアリサっ、アッ――!!」
「ユーノ君、君のことは忘れないよ」
元祖三人娘にまとわりつかれて身悶える親友の哀れな姿に、攸夜は合掌した。助ける気などさらさらないが。
“捕食”中──本気で噛んではいない──のすずかを覚束ない瞳で見ていたフェイトが、真似するように攸夜の首筋に噛みついた。
「……フェイト、お前さんはバンパイアでもなんでもないんだから、噛んでも何も出やしないぞ」
かぷちゅーっと吸いつき甘噛むフェイトに、無駄だと思いつつ注意してみる。
唾液で、てらてら光るうなじから唇を離したフェイトのつぶらな瞳が涙で濡れはじめた。
「ふぇ? ……ゆーや、わたしのこときらいなの? ふぇいと、もういらないの?」
「え、何その飛躍思考。ていうか、喋り方おかしくね?」
「きらい、なんだ……ぐすっ」
「いや、だからなんでそうなるのさ」
「ふぅえ、わた、わたしっ、えぐっ、捨てられ、ちゃうんだ……すてないでぇ、すてな、うぇ、ぅうわぁぁあん!」
「はあ!? ちょっ……っ!?」
常人には理解不能な流れでわんわん泣きじゃくる少女。大粒の涙に面食らった攸夜を極大の罪悪感が襲う。非など一片もないのだが、性分だから仕方ない。
「捨てないよ、大丈夫だから」声をかけつつよしよしとあやすが、何ら効果はなく。フェイトは泣きじゃくる──しっかりと抱きついたまま。
(……めんどくせえ)
滅多なことではフェイトを否定しない攸夜もこの情緒不安定っぷりには辟易したようで、嫌な倦怠感を覚えて頭を抱えた。
「攸夜君、またフェイトちゃんを泣かせよったわ! くふっ、色男はツライなあ? あっははははは〜」
「……ほっとけ」
浮ついた雰囲気を振りまくはやてが、危なっかしい千鳥足で接近する。他の面々に比べれば比較的マトモだが、それはそれでムカつく。
「んん〜? 攸夜君は酔っ払っとらんなぁ。なあ、なんで?」
「“蛇”は大昔からザルってのがお決まりなんだよ」
「ふーん」どうでもよさそうな生返事で流して、はやてがドカッとフェイトの反対側に座る。
潤んだ紅い瞳がそれを捉え、剣呑な光を宿した。
「つか、どうすんだよ、これ……」
「しらーん、私、知らんもん」
さすがたぬき、まるで他人事のようだ。
相変わらず、ユーノの周りはサンタ娘がくんずほぐれずでシュールな有り様だし、場酔いしたらしいシャマルなどザフィーラに絡んでクダを巻いている。その隣ではどこから持ってきたのか、アルフが日本酒で酒盛りをしていた。
そんな美女二人に絡まれているザフィーラは、瞼を閉じて巌のように黙りを決め込んでいる。プログラム体で酔うこともできない彼には、ご愁傷様としか言いようがない。
「……おい、ヴィータ。これをどうしてくれる?」
「悪ぃ、はやてに釘を刺してなかった私のミスだ」
「仮にも年上で保護者なんだからちゃんと監督しろよな、このバカ殿を」
「マジすまねぇ、この通り」
ひどく居たたまれなさそうに正座するヴィータ。混迷を極めた場に素面で居るのは辛かろう。
その後ろで「何故私にではないんだ?」と某烈火の将が不服そうに呟くが、攸夜とヴィータからの「お前、はやてに逆らわないだろーが」という指摘で押し黙った。自覚はあったらしい。
ちなみに、リインフォースは空気に酔った妹を介抱しつつ、テスラと一緒に我関せずと食事中だ。
「あん、バカ殿なんてひどいっ。攸夜君のい・け・ず〜」
媚びるような仕草でしなだれかかるはやて。もっとも、こんなちんちくりんになびくような攸夜ではないが。
しかし、この状態はいろいろな意味でよろしくない。調子に乗りすぎのタヌキを叱ろうとした攸夜よりも速く、「だめぇっ! ゆーやはわたしのおヨメさんにするのぉーっ!」と大げさな叫び声が響いた。
自分以外の女が攸夜に近くことを、金色のお嬢様はお気に召さないらしい。
てか、ヨメってなにさ。
「……」
もう一度言おう。
「なにこの乱痴気騒ぎ」
毛を逆立てて威嚇するわんこと、彼女を意地悪くおちょくるたぬきに挟まれて、攸夜が天を仰いだ。